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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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19. 遠き地の転移者たち

前話のあらすじ:

左手のアサリナに加えて、右目にサルビアが宿りました。

主人公「……そういえば、昔、幹彦が片目を押さえながら邪悪なる力がどうのこうのと」
幹彦「やめてぇ!」

黒歴史は終わらない。
   19   ~飯野優奈視点~


 真島たちと別れて三日後。
 わたしは再び、ローレンス伯爵領はセラッタの土を踏んでいた。

 真島孝弘がチリア砦を襲撃したモンスター使いの片割れだと、わたしに誤った情報を与えたルイスさんに会うためだ。

 どうして嘘をついたのかと問い詰めたい――というよりも、会って話をしたいというのが本音のところだった。

 いまでもわたしは、義憤に拳を震わせていたルイスさんが嘘をついていたようには、どうしても思えなかったのだ。

 わたしの目が節穴で、彼が詐欺師の類だったのなら……まあ、許せないとは思うが、まだいいほうだ。

 あれが勘違いとすれ違いの結果だったり、あるいは彼も騙されていたのだとしたら、それこそ悲劇だ。

 なんにせよ、会って話をしなければ始まらない。

 もしも彼がわたしが感じた通りの人であるのなら、話せばわかってくれることだろう。

 そう思って、勇んでセラッタ砦の門を叩いたわたしだったが、結論から言えば、これは空振りに終わることになった。

 およそ二週間ぶりのセラッタに、ルイスさんはいなかったのだ。
 彼と一緒にいた、聖堂騎士のトラヴィスさんとも会えなかった。

 代わりに応対してくれたローレンス伯爵によると、ふたりとも、すでにマクローリン辺境伯領から連れてきた領軍と一緒に、セラッタを発ったという話だった。

 そもそも、ルイスさんがローレンス伯爵領にあるセラッタにいたのは、マクローリン辺境伯の名代として『チリア砦から落ちのびてきた兵士たちの保護をするため』だった。

 その目途を立てるために、彼は各所に連絡を取っていたらしい。
 そんなおりにセラッタを訪れたのが、わたしが樹海深部から救出したコロニー残留組の生徒たちを連れた、帝国第二騎士団だった。

 帝国第二騎士団は、もともとチリア砦に駐留していた組織だ。
 ルイスさんはすぐに、チリア砦の兵士たちの保護に関して、彼らに引継ぎを打診した。

 これを帝国第二騎士団は受諾。
 セラッタでやるべきことを終えたルイスさんとトラヴィスさんは、セラッタを離れたというわけだった。

 これが一週間ほど前の話になる。

 ローレンス伯爵は、ルイスさんたちの向かった先を知らなかったが、ルイスさんが主人の元に戻ったのだとすれば、その目的地はマクローリン辺境伯領の中心都市である鉱山都市ヌルヤスだろう。

 余談だが、コロニー残留組20名余とチリア砦の生き残りを連れた帝国第二騎士団も、すでにセラッタを離れて帝都に向かったのだそうだ。

 無駄足を踏んでしまったのかと、がっくりきたわたしだったが、ここでひとつ、思いがけない幸運があった。

 ローレンス伯爵から、探索隊のみんなが二日前からセラッタに逗留しているという話を聞くことができたのだ。

 エベヌス砦を出たみんなは、その北にある東域三国のひとつヴィスクムを経由して、西側のローレンス伯爵領に入って更に北上、帝都を目指す途中で、ここセラッタを経由したということだった。

 すぐにわたしは、リーダーのところに案内してもらうように、ローレンス伯爵にお願いした。

   ***

 久しぶりに顔を合わせたリーダーは、わたしを労ったあとで、探索隊の主なメンバーに招集をかけた。

「ことの重要性を踏まえると、情報は共有しておいたほうがいいだろう?」

 とのことだった。

 わたしはリーダーと一緒に、セラッタ砦の一角にある会議室で、招集をかけられたメンバーが全員揃うまで待った。

「あ、久しぶりー。優奈先輩っ!」

 騒々しくも部屋に入ってきたのは、やや小柄な女の子だった。

 元気そのものの笑顔に懐かしさを覚えながら、わたしは彼女に挨拶を返した。

「久しぶり、葵ちゃん。元気にしてた?」
「もちっす。先輩も元気そうですねー。エベヌスで会って以来ですから、半月ぶりになります?」

 くりくりした目と、短めのポニーテールが可愛い彼女は、名前を御手洗葵という。
 いつも明るくて元気な女の子だけれど、これでも『剛腕白雪』の二つ名を持つ探索隊の幹部だった。

