第十八話 ゴム
「確かにこのゴムというやつは面白いな。だが、これがすぐに金になるとは思えん。うーん、すぐに考えられるのはこれを沢山作って、何か壊れやすいものを運ぶ時に壊れないように保護する材料にするか……あとは鍬や剣の持ち手に貼り付けて滑り止めくらいか? あとは、なんだろうな。よくわからん」
ヘガードは感触が気に入ったのか、俺が持ち上げている黒い方には注目せず、白い生ゴムをいじりながら言う。充分な答えだ。いくつか特徴を生かしていないが、知識がなければこれだけ思いつくのだって大変なことだろう。領主をやっているので、なにか使い道を見出したいという気持ちさえあれば問題ない。
「僕もこれを見つけたときにはどう使えばいいのかよく分りませんでした。最初は樹液が垂れているのを触ってみてべたべたするなぁ、と思ってそこまでは何も感じませんでした。あるとき垂れた樹液が乾いているとべたべたが減ってちょっともちもちしているところを見つけたのです。それで何かに役立てられないかといろいろいじってみました。それで最初に出来たのがその白い方です」
「あー、そういえば見回りに行った時に、何か小さな桶を持っていたことがあったな。それがこれか……。で、これはどうやって作る? 手間がかかるのか?」
ゴムの入手の経緯から説明を始めた。
「手間はさほどかかりません。その樹液ですがそのまま放って置いても固まりはするのですが、そこまで固まるのにはかなり時間がかかることがわかりました。更に、奇麗には固まらず一部だけや表面だけ固まるのです。また、焚火をしているときに、木から茶色い水が出ますよね。
あるとき、その茶色い水に樹液を零してしまったことがあるのですが、樹液が固まり始めたので気になって魔法で固められないかいろいろ試してみました。そして、いろいろ試した結果地魔法と水魔法、火魔法、無魔法で乾かすと一気に中まで固まることがわかりました」
勿論、焚火云々は出鱈目だ。酢が欲しかったが家には無かったし、ビールを腐らせて作ろうにもそんな無駄な使い方を相談することも出来はしない。しょうがないので木酢液を使っただけだ。その後は魔法で酸を作って効率を上げている。乾燥と言ったのは化学変化を説明するのが面倒だからだけだが、いつか話せばいいだろう。
「ああ、お前達兄弟は魔力は多いからなぁ……。乾燥の魔法は普通は特別な魔物の皮をなめすときくらいにしか使わんと言うのに……。お前のことだから大丈夫だとは思うが誰にも見られてはいないだろうな」
「はい、すべて家の物置の中でやりましたから、そこは問題ありません。でも単に乾かすだけだと樹液の中のゴミや木の屑みたいな混ざりものも一緒に固まってしまうので、一度水に溶かしてさらさらにしてから麻布で漉したものを乾かすほうが奇麗になることに気がつきました。そして、出来るだけ混ざりものを取って作ったのがその白い方です」
「そうか。こういうときの混ざりものは『不純物』と言うのだ。しかし、これは手に吸い付くような感じで気持ちいいな」
ヘガードはよくこうやって言葉を教えてくれる。これはヘガードの教育なのだろう、ファーンやミルーにもよく言葉を教えているところを見かける。教育熱心なのはいいことだと思う。それはそうと、そんなにその感触が気に入ったのか。ヘガードはさっきから白い生ゴムをずっといじりっぱなしだ。
「『不純物』ですね。わかりました。で、そのゴムですが、よく伸びますし、縮むと元の形に戻ります。でも強い力であんまり伸ばすと、限界がきて切れてしまいます」
「ふんふん……」
ヘガードはそれを聞いて思いきり生ゴムを引き延ばし始めた。持前のレベル15の筋力に任せて引っ張る。ああ、切れて痛い思いをする前に止めよう。
「父さま、それ以上引っ張ると切れますよ。切れると縮む勢いでゴムが当たって痛いです」
「お? そうか。だが試してみたいな。切ってもいいか?」
「そりゃ構いませんが……」
おお、すごいな厚さ1cm、長さ14~15cmくらいの小判型のゴムを1m近く引き伸ばしている。あ、切れるな。
バッチーン!
