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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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23. 霧の仮宿の知己

前話のあらすじ:

サディアスの正体は……?
   23


 おれが宿に戻ると、部屋の前で待っていた加藤さんとケイは、酷く困惑した様子を見せた。

 当然だろう。
 さっきまで揉めていたはずの、深津とサディアスを連れて戻ってきたのだから。

「先輩……っ」

 加藤さんが駆け寄ってくる。
 足はもつれがちで、幼げな顔には怯えがあった。

 彼女の男性恐怖症は完治したわけではない。
 町中を出歩くにも、おれかローズが傍にいてやらなければならないくらいだ。

 それでも、誰が来るかわからない廊下で待たずにはいられないくらい、心配してくれていたのだろう。

 考えてもみれば、今回、おれはリリィもガーベラもいない状況で、好意的ではないチート持ちとの揉め事に飛び込んだのだ。
 以前に一度、深津と短い間にせよ言葉を交わしていたおれは、さすがに町中では襲い掛かってこないだろうと踏んでいたわけだが、加藤さんにはそこまでのことはわからない。

 心配に胸を痛めさせたのだとしたら、申し訳ないことをしてしまった。

「そ、その人たちは……?」

 ほとんど胸に縋りつくくらいに距離を詰めた加藤さんが、停まり切れずによろめくのを、おれは肩に手を置いて支えた。

「ちょっと話をすることになったんだ。心配は要らないから、加藤さんはケイと一緒に、部屋に戻っていてくれるか」
「い、いえ。わたしも、同席します」

 おれの服の裾を掴んで、加藤さんが言った。
 必死な瞳には、おれに説得を諦めさせるだけの力があった。

「……わかった。だけど、無理はしないでくれ」
「はい」

 頷いた加藤さんの肩から手を離すと、ケイが代わりに彼女の体を支えるように寄り添う。
 振り返った。

「というわけなんだが、かまわないか?」
「ああ。わたしは、頼んでいる立場だからね。そちらに合わせるかたちでかまわないさ」

 どことなく微笑ましげなふうに、サディアスが頷く。
 その姿は、どこからどう見ても穏やかな青年のものだ。

 だが、おれの目には、先程見た光景が焼き付いていた。

 ――人間のものではありえない、爬虫類めいた眼球。

 あれはいったい、なんだったのか。

 予想はつくし、いくつか納得のいく点もあるが、同時にそれではわからない点もある。
 話を聞くことにしたのは、そのあたりを確かめるためだった。

 おれは、サディアスと深津を部屋に案内した。

 テーブルには、おれとサディアス、深津がついた。
 おれのうしろには、ローズとシランが立ち、加藤さんとケイはベッドに並んで腰を落ち着ける。

 シランは休ませるつもりだったのだが、当人が同席を強く希望した。

 場合によっては、彼女にも聞かなければならないことがあるので、そう言ってくれるのはありがたくはある。
 加藤さんと同様に、無理はしないようにだけ言い含めて、おれは彼女の同席を承諾した。