「石田くんも久しぶりね」
「……うす」

 葵ちゃんのうしろにいた大柄な男子生徒が、短く応えた。

「お元気そうでなによりです」

 彼の名前は、石田哲男。

 朴訥な顔立ちをしていて、背丈が高く、体が大きい。
 多分、百九十センチくらいはあるだろう。

 以前見たときより更に背が伸びているような気がして、成長期の男の子ってすごいな、と思う。

 気は優しくて力持ちを絵に描いたような彼は、葵ちゃんと同じく二つ名を持つ探索隊の幹部だった。
 付けられた二つ名は『堅忍不抜』。

 このふたり、『剛腕白雪』の葵ちゃんと『堅忍不抜』の石田くんは、一年生のチート持ちコンビだ。

 小学校時代からの付き合いだということで、元の世界にいた頃から仲がいいのだという。

 男女のお付き合いはしていないようだが、まあ、親密な関係であることは間違いなかった。

 いまもふたりは並んで、空いている席についた。

「遅かったですね、御手洗さん、石田くん?」

 葵ちゃんはなにかこちらに話しかけてこようとしたようだったが、その前に、冷ややかな声があがった。

 声の主は、探索隊でリーダーの補佐をしている栗山萌子さんだった。
 ノンフレームの眼鏡の下から、一年生ふたりに冷ややかな眼差しが向けられる。

「……すいません」
「む。そんなこと言われても。仕方ないじゃないですか。わたしたち今日はお休みだったんですし」

 幼馴染のふたりは、対照的な反応を見せた。

「寝てたところ叩き起こされたんですよ。いろいろ支度だってありますし、これでも急いで来たんですから」
「休日だからといって、昼過ぎまでだらだらと寝ていたのですか?」
「あー、お説教は聞きたくないっす!」
「……葵」

 両耳を手で押さえる葵ちゃんを、石田くんが窘める。

 ふたりもそうだが、栗山さんも変わりなく元気そうだ。

 元気な姿が見られて安心半分、矛先を向けられたくないなあという思い半分で、彼らのやりとりを見守っていると、そこに口を挟む声があがった。

「全員集まったことだし、そろそろ始めたほうがいいんじゃないかな?」

 にこやかな笑顔を浮かべてそう言ったのは、眼鏡をかけた少し痩せぎすな少年だった。

「みんな忙しいんだから。――ねえ、飯野さん。きみもそう思うよね?」

 穏やかな調子で言って、こちらに水を向けてくる。

「……そうね」

 返した声に、ほのかに苦笑いの気配が混じった。

 こちらも相変わらずだな……と、わたしは眼鏡の彼を見返す。

 この少年は、名前を岡崎琢磨という。
 わたしと同じ二年生で、『万能の器』の二つ名を持っている。

 いまここにいる幹部のなかでは、葵ちゃんの次くらいに、わたしに声をかけてくることが多い人物だった。

 ……というか、彼の場合は女の子によく声をかけているのだけれど。

 女の子の間でも特に手を出されたとかいう話は聞かないし、親切な人ではあると思うのだが、わたしはちょっと彼のことが苦手だった。

 渡辺くんなんかは、はっきりと毛嫌いしていたっけ、と思い出す。

 きっと、チームを組む女の子に対する保護者意識が働いていたのだろう。「飯野さんに気安く声をかけるな」とかなんとか渡辺くんが噛みつくと、岡崎くんはやれやれと肩をすくめていた。

 そんな態度がまた渡辺くんの癇に障ったのだろうけれど、「そんなの知ったことじゃないよね」というのが岡崎くんのスタンスなので、ふたりの間にある溝が埋まることは永遠になかった。

