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異世界へ②

まだまだ作者も主人公も混乱中です。

微修正(12/15)


 風廊の森。ユーレリア大陸中央を走る大山脈。その北西に位置する広大な樹海では、山脈から吹き下ろす風が森中を吹き清め、風の精霊達の息吹が活発なためにそう呼ばれる。その森の中、風を纏って樹の梢から梢へと栗鼠りすのように翔る一人のエルフがいた。


 腰まで届く真っ直ぐ伸びた淡い金髪。若草色の明るい翠瞳。細長く伸びた耳。人族に比して華奢な肢体。風の神霊の加護を受けた彼女なら、エルフという種族の相性としてもこの森は町や村より段違いに心地良いはずだ。しかし、森を急ぐその姿は焦燥に彩られていた。


「何なのこれ? 魔力…のような違うような…。でも、とんでもない力が溢れ出してる!」

 魔人族と同等の魔力量を誇るエルフ。彼女が慌てるほどのあり得ない魔力(?)を、たまたま英気を養うために訪れていたこの森で感知したのである。長い寿命を持つ彼女にしても初めてのことで、不安を感じながらも知的好奇心を抑えられずその現場へと急いでいた。


「え? ウソっ!」

 感じている力の奔流のすぐ傍に、高位の精霊、いや神霊の波動が顕われる。風使いたる彼女は直ぐに悟る。遥か以前、加護を授けてもらった存在…。


「まさか顕現なされたの? この気配は間違いなく『風を統べる女王』……。一体何が起きてるっていうの?」

 驚愕しつつ先を急ぐが、感じていた力の奔流が突如止まった。


《アホーーーーーっ!》

 高貴な神霊、しかも自分と関わりのある神霊の思いもよらない低俗な叫びに身が固まる。

 しかし、非常事態なのは確かのようだ。先を急ぐ。そして見た光景は、怒りのオーラを立ち昇らせた神霊と、その前に立ちすくむ小柄な人族。尊崇する神霊に無礼を働いたに違いないその男を、彼女は背後から思い切り蹴飛ばした。




「あ痛たたた……。風速何メートルだよ。全く……」

 文句を言いながら身を起こし、愛車である3980円の折りたたみ自転車を探す直時。


「ん? 風が止んだ?」

 先程までの暴風は止み、その代わりに張り詰めた空気が流れている事に気付く。

 吹き飛ばされる前に聞いた『声』を思い出し、とてもあんな神々しい人の台詞じゃなかったなと思いながら当人の方を向いた。


「……(怒)」

――その美しい人はこめかみに青筋を立てていらっしゃいました。さらに両拳を握りしめ、心なしか震えておられるようでした。

 直時の背中に冷たい汗が噴き出る。適当な言い訳を必死で考え、何か言わねばと口を開きかけたとき。


「がっ!」

 彼は背後から突風とともに現れた人物に蹴飛ばされ、勢いよく飛んだ。体の前面を地面に投げ出し、ベシャっという擬音が聞こえるような見事な倒れっぷりを見せた。


「痛つつっ! もう何度目だよ…。風に祟られてるんじゃないのか、俺?」

 風の神霊を前に、何ともバチあたりな発言である。。


《あら。御久し振りね。フィリスティア。息災でしたか?》

「御意に。斯様かような場所にて、ご尊顔を拝する栄、喜びに堪えません」

 神霊の前に跪くエルフ、フィリスティア。


《あらあらまあまあ堅苦しいこと! 私と貴女の仲ではありませんか。もう少し気軽な言葉遣いをお願いしたいわ》

「いや、しかし……」

《頼みましたよ。でも、今はしばし置きましょう》

 この世界の言語が理解出来ないため会話に入れず、居心地悪そうに二人を眺めている直時に一瞬視線を向ける『風を統べる女王』。


《ところでフィリスティア。貴女、人魔術も使えましたよね?》

「はい。一通りは修めております」

《彼にこの世界の言葉を憶えさせて欲しいの。今直ぐに》

「まさかそれでは!」

 「この世界の~」という台詞から直ぐに連想出来たのか、眼を見開くフィリスティア。それに頷く神霊。

 この世界、『アースフィア』には方言はあるものの基本的な言語がひとつしかない。世界も全ての命も神が創り、産み出したものだからだ。神が子らへと与えた数多くのものの中に『言葉と文字』が含まれていた。


《そこの貴方。こちらへ》

 言葉は理解できないが、神霊の思念は頭に直接意味が流れ込んでいる。それに従いおそるおそる近寄る。先ほどのお怒り様が怖いらしい。


《言葉が解からないままでは不便でしょう。今から彼女が魔術にて貴方の頭に直接こちらの言語体系を与えてくれます。混乱するかもしれませんが、どうか落ち付いて》

(何が何やら解からんが、情報は必要だもんな。タダでもらえるのなら有難い。しかし魔術ですか……。まあ、あの人も浮いてるし、金髪さんは耳尖ってるし、もしかしてエルフってやつですか? コスプレにしては本格的過ぎるし、とりあえず見たままを受け入れるしかないか…。判断は後でするしかないわな)

 とりあえず損はなかろうと判断した直時は神霊の言葉を受け入れた。


「お願いします」

 神霊の微笑に頷くと、フィリスティアに頭を下げる。

 言葉では無く、彼の様子から意を汲み取った神霊が頷き、フィリスティアが背嚢はいのうから短杖を出し構える。


「我らが言の葉 我らの声 汝の知となり肉と為さん…」

 直時の肩幅程の魔法陣が彼の頭上とフィリスティアの頭上に出現する。


「『転写』!」

 呪文の直後、直時の脳に異世界アースフィアの言語体系の情報が流れ込む。


(おー。これは便利だ。流石は魔術! 睡眠学習も真っ青……だ?)

