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第六十一話 ヴァイゲル家復興。

「爵位と領地を取り上げられた貴族を復活させる方法ですか?」


「そう」


「カタリーナ嬢の事ですな?」


「ああ」


 出会った当初は、その言動のせいで損をしていたカタリーナであったが、彼女はなかなかに優秀な魔法使いであったし、付き合ってみるとそう悪い奴でもなかった。

 

 ならば、それを囲い込んで使わない手は無い。

 何しろ俺は、広大な領地に責任を持つ貴族なのだから。

 あと、俺という人間が安定思考だからという理由もある。

 良い人生を送るために、味方が多いに越した事はなかったからだ。

 

 そしてそんな彼女に恩を売る方法であったが、それは一つしかない。

 ヴァイゲル家の領地と爵位を復活させてあげるのだ。


 女性が貴族になるのはほぼ無理なので、彼女が納得する方法を探らなければいけない。

 一番良いのは、彼女の産んだ子供が爵位と領地を継承可能にする事であろう。


「しかし、それを拙者に聞きますか?」


 バウマイスター伯爵家の友好貴族が増えるかどうかの問題なので筆頭家臣であるローデリヒに聞いているのだが、彼の表情は暗い。


 なぜなら、来週にはお見合いの会が開かれるからだ。

 

 しかも、このお見合いの会。

 かなりの大規模になる予定になっている。

 

 エルも参加するし、うちに仕官した若い連中で嫁がいない奴は強制参加となったからだ。

 貴族達も気合を入れて千枚以上の見合い写真を送ったのに、その大半が無駄になるのもどうかと思い。

 彼らに、『うちの若い連中でも構わない人は?』と聞いたところ、ほぼ全員が了承をしたというわけだ。


 いつの間にか形成されていたバウマイスター伯爵家の家臣団であったが、幹部クラスに全閣僚の子供が混じっていて、実家の得意分野の仕事をしていた。

 あの導師の子供であるコルネリウスも、警備隊の幹部になっている。


 その仕事ぶりは優秀であったが、彼らは三男以下の余り者が多かったのでまだ独身の者が多かった。

 なので、これから忙しくなる点も踏まえて、大お見合い会が開かれる事になったのだ。


 我ながらナイスアイデアだと思うのだが、自分のお見合い会の準備を進めるローデリヒには、どこか納得がいかない部分があるのであろう。


「どうだろう? ローデリヒが嫁に貰って、産んだ子を貴族にするというのは?」


「なぜ、拙者なのです? エルヴィンでも構わないではないですか」


 結局紆余曲折の末に、次代ルックナー男爵家当主の父になる事が確定しているローデリヒなので、カタリーナと子供を作ってその子を貴族にしても何の問題もないわけだ。


 ただ、ローデリヒはこれ以上の難儀を背負いたくないらしい。

 エルに押し付けようとしていた。


「エルはなぁ……」


 良い奴なのだが、ブランタークさんのせいで女遊びを覚えてしまったのが良くなかった。

 カタリーナがその辺に敏感で、エルと距離を置いてしまっているのだ。


 パーティーを組む仲間としてはアリだが、旦那としては嫌という事らしい。


「あの跳っ返り、案外ウブなのですな」


 確かに、荒くれが多い冒険者の中でトップクラスの実績をあげ、その分け前を奪おうとする寄生虫やヤクザのような連中を実力で排除してきた割には、あまり男性に免疫がないようなのだ。


「この前もなぁ……」


 早朝にエルと弓の鍛錬をした後、暑かったので上半身は裸になって中庭で涼んでいたら、同じく魔法の鍛錬をしていたカタリーナから苦情を言われてしまったのだ。


『ヴェンデリンさん! 貴族ともあろう方が、外で裸になるなど!』


『上半身だけじゃない』


『上半身だけでも、駄目に決まっているではありませんか!』

 

 言い方はいつもの通りであったが、カタリーナの顔は真っ赤であった。

 要するに、そういう免疫があまりないのであろう。


「エルは難しいと思う」


「なら、お館様で宜しいではないですか」


「俺?」


「はい。ちょうど、条件にも合致していますし」


 元々超一流の冒険者なので、俺の狩りに付いてこれる。

 カタリーナからしても、俺との間に子を作ってヴァイゲル家の当主にした方が王宮での工作が上手くいく。


 お互いに利益があると、ローデリヒは言うのだ。

 元平成日本人から言わせて貰うと少しドライな感覚のようにも感じるが、この世界ではそう間違った判断基準とも言えなかった。


 結婚とは家同士の繋がりで、本人達の相性とかは二の次であったからだ。

 恋愛至上主義も悪くはないと思うが、それも理由で日本は婚姻率や少子化が問題になっているのかもしれないし。

 