 岡崎くんを追い払ったあと、渡辺くんはいつも十文字くんに愚痴を言っていたものだった。

 ちょっと辟易した様子を見せながらも「お前の気持ちはわかるが落ち着け」と、なぜかわたしのことをちらちら見ながら、十文字くんが返していて……。

 ……やめよう。
 胸が痛くなる思い出だ。

「中嶋さんも、なんか言ってやってくださいよ」

 続いて岡崎くんは、リーダーにも声をかけた。

「え? おれか?」

 リーダーは目を丸めた。
 話を振られるとは思っていなかったらしい。

 軽く首を傾げると、あっさりと返した。

「って言われてもなあ。いいんじゃないの、別に」

 いかにもリーダーらしい物言いだった。

「喧嘩も言い合いも、好きなだけすればいいさ。仲間なんだから。なあ、萌子」
「いえ? わたしは、隊長にはもう少し、隊のみんなに規律を保つように促してほしいと考えていますが?」
「……聞く相手を間違えた。なあ、いいよな。窪田、島津?」

 リーダーが、ここにいる最後のふたりに顔を向けた。

「ここでおれに振るなよ、リーダー」
「……さあ。好きにしたらいいんじゃないの」

 親愛のある呆れた様子で返したのが窪田陽介さん。
 対照的に、クールに返したのが島津結衣さんだ。

 両方ともリーダーと同じ三年生で、少し長髪の窪田さんは『多重存在』、物静かな美人の島津さんは『妖精の輪』の二つ名で知られている。

 ここにいる七名に加えて、コロニーに残った『闇の獣』の轟美弥、『絶対切断』の日比谷浩二、わたしがいない間に探索隊を離れた『疾風怒濤』の柚木園瑠衣、『竜人』の神宮司智也の四名が、かつてコロニーを守っていた探索隊の幹部メンバーとなる。

 数はけっこう減ってしまったけれど、変わらないものもある。

「みんな、冷てぇなぁ……」

 ぼやくリーダーを見て、みんなが笑う。
 探索隊は、上下関係の厳しい組織というよりも、寄り合い所帯的なところが大きかったので、コロニーにいた頃も、こんなふうにリーダーがピエロを演じるシーンは多々あった。

 懐かしさを覚えながら、わたしがやりとりを見守っていると、リーダーが視線を向けてきた。

「さて。あんまり雑談をしていると、萌子に怒られるな。飯野。そろそろ話をしてくれるか?」
「はい」

 どこか抜けたリーダーの言動のお陰で、部屋の空気は穏やかなものになっていた。

 みんながいい雰囲気で耳を傾けたのを確認して、わたしは探索隊に離れている間に自分が知ったことを語り始めた。

   ***

 ――チリア砦襲撃の犯人である工藤陸は潜伏中。

 ――もうひとりの容疑者だった真島孝弘は、当人や同行していたチリア砦の人間の証言から、チリア砦の襲撃には無関係と思われる。
 ただし、探索隊への合流や協力は拒否された。

 ――高屋くんは狂獣となって、どこともしれないところに行ってしまった。

 となれば、優先して対応すべき懸案事項はひとつに絞られる。

「……『天の声』か」

 難しそうな声でリーダーがつぶやくと、窪田さんが顔をしかめた。

「実際、そんなのいるのかよ?」
「おれもそう思わなくもないが、複数の証言があるわけだからな。情報の信憑性は高いだろう」
「だけどなあ、おれたちの身内に、そんな奴がいるなんて……」
「すでに身内にはいないかもしれませんよ?」

 なかなか信じられない様子の窪田さんに、栗山さんが可能性を指摘する。

「エベヌスで、我々から離れて行った者がいるでしょう? 彼らのなかにいたという可能性もあるのではありませんか?」
「ああ。それはありえますね」

 三年生同士の会話に、岡崎くんが口を挟んだ。

「というか、その可能性は高いでしょう」
「うん? どうしてそう思う?」
「簡単なことですよ、中嶋さん。ぼくたちは強力な戦闘力を持っていますが、それも探索隊の外でのことです。同格以上の力を持つ者が多くいる探索隊にいては、見付かってしまえばそれで終わり。逃げられません。……ああ、『韋駄天』ほど足が速ければ別だけどね」

 ちらりとわたしに視線をくれてから、岡崎くんは説明を続ける。

「いずれ、こうして探索隊まで『天の声』の情報が伝わることは、最初から目に見えていたことです。情報が来てから逃げ出せば、自分が『天の声』だと言っているようなもの。となれば、あえて危険な場所に留まる理由もないでしょう。『天の声』は、情報が伝わる前に探索隊から逃げ出した可能性が高い」
「なるほど。一理あるな」
「そうなると、あのときに離れて行った人間は、みんな『天の声』とグルだったのかもしれません。『天の声』が探索隊を離れても不自然にならないような状況を、力を合わせて作り上げた可能性も出てきます」
「……おい、岡崎」

