タイトルセンスがない・・・絶望した!
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異世界へ
その日、その時、その場所。
事故。奇跡。災害。偶然。様々あるが、めったに出合うことがないものに出合ってしまう。中にはひと目惚れなんて幸運な人もいるだろう。
しかし、今日。この時。この場所に居合わせた彼にとって、それは幸運との出会いであったのか、不幸のはじまりだったのか。判断は彼に委ねることになる。
日比野 直時。
身体的特徴。平均的日本人男性としては少し小さい165センチメートル。痩せ型。
顔、並。本人は眼つきが悪いと思っているため、意識してぼーっとした顔付きを心がけている。
運動神経悪くもないが秀でた点もない。特に運動するでもなく、お酒を飲みながらネットや漫画やアニメをだらだらと楽しむのがなによりの幸せという、世間一般的には無害だが地味な印象の男性である。
直時は上機嫌で愛車である3980円の折りたたみ自転車を駆っていた。なにしろ久しぶりの休みである。実家が自営業とはいっても内実は家内制。家族なぞ賃金のいらない労働力と捉えている両親のもと、ひと月に一日あるかないかという休日である。このささやかな一日を、買い物という散財で得た戦利品で過ごす贅沢を満喫しようと家路へと急いでいた。
今、彼のショルダーバッグには、本屋で立ち読みの末購入した文庫本五冊新書三冊と、古本屋でまとめ買いしたシリーズもの漫画二一冊と文庫本十二冊。煙草屋のばあちゃんに頼んでおいた、キセル用刻み煙草と銀の吸い口で黒漆のキセル(煙草の増税をきっかけに試したらハマってしまった)、今夜飲む予定の安いテーブルワイン(赤)一本が入っている。
肩にかかる重さはかなりのものだが、彼はその重さも幸せの重さであると感じて、上機嫌でペダルをこいでいた。トータルの値段を考えると安い幸せである。
書店で斜め読みした文庫本の粗筋に、心ときめかせながら家への最後の曲がり角でハンドルを切った先にあったのは『白色の靄』だった。
「誰か変なもの燃やしたんだろか? まあいいや。突っ切るべし!」
危険な臭いもしないうえ、休日と買い物でテンションが上がっていた彼は実に良い笑顔のまま『靄』に愛車を突っ込ませた。
その途端、『靄』は渦を巻きだし、周囲を暴風が吹き荒れる。いや、大気ごと前方へと途轍もない勢いで吸い込まれているのだ。
「うぁい!」
奇声を上げるも逆らえず直進すると…。
直時の予想通りすぐに抜けられた『靄』の先には、予想通りのいつも通りの町並みはなかった。
「樹ぃ?」
彼の眼前に突然現れた森の一角。直進すればひときわ大きな樹に直撃する。ハンドル操作も間に合わないと判断した直時は、見かけに似合わない反射神経で、倒れない程度にハンドルを左に切りながら、右足で思いっきり地面を蹴った。
前輪に衝撃。
直撃はしなかったものの、大樹の根っこに引っかかり、前方に大きく投げだされるも、とっさに鞄を抱え込み背中を丸めて宙を飛ぶ。
「ごふっ」
背中からくる衝撃に耐えて地面を転がる。
「っつーーーっ。あああ! 本! ワイン! 煙草!」
痛みに顔をしかめて慌てて戦利品の無事を確認する。安堵の溜息をついている様子を見るに、荷は無事だったようだ。
しかし、彼はすぐに混乱する。それはいきなり変化した周囲の情景のためではなく、いきなり顕われた存在によるものだった。
自分が突っ込んだものとはまた違う、突如現れた眼に見えるほどの空気の渦。高速回転ゆえに雲さえ引いている高さ五メートル幅二メートルほどの紡錘形の竜巻。
(あんな竜巻にちょこっとでも触ったら錐揉みしながら弾き飛ばされそうだなぁ)
などと直時が暢気に眺めていると、その竜巻から『緑色』の光が溢れ出した。
「プラズマ? プラズマか!」
混乱のあまりおかしな勘違いを叫ぶ彼の前に、緑光の中から顕われたのはこの世の者とは思えない美しい女性だった。
腰の下まであるオリーブ色の髪を風に漂わせ、魂を吸い込まれるような翠瞳をもつ、神々しい美しさ…。
純白の薄衣を纏った姿に呆けていた彼は、陽に透けてうっすら視える肢体に赤面してあわてて視線を逸らす。
「(戻りなさい! 急いで!)」
「え?」
直時の耳からは理解不能な言語が、そしてはっきりとした意味が頭に響く。
「(時間がないのです! 早くしなさい!)」
女性は切羽詰まった様子で彼の背後を指さす。
あわてて振りかえる直時が思わず目を見張る。
『穴』が開いていた。それも何もない空間に。そこから猛烈な勢いで風が吹き出し、彼が自転車で突っ込んだ『白色の靄』が噴き出している。
「なんじゃこりゃあ!」
眼を白黒させる直時へ頭の声は続ける。
「(疑問も混乱も今は置いておきなさい! 帰れなくなります!)」
有無を言わせぬ『声』に焦燥と若干の怒りが感じられる。何が何やら判断がつかないが、このままでは不味い状況に陥りそうだと直感した。
「了解しました!」
バッグを抱えつつ、地元消防団の癖で直立、敬礼し、『穴』へと走る。しかし、逆風がきつく思うように前に進めない。
「(あと少しだけ維持します! 頑張って!)」
後ろからの『声』に押されるように、吹き飛ばされないようにと、腰を低くし一歩ずつ進む。向かい風はもはや呼吸するのもきついくらいで、とても走れそうにない。
でも、あと一息。
「(少しでも亀裂の向こうへ身体を入れることが出来れば帰ることが出来ます。さようなら、一瞬の客人さん)」
優しそうな『声』に多少の後ろ髪を惹かれつつも『穴』へと手を伸ばし…。
「あっ!自転車っ!」
振りかえり愛車を探した瞬間。
「ぶふぅっ!」
吹き飛ばされ転がっていく直時に女性が眼を見開く。
「(―――っ!)」
暴風が止んだ瞬間、辺り一帯に声にならない怒りとも悲鳴ともつかない罵声が響きわたった。
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