「……それで、話をしてもらえるということだったが」

 テーブルを挟んで、座るふたりのうちの一方に、おれは視線をやった。

「さっきは話をできないと言っていたように思うが、いいのか?」
「こいつがそれでいいっつーんなら、おれからはなにも言わねーよ」

 腕組みをした深津は、おれに強い眼光を向けてきた。

「だが、もしもサディアスに不利なことをしてみろ。そのときは……」
「やめろ、明虎。こちらが話を聞いてもらっているんだぞ」

 サディアスが諭すように言うと、深津は不承不承といった雰囲気で口を噤んだ。

 深津のほうが立場が強いのかと思っていたが、そうでもないらしい。

 先程の脅すような言葉だって、サディアスを案じたものだった。
 乱暴なイメージがあったが、どうやらそれだけでもないようだ。

 シランのことがあったので、どうしても悪印象を抱いてしまうが、むしろ先程までの強引な行動は、仲間を思うあまりのことと考えたほうがよいのかもしれない。

「さて。それでは早速、話をしようと思うのだが……」

 深津を窘めておいて、サディアスは話を切り出した。

「とはいえ、なにから話したものかな」

 少し困った顔をするサディアスのつぶやきを聞いて、おれは口を開いた。

「サディアス。お前はいったい、何者なんだ?」
「……単刀直入だな」
「それを聞かなければ始まらないだろう」
「もっともだ」

 少し笑って、サディアスは表情を引き締めた。

「それでは答えよう。きみもお察しの通り、わたしは人間ではない。もちろん、エルフのような他種族というわけでもない。わたしは……」

 そこで少し、言い澱む。
 しかし、息を吸うと、はっきりと言った。

「わたしは、モンスターだ」

 空気が張り詰めたものになった。

 サディアスも、深津も、じっとおれのことを見詰めている。
 反応を見極めようとしているのだ。

 それに応じて、ローズとシランも、なにがあってもいいように身構えている。

「……」

 お互いにとって幸いなことに、おれには『やっぱり』という以上の感想はなかった。

「確認させてくれ」

 ただ、静かに口を開いた。

「そっちの深津がモンスター使いで、サディアスの主……というわけではないんだな?」
「えっ?」

 と声をあげたのはケイで、不審そうな顔をしたのが深津だった。

「モンスター使い? なんだ、そりゃ」
「そうした能力を持つチート持ちがいるという話は知らないか」
「……いや」

 深津にとぼけている様子はない。
 そもそも、そんな能力があること自体、知らなかったようだった。

「え? あれ? 違うんですか。わたしはてっきり……」
「先輩。どうしてわかったんですか?」

 目を白黒させるケイの隣で、緊張に少し顔を強張らせた加藤さんが尋ねてくる。

「わかったというか、そうじゃないかと思っただけだ。前に、このふたりに会ったときに、おれには疑問がふたつあったんだよ」

 おれは、サディアスに目をやった。

「ひとつは、おれたちとのいざこざがあって、深津がひとりで行ってしまったあと、サディアスが『明虎をひとりにするわけにはいかない』と言っていたことだ。『あいつはいま、翻訳の魔石を持っていないから』ってな」

 おれのうしろに立っていたローズが身じろぎをした。
 あの日、彼女にはこの疑問を言って聞かせていたから、それを思い出したのだろう。

「その前日、深津に初めて遭遇したとき……恐らく、サディアスは部屋に残っていたんだろうが、深津はひとりで宿の主人と言葉を交わしていた。深津は翻訳の魔石を使える、ということだ。それなのに、次の日に会ったときに、言葉が通じない転移者の深津ではなく、現地人のサディアスが翻訳の魔石を持っていたのが不思議だった」
「もっともな疑問だな」

 頷くサディアスに、おれは言う。

「だが、実はサディアスがモンスターで、おれたち転移者と同じく、異世界の人間たちと言葉が通じないのだとしたら、どうだ? それなら、深津もサディアスも立場は同じだ。翻訳の魔石をどちらが持っていてもおかしくはない」
「なるほど。確かにわたしは翻訳の魔石なしには言葉が通じない。――もうひとつの疑問というのは?」
「そもそも、どうして翻訳の魔石を持っていたのかということだ。百年に一度現れる転移者のために開発された翻訳の魔石は、重要性は高くとも、需要は小さい。必要になったからといって、ぱっと手に入れられるようなものじゃないと聞いている」

 たとえばこれが、深津が第一次遠征隊のチート持ちだったのなら話は変わってくる。
 しかし、彼らはいま帝都に向かっているはずだし、深津がそこから離脱したメンバーであるのなら、おれたちより早くアケルを訪れていたというのは少々不自然だ。

 実際、深津は飯野によってもたらされたモンスター使いの情報も知らなかったようだし、遠征隊には参加していなかった可能性が高い。

「だからおれは、サディアスが深津の存在とは関係なく、もともと人間社会に生きていたモンスターだったんじゃないかと思ったんだ。それなら、翻訳の魔石も自分のために最初から持っていたはずだからな」