 とにかく、この世界で独身を貫くのは難しいわけだ。

 カタリーナも覚悟を決めないと駄目だと、ローデリヒは語っていた。


「ヴァイゲル家を準一族扱いにして、バウマイスター家の陣容を厚くする必要がありますな」


 ローデリヒは筆頭家臣なので、急速に大規模化したバウマイスター伯爵家の安定化は急ぎ取り組みたい課題のようだ。

 俺の死後、次世代以降もバウマイスター伯爵家は続くのだから。

 

「しかし、それは本人の意志とかもあるでしょうに」


「とは申せ、一度腹を割って話し合う必要がありますぞ。ところで、その頬に残った跡は消せないのですか?」


「うーーーむ。なぜか、エリーゼに拒否されてな。俺が自分で治療するのも駄目だそうだ」


 実は今日の早朝、いつも日課にしている魔法の訓練を終えてから、汗でも流そうと風呂場に入ると。

 そこには、同じく先に訓練を終えて風呂に入っていたカタリーナの姿があった。


 しかも彼女、洗面所の鏡の前で素っ裸で何やらポーズを取っていたのだ。


『最近、ヴェンデリンさんの家で出る食事が美味しいので、太ったような……』


『そうかな? 俺は、そうは思わないけど』


『えっ?』


 ここで、すぐに返答をした俺がバカだったのであろう。

 自分だけしか居ないはずの風呂場の洗面所で俺と顔を合わせてしまったカタリーナは、不用意に入って来てしまった俺と数秒間見詰め合ってしまい、双方の間に奇妙な空気が流れてしまう。


『ヴェンデリンさん?』


『男は、女の多少の体重の増減には気が付かないから』


『……』


『女性と男性の理想体型の差もある。あまり痩せ過ぎると、男はかえって魅力を感じないぞ』


『ヴェンデリンさん?』


『じゃあ、俺はこれで』


 どうやら、俺は風呂場の入り口にかけられた『入浴中』の札を見落としていたらしい。

 実はたまにやるのだが、エルは男だから何の問題もないし、他の女性陣の時もそうであった。


『ヴェル、実はわざとやってない? 別に、私は構わないけど』

 

『大変だぁ。ボクの裸に欲情したヴェルに襲われるぅーーー。って、ノリが悪いなぁ』


『ヴェンデリン様、こういう事は正式に式を挙げてからにした方が』


『ヴェル様、一緒に入ろう』


 四人は婚約者なので全く問題にならなかったのだが、やはりカタリーナでは誤魔化しが効かなかったようだ。

 