 リーダーと岡崎くんの会話に、窪田さんが口を挟んだ。
 苦々しい口調で言う。

「なんだその言い方は。離れて行ったとはいえ、仲間だぞ」
「ええ。ぼくだって、疑いたくなんてありません。だけど、そういう可能性もありますよね? ぼくたちは、あらゆる可能性を考えて備えるべきだと思いますけど」

 滔々と語る岡崎くんを見て、窪田さんは苦い顔をして黙り込んだ。
 わたしには、窪田さんの気持ちがわかる気がした。

 確かに、可能性という話をしてしまうと、皆無だという証拠はない。
 あらゆる可能性に備えるべきだ、というのも否定はできない。

 とはいえ、第一次遠征隊に参加した百四十名ほどのうち、離れて行った半数にも昇る人間が裏切り者だったなどとは考えられないし、考えたくもない。

 探索隊を離れたとはいえ、彼らもかつては背中を預け合った仲間なのだ。
 なかには、仲の良い人だっている。

 当然、彼らを十把一絡げに悪く言われれば、誰だって腹も立つ。

 気分を害した様子を見せなかったのは、同じ意見らしい栗山さんと、立場上表情に出していないリーダーくらいのものだった。

 そもそも、可能性が皆無とは言えないだけで、さすがにそれだけの人数が裏切っていたとは考えづらい。
 第一次遠征隊に参加した人間の過半数に手を伸ばしていては、どこかで『天の声』の情報が漏れていてもおかしくないはずだ。

「ありがとう、岡崎。そうした可能性がありえることは、頭に入れておこう」

 わたしと同じことを考えたのか、はたまた別の理由があったのか、穏便な形でリーダーが話を引き取ると、岡崎くんは小さく吐息をついて引き下がった。

 代わりに、栗山さんが口を開いた。

「しかし、隊長。どうしましょうか。次々と問題が出てきますね?」
「ああ、そうだな。対応をきちんと考える必要がある……」

 顎に手を当てて思案顔になるリーダーに、わたしは首を傾げた。

「次々と? それって、どういうことですか?」

 こちらを向いたリーダーに尋ねる。

「ひょっとして、わたしの持ち込んだ話以外に、なにかあったんですか?」
「ああ。実は、おれたちがセラッタにいるのは、その件があったからでな。事実関係はまだ不明瞭だが、いくらか情報が集まったことだし、そちらもこの機会に話をしておこうか」

 そういえば、とわたしは思い出した。

 探索隊がセラッタに到着したのは、二日前のことだと聞いた。
 すぐにセラッタを出ることがなかったのは、なにか問題があって、その情報を収集していたかららしい。

 こうしてみんなが集められたのも、わたしの話を聞くためだけではなかった、ということだ。

「事情を知らない飯野がいるから、最初から話そう」

 リーダーはそう前置きしてから、口を開いた。

「どうやらな、おれたちの偽物が出ているらしい」
「は?」

 わたしは、変な声をあげてしまった。

「探索隊のですか?」
「というか、転移者のだな。『偽勇者』とでもいうべきか……おれたちがエベヌスに辿り着いてから、二ヶ月半。そろそろ、この世界の人間たちの間に、新しい転移者が現れたっていう話は浸透しつつあるだろう? おれたちが、過去ない人数現れたってこともな」
「帝都への招集を受けず、長い間、樹海にいたことも知られていますね」

 リーダーの説明を、栗山さんが補足する。

「最後のほうは、遠路はるばるエベヌス砦まで挨拶に訪れる貴族がひっきりなしでした」
「ああ。エベヌス砦に近接しているヴィスクムからは、王族もやってきていたな。応対が大変だった」
「それは隊長の仕事ですから」
「……まあ、そういった状況だから、おれたちの動向は注目されているわけだ」

 すげなくされたリーダーが、わたしに向き直った。

「当然、二か月前からエベヌス砦をばらばらに出て行った奴らがいることも知られている」
「彼らの偽物が出ている、ということですか?」
「状況的には、そうなんだろうな。これは、二日間の情報収集の結果わかったことだが、どうも偽勇者が出たのは、マクローリン辺境伯領やローレンス伯爵領の東にある、いくつかの貴族領が固まった地域だってことだから」
「えっと……?」
「探索隊を抜けた奴らのうち、かなりの数がそのあたりに向かったらしいんだよ」