 おれはあのとき、同行していたローズに『加藤さんが翻訳の魔石を使えるようになった』のだから、『同じ転移者である深津明虎も使えるはず』という話をした。

 けれど、本当に目を向けるべきは、隣にいて翻訳の魔石を使っていたローズのほう――『モンスターであるローズが翻訳の魔石を使える』というところだったのかもしれない。
 サディアスはモンスターであり、だからこそ、翻訳の魔石を所持していたのだから。

 もちろん、そう考えると自然だというだけで、他にも考えようと思えば可能性はある。

 結局のところ、もっとも決定的だったのは、サディアスと深津との間の距離感だったのかもしれない。
 それは、おれやリリィたち、あるいは、工藤とベルタたちのそれよりも、むしろ加藤さんとローズのものに似ているように思えたからだ。

「ただ……」

 と、そこでおれは眉を寄せた。

 腑に落ちないところがあったからだ。

「なあ、サディアス。ここまで納得がいくという話をしてきてなんなんだが」
「なにかな」
「お前は、本当に……ただのモンスターなのか?」

 先程は他人事のように言ったが、おれこそがモンスター使いのひとりだ。

 おれには、モンスターとの間に繋がりを作る能力がある。
 レア・モンスター以上……意思を持ちうるモンスターであれば、おれはパスを繋げることが可能だ。

 リリィやローズたちのような、もともと意思がほとんどなかったものも、樹海深部の白い蜘蛛ガーベラのように、わずかな自我を持っていたものも、確固たる意識を持っていた『霧の仮宿』サルビアとも、パスを繋げることはできた。

 しかし、モンスターだというサディアスとの間には、なんの繋がりも作ることができていない。

 こんなことは、アントンやベルタをはじめとした工藤陸の配下のモンスターを除けば、初めてのことだった。

「これは……驚いたな」

 おれの疑問を聞いたサディアスは、少し驚いた顔になっていた。
 ある意味、先程の発言を疑うような問い掛けだったというのに、特に気分を害したふうはない。

「きみの言い分は正しいよ、孝弘。ああ、本当に驚かされた」

 むしろ感銘を受けたようでさえあった。

 楽しそうに笑うと、首を横に振る。

「ただ、わたしも嘘はついていない。わたしがモンスターであるのは、間違いないことだ」

 言って、サディアスは部屋を見渡した。

「その証拠として、わたしの正体を見せてもいいのだが……ここだと、少し狭過ぎるか」
「いや。そこまでしてもらわなくてもかまわない。おれも別に、あんたの発言を疑っているわけじゃないからな」

 先程のトカゲの目は、モンスターのものだった。

 サディアスがモンスターだというのは本当のことだ。
 彼は嘘を付いていない――だが、全部を話してもいない。全てを話せるわけもない。それだけのことだった。

 サディアスは、『おれのパスが繋がらないような特別な事情を持つモンスター』なのだろう。

 それがどういったものなのかはわからないが。

「ところで、サディアス」

 話すことのできないらしいそちらの疑問については、ひとまず置くとして、おれは別のことを尋ねた。

「サディアスのように、人間社会に紛れているようなモンスターっていうのは、ひょっとして、おれが思っているよりたくさんいるものなのか?」
「いや。そんなことはない」

 サディアスはかぶりを振った。

「わたしのことは、例外だと思ってほしい。というか、人間社会にモンスターが紛れることなんて、普通はできないのではないか?」
「……まあ、そうだな」

 相槌は、曖昧なものになった。
 そう言っているサディアス自身ができているのもなんだが……おれのうしろにいるローズとシランは、それぞれ事情こそ違えど、人間世界に紛れたモンスターだと知っているからだ。

 とはいえ、普通はできないというのは、その通りではあった。

「そもそも、紛れる紛れないという話をする以前に、わたしのように意思を持つモンスターは、ほとんどいないはずだからな」

 これもまた、サディアスの言う通りだった。

 あのガーベラでさえ、単独で意思を持つには至らなかった。
 シランは例外としても、おれがこれまで出会ったモンスターで、自力で自我を得るまでに至ったのは、悠久の歳月を彷徨ったサルビアだけだ。