『ヴェンデリンさん……』


『悪い、ちょっとしたミス』


『嫁入り前の乙女の肌を見て、それで済ますつもりですか!』


 カタリーナの魔法は飛び出さなかったが、そのビンタを思いっきり受けてしまう。

 多分、その気になればかわせたと思うのだが、それをしてはいけないような気がしてつい喰らってしまったのだ。


「何と言いますか……。お館様も運が良いのか悪いのか……」


 同じ男であるローデリヒの感想はそんな物であった。

 ビンタは不幸だが、良い物は見れたのだからという事であろう。

 貴族にビンタなどして不敬だから処罰という話も不可能ではなかったが、それをすると俺の覗き行為がバレてしまう。

 公表すれば、間違いなく世間で赤っ恥をかくのは俺になるであろう。


「しかも、カタリーナが意外となぁ……」


 俺に盛大にビンタをまかした後は、柄にもなくエリーゼに縋り付いて泣いていたのだから。


『私、もうお嫁に行けませんわ!』


『そういうキャラじゃないと……。すいません、何でも無いです……』


 少し裸を見られたくらいで嫁に行けないのなら、日本で結婚できる女などほとんどいなくなってしまう。

 というか、こんな女がラノベやアニメ以外に実在するのが驚きだと俺は思ってしまったのだが、エリーゼはカタリーナの味方であった。


 この世界の女性は、身分が高いほど貞操観念が高い。

 なので、恋人や妻でもないカタリーナの裸を見た俺は悪い男になるのだそうだ。


『ヴェンデリン様。今日一日は、お顔はそのままにしていてください』


『さすがに、そのままは……』


『ヴェンデリン様には、反省をしていただきます』


 珍しくエリーゼから強く言われてしまい、俺は自分で頬に付いたモミジの治療すら今日はしない事に同意させられてしまう。


『駄目よ。ヴェル。エリーゼが強く言う時は特別なんだから』


 確かにイーナの言う通りで、普段は俺を立てる古風な女なのに、今は泣き縋るカタリーナを慰めつつ、俺に冷静に制裁を課している。


 こういう部分も、彼女が俺の正妻に選ばれた理由なのかもしれなかった。


『私達なら問題ないけど、カタリーナは駄目じゃない』


『入浴中の札に名前欄でも入れるか?』


『それで、カタリーナ以外なら入るの?』


『ノーコメントです』


 この国の貴族は、教会が煩いせいもあって婚前交渉を行うのが難しい。

 なので、たまに間違ったフリをして少し裸を覗くくらい可愛い悪戯だと俺は思うのだ。


 どうせ、相手は婚約者達なのだし。


『ヴェル、やっぱりわざとやっているわね……』


『さあて、どうかな?』


『実はこれって、結構問題なのよ』


 やはりこういう状態になると、真面目なエリーゼとイーナに説教をされる構図になってしまうようだ。


『ねえねえ。ヴェル。カタリーナのスタイルはどうだった?』


 ルイーゼは、大概こんな感じだ。

 たまに一緒に風呂に入った他の女性達のスタイルなどを俺に報告してきて、精神に多少のエロオヤジ成分が含まれていると思われる。


『エリーゼと良い勝負で、こうバインバインと』


『やっぱりなぁ。ドミニクも結構凄いけど、カタリーナには及ばないし』


『へえ、ドミニクもなかなかなのか』


『結構、凄いよ。エリーゼと幼馴染だから、環境のせい?』


 自称女体評論家のルイーゼに言わせると、この屋敷でメイドをしているドミニクもなかなかに着痩せをする性質らしい。

 実に良いスタイルをしていると俺に報告していた。


『やっぱり、シッカリと見られていますわーーー!』


『ルイーゼさん! ヴェンデリン様!』


 ただ、このオヤジ丸出しな会話のせいで再びカタリーナに泣かれてしまい、俺とルイーゼはまたエリーゼから怒られてしまう。


『とにかく、今日は反省していただきます』


 そんなわけで、俺は今日一日頬にモミジを付けたまま過ごす事が決定する。

 

『ヴェル様』


『何だい? ヴィルマ』


『ヴェル様の頬のヒトデ。王都にお店があるヒトデ焼きに似ている』


『……。そうだな……』


 そして、やはりヴィルマは、なぜこれほどの騒ぎになっているのかを理解していないようであった。

 俺の頬のモミジを見て、俺はモミジ焼きをパクって王都に出店させている『ヒトデ焼き』に似ていると喜んでいるのだから。


 なお、なぜヒトデ焼きなのかと言うと、モミジはヘルムート王国領内で北方の極一部の地域にしかないからである。

 知名度の問題というわけだ。


「早速、尻に敷かれていますな」


「エリーゼは、普段はここまで強くは言わない」


「でしょうな。カタリーナは御家の復興を目指しているわけで、その扱いは貴族の令嬢に準じた物にしていたのですし」


 だからこそ、不用意に彼女の裸を見た俺を窘めたというわけだ。


「どのみち、カタリーナがいくら努力をしても自分は貴族家の当主にはなれないのです」


 王家や他の貴族に交渉しないと駄目な以上、どうしても婿を立てて産んだ子供をという条件にしないと色好い返事が貰えないわけだ。


 逆に言うと、その条件さえ呑めばさほど難しい事でもないのだ。


「ですから、その辺を含めてカタリーナと良く話し合うべきです。あれほどの魔法使い、取り込まねば損ですぞ」


「お前、段々と貴族の家臣らしくなってきたな」


「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 何にせよ、俺はカタリーナと一度その辺も含めて話し合いをする事になるのであった。