 ……なるほど。
 探索隊から脱退したメンバーが主に向かった地域で、偽勇者が出ているということか。

 不愉快な話ではあるが、そのあたりに勇者がいると知られているなら、勇者の偽物が現れるのもわかる話だった。

「あのあたりには、割と小さめの領地を持つ貴族が多いんだが、彼らはかなり早い段階でおれたちにコンタクトを取ってきていた。土地が近いからエベヌス砦に縁故が多くて、情報が早く伝わったんだな。早い奴は、おれたちがエベヌス砦に着いて一週間後には挨拶に来ていた。主な貴族だけでも、ハクスリー伯爵、バン子爵、ディクソン子爵、コッパード伯爵、ハバード子爵……そうした貴族たちに声をかけられたって奴がけっこういる」
「あ。わたしもー」
「おれもだ。島津もだろう?」
「……まあ」

 この場にいる幹部も、何人か声をあげる。

「優奈先輩は、その頃、もうチリア砦に向かってましたっけ?」
「そうね」

 葵ちゃんの言葉に、わたしは頷いた。

「けっこう熱烈でしたよ。優奈先輩ってば美人ですし、いたらイケメンの青年貴族に求婚されてたかもしれないっす」
「さすがにそれはないんじゃないかな……」

 苦笑いしたわたしに、岡崎くんが「そんなことはないよ」と言った。

「ぼくも、話をする機会があったさる貴族の方に『娘の婿にほしい』と言われたからね。もちろん、一度も会ったことのない人間と結婚することなんてできないと断ったけれど」
「そ、そんなことが……?」
「勇者という存在は、この世界では本当に特別なものだということだろうな」

 言葉を失ったわたしに、リーダーが重々しい口調で言った。

「それに、帝国南部の貴族には、モンスターの被害に悩まされている者も多いらしい。古くから開拓が進んでいる北部と違って、『昏き森』もたくさん点在しているし、そこをねぐらにするモンスターの数も多いからな。どの貴族も、マクローリン辺境伯やローレンス伯爵みたいに、広い領土と強い力を持っているわけじゃない」

 物憂げに、リーダーは溜め息をついた。

「普通、勇者はすぐに帝都に向かうだろ? そこから先は、サポートをしてくれる聖堂騎士団と一緒にいることが多いし、帝都から遠く離れた帝国南部貴族では、なかなか接触を持つのも難しい。そんな状況で、おれたちは帝都から遠く離れたエベヌス砦に滞在していた。どうしたって『昏き森』は、勇者の力なしには開拓できないわけで、実際にそこで被害が出ている以上、後回しにされたくないと必死になるのを自分勝手だとは言えないさ」
「それでみんな、頼られて探索隊を離れていったんですね」

 納得したわたしは、吐息をついた。

「もちろん、樹海を抜けた時点で、あとは勝手にやらせてもらうと抜けていった奴もいるけどな。そうじゃない奴らも多かったって話だ。偽勇者の噂話は、奴らが向かったそのあたりの地域で流れているらしい。さすがにセラッタだと現地から離れ過ぎていて、これ以上のことはわからなかったけどな」
「状況はわかりました。説明ありがとうございます」

