第十一話 魔法への入口
先ほど帰宅して確認したらなんと、お気に入り登録件数が170件にも達していました。吃驚するやら、こんなに多くの人に読んでもらえて嬉しいやらで、有り難くて、読者の方々に頭が上がりません。
なんか今日の昼くらいからいきなりアクセス数も急激に増加していました。一体何が起こったと言うんです?
2013年9月16日改稿
翌朝から待望の魔法の修行が始まった。
昨晩、限界まで修行して、その後充分な休息を……。と言っていたのが奏功したのだろうか。シャルは随分考えたのだろう。普通はまず、魔力の流れを感知するところから始めるらしいのだが、魔力の限界まで使わせることに比重を置いたようだ。
家の前に椅子を4つ運ぶと、まず小枝を左手に持ち、その先端をシュッっと掠るように右手を振った。と、どうだろう、掠った先に火が点いた。掠った時に右手が僅かに光ったように見えた。手が光ったのが一瞬だったこともあり、朝の陽の光でよくは見えなかったが、確かに手が光った。慌ててシャルを鑑定してみると確かにMPが1減っていた。今、何も言わなかったよな。呪文を唱えたようには見えなかった。
「これが着火の魔法。初歩の魔法だけど、今の貴方たちにはもっと簡単なものから学んで貰うわ。ファーン、この炎を揺らめかせてご覧なさい。両手を炎の両脇に翳して、掌と掌の間に魔力を通すの。右掌から左掌へ魔力を通すように念じなさい。上手くいけば炎が揺らめくわ」
ファーンは言われたとおり火の両脇に手を翳すと何やら難しそうな顔でうんうん唸り始めた。数分もすると小枝は燃えて短くなり、シャルは小枝を地面に落とすと火を踏んで消した。次はミルー、その次は俺だ。
3人とも上手く出来なかった。
シャルは今度は小枝に火をつけるとその枝をミルーに持たせ、自分はファーンを後ろから抱きすくめるようにした。ファーンの両手の外側に自分の両手を位置させると、
「じゃあ、ファーン、行くわよ。この感じを覚えなさい」
と言うと、両手がうっすらと光る。炎は急激に揺らめき始めたが消えることはなかった。
「ファーン、同じように続けられる?」
「うっ、くっ、ううっ、解りました」
ファーンは素直だな。と同時にファーンの鑑定ウインドウを開き、MPを見る。まだ2のまま減っていない。シャルはもう一度ファーンの手の外側に自分の手をやると同じように光らせた。ファーンは、ハッとしたような表情の後、再度気合を込めて炎を見つめた。
すると、ファーンの手もぼうっと青く輝いた。炎が揺らめく。MPは……1だ!
ファーンもMP消費が出来たようだ。
次にシャルは小枝に火を点け、ファーンに持たせるとミルーにも同じように教えた。ミルーはファーンよりも短時間で炎を揺らめかせることが出来たが、限界を迎えたのだろう、眠ってしまった。
シャルは眠るミルーを抱き上げると母屋に入っていく。
「おい、アル、見たか。魔法ってすげーな。俺も母さまみたいに魔法使いになれるかな?」
予想はしていたが、シャルは魔法使いと呼ばれていたのか。
「確かに見ました。凄いですね。僕も使えるといいんですが」
「ははっ、そうだな。でもあれって結構疲れるぜ。流石にアルにはきついかもな。ミルーは疲れ過ぎて眠っちまうくらいだしな」
そんなことを喋っているとシャルが戻ってきた。
「じゃあ、ファーン。さっきの感覚を忘れないうちにもう一度よ」
「えっ、次は僕じゃないんですか?」
ちょっと不満げに言うが
「一度感覚を掴んだら覚えるまで繰り返したほうがいいの、さあ、火をつけたからアル、持っていられる?」
「はい、大丈夫です」
なるほど、感覚的なことなら慣れた方がいいもんな。
「じゃあ、ファーン。もう一度よ」
先ほどのようにシャルはファーンを後ろから抱きすくめると同じように手を輝かせた。今度はさっきより短時間でファーンも炎を揺らめかせることができた。喜びの表情を浮かべるファーンだったが、じきに眠気に耐え切れなくなったようだ。もともとそれを見越していたのだろう、シャルは眠り込んだファーンを抱き上げるとまた母屋に向かった。
「ふうぅ、こうなるから本当は魔法を教えるのはもう少し大きくなってからが普通なのよ。あまり小さい子だと魔力量が少ないからすぐに限界になっちゃうから危険だと言われているのよ」