「というわけなんだけど……」


「皆と相談して決めますわ」


「皆?」


「元ヴァイゲル領の領民代表や元家臣の方々ですわ」


 俺がカタリーナにローデリヒが考えた案を伝えると、彼女は皆と相談して決めると答えていた。

 彼女の言う皆とは、元家臣や領民達であるらしい。


 しかし、祖父の代に領地と爵位を奪われたのに、恐ろしいまでの忠誠心である。


「昔のバウマイスター領なら、一年で新領主や代官に馴染んだりして」


「それは、他の領地の事なので何とも……。彼らと相談するので、付いて来て貰えますか?」


「わかった」


 カタリーナとの話はついたので、俺達はまた二日間ほど土木工事で汗を流してから、元ヴァイゲル領へといつものメンバーで飛んでいた。

 とはいえ、俺は元ヴァイゲル領の詳しい場所など知らないので、瞬間移動では飛べない。


 ヴァイゲル家は元はうちと同じ騎士爵家で、領地があった場所は王都から徒歩で丸一日ほど。

 人口千人ほどの、騎士爵家としてはかなり裕福な方であった。

 広大な農地を耕して王都に食料を供給していたし、王都と西部とを繋ぐ街道沿いにあったので人と物の出入りが多く、宿場や商店街もあって立地条件が物凄く良かったのだ。


 確かに、王都まで瞬間移動で飛び、馬車で半日ほど行くと到着したので交通の便は良い場所のようであった。


「この立地だと……」


「坊主の予想通りだな。王国の直轄地整理で邪魔者扱いされたんだ」


 随伴で来ているブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯からヴァイゲル家が改易された事情を聞いてきていた。