 そこに、今回、サディアスという例が加わったわけだ。

 ……いや。それもどうなのだろうか。

 サディアスがサルビアと同格というのも、なにか違う気がするのだが……。

 おれがそんなことを考えるうちにも、サディアスは話を続けていた。

「少なくとも、わたしは自分のような存在を、一族の者しか知らない。一族はみな集落で隠遁生活を送っているため、人間社会を放浪しているのは、わたしだけだ」
「……ちょっと待ってくれ」

 おれは、サディアスの話に口を挟んだ。

「一族というのはなんだ?」

 さらりと告げられたが、聞き流せる単語ではなかたった。

 一族。
 そういえば、先程もサディアスは、宿の裏手の路地での会話で、そんな単語を口にしていた。

 そして、いまの集落という言葉。

 そこから示唆される事実はひとつだった。

「まさか……モンスターの住む集落があるのか?」
「ああ。この世界で唯一の、モンスターの住む集落だ」

 信じられない気持ちで口にしたおれの言葉を、サディアスは肯定した。

「その名を『竜淵の里』という。数にして二十にも足りない我が一族の者たち……竜種の住まう、小さな隠れ里だ」
「ドラゴンの住む里……?」

 必然、おれの脳裏には、先程見たサディアスの左目が思い出されていた。

「ということは、サディアス。お前の正体は……」
「そういうことだ」

 サディアスは、おれの言葉を肯定した。

 穏やかな青年にしか見えないその姿。

 誰が想像できるだろうか。
 その正体は、強大な力を持つドラゴンなのだ。

「我らは長いこと、隠れ住んで生きてきた。人間との争いを避けること。それが、我らが長の決定だった。里の外に出るのは、選ばれたひとり。現在では、わたしだけだ」

 朗々と語ったサディアスは、そこで眉を寄せた。

「……しかし、最近になって、問題が起きた」
「問題?」
「里から抜け出した者……『はぐれ竜』が出たのだ」

 苦しげな口調だった。

「このままでは、はぐれ竜の暴走によって人間に被害が出てしまう可能性が高い。そうなれば、いずれ隠れ里の存在が明らかになる可能性すらある。現在、同胞たちは、その者を捕縛するために動いている。……シランさんと言ったか」

 サディアスの目が、おれのうしろにいるシランを向いた。

「先程は、明虎が失礼した。ただ、明虎があのような行為に及んだのは、全てわたしのため。責めるなら、わたしにしてほしい。望まれるのなら、謝罪と償いはしよう」
「お、おい。サディアス!」
「そのうえで、恥を忍んでお願いしたい」

 切実な口調だった。

「どうか教えてくれないだろうか。この町で現在進んでいるモンスターの討伐計画は……ひょっとして、ドラゴンに関するものではないか?」

 おれはシランを振り返った。

「……」

 シランは難しい顔をして、サディアスの視線を受けとめていた。

 先程とは違い、サディアスは事情を明かしている。

 事情は理解できるものだ。
 ただし、彼が本当のことを話しているのなら、だが。

 そして、それを判断できる材料を持っているのは、シランではなかった。

 少し迷ったあとで、シランはおれのほうを向いた。

「孝弘殿は、いまの話、どう思われますか?」
「……そうだな」

 少し考えてから、おれはサディアスに向き直った。

「質問がある。サディアスがここ……ディオスピロにいるのは、いま話してくれた事情が理由か?」
「ああ。はぐれ竜がこの町を襲ったときに対応するつもりでいる。近隣の村が襲われたとしても、一番に情報が飛び込んでくるのはここだろうからな」

 澱みなく、サディアスは答えた。

 おれたちが初めて宿で深津と遭遇したのは、もう二週間以上前のことだ。

 ずいぶんと長い間、彼らはこの町に滞在していることになる。
 それは、ディオスピロの町を守るためだったというわけだ。

「もうひとつ質問だ。サディアスは、『霧の仮宿』を知っていたな。どうしてだ?」
「ああ。それは『霧の仮宿』様が、わたしを含めた一族の恩人であるからだよ」

 サディアスは、先程見せた宝玉を取り出した。

「これは『霧の仮宿』様にいただいた、非常に貴重な魔法道具だ。この魔法道具に反応があったから、わたしはきみが『霧の仮宿』様の関係者であることがわかった。きみは恐らく、わたしたちと同じようにあの方の加護を持つ身なのだろう? であれば、信頼もできるだろうとわたしは踏んだわけだ」
「なるほどな」