「痛っ!! こりゃー痛いな」
「だから言ったじゃないですか。で、その白い方ですが、柔らかくてよく伸び縮みするのが大きな特徴です。それでも十分役立てられるとは思うのですが」
「ん~、そうか? さっき言った以外だと遊ぶくらいじゃないか?」
「いいえ、例えばこうです」
俺はそう言うとヘガードからちぎれた生ゴムの大きい方を受取り、ナイフを出した。ナイフでゴムの塊から細長い紐状に切り出す。
「こういう感じで細長い紐をゴムで作ります。そして、それを輪っかにしてズボンなど衣類に使えば腰ひもを結ぶ手間を省けます」
「確かに便利だが、それが金になるとは思えんな」
少し失望したような顔つきで言った。
「確かにそうですね。これだけだと単にちょっと便利なだけです。これは僕が考えたゴムの使い道のほんの一例です。ですが、この紐をもう少し太くしてみます」
今度は1cmくらいの太さで切り出す。長さ10cmくらいの紐がとれた。これはポーズなので別にどうでもいいが。切った紐をヘガードに渡しながら言う。
「本当はもう少し長い方がいいのですが、これを使うわけではないのでいいでしょう」
次に俺は右の尻ポケットに挿していたYの字状の木を取り出し、前の右ポケットから小石を取り出した。パチンコだ。パチンコには今切り出したゴム紐と同じくらいの太さで長さが30cm程のゴム紐が取り付けられている。弾帯はあえてつけていない。窓を跳ね上げパチンコに小石をセットすると外に向かって打ち出す。
「!? お、おう。簡単な弓みたいなものか……。威力はどうなんだ?」
これにはかなり驚いたようで、同時に感心したように言った。
「これは同じゴムを使って作りました。今切ったものと長さが違うだけです。威力はゴム紐の長さと太さ、引っ張る長さ、あと飛ばす弾によって変わります。これだと人を狙っても目にでも当たらないと大怪我することはないでしょう」
「なるほど、そうか……改良すればいいということか……」
ゴム紐を引っ張ったりしつつパチンコを見ていたヘガードだが、ふと気がついたように言った。
「そうです。このままのゴムだと相応の威力を出すとすればもっと太く、長くする必要がありますし、本体の方もあわせて大きくするか、こんな木じゃなくて金属などで作った方がいいでしょう。そうなると、大きくて重くなってしまいます。そう考えてゴム自体をもっと切れにくく、伸び縮みしやすいものを作る必要があると思いました」
「うん。それで作ったのが黒い方か?」
「はい、でも実は黒い方は失敗作でした」
「? 失敗作をわざわざ持ってきたのか?」
不思議そうにヘガードが言う。尤もだ。
「この黒い方は、どうにかしてゴムを同じ大きさのまま丈夫に出来ないか、いろいろ混ぜて作っているうちに出来たものです」
「結局、出来たのか?」
もう、せっかちだな。でも仕方ないか。気持はわかるしな。
「一応出来はしました。茶色っぽくなりましたが。これは白い方を作る前、樹液の段階で乾燥して固まる前によく練って北の山の石を粉にしたものを少しづつ混ぜて作りました」
茶色っぽいゴム紐を小石を取り出したポケットから出した。ヘガードが手を出すのでそれを渡してやる。
「ん? それは黒い方の作り方じゃないのか? まあいい……さっきのより細いな。だが、伸びはこっちの方が良い。それに、縮む力も強いな」
「このゴムでさっきと同じようなものを作るとこうなります」
左の尻ポケットからさっきより小型のパチンコを取り出す。
「む、大分小さいな。これでさっきのより「威力はこっちの方が上です」
「そうか……。あとで試してみるか」
かなり感心したようにヘガードが言う。じゃあ、本題に行くか。
「目指したのはそれではありましたが、さっきの黒い方、そうです失敗作と言った方です。これはその茶色の方を作ろうとして、白い方を改良しようと試しているうちに出来ました。しかし、真の完成品はこっちかもしれません。この黒い方は伸び縮みはほとんどしませんし、混ぜものが多いのでちょっとだけ重いのですが、非常に丈夫です。僕はこっちの方が使い道が多いと思います」
「どういうことだ? 伸び縮みが少なくて重いのであれば白や茶色のゴムの方がいいだろう? 丈夫と言っても木の方が丈夫だろう?」
もともとこのオース世界にゴム製品はなかったので無理はない。まだ説明していないゴムの特徴だって知らないだろうしな。
