冒険準備②
予定より大幅に早く町へと戻ると、起き出した住民達が活動を始めたようだ。そこかしこの店が開店の準備を始め、忙しなく往き来する人が増えていた。
「何か余裕が出来たのに疲れちゃった気がする……。まあいいわ……。ヒビノの装備を調えに行きましょう」
フィアの出発は正午である。自分の準備は食糧くらいなので、先ずは独りで活動する直時の準備を優先する。
「主武器は槍でいいとして、他にも何か見繕っておきましょう」
手始めに武器屋に行くことになった。男として色々な物が刺激され、直時は単純に喜んでしまう。
リスタルの中央大通りを歩く二人は、フィアが見つけた店に足を向ける。木の看板には剣と楯が彫り込まれ、武器だけでなく防具も取り扱っている事を表している。
所狭しと並べられた武器に年甲斐もなく惹き寄せられる直時。二メートルはあろうかという斧槍。波打つ刃が美しい大剣。無骨な片手剣。尖ったハンマーの様な得物は戦鎚だろうか? 他にも普人族に扱えるとは思えない重量感溢れる戦斧等々。
「はいはい。涎を垂らして眺めるのはそれまでにして、自分が扱えそうな武器を選びなさい。分をわきまえて選んでよね」
「了解」
フィアの言葉に正気に戻る。
(格好良いけど両刃の両手剣とか無理だな。片手剣も分厚過ぎる。無茶苦茶重そうだしな。戦国時代の合戦とかじゃ槍と弓が合理的だったらしいしなぁ。弓は当てるの難しそうだし却下。槍は盗賊から奪った物があるから、近接戦闘用の武器が要るってことか)
自分の命に関わることだと改めて肝に銘じ真剣に選ぶ。
(実戦経験があるわけじゃ無し、使ったことのある刃物といえば料理で包丁とナイフ、野外活動で鎌と手斧と鉈くらいか)
直時は大型の武器が並べられている前から、片手用の武器が陳列されている棚へと移る。大振りな物には目もくれず、小振りな武器を熱心に眺める。
「これとこれにする」
選んだのは丈夫そうな刃渡り30センチ程の片刃のナイフと、同じくらいの刃渡りの肉厚の鉈であった。ナイフと鉈を片手で軽く振って手応えを確かめてみる。
「地味なのを選んだみたいだけど、それで良いの?」
言葉とは裏腹に、フィアは感心しているようだ。
単に武器として使えるだけでなく、用途の広いナイフと鉈を選択したことに冒険者として最低限のスキルがあると判断されたようだ。
「これなら俺でも使えるからね。鉈の柄は一握り長い物に出来ますか?」
後半は店主に向けてである。
「勿論だ。ちょいと待ってな」
直時の武器選びを興味深げに見ていた禿頭で髭面の親父が鉈を手に店の奥に引っ込む。
「大剣とか選んだら殴ってやろうと思ってたのに、堅実な得物を選んだものね。意外だったわ」
「分をわきまえろって言ってただろ? 実際に自分の命が懸かってるんだから、使えない高価な武器より使える得物を選ぶに決まってる」
店主が戻ってくるまで防具を見繕っていたが、金属鎧だの盾だのを装備して動ける体格じゃないと自覚している。直時はフィアのような動きやすい革鎧を物色する。
「鎧は身体に合わせて調整しないといけないから時間が掛かるわよ?」
フィアの助言に今回は見送ることにした。
「待たせたな」
奥から店主が戻ってくる。
「持ってみな」
直時は渡された鉈を手に取った。
先程までは片手で扱うため柄は短く、握り拳二つくらいの長さであったのが、今は握り拳三つ分ほどになっている。すっぽ抜けないように柄の先端には若干の返しが付いている。
直時は先ず、柄の根元を片手で持って振ってみる。重心が柄に寄ったため、刃の重みが軽減され取り回しが楽だ。片手でも難なく扱える。
次いで柄の端を握って片手で振る。長くなった分重い。しかし、威力は遠心力が増した分増えただろう。
最後に両手で握って振ってみる。左手でしっかり固定し、右手は添えるだけ。振りまわすのは身体全体のバネ。軽い。
「兄ちゃん。本当に剣は要らねぇのかい?」
感心した顔で聞いてくる店主。
「使ったことないんですよ。少しこの町で稼ごうと思ってるんで、お金が貯まったら買いに来ます」
頭を掻きながら済まなさそうに答える。