 なんとなく、話が読めてきた。

 サディアスと『霧の仮宿』の関係について。
 サディアスという『モンスター』が、どういった出自を持つのかも。

 おれの考えが正しいのだとすれば、どうしてサディアスとパスが繋がらないのかも、推測はつけられる。

 まあ、実際はどうなのかは確かめるまでわからないので、それはいまは置いておくとして……。

 まずは確かめてみるべきだろう。

「いまの話は、本当か?」

 小さく吐息をついて、おれは尋ねた。

「信じてくれないのかい?」

 正面のサディアスが、寂しそうな笑みを見せた。
 おれはかぶりを振った。

「いや。いまのはサディアスに言ったわけじゃない……」
「なに?」

 サディアスが変な顔をした。
 ただ、次の瞬間、おれの言ったことは理解できたはずだった。

「本当よ、旦那様」

 おれの問い掛けに、正しく返答があったからだ。

 緩い長衣に身を包んだ女性がひとり、なにもない空間から滲み出すように現れたのだった。

 おれの首に抱きつくようにしているが、重さは感じない。
 母性に溢れた抱擁が与える、柔らかな感触だけがあった。

「ごめんなさいね。わたしのせいで面倒事に巻きこんでしまったみたいで」

 申し訳なさそうな口調で、現れた女性――『霧の仮宿』サルビアは言った。

「でもよかったのかしら。尋ねられたから、出てきてしまったけれど。旦那様のことがバレてしまうのではないかしら」
「それでいいと判断したから呼んだんだ。気にしなくていい」

 いまのサディアスの話が嘘なら、サルビアは出てこなかった。

 サディアスはモンスターで、ドラゴンで、サルビアに縁がある。
 これらは全て事実だということだ。

 だったら、サディアスにおれの正体を隠す必要はない。

「こ、これは……!?」

 震える声が聞こえた。
 視線を戻してみれば、思い切り目を見開くサディアスの姿があった。

「『霧の仮宿』様? まさか、ご本人ですか……?」
「いまのわたしはサルビアと名乗っているわ。久しぶりね。可愛い仔竜。ずいぶんと、立派になって」

 ころころとサルビアは笑った。
 サディアスと比べれば、むしろ外見は年下に見えるくらいだったが、態度はまるっきり年上のお姉さんといった風情だった。

「あなたが、いまは『探し人』をしているのかしら?」
「は、はい。それを知っているということは、やはりご本人……」

 それはなにか符牒めいた単語だったのか、サディアスは相手が『霧の仮宿』であることを確信したようだった。

 ぶるりと、その全身が再会の感動に打ち震える。
 ……ちょっと、予想していたより反応が激しい。

 見開かれた目が、こちらを向いた。

「孝弘。いいや、孝弘様。きみは、いったい……」
「……」

 なんか変な敬称が付いてしまった。

「おれは、単にサルビアと契約を交わしたってだけなんだが……」

 おれは眉を寄せて、サルビアを横目に見やった。

「おい、サルビア。どういうことだ」
「ええっと。竜淵の里の設立に、わたしは関わっているから……」
「『霧の仮宿』様、いえ、サルビア様は、我らにとって大恩人なのです」

 思った以上に、サディアスにとって『霧の仮宿』という存在は大きいものであるらしい。
 こちらに向けられたサディアスの目は、きらきらしていた。

 ちょっとやりづらい。

 ……まあいい。
 よしとしよう。思わぬ反応がありはしたものの、サルビアを呼んだ目的は果たせたのだから。

「聞いての通りだ、シラン」

 と、振り返っておれは呼びかけた。

「サディアスの身元はサルビアが保証してくれた。サディアスがはぐれ竜を捕縛するために動いているのなら、利害は一致する。もしも討伐の計画があるのなら、話してもいいんじゃないかとおれは思う」
「そうですね。わたしもそう思います」