「そうですね。一見するとこの黒いゴムは使い道が狭くなったように思えます。しかし、弾力も全く失われたわけではありません。これは作っているうちに気がついたのですが、伸び縮みする弾力を混ぜものによって無くせばその分硬く、丈夫になります。この丈夫さは作り方によって木を凌ぎます。また、全く弾力が無くなるわけではありませんので何か作った後でちょびっとなら変形もします」
「うーん、よくわからんが、木よりも丈夫になるというのは本当か?」
お、そこに食いついてきたか。でもその説明はもう少し先にさせてくれ。
「はい、ではこれらゴム製品について僕が考えた使い道を説明します。まず最初の白い方、これは樹液を漉して固めただけなので、生ゴムと僕は呼んでいますが、こちらの用途はあまり思いつきませんでした。薄く板状にして馬の鞍に敷いたり、帯状にして何かの柄に巻きつけて滑りどめ、それからやはり板状にしてブーツや靴、サンダルの底に敷けば多少柔らかいので歩くのが楽に……ああ、靴の中の底です。靴の裏でもいいですが、柔らかいのでこれだけだとすぐに削れてしまうでしょうね。
次に茶色い方ですが、これは生ゴムより丈夫で伸び縮みの力も強いです。しかし、同様に刃物で簡単に切れます。使い道は、先ほど言ったように衣服に使ったりさっきの飛び道具に使ったり、こちらも靴に使えるでしょう。また、ある程度の太さの紐にすれば荷造りも楽になるでしょう。
これで袋を作れば山羊や豚の胃袋や皮で作った水筒よりましなものが出来ると思います。ああ、そうです。ゴムは一度乾かして固まると水を通しません。なのでこれで樽などの栓を作ってもいいですし、今ある水筒の栓を作るのも簡単にできますね」
「うーむ、いろいろ出来そうなんだな」
少しはゴムに対しての好感度が上がった感じか?
「そして、この黒い方です。これは茶色いゴムを作る時に使った北の山の石の他に炭を粉にして混ぜました。だから色が黒いのです。北の山の石を粉にしたものを混ぜると最初は伸び縮みが良くなり丈夫になりますが、限度があるようです。炭を加えると伸び縮みは悪くなりますが、硬く、丈夫になります。それ、ちょっと削るか切るかしてみてください」
そう言ってナイフを渡す。ヘガードは黒いゴムにナイフを当てるが思ったより硬いのでちょっと吃驚したようだ。
「これは……硬いな。削れないほどじゃないが。かなり丈夫だ。これなら木よりも硬いかも知れん」
「結構硬いですよね、硬いので硬質ゴムとでも言ったらいいのでしょうか。次はこれを切ってみてください」
俺は更に前の左ポケットから厚さ5mm幅2cm長さ10cm位の短冊状の黒いゴムを取り出す。
「! む……。これは削るのにかなり力がいるな。このナイフだと簡単には切れないな。こんなに小さいのにな……」
「これは出来るだけ沢山の炭の粉と北の山の石の粉を混ぜて時間をかけて作ったものです。重くはなりましたが金属や普通の木よりは軽いはずですし、結構丈夫でしょう?
これを丁度いい形にすれば鎧など武具にも使えるかもしれませんし、硬質ゴムならば靴の底に張れば丈夫な靴も作れます。勿論削れないわけではないですし、金属ほどの頑丈さではないですが。こちらは見た目が黒檀のような艶もあるのでエボナイトと名付けました」
親父の目つきが変わってきた。これはいい感じのようだ。
「これは一日でどのくらいの量が作れるんだ?」
「原料となる樹液は一本の木から一日でちょっとしか取れません。ゴムにすると分量はその三分の一くらいになってしまいます。なので、今のその短冊くらいで十本の木で一日で作れるくらいですね」
「その木、樹液の取れる木だが、どこにどのくらい生えている?」
かなり真剣な顔つきだ。
「村の南西の方に二~三百本くらいでしょうか? 数えてないので正確にはわかりませんが」
「わかった。あと、樹液からゴムを作るのに魔力はどのくらい使うんだ? シャルでも出来そうか?」
なんだかかなりの食い付きのようだ。これはいけそうだな。
「地魔法を使うので難しいと思います。姉さまなら問題なく作れるかもしれません。でも材料は樹液の他は木を焼いたときにでる水と北の山の石、木炭なので魔法がなくても時間と手順さえ間違えなければ誰でも作れますよ。現に今見せたゴムは全て魔法を使わずに作ったものです」
「そうか、ゴムにはいろいろと使い道がありそうだな。試しに何か使えそうなものを作ってみろ。売れそうなら少し多めに作ってドーリットまで売りに行ってみるのもいいだろう。うまく売れたら馬のことは考えよう」
そういうわけで暫くはゴム製品の開発だな。頑張ってみるか。