「普通はどのくらいの歳から魔法の勉強を始めるのですか?」
「そうねぇ、普通は成人してからか、成人するちょっと前くらいからかな? 身体が充分に成長していないと魔力も少ないから、練習にならないこともあるしね」
なるほど、だからみんな魔力量が少ないのか。9歳より前にMPを使い切ることをさせないとまず成長の余地はないからな。
「大丈夫ですよ、曾祖父さまがそんなことをご存知無かったとは思えません。これもきっとなにか訳があるのでしょう」
「そうね、じゃあ、次はアル、あなたよ」
シャルは少し長めの小枝に火をつけるとそれを地面に突き刺した。
「じゃあ、同じように行くわよ」
シャルの手が青く輝くと同時に、俺の手の甲に当てられたシャルの掌から反対側の掌へと何か温かいものが流れるような感じがした。これが魔力の流れか。じんわりと温かく、冬の寒い日にしばれた手をお湯に浸けた時のような感じもする。なるほど、この感じを意識的に起こせれば良い訳か。って、ちょっと待て、出来るか、そんなもん。
「そろそろ一人で出来るかな? いい? 私の魔力の流れを止めるわよ」
「ええっ、もうですか?」
「そうよ。はい、止めた」
むう。途端に炎は揺れなくなった。炎を見つめ、揺れろ、と念じる。
揺れるわけ無い。
ファーンもミルーも出来たのに、ここに来て俺だけ出来ないとか、嘘だろ。
今後の人生設計にも関わってくるじゃねーか。
「アル、炎が揺れるには何が必要なのかな?」
「息を吹きかけたり、風が吹いたり……」
「そう、なら、右手から風を出して、左手で吸い込むように考えてご覧なさい」
なんだよ、そりゃ。手に口でもついてりゃ出来るけどさ。
手のひらに口が出来たところをイメージしてみるが、あまりに不自然すぎる。
炎が揺れるには、空気の流れだけではない、何らかのエネルギーの流れがあればいいはずだ。エネルギー、流れ、流れるエネルギー。
「じゃあ、もう一度お手本ね」
再度シャルが俺の手の甲に掌を当て、魔力を流す。
流れるエネルギー。しかも体の中を流れるエネルギーか。
ふと思いついて、右手から左手へ透明な血管が伝わったところを想像する。
勿論血管の中心は炎の中だ。
考えていると、透明な血管が炎で炙られるところまでイメージしてしまった。
うおおお、これは熱いだろ。
生きながら焼かれる我が血管。
「熱っ!」
なんだ? なんで触ってもいない炎を熱まで感じたんだ?
大体炎と俺の手は15cmは離れている。
こんなロウソクみたいな炎の熱を感じるような距離じゃない。
ならば、何故熱さを感じた?
俺は右手と左手を繋ぐ透明な血管をイメージした。
で、それが灼かれるところまでイメージした。
魔法ってイメージを実際の現象に具象化することか?
次は右手で仮想の団扇を仰ぐイメージで行ってみるか。
実際の右手を動かすことなく小さな団扇を仰ぐイメージ。
パタパタ。
パタパタ。
パタパタ。
「おおっ」
右手だけ一瞬青く光ったと思ったら火が消えた。
左手には風を受けたような感触が残る。
「ええっ、あなた、それ風魔法……」
シャルが絶句する。
「アル、大丈夫? 眠くなってない?」
「はい、大丈夫ですよ、母さま」
「そう、ならもう一度よ」
シャルは再度枝の先端に火をつけなおすと、
「うーん、間違いじゃないし、それも魔法だけれど、それじゃ強すぎて火が消えてしまったわ。さっき言った通り、右手から左手に魔力を流す感じよ」
と言いながら再度俺の手の甲に掌を合わせるシャル。
もう一度手の甲を通して魔力が右手から左手に流れる感覚が発生した。
これは血液が流れる感覚とは違うな。
心臓の鼓動で規則的に押し流されるような物ではなく、定量が常に流れる感じだ。
まるで右手に水道の蛇口が開き、左手の排水口にゆっくりと何かが流れ込んでいくような感覚、とでも言えばいいのであろうか。
「アル、魔力の流れを感じなさい。魔力はあなたの体の中にあって常に体中を廻っているの。その流れをちょっとずらして右手から左手に直接流してあげる感じね」
なんだよ、それ。
常に体の中を廻っているって、血液以外にあるか、そんなもん。リンパ液? 血液と一緒だよ、そんなもん。
ここで気がついた。俺の知識が邪魔をしているのではないだろうか?