 同じことを考えていたらしく、シランもすぐに頷いた。

 視線がサディアスに向けられる。

「先程の質問についてですが、サディアス殿」
「あ、ああ」

 さすがにサディアスも我に返ったらしく、表情を引き締めた。

「現在、サディアス殿の予想通り、ディオスピロに駐留する王国軍では、辺境の村で目撃されたドラゴンを討伐する計画が立ち上がっています」
「やはりそうか」

 サディアスは重い雰囲気で頷いた。
 予想してはいても、彼にとっては厳しい事実に違いない。

「護国騎士団が到着し次第、討伐隊が派遣されることでしょう」
「到着の時期はいつくらいだろうか? 時間はどれだけ残されている?」
「護国騎士団の到着予定が四日後と聞いています。それから数日以内には動き始めるでしょう」
「四日か……」

 苦い顔をしたサディアスに、サルビアが尋ねる。

「ねえ、サディアスくん。はぐれ竜を捕縛する目処は立っているの?」
「お恥ずかしながら、まだそのような報告は得ておりません。我らドラゴンは戦闘能力と移動速度は高いですが、追跡や探索に向いた能力を持っておりませんので。人間のように数を頼りにできれば話は別なのでしょうが、捜索には時間がかかります」
「それもそうね」
「……実は、ある程度の時間をかけて一度は発見したのですが、そのときは、死に物狂いの抵抗をされて、逃げられてしまいました。あのときに捕縛できていればと歯痒くてなりません」
「サディアスはその場にいなかったわけだし、悔しがっても仕方ねーよ」

 肩を落とすサディアスに、深津が声をかける。

 彼らを見ながら、おれは眉を寄せた。

 聞くからに、状況は芳しくない。

 このまま討伐隊が派遣されて、人間たちがはぐれ竜を見付けたとする。
 戦いになれば、きっと大勢の死者が出ることだろう。
 そうして、はぐれ竜は討伐される。

 それは、人間にとってもドラゴンにとっても、悲劇的な未来だ。

 これを回避するためには、先にドラゴンたちが、はぐれ竜を見付けなければならない。

 だが、確率的にそれはあまり高くない。
 討伐隊が出遅れていることを換算しても、せいぜい半々といったところだろう。

 コインを投げて出た目に賭けるには、命というのは重過ぎる。

 ……もちろん。
 ドラゴンたちに欠けている『追跡や探索に向いた能力』を持った者が協力すれば、話は変わってくるのだが。

「……」

 おれは、みんなの顔を見回した。

 サディアスと深津は別として、当然、みんな状況には気付いている。

 シランやケイの視線は、切実なものを含んでいた。
 大勢の人々の犠牲を回避できるかもしれないのだ。騎士である彼女たちにしてみれば、当然、ここで願うことは決まっているのだろう。