 わたしが礼を言うと、リーダーは気にするなと手を振った。

「情報は共有しておかないとな。さて。これから探索隊として、どう動くかだが……」

 リーダーは顎に手を当てて、思案げな顔を見せた。

「まず対処すべきは、やはり『天の声』だろうな。残念ながら、おれに有効な手立ては思い付かない。なにか意見のある者はいるか?」

 この場の全員に尋ねる。

 チリア砦の襲撃でも、高屋くんの暴走でも、裏で動いていた厄介な相手だ。
 そんな簡単に対策が打てるはずがない。

 普通なら、そうだっただろう。

 だが、ここにいるのは、本来なら世界にひとりかふたりしかいないチート能力者で構成された、探索隊の幹部メンバーである。

「リーダー」

 手を挙げたのは、岡崎くんだった。

「『天の声』ですが、どうにかなると思いますよ」

 彼の発言に、室内に小さく息を呑む音が響いた。

「本当か」
「ええ。少なくとも、探索隊内にまだいるかどうかは燻り出せます」

 確認を取るリーダーに、岡崎くんが答える。

 自信のうかがえる声だった。

「飯野さんの話では、『天の声』は、遠隔地にいる相手と会話可能な精神感応の魔法を扱える能力者だということでした。超長距離を越えて思念を伝える能力は、確かに驚異的です。しかし、どのようなかたちであれ、そうした能力というのは対象との間に『繋がり』が必要になります」
「繋がり?」
「どこにいるともわからない人間に、ボールを投げてぶつけることはできないでしょう? それと同じことですよ。対象の居場所がわからないと、思念を届けることなんてできません」

 リーダーの疑問の声に、たとえ話を交えつつ、岡崎くんが答える。

「現に『天の声』は、行ったこともないだろうチリア砦まで、思念を送っています。それは、予め対象との間に繋がりを作っておいたからこそできたことです。言いかえれば、そうした特別な繋がりを保持している人間こそが『天の声』の容疑者ということになります」
「待て。どうしてそんなことがお前に……いや。そうか、そういうことか」

 なにかに気付いた様子で、リーダーが目を細めた。

「岡崎。お前は『天の声』と同じことができるのか?」
「できますよ」

 当たり前のことのように、岡崎くんは答える。

 それについて、どういうことかと尋ねる人間は、この場にはいなかった。

「だから、それがどういうものかもわかるというわけです。あ。もちろん、ぼくは『天の声』なんかじゃないですけれど」
「安心しろ。おれも、お前がそんなことする奴だとは思っていないよ」

 これについては、わたしも同感だった。

 岡崎くんが仮に『天の声』なら、この場では黙っているだろう……という常識的な判断もあるし、彼の性格を知っているからこそ、『天の声』ではありえないだろうなとも思う。

 十文字くんや高屋くんに接触したとき、『天の声』は彼らの心の弱さに付け込んでいる。

 この岡崎くんに、そういう繊細なことができるようには思えない。
 他にも同じことを考えている人はいるらしく、葵ちゃんなんかは生温かい目で岡崎くんを見ていた。

「岡崎。ひとつ質問がある」

 口元に指を当てて考え込んでいたリーダーが尋ねた。

「お前が言ったその繋がりというのは、第三者にも見極められるものなのか?」
「はい。ただし、『見極める』というより、『繋がりがあるかどうかを感じ取る』と言ったほうが正確ですけどね。握手でもすればわかると思います。まあ、実際には繋がりを一方的に作られている可能性もあるので、『多方面に複数の繋がりを保持している人間』が、『天の声』の容疑者ということになりますね」
「待てよ、岡崎。その繋がりを全部切られてしまえば、おしまいなんじゃないのか?」

 岡崎くんがリーダーの質問に答えると、窪田さんが口を開く。

「大丈夫ですよ、窪田さん。繋がりの痕跡は、しばらく残ります。痕跡は一ヶ月も経てば消えるでしょうが、そうなれば、『天の声』はもう動けません。繋ぎ直すのにも、また接触する必要がありますしね」
「その見分け方というのは、他の人間にも覚えられるのですか?」

 今度は栗山さんが質問した。

 岡崎くんは少し考えてから頷いた。

「そうですね。ある程度、魔法が得意ならどうにかなると思いますよ。もちろん、ぼくたちのなかでの基準で、ですけど」
「だったら……隊長」

 ノンフレームの眼鏡の下の目が、リーダーを映した。

「あなたが覚えるのがいいのではありませんか?」
「おれか?」
「あ。わたしもそれがいいと思いますー。リーダーなら角立たないですし」

 葵ちゃんも賛成の意を示す。

「そうね、それがいいと思う」

 わたしも同意した。
 岡崎くんがやったら角が立つのだけは目に見えている。

 だったら誰が覚えるかとなれば、リーダー以上に適切な配役はなかった。

「わかった。おれがやろう。……また仕事が増えたな」
「仕方がないことと呑み込んでください」

 ぼやいたリーダーに、仕事を振った張本人である栗山さんがつれない口調で言った。

「『天の声』とか名乗ったふざけた人間を捕まえるためです」
「ふざけた……」

 つぶやいたリーダーは、微妙な顔をしていた。

 正体不明の精神感応能力者が、恐らくは便宜上名乗ったのだろう『天の声』という呼称だが、割と好みだったのかもしれない。

 実は、探索隊の二つ名の大半を付けたのはリーダーだったりする。

 リーダー自身の『光の剣』は違うが、「モンスターと戦うためには、みんなの先頭に立って戦う人間が必要だ。そのためには箔を付けないといけない」とかなんとか言って、主なメンバーに二つ名を付けたのだ。

