プロローグ 「泉」
ランタンの淡い光が、足元をわずかに照らしだす。
歩みとともに、地下通路のごつごつした石肌に、複雑な形の影が揺れる。ゴウゴウと音がこだまして、近くに水の流れがあることを知らせている。
少年は心細くなって振り返る。
通ってきたばかりの細い通路は、既に一面の闇に包まれ、遺跡の薄暗い広間はすでに見えない。
「ロン。大丈夫?」
「はい! お嬢様!」
少年は前を向き、余裕のある歩調で進んでいく男と少女の背中を見つめた。
「怖がることはないわ。お父様の後をしっかりついて来ればいいのよ」
少年は息を吸い込み、ランタンを持つ手を突き出して、また一歩と進み始める。
水音が大きくなり、湿った空気がますます冷たい。
曲がりくねったゆるい下り坂が続いていた。
両側の壁が狭まり、天井が低くなってくる。男は上背のある筋肉質の体をかがめて歩んでいく。
少年は天井に触れてみた。
まわりの壁も床も天井も、先ほどまでとは違って、滑らかな岩でできていた。力強い水流に、長い年月をかけて削り取られた巨大な岩のようだ。
水音が急に大きくなった。と、岩壁が遠のいた。
こだまする少女の声。
十メートル四方ほどのいびつな形の空間に出ていた。
暗い天井に伸びた男の影。
自然の造形力によって地中深く築かれた聖堂……。
穿たれた浅い棚に古びた一対の燭台……。
少女は感嘆の声をあげているが、男は見知った様子で、床にあるものに注意を向けている。
敷き詰められた丸石。
そして豊かな水が、床の割れ目から、ほとばしる勢いで涌き出ていた。
水は奔流となって聖堂の中ほどを駆け抜け、巨岩の隙間に吸い込まれるように流れ去っていく。
隙間は少年が入っていけそうなほどの大きさがあり、小道がついていた。
しかしその先、奈落は、ランタンの光さえ、なにものも照らし出さないのではないかと思えるほどの黒一面の闇に包まれていた。
男の足元に黒っぽい布切れが落ちていた。
「うっ」
布切れから、白骨化した人の手足、そして頭蓋骨が突き出ていた。
「恐れることはない」
男はそう言って、部屋のあちこちにランタンの光を投げかける。
水飛沫が床の丸石を、そして白骨を濡らしていた。
揃えられた皮のサンダルと帽子。藍色の衣服の上に木のブローチ。
それらは、まだかろうじて原形を保っていたが、やがて形を失ってゆくのだろう。
背筋を伸ばした細い骨。天井を睨む眼窩。
巨石に囲まれた洞窟の中で、漆黒の闇の中で朽ちていった死体。
ランタンの光に照らし出されて、際立つ白さをさらし、絶えることのない水音の中で、静まりかえっていた。
少女が、地下水の流出口の脇に屹立している一枚岩の陰を覗き込んでいた。
岩は両腕を広げたほどの幅があり、表面に丸い植物の葉らしき文様が彫り込まれていた。
白骨の上にあるブローチと同じ文様……。
「お父様! これ!」
少女のランタンが照らし出しているのは、岩棚の上に伏せてある大きな水差しだった。
「銀だ」
照らし出された遺物は、磨き抜かれた金属本来の輝きを見せていた。
「お父様、取っ手にロープが」
結わえられたロープは、傍らの岩の突起にぐるぐると巻きついてから、地下水の奔流の中に伸びていた。
男はランタンを岩棚に置き、重さを確かめるように水差しを取り上げた。
水差しの内側をじっくり確かめてから、元あった位置に戻す。
そして、結わえてあるロープを解こうと試みた。しかし結び目は、洞窟の湿気によって固定され、緩めることができない。
少女が、白く美しい手が汚れることもいとわずに、水流に伸びたロープを引っ張りはじめる。
男も少女の後ろからロープを握る。だが、水流は重い。
「ふふふ。さあ、もう一度、お父様!」
少年も加わり、三人は反動をつけてロープを引いた。