 ローズと加藤さんは、真摯な態度でこちらを見詰めていた。
 おれに判断を委ねてくれているのだ。そこには信頼の重みがあった。

 そして、最後にサルビア……。

「……」

 彼女と目を合わせて、おれは決断した。

「サディアス」

 改めて、この世界に生きる竜の青年に向き直る。

「もう少し詳しい話を聞かせてくれ。ひょっとしたら、お前たちの助けになれるかもしれない」

   ***

 おれたちに、はぐれ竜を追跡する手段があると告げると、サディアスは驚き喜んだ。

 さすがサルビア様の契約者と言われた。
 彼はなにか勘違いをしていると思う。

 当然のことながら、追跡の手段を持っているのはリリィやあやめであって、おれではない。
 おれにできるのは、彼女たちに協力を頼むことだけだ。

 はぐれ竜がいると思われる地域や、以前に発見した場所などの話をしたあとで、サディアスたちは帰っていった。

 これにシランが軍から聞いてきた話を組み合わせれば、現在のはぐれ竜の位置はおおむね特定することができそうだった。

 サディアスたちには準備や手回しが必要だということで、出発は明日になるという。
 おれたちは先に、車に戻ってリリィたちに説明をしてしまうことにした。

「今日は呼び出して悪かったな」

 サディアスたちが部屋を出て行くと、おれはサルビアに声をかけた。

「おれが具現化させてやれればよかったんだが」
「あら。そんなのいいのよ」

 精霊と同じようにふわふわと浮かんでいたサルビアは、膝を抱えて引っ繰り返った体勢を正常なものに戻した。

「まだ一週間と経っていないのだし、できるほうがどうかしているわ。習得状況も悪くない……どころか、普通じゃ考えられないくらいに早いくらいなんでしょう? 優秀な主を得て、わたしは幸せだわ」

 悪戯っぽくサルビアは笑った。

「それに、折角、契約できる相手が現れたのだもの。わたしだって、数日に一度くらいはこうして出てきて、愛しい旦那様の顔を見たいわ」
「……下手な冗談だ」

 くすくすとサルビアが笑う。楽しげだった。
 愛しい云々は置いておいても、こうして出てくるのを楽しんでいるのは嘘ではないようだ。

「まあ、真面目な話をしてしまうと、今回はわたしの都合に巻き込んでしまったようなものだもの。最初から文句なんて言えるはずがないのだけれどね」
「それは別に、サルビアのせいというわけでもないだろう。……というか、おれとしては、ここでサディアスと会えたのは幸運だったかもしれないと思っているくらいだ」
「どういうことかしら?」

 目を丸めたサルビアに、おれは短く答えた。

「歴史を知る者」

 サルビアは一瞬、固まった。

「あいつは、お前が言っていたモンスターの関係者じゃないのか?」
「……よくわかったわね」
「半分くらいは当てずっぽうだよ」

 驚いた様子のサルビアに、おれは苦笑を返した。

 思い返すのは、『霧の仮宿』で過ごした最後の夜。
 サルビアはおれ以外の『モンスターと心通わせる存在』を知っているといい、その顛末を知りたければ、『歴史を知る者』を訪ねるようにと助言した。

 意思を持つモンスターが、そうたくさんいるはずがない。

 そのなかのひとりが、サルビアと面識があるというのだ。
 まず関係者ではないかと思うのが自然だろう。

 ただ、サディアスが『歴史を知る者』そのものだとすれば、サルビアのほうから言ってくるはずだ。
 だから、そうではないと判断できた。

 では、サディアスはどういった存在なのか。
 そのあたりを突き詰めて考えてみると、『おれとサディアスとの間にパスが繋がらなかった理由』も、薄々と察しがつけられる。

 そして、もしもそれが正しければ……。

 おれは『歴史を知る者』と出会い、話をしなければならない。
 それはきっと、これからの自分たちにとっても大事なことだと思うから。

 サルビアとも、そうすると約束していた。

「ひとつだけ、聞かせてもらえるか」

 おれはふと思い立って尋ねた。

「お前にとって、『おれの前の彼ら』はどういった存在だったんだ?」
「そうね……」

 サルビアは酷く真剣な眼差しを見せた。

「好きだったし、応援していた。……幸せになってほしかった」
「……そうか」

 飾らない台詞だったが、それだけでもわかることがあった。

 多分、彼らの物語は悲劇で終わったのだろうということ。
 そして、彼らのことを、サルビアは本当に好きだったのだろうということだ。

 だからサルビアは、おれのような存在を探していた。

 おれたちが過去の彼らの話を聞き、その経験を糧とすることで、恐らくは悲劇に終わったのだろう彼らの人生に意味を与えることを、彼女は望んでいるのだ。

「だったら、やっぱりここでサディアスに会えたことは、幸運だったんだろうな」

 おれが言うと、サルビアは心底嬉しそうな微笑みを浮かべた。

「ありがとう、旦那様」
◆はぐれ竜と竜淵の里編スタートです。

◆このお話で、100万文字到達しました。
これからもこつこつやっていきますので、よろしくお願いします~。
+注意+
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