 感嘆もつかの間、脳を直接掴まれているかのような激しい頭痛に見舞われる。


「ぐががっ!」

 両手で頭を抱え込み蹲る直時。


(ちょっ? これはきっつい!)

 本来なら少しずつ覚えるべきことを一瞬でやってのけるのだ。あまりの負荷に脳が悲鳴を上げ、目の前が赤くなる。

「はぁっはぁっはぁっ。ふぅ」

 直時は何とか持ち堪え身体を起こす。涙目で汗まみれ、鼻血のおまけつきである。

 フィリスティアが無言で近づき、腰のポーチから出した小さな布切れで汗と鼻血を拭ってくれた。顔を覗き込んでくる。


「大丈夫ですか? 私の言葉が判りますか?」

「はい。何とか大丈夫なようです。言葉も理解できます。自分もこちらの言葉を話せていますか?」

 少しずつ治まってくる酷い頭痛を我慢して、なんとか微笑を返す。多少引き攣っていたが……。


「術式は成功のようですね。言葉はきちんと通じていますよ。しかし、よく堪え切れましたね。言語体系全てとなると、普通なら丸三日は意識が戻ることはありませんのに……。さすが異世界人といったところでしょうか」

「えええっ? そんな危ない魔法だったのか……」

 最後の言葉に引っかかるが、今更ながら安易に頷いた自分を後悔しつつ、少し恨めしげな顔で神霊の方を向く。


「あら。私は大丈夫だと確信しておりましたよ?」

 罪の意識の欠片も見せず微笑む神霊。頭の中でしか判らなかった言葉が理解できるようになっている。その屈託のない笑顔が途端に真剣なものになった。


「では。あまり時間が無いことですし、必要なお話をいたしましょうか?」

 直時と、フィリスティアが背筋を伸ばす。

 改めて神霊を凝視した直時が少し顔を赤らめて視線を逸らした。


「あのぅ……。その前に宜しいでしょうか?」

「何でしょう?」

「もう一枚上着を羽織ってもらえませんか? そのね……。透けてるんで……。眼の遣りどころが無いっていうか」

 そうなのである。今の今まで落ち着いて見ていられなかったのもあるが、神霊は真っ白で薄い衣一枚なのである。元の世界のシースルー下着ほどではないが、それでもかなり透け透けなのである。

 この世界において、高位の存在である神霊を性的な目で見る者はいない。畏れ多くてそんな意識など欠片も浮かんでこないのが普通である。しかし、直時は神も神霊も精霊もいない世界の人間だ。宙に浮かび神々しい雰囲気を纏っているといっても、妙齢の美しい女性がシースルー姿であるというのはどうにも居心地が悪い上に直視できなかった。故の必然的な要望だった。

 女性に対して及び腰であるが、男としての煩悩は充分以上に持っている。勿論今までの光景は脳内フォルダに永久保存されたのは言うまでもない。


「……」

「……」

「……(チラリ)」

 順番として神霊とフィリスティアと直時。皆が無言で顔を見合わせる。最後のチラ見は、見納めとばかりに眼に焼きつけた直時である。


「無礼者っ!」

 一番に反応したのはフィリスティアだった。竜巻を召喚し直時を吹き飛ばす。


「ぶへらっ!」

 錐揉みしながら飛んでいく憐れな男に、虫けらを見るような一瞥を与えた彼女は、尊崇する神霊へと顔を向けた。


「はわっ! あわわわわっ!」

 そこには真っ赤になって両手で身体を隠すように抱きしめて身を縮込ませている『風を統べる女王』の姿があった。頭からは湯気の立ち昇っている。

 あまりの光景に眼が点になるフィリスティアであるが、慌てて自身のローブを外して駆け寄る。


「ここここここの姿ってはしたなかったのかしら? ねぇ? えぐっ! えぅ!」

 最後は涙目である。威厳も何もあったものではない。


「今までずっとこの格好だったのにっ! もしかして私って、ろろろ、露出狂だとか思われてたり? エ、エ、エロい神霊とか謂われてたり? ままままさか春画のモデルだったりぃぃぃーーーーー!」

「お気を確かに! こやつはこの世界の尊きものを何ひとつ知らぬ慮外ものです! 石や木に同じ! むしろ虫です! ゴミです! 貴女様が何一つ気になさる理由はございません!」

 有史以来の大混乱である…。


神霊様も大混乱です。

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