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幕間 第三話 江藤昭二(事故当時30)の場合

初稿: 2013年 09月 26日

(良かった、二人で座れるな)


 江藤昭二は息子の佑太と一緒に乗り込んだローカル線の座席に疲れた腰を降ろした。先頭車両の一番後部、向かいは優先席となっている。優先席には先頭側に老人が、後部側に仲の良さげなカップルが2人座っていた。息子を座席の端に座らせると靴を脱がせてやる。喜んで座席に正座のように座り窓の外を流れる景色を夢中で眺める息子の脇で、多少なりとも眠ろうとし、程なく列車の揺れと規則的な音で穏やかな睡眠へと引き込まれた。


 先々週、妻が都内の病院で出産を終えて今日の夕方に退院の予定なのだ。昨日は妻の居ない最後の夜だったので同僚とかなり遅くまで飲み歩いていた。まだ小さな息子の面倒を見るために郷里から母親が上京しており、佑太の面倒や家事などについては全く心配はなかったのだが、昭二はここぞとばかりにこの数日の夜を満喫していた。


 だが、第二子が生まれたことは当たり前のように喜ばしいし、先週末に顔を見に行った時は、あまりの可愛さにニヤニヤした笑いが止まらずヤニ下がっていた。妻にそのだらしのない顔を笑われても、それが幸せであると思い、表情を改めることもなく、息子と笑いながら帰途についたものだ。


 仕事の関係で出産に立ち会うことの出来なかった昭二を気遣って、退院の日に有給を消化させてくれた上司にもこの夏にはお中元を贈ろうかとさえ考えるほど浮かれた気分だった。流石に昨晩の二日酔いはまだ消えては居ないものの、精神的には幸福度100%の状態で電車に揺られ、幾ばくかの眠りを得られることにすら単純な幸福を感じていた。


 列車が急停車のための急ブレーキを掛けた。


 その反動を受けた昭二は息子を庇う暇もなく隣に座っていた男にぶつかり、勢いのままポールに頭を打ち付ける。


 あまりの痛さに涙が浮かぶが、息子を庇おうと、とにかく腕を広げるが、何かに当たってうまく広げられなかった。


 急制動の勢いを受け、宙を飛ぶように滑りながら必死に佑太の姿を探すと、さっき突っ込んだ隣に座っていた男が、自分のちょっと先に居てポールを掴んだようだ。


 良かった、とにかくあの男の体のどこかに掴まらせて貰えれば……。


 うまく掴まることは出来ず、男に突っ込んでしまった。


 男は少しだけ耐えたようだが、息子がそこに突っ込んでくると息子を抱き寄せた。


 その為にポールを離したようだ。


(俺の佑太を返してくれ!)


 あまり知らない男に佑太を抱かれたくない。


 必死で佑太を抱き返そうとして体勢を崩したのか、昭二はどこかにしたたかに頭を打ち付けると意識を失った。




・・・・・・・・・




 その後江藤昭二は何ヶ月かをぼんやりとして過ごした。


 だんだんと状況が掴めて来て驚いた。どうやら俺は生まれ変わりという奴を経験しているらしいと思った。そうでなければこの状況を理解することなど出来はしない。何しろ外国の田舎町にいるのだ。何がなんだか判らないまま月日は過ぎていく。


 あるとき、この人生での両親が使用人と共に俺をどこか寺院か教会のような場所に連れて行くと、そこで驚くべきことが起こる。今まで理解できなかった言葉の中で理解できる言葉が出てきたのだ。


「ステータスオープン……。…%$”%)#%…。ネームド」


 とか言っていた。明らかにステータスオープンは英語だろうし、ネームドも英語ではないだろうか。言葉なぞそのうち覚えるだろうと高をくくってぼんやりと日々過ごしていたが、この時から江藤の生き方が変わった。貪欲に言葉を覚え、理解していく。それと共に本当の意味での「ステータスオープン」を知り、驚愕に震える。


 一体何なのだ、この世界は? まるでゲームの中に生まれ変わったようじゃないか。


 江藤自身はあまりゲームをやることなく生きてきたこともあるが、最低限有名なソフトを何本かくらいは遊んできた。それを思い出すと同時についでに思い出したこともある。これがゲームの世界なら、必ずあるはずだ。そう、モンスターだ。いやだ、あんな生き物が居るとすれば町から出るのはよそうとさえ思う。そして、効率的に生きるために更に知識を収集していく。




・・・・・・・・・




 数年が経ち、そろそろ幼児からギリギリ少年と言っても良いくらいの年齢になった。江藤昭二、改めロートリック・ファルエルガーズが生まれたのは、この世界でもそこそこ平和な地方であった。その地方都市の領主の跡取りらしい。現在、領主は祖父が務めているが、順調に行けばその二代後の領主になるらしい。確か伯爵とか言っていたような気がする。伯爵がどの程度偉いのかまでは良く知らないが、自分も聞いたことくらいはあるので、上位1%に入る偉さではないだろうかと思い、モンスターと戦う必要が無いことにほっとした。


 来年からは剣の稽古をするらしい。


 面倒だし、直接戦うことなど無いのだろうからそんな稽古はしたくないのだが、伯爵家での決まりらしいので、文句を言っても仕方が無い。大体、俺の持っている固有技能:耐性(ウィルス感染)なんて、モンスターを倒したり、戦争で指揮をしたりするのには何も役立ちそうは無い。そもそも今まで誰に言っても固有技能自体信じて貰えなかったのだ。今はそんな役立たずの固有技能はないものと思うことにしている。


 13歳になると伯爵直轄の騎士団に強制的に入団させられ訓練を積み、17歳までに正騎士に叙任されないといけないらしい。それからまた伯爵家に戻り、将来の伯爵としての勉強をしなくてはならないそうだ。今は6歳なのでいろいろと大目に見て貰えているが、来年、剣の稽古が始まったら一体どうなってしまうのかちょっと不安だ。


 まぁ今まで17歳までに正騎士になれなかった伯爵の家系の人間は居なかったらしいので、その点は少し安心してはいる。大体、普通の貴族は騎士団に入団して2年で正騎士になるのだ。伯爵家の人間の場合、余裕を見て13歳入団、17歳までに叙任、と言っているのだろう。


 とにかく、今は適当にふらふらしているだけだが、そろそろ覚悟を決めて剣に慣れ始めないといけないだろうな。


 

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