「あと、革鎧の材料になる革布はありますか?」
「おう! どれくらい要り用なんだ?」
「マントの半分くらいの大きさで一番安いので良いです」
「あっはっは! 見込みがある兄ちゃんだし、精々サービスさせてもらうわー」
何故か気に入られたようである。フィアが小さく笑っている。
「全部で銀判貨一〇枚ってとこだが、八枚に負けてやろう。鉈とナイフの鞘と革帯も持って行け」
「えええっ! 嬉しいですけど良いんですか?」
「そのかわり次に武器を買う時は絶対にうちに来い!」
「勿論そうさせてもらいます!」
「がはははは! 待ってるからな! 鉈とナイフは何処に装備する? ここで調整してけ」
腰や太股、脇の下と色々試した結果、ナイフは左腰に、鉈は腰の後ろに右手で取れる位置に決まった。
「兄ちゃんの名前を聞いてなかったな。俺はブラニー・ベルツ。このベルツ戦具店の店主だ」
「タダトキ・ヒビノです。宜しく」
直時の下げた頭をベルツの大きな掌がガシガシと荒っぽく撫でた。
正午まで時間があったので、フィアの保存食と直時所望の裁縫道具を購入し、宿へと戻る。フィアの出発に間に合うよう食事の時間も取れるようなので、荷物を部屋へ置いた二人は食堂へと向かった。
「あら! こんにちは。早朝からお出かけのようでしたが、御昼食はこちらで?」
受付のアイリスが声を掛けてきた。
「ちょっと急ぎの用事があったの。朝御飯食べ損ねちゃったわ」
「ふふ。その分お昼は存分に召し上がってくださいな」
直時も朝食抜きを思い出し、空腹感が増す。
「ちょっと早いけど、食堂は開いてる?」
フィアが確認する。
「大丈夫ですよ。御食事されているお客さんもいらっしゃいます」
アイリスの返事に安心して食堂に入る二人。さすがに客はまばらであったが、見知った顔が見えた。
「おう! こっちだこっち! 一緒に食おうぜ」
ガラム一行が大テーブルの一つを占有していた。
「貴方達もここで昼食?」
「まあな。ここの飯は美味いからな」
「集合場所はギルドじゃなくても良かったわね」
「いや、そっちのお連れさんがギルド登録するんだろ?」
テーブルメンバーの視線が直時に集中する。
「判らない事はギルドの職員さんに聞くのでお気使いなく。フィアも折角皆さんが集まってらっしゃるし、ここから出発すれば?」
直時としては何から何まで面倒みてもらうのも居心地が悪い。
「じゃあそうするかなぁ」
少し不服そうなフィア。
「とりあえず、座りなよ。フィア嬢と?」
優男のリシュナンテが窺うように直時を見る。
「タダトキ・ヒビノです。御相伴に与ります」
ガラムの隣に座ったフィアの横に腰を下ろす。
ちなみに、ガラムの反対横には妹のラーナ、続いてリシュナンテ、ダン、ヒルデガルドと座っている。
「そう固くなりなさんな。俺の名はガラムだ」
「はい。昨夜の方ですね。ガラム・ガーリヤさんと記憶しております」
虎男の迫力についつい敬語である。
ガラムはリーダーとして、仲間を順に紹介していく。フィアと隊を組むことであるし、名前と顔を憶えていく直時だったが、うち二人の視線が少し気になった。
(リシュナンテは魔術師か……。『アスタの闇衣』に反応したか? 何を隠しているか知られなければ問題ないだろう。あとヒルデガルドって竜の人も気付いてるっぽいな。注意しとこう)
フィアを見つけて飛んできた給仕のミュンに昼食の注文を頼む。フィアはミュンお勧めの魔鳥のロースト。直時はヒルデガルドが執拗に勧めた自分と同じクリームシチューと芋のサラダ。パンは同席したのだからと、ガラム達のパン籠から頂戴することになった。
「出掛けていたのはヒビノの魔術指導と装備の購入か? して、どのような武具を購入したのかの?」
ドワーフのダンが直時の装備を聞く。
「自分は初めての冒険者活動ですし、護身用の槍の他に便利な品ということでナイフと鉈を購入してきただけです。鎧は装備した方が動けなくなるだろうし、買いませんでした」
うむうむとダンが頷いている。
「先ず実用的な品をという選択は正しいのう。初心者としてはなかなかであると思うぞ? これからは日々精進されるがよい」