 確かに必要な措置ではあったけれど、半分くらいはリーダーの趣味だったのではないかとわたしは疑っていた。

 ともあれ、一番の懸案事項だった『天の声』への対処の方針が定まったのは、少し気が楽になった。

 とはいえ、まだ他にも決めなければならないことがある。

「あとのふたつ……工藤陸と偽勇者の件については、どうしますか?」

 わたしが尋ねると、表情を改めたリーダーがこちらを向いた。

「考えていたんだが、マクローリン辺境伯を訪ねようと思う」
「マクローリン辺境伯を?」

 リーダーの返答は、わたしは表情を固くさせるものだった。

「ああ。真島孝弘の件が引っ掛かっていてな。辺境伯と真島との間に面識はないんだろ? それなのに、飯野に嘘の情報を流したのだとすれば、辺境伯が転移者って存在自体に対して、よからぬことを考えていないとも限らないからな」
「なるほど」
「ま。その真島孝弘個人が辺境伯に敵意を持たれているなら、力になってやりたいというのもあるけどな」

 納得するわたしに、リーダーが付け加えた。

「え? どうしてリーダーが?」

 わたしは眉をひそめた。

 わたしの知る限り、リーダーと真島との間に交流はなかったはずだ。
 固有能力持ちではあるものの、真島は探索隊のメンバーというわけでもない。

 それどころか、真島は探索隊を警戒している。
 はっきりと敵対しているわけではないが、『天の声』を抱えている可能性の高い探索隊のことは潜在的な敵と看做しているのが実情だろう。

 そんな相手をリーダーが気にかける理由がわからなかった。

「ひょっとして、知り合いだったんですか?」
「いや。そういうわけじゃない。単におれが、一方的に興味を持っているだけの話だ」

 わたしは思わず、大きく顔をしかめてしまった。

「真島に、興味……?」
「ああ。コロニーを逃げ延びて、モンスターと一緒に樹海を生き延びてきたんだろ。大したもんじゃないか。機会があれば、ぜひとも話をしてみたいもんだね。……って、飯野。お前、なんて顔してんだ」
「……別に。なんでもありませんけど」

 わたしは、リーダーから視線を逸らした。

 思い出した。
 この人はこういう人なんだっけ。

 それにしても、あんな奴に興味があるとか、趣味の悪い……。

「優奈先輩。優奈先輩。女の子の顔してないっす。怖いっす」

 葵ちゃんから、なんか酷いことを言われた。

 わたしが頬を両手で揉みほぐしている間に、リーダーは話を進める。

「もうひとつは、辺境伯に偽勇者や工藤の問題への対応を求めるためだ。もちろん、おれたちに対して変なことを考えていないのなら、だがな。辺境伯は帝国南部でも指折りの大貴族だ。工藤の件にせよ、偽勇者の件にせよ、対応してもらえれるならありがたい」
「確かにそうですね」

 栗山さんが同意を示した。

「わたしたちは帝都に向かう途上です。鉱山都市ヌルヤスなら、帝都に向かう途中で寄ることも可能ですから、都合もよろしいかと」
「そういうことだ」

 リーダーは頷いて、その場のみんなを見回した。

「この件について、他になにか意見のある者はいるか?」

 今度は手も挙がらない。
 異論はないようだった。

 わたしとしても、探索隊の方針はこれでかまわないように思える。

 思えるが……。

 リーダーの目が、ひとりひとりの顔を確認するように、ぐるりとメンバーを巡っていく。
 わたしのところで、一瞬、その視線がとまった。

「……?」

 端正な顔に、ほんのわずか怪訝そうな色が浮かんだ。
 しかし、すぐに視線は次に移る。

 最後のひとりまで見回すと、リーダーは口を開いた。

「それじゃあ、いまの方針でおれたちは動くことにする」

 こうして、探索隊のこれからの行き先は決定された。
◆お待たせしました。
ちょっと長くなったので一回切ります。
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