俺は現代日本人として当たり前の基礎的な解剖学を学んでいる。
当然その学習項目に「魔力」などという代物は存在するはずも無く。
だが、そんな知識に邪魔されることなかったファーンやミルーは最初から魔力は存在するものとして考えていたはずだ。
俺が抱いている魔力のイメージはシャルやシェーミ婆さんが魔法を使った時の青く輝く手と、今感じているシャルの魔力が発するじんわりとした温かみだ。
体の中を青く輝く温かいゼリーが循環していることを想像し、気持ち悪くなりかけた。
これじゃない。
ゼリー、どこから出てきた?
体の中を血液と混じって青い光の素になる魔力が重なって流れるところを想像する。
常に循環する魔力。
通常は右手の先まで流れると別の血管を伝わって、再度右手の中を戻る存在。
それを直接右手から、左手へ。
頭の中で右手から仮想の透明な右手が分かれて肘から少し内側へ、左手も同様に仮想の透明な左手が分かれて肘から少し内側へ。
今、両掌が合わさった。
両手が青く輝き、炎が揺らめく。
俺の頭の中では仮想の透明な掌にはさまれた炎が逃げるように蠢いている感じで見えている。
シャルが俺の手の内側に自分の手を移動させた。
俺の魔力を感じているのだろうか。
「ええっ、これって……まぁいいわ」
まぐれとは言え、さっき一度魔法を使えたからだろうか、自分でも驚く程簡単に魔力を循環させることが出来たようだ。
「ええっと。母さま、なにか拙かったでしょうか?」
「拙くはないわ。ちゃんと出来てる。慣れてないからかなぁ、ちょっと違う気もするけど」
げ、違うのかよ。
「それより、そろそろ眠くなったでしょ? さぁ、もう休みましょう」
どうしよう、これ以上やって怪しまれるのもまずいか。魔力を流すのに成功すれば手が光るんだし、あとはベッドでやるか。ならば、ここは寝たふりだな。
「うー……」
「あらあら、やっぱりまだ赤ん坊ね。でも、赤ん坊にしては魔力量が多いわ。これは一体どういうことなの? やっぱり天才だからかしら」
シャルは俺を抱き上げるとそんな事を言いながらベッドへ寝かせる。シャルが部屋を出ていったことを薄目で確認し、取り敢えず自分に鑑定をかけてみる。
【アレイン・グリード/5/3/7429 】
【男性/14/2/7428・普人族・グリード士爵家次男】
【状態:良好】
【年齢:1歳】
【レベル:1】
【HP:6(6) MP:20(29)】
【筋力:1】
【俊敏:1】
【器用:1】
【耐久:1】
あれ? 俺は鑑定を、シャルに1回、ファーンに1回、今俺に1回で3回。魔法で最初に仮想の血管を焼いて熱かったときで1回、次に一瞬手が光った時で1回、そして最後に仮想の両手を合わせて1回の合計6回しか使ってないはずだ。何で9も減ってるんだ? 魔法の時は全部MPを2づつ消費したとか……。いやいや、ファーンはちゃんとMP1づつ減っていた。最後に魔法を使ったとき、シャルがちょっと吃驚してたけど、あれか? いやいや、シャルは「ちゃんと出来てる」と言ったはず。
なら、一瞬右手だけ光ったときか? あのときシャルは確かに「風魔法」と言ったはずだ。確かあの時は仮想の団扇を扇いだイメージだったはずだ。これかな?
あ……。風魔法って、シャルが持ってる特殊技能にあったな。なら俺にも既に風魔法が備わっていてもおかしくはない。
「ステータスオープン」
【アレイン・グリード/5/3/7429】
【男性/14/2/7428】
【普人族・グリード士爵家次男】
【特殊技能:水魔法(Lv.0)】
【特殊技能:風魔法(Lv.0)】
【特殊技能:無魔法(Lv.0)】
【固有技能:鑑定(Lv.6)】
【固有技能:天稟の才】
おおっ、よっしゃ。いけたな。ってあれ? 水魔法と無魔法ってなんだよ?
まぁいいや。午後にでも聞いてみよう。
さっさと鑑定ノルマをこなして寝よ、じゃねぇ。
魔力を流す練習をしよう。
俺はベッドに仰向けに寝そべると、両手を上にあげ、掌を30cm程の間隔をあけて向かい合わせに開いた。さっきと同じように仮想の右手と左手をイメージし、その掌を合わせる感じだ。
さっきより慣れてきたのだろう。普通に出来るな。
団扇のイメージでもやってみた。多少時間はかかったが、こちらも出来た。
透明な血管を伸ばして接続。出来た。
一回出来たら、続けざまに出来るようになった。
自転車か。
MPを使い切って寝た。