表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

第十二話 ??⇔トモダチ⇔カレシ⇔カノジョ⇔??

 お盆に、オムライスと水の入ったグラスを載せて、大崎君は食堂の扉を押した。

 彼らは二階のカフェテラスに行くようだった。

 栄次は頬杖をついて、彼らの声に耳をすました。

 声は次第と遠くなっていった。

  

 栄次はテーブルクロスをつまんで、いった。

「もう行ったぜ」

「ほんとでしょうね」

 薄暗いテーブルの下で、紗枝は両膝の間に顔をうずめて、三角座りをしていた。

「イタい子に見えるから、お止めなさい」

 栄次は同情をこめていった。

 紗枝は、もそもそとテーブルの下から這い出てきた。

 顔を赤くしたまま、栄次の向かいの椅子に、紗枝は腰かけた。

「何で隠れるの?」

 栄次は、困った顔で尋ねた。

「何か……まだ今は、会うのが悔しいから」

 紗枝は、目を伏して、いった。

「何、まだ好きなの?」

 頬杖をついて、栄次はいった。

「好きというか……分かんない。好きなのかな、あたし?」

「俺に聞くなよ」

 栄次はまた困ったようにして、首をかしいだ。

 紗枝はむうと、頬に空気を含んだ。

「んー、とにかく!」 

 紗枝は両手を広げていった。

「とにかく、何かこう。もっと綺麗になってから、ばばーんとお目見えしたいの」

「ばばーんと、ね」

「そう」

 顔をますます赤くして、紗枝は栄次に訴えるように何度もうなずいた。

「そっか」

 栄次は力の抜けたそっけない返事をした。

「そうなの、悪いの?」

「いや、悪くないけどね」

 頬杖をついて顔を少し右に傾けていた栄次は、そのままの姿勢で紗枝の瞳をじっと見つめた。

「そのままでいいのに」

 紗枝のノドが、こくりと鳴った。

 それは、まだ小さすぎて、栄次には聞こえない音だった。

「―何よ。エステ、紹介したくせに」

 腕を伸ばして、紗枝はゴツリと栄次の頭をパンチした。

「あいで」

 栄次は、負けじと自分も、紗枝を小突いた。

「あいたー。女の子を殴る?」

「殴ったんだから、当然」

 テーブルに、ようやく笑いが戻った。

 緊張がほどけた様に、二人はけらけら笑い、お互いをバシバシと叩きあった。

 

 食堂にいた何人かの学生が、二人を見ながら、くすくす笑って、いった。

「ね、見てみて、あの二人」

「可愛いねー」

「ね……付き合ってるのかな? あの二人」

 

 もちろん紗枝と栄次には、彼らのひそひそ話は聞こえていなかった。

 その時、《ががが》という音が、二人の間に割って入った。

「あ」

 栄次は、手元の携帯を見た。

 テーブルに置いてあった栄次の携帯が、バイブで振るえている。

「あ、彼女でしょ?」

 紗枝はぴたりと手を止め、栄次に聞いた。

「おう、多分ね」

 栄次は携帯をとり、メールを開いた。

 すると、急に真顔になって、栄次は黙りこくってしまった。

「……」

 画面に食い入る栄次を見ながら、紗枝はノートを片付け始めた。

 紗枝が席を立ったとき、栄次は、はっと顔を上げた。

 紗枝は微笑んだ。

「あたし次、授業あるから。栄次は?」

「あ、俺、次は休みだわ」

 栄次はいった。

「そっか。じゃあまたね」

 紗枝は手をふって、テーブルから離れた。

 紗枝なりに気を遣ってくれたのが、栄次には嬉しくもあり、申し訳なくもあった。

「おう、また」

 栄次は、はなれていく紗枝に手をふった。少し困ったような、寂しいような表情をして。


 *  

 

 紗枝はそそくさと食堂を出て、教室へ向かった。

 授業はもう始まっていた。紗枝は後ろのドアから、そっと教室に入った。

 同じクラスの、エミの背中が見えた。

 紗枝は静かにエミの隣にきて、椅子に腰かけた。

「あ。紗枝ちゃん」

 エミが小声でいった。

「ごめーんエミ。途中までのノートを見せてもらっていい?」

 紗枝は手を合わせて頼んだ。

 エミは紗枝の方にノートをずらして見せてくれた。

 紗枝がノートを写している間、エミがそっとささやいた。

「ね。紗枝ちゃん。最近、牧野君と仲いいね?」

「え?」

 小声で紗枝は、驚きの声を出した。

「大崎君のこと、吹っ切れたみたい……?」

「あー。うん、まあそれは」

 困ったように、紗枝はいった。

 紗枝は、あまり自分の恋愛について女友達には話さない主義だった。

 でも、噂は自然に広がっていくものだ。

 エミは紗枝から聞かなくても、大崎君との事について、誰かから聞いてしっているのだった。

「でも、栄次とはそんなんじゃないよ。だって彼女いるし」

「えー、そうなの?」

 エミが驚いた顔をしていった。

―あ。やばい。シークレットをもらしたかも。

 紗枝は慌てて、エミにいった。

「これ、秘密にしといてね」

「うんうん。もちろん」

 エミは微笑んで、強くうなずいた。

 約束は絶対に破られるだろうと、紗枝は思った。

 

 紗枝からノートを返してもらうと、エミは再び授業に集中した。

 紗枝はノートを読み返しながら、教授の講義を聞き流し、全く別の事を考えていた。

―そうだよねぇ。あんまり栄次と仲良くしてると、彼女さんに悪いかな。

 紗枝は、まだ会ったことのない、栄次の彼女について考えた。

 栄次の彼女が他大学の人だとは聞いていた。

 なので、紗枝も大学での栄次との付き合いに、遠慮が無かったのは、確かだった。

―友情と恋愛って全然違うのに。はたから見たら同じに見えるのかな……

 紗枝は、となりのエミをちらりと見た。

―エミには、あたしと栄次が付き合っているように見えたのかぁ。

 でも、友情と恋愛って全然違うよね……

 

 紗枝はそう思いながら、大崎君と栄次を、交互に想像してみた。

 すると、やはり大崎君のイメージが、紗枝の胸を切なくさせるのだった。

 あの、ドキドキしていた頃。好きだけど告白もせず、大崎君の姿を追っていたあの頃の気持ちに戻るのだった。


 *


「あと十分で、食堂を閉めるよ」

 食堂のおばさんが、テーブルを拭いてまわりながら、学生たちに声をかけた。

 食堂に残っていた栄次は、開いた参考書とノートの前で、呆然と携帯の画面を眺めていた。

「何なんでしょうねぇ」

 栄次はその場で一人、ポツリとつぶやいた。

「あと五分で閉めますからね」

 おばさんが栄次のテーブルにも来ていった。

「はーい」

 栄次は物憂げに笑って、携帯を閉じて、ノートをしまった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