謙虚な姿勢の直時を気に入ったようである。単に自信が無いとも言えるが。
「それでどんな魔術を教わったのだ?」
いつの間にか直時の隣に移動したヒルデガルドである。
「基本の攻撃魔術ということで、炎弾の術を教えてもらいました」
突然の至近距離からの質問に狼狽えてしまう直時。フィアの眉がピクリと動く。
「ちょっと待て。冒険者になろうという者に、炎弾の術式だけしか教えていないのか?」
ヒルデガルドがフィアに問い質す。
「タダで教えてもらえるんだから、最初はそんなもんでしょ?」
「槍の手練なのか?」
「いやいやいや。俺は武器そのものが初めてですよ」
「おいおい! 武術も魔術も素人な奴を冒険者ギルドに放り込むのか?」
流石にガラムが驚愕する。妹のラーナも可哀想にと呟いた。何やら空気がおかしい。
皆の非難がフィアに集中してしまい、居心地が悪くなった直時は、ちょっと言い訳を始めた。
「まあ、ゆっくりこつこつと安全な依頼から経験を積んで行こうと思ってますから大丈夫ですよ。攻撃魔術も実力が上がれば段階的に教えてもらえるそうだし」
いざという時は精霊術全開で対処しますとは当然言えない。フィアがムスッとしている。
「こちらの依頼が終わったら私が指導してやっても良いぞ?」
ヒルデガルドが直時の耳元で囁く。
「……遊んでますね?」
「お姉さんは本気だよ?」
確信を持って問う直時に、艶然とした微笑が返ってくる。
(いや! この顔は絶対に遊んでる! いじってる! 玩具認定しているっ!)
直時の確信は深まるだけであった。
出発の時間となった。
早めの昼食を済ませた一行を見送るべく、直時も宿屋の前に出る。フィアがすぐ隣に並んだ。
「今朝言ったこと、くれぐれも憶えておいてね。自分でも言ってた通り、コツコツと安全にね? 無茶は厳禁よ?」
「わかってるって。ごめんな、心配懸けて」
本当なら残りたそうだが、依頼を引き受けたばかりではそれも出来ない。フィアの心配を余所に、直時は相変わらずのほほんとしていた。
「皆さん、どうかご無事で! 依頼の達成を祈ってます」
全員が直時に笑顔を返した。
直時と別れた後、フィアを含むガラム隊の面々はリスタルの街の外、街道脇の草原で本当の出発をしようとしていた。
「さて、加護祭まであと十日。既に設営隊は現地入りを始めている。ここからは急行するが準備はいいか?」
リーダーのガラムがメンバーの顔を見回す。
リスタルから目的地のリメレンの泉まで十日かかるというのは、あくまでも普人族が普通に移動してのことである。移動補助魔術や、騎乗魔獣の移動でも基本的に街道に沿って移動するため、時間がかかる。
しかし、高い能力を持つ高レベル冒険者達に街道の有無はあまり意味がない。精霊術を憶えたばかりの直時でさえ、一般の三倍以上の移動力がある。
全員が頷いたのを見届けたガラム。
「じゃあ予定通り三日の行程で進むぞ?」
ガラムが魔力を四肢に集中させる。ラーナも同様だ。
ダンが土の精霊術で石製の小船を作り、リシュナンテがそれに『浮遊』『地走り』の人魔術を施す。
ヒルデガルドは背中から竜翼を伸ばした。
「風の精霊で加速出来るから、もう少し早くなるわよ?」
フィアが風を纏いながら言う。
「全員にいけるのか?」
「任せなさい」
ガラムの問いに力強く応える。
「精霊達、我と仲間を重さの楔から解き放ち、その身を運べ……」
呪文ではなく精霊との対話である。
「身体が羽毛みたい!」
ラーナが感嘆の声を上げた。
「流石は晴嵐の魔女……。これなら二日かからないんじゃないか?」
ガラムからは呆れたような声だ。
「では、往くか!」
ガラムが先頭を切って、目的地であるリメレンの泉へ最短の方角へ駆けはじめる。
四肢を魔力で強化し疾駆する虎人族。
空気を押し退け低空を飛ぶ石船にはドワーフと普人族。
その頭上には翼を広げた竜人族。
皆と自身に風を纏わせ宙を翔るフィアは少し後方だ。
六つの影は野を森を山を谷を一陣の風のように吹き抜けて往くのだった。
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