イチゴのショート劇場
太郎は、3時のおやつにイチゴがのった生クリームのショートケーキを食べようと、座敷テーブルについた。
ママが用意してくれた、超豪華プレミアム限定100個販売ロイヤルスイーツなショートケーキ。断層が渋い色をしているので、たぶん和風仕立てである。砂糖を6分の1カットしたと言っていたのは宣伝担当のサトウさんだった。給料もね! と舌打ちした姿がCMを見たお茶の間の国民の目に焼きついている。
小麦粉を使用していないミラクルな物や、犬用とサル用のペットケーキもあった。
太郎は手にお子様用のフォークを持ち、お皿にのったそれを眺めながら、頬杖をついて考えていた。
イチゴを先に食べようか、それとも後に食べようか……。
しばらく考えていた。
隣を見ると、犬のタロウが、同じくペット皿に入れられたショートケーキを食べようと鼻を近づけていた。
あまり躊躇せずにのっていたイチゴをパクッと一瞬にして食べてしまった。生クリームを食べれば、口の周りがクリームだらけである。
「じゃあ僕、イチゴは後で食べようっと……」
太郎は、先にスポンジの方から食べる事にした。生クリームやフルーツなどを挟んだ、ふわふわで、フォークを当てて切ろうとすれば弾けそうなほど弾力がある生地。食べてみれば甘いのだか甘くないのだか、よく分からない甘さが口の中いっぱいに広がって、太郎はとても満足している。
美味しいなぁ。ケーキは、美味しいなぁ。
明日も食べたいなぁ、でも限定だから無いかぁ、食べたいなぁ、もっと……。
さすが有名店のケーキは格別な味らしい。まだお楽しみのイチゴを残しているというのに、既にお子様の太郎のハートをキャッチしていた。勢い余って変身してしまいそうではあるが、残念ながらそれは出来ない。
生地を平らげてしまって、さあ、という時だった。太郎に衝撃の事実が襲いかかる。
「はうあぁ!」
叫びを上げた。なんと、皿の端に避けておいたイチゴに、ハエが一匹とまったのである。ぴと。そして去る。全てが一瞬の出来事だった。
「ああああああ……」
太郎は激しく落ち込んだ。畳の上で塞がる。絶望を体で表現していた。
さらに、である。
ハエのとまった所を千切れば食べられるんじゃないかとイチゴを摘んだが、あろう事か犬のタロウが突然吠えたのだ。「ギャワーン!」
ケーキを完食した事をお知らせしたらしい。しかしタイミングが悪かった、太郎はウッカリと摘みかけたイチゴを落とし、コロコロと転がった為に、テーブルの下まで落ちてしまった。
もうダメだ。
絶望その2が太郎を襲う。「うあーん!」泣き声は響いた。今年で5歳になる。
幼稚園ヒカリ組だが、まだ人生これからのはずだが、もう人生が終わったと思った。
すると。
「どうした太郎。そんな大きな声で」
軒先の玄関の方から庭へ、太郎の声を聞いて様子を見に来てくれたのは、おじいちゃんだった。今年で86歳である。
太郎のおじいちゃんとおばあちゃんは元気で、3軒隣の近所に住んでいる。組合の用事で見回る事があるが、その帰りだったのだろう。
「僕のイチゴが……ケーキのイチゴがね……えぐっ、えぐ」
お皿を指さして事情を訴えた。「先に食べておいたらよかった……えっく、えっく」
泣きじゃくりながら、赤い顔でうつむいていた。
「こら太郎、そんな事で泣くんじゃない。そうだ、あれをやろう」
空気を察したおじいちゃん(86歳・腰は20度しか曲がってない)は、ポンと手を打ち直ぐに玄関の方へと走って行った。そして戻ってくると、小脇に何かを抱えていたのである。
太郎の前にそれは大きな効果音付きで置かれた。どどん。ぴっしゃー。
「うわ、これ何」
立派な箱に入っていたそれには、大きくこう書かれていた。
『御免バイカーカブト勇気テーゼハザードフレイムスタイル人形初回限定魔方陣プレート付属ハザードガンモデルB-2828同梱スペシャル』
お得セットである。
太郎は目を輝かせた。「おじいちゃん! どうしたのこれ」おじいちゃんはドヤ顔で答えた。「商店街の福引きで当たってなぁ。2等のスイカがよかったんじゃが……」「おじいちゃんすげー」「そうか? また3千円分の買い物でもして当てるかぁ」
おじいちゃんはきっと長生きするに違いない。
年金生活、家のおばあちゃんは今頃くしゃみか舌打ちをしているのかもしれない。あるいは同時。
「おじいちゃん、ありがとう!」
「はっはっはっ、そうかそうか。隣のヤマダさんがねぇ」
おじいちゃんは人の話を聞いていなかった。
失ったイチゴの至福の時間は、こうして取り戻せた。
床に転がっていたイチゴは、おじいちゃんの足によって後で潰された。裸足だった。「あちゃ、いかん」イチゴの液体が畳に染みる。
「ギャワン……」
犬のタロウが小さな声をあげていた。
『御免バイカーカブト勇気テーゼハザードフレイムスタイル人形初回限定魔方陣プレート付属ハザードガンモデルB-2828同梱スペシャル』
来週、バージョン2が発売予定である。
《END》
読了、と字を打とうとしたら「毒量」とか「獨婁」とか。
黒い方へと手招きされているのか。
ご髑髏う、ああホラ(汗)。
ご読了ありがとうございました。