「王都周辺を全て直轄地にするために、複数いた小領主達に転封を命じたわけだな」


 その代わりに、代替地は前の領地よりも広い場所を準備する。

 そういう条件のようであったが、この元ヴァイゲル領は立地が物凄く良い。

 土地が広がって農業生産が増えるよりも圧倒的に美味しい、街道沿いという神立地から出るのが嫌であったらしい。

 いつの時代でも、農業とは実はあまり儲からない。

 人は食料が無いと生きていけないので重視されるが、実は流通経路を握った方が儲かるのだ。


「とはいえ、王家の命令を断っては駄目でしょう」


「お爺様は、断るつもりはありませんでしたわ」


 ヘルムート王国では貴族がこういう転封命令を受けると、一度は必ず断るのだそうだ。


「小なりとはいえ貴族なのですから」


 一度目は水面下での打診なので断ると、次でもう少し条件を良くして公式に打診がなされる。

 なぜこんな事をするのかと言うと、貴族家側にも下の者達への面子があるからだ。


『一度は断ったが、向こうが是非にと条件を上げてきた』


 と言い訳できて、安心して転封を受け入れる事が出来るというわけだ。


「何て、面倒な……」


「貴族ってのは、そういう物だから」


 ブランタークさんの言う通りなのであろう。

 俺は顔を引き攣らせるが、他のみんなは納得しているようだ。

 そういう部分で、俺はまだこの世界に慣れていないのかもしれない。


「ところが、お爺様が慣習で一度断ったら……」


 いきなり、王家の命令を無視した罪で改易されたそうだ。

 なぜこんな事になったのかと調べたら、そこに先代のルックナー侯爵が絡んでいたらしい。

 なるほど、いくら大物貴族でも慣習破りは良くないと俺も思ってしまう。


「カタリーナ様! お戻りでしたか!」


 カタリーナから話を聞きながら暫く街道沿いに元ヴァイゲル領内を歩いていると、宿場町の方から六十歳前後くらいに見える初老の男性が走って来る。


「ハインツ。もう年なのだから無理に走ってはいけませんよ」


「何の何の。まだまだ私は現役ですわ」


 年齢的にはクラウスと同じくらいに見えるが、彼もまだ元気そうに見える。


「あなたは皆の纏め役なのですから、まだ元気でいて貰わないと」


「あと十年くらいは何とかなります。ところで……」


「王都で噂の、『竜殺しの英雄さん』ですわ」


「カタリーナ様はお顔が広いのですな」


「当然ですわよ」


 またいつもの口調に戻るが、出会いは偶然だし、初見の印象は最悪であった。

 なので、見栄を張るのも大変だなと俺達は思っていた。


「しかし、十二歳でカタリーナ様が西部の冒険者予備校に行かれて以降、初めての同行者ですな」


「私は、お友達は選びますの」


「(ねえ、それって……)」


「(イーナ! 駄目っ! それ以上は駄目!)」


 最初の印象は最悪なのに、なぜか俺が彼女を排除しない理由。

 それは、彼女が俺と同じような子供時代を過ごしているからなのであろう。


 魔法の鍛錬に時間を費やし、冒険者予備校時代も基本はボッチだったようで、成人してからも常に一人で行動していた。

 帰省の際に一人なのは、誰も誘う友達がいなかったからであろう。


「(ボッチだ! 昔の俺と同じくボッチだ!)」


 ボッチはボッチを知る。

 俺には彼女のボッチぶりが詳しく思い浮かぶので、つい色々と誘ってしまうのだと。

 しかも彼女、最初は枕言葉のようにしょうがないと言って付いて来るのに、実は誰よりも俺達との行動を楽しみにしている風にしか見えない。


 土木工事などの仕事も一切断らないし、工事現場では多くの労働者達にも人気があった。

 あの口調は相変わらずだが、荒くれが多い工事労働者達に言わせると『面白い姉ちゃん』らしい。


 自分の娘のような少女の言動が多少傲慢でも、ネタ扱いして笑えてしまうのであろう。

 

『カタリーナ様。この穴なのですが、もっと深く掘って欲しいのですが』


『仕方がありませんわね。私の魔法を、とくと御覧なさい』


『さすがですなぁ』


『私にかかれば当然ですわ』


『その素晴らしいカタリーナ様にお願いがあるのですが』


『私に、お任せなさいな』


 更に、上手く煽てて追加の仕事を頼んだりもしているそうだ。


「(ヴェル。あなた……)」


「(十二歳まで、俺はボッチだったからな。まあ、カタリーナは今も現在進行形で……)」


「(ヴェル、それは酷いと思う)」


「お客様方も、お茶でもいかがですかな?」


 ハインツという老人の案内で、俺達は彼の家へと向かう。

 その途中に、また同じ騎士爵家なのにうちの実家よりも豪華な屋敷があったが、その屋敷こそ元はヴァイゲル家の本屋敷であったそうだ。


「今は、代官様のお屋敷になっております」


 ハインツさんの口調は冷めた物であった。

 彼からすると、代官など主人の屋敷を不法占拠するヤクザと同等なのであろう。


「忌々しい事に、代官は決まってルックナー家の縁者なのです」


 法を無視して不法な税などを取っているわけでもないが、あいつらはヴァイゲル領を潰して代官の給金を貪るルックナー一族の一味であるからと。


 領民や家臣達も反抗などはしていないが、極めてドライな付き合いしかしていないようであった。


「ここが、私の屋敷です」


 ハインツさんの家は、元々はヴァイゲル家の従士長の家系らしい。

 その屋敷の大きさは、元ヴァイゲル家の屋敷に次ぐ大きさがあった。


 更に屋敷に入ると、そこには様々な年代の男性二十名ほどが待ち構えていた。

 ハインツさんによると、全員が名主や従士や家臣などの家の者達だそうだ。


「おおっ! カタリーナ様がお戻りだ!」


「またお美しくなられたな」


「お客様もいるようだが」


「何でも、『竜殺しの英雄様』だそうな」


「へえ、お若いのに大したお方だ」


「皆さん。今日戻りましたのは、大切なお話があるからです」


 ボッチなのに、カタリーナは元家臣や領民達に慕われているようだ。

 ハインツさんにそっと聞くと、魔法の才能があった彼女はこの街で御家再興のために幼い頃から魔法の訓練を行いながら狩猟などでお金を稼ぎ、憎きルックナー侯爵家の目に届かない西部の冒険者予備校に通い、そのまま西部で稼げる冒険者となった。

 

 当主であった祖父は改易のショックで直後に病死し、両親も御家復興のために無理をして病気になってしまいすぐに後を追った。

 そのために僅か五歳で一人になった彼女は、その時からヴァイゲル家の当主として振舞ってきたそうだ。


「カタリーナ様は、ご無念であった先々代、先代のご苦悩を幼き身でご理解し、御家再興のために懸命に努力を続けてまいりました。このハインツ、灰になるまでヴァイゲル家の家臣でありますとも」


 他の面子も同様のようだ。

 ルックナー家が天下りで派遣してくる代官の勧誘を断り、商人、職人、狩人、豪農などで生計を立てつつ、ヴァイゲル家が復興した時のために勉学や訓練なども欠かさなかったそうだ。

 しかも、次世代になっても脱落する者などおらず、そういえば集まっている連中には若い者も多かった。


「(脅威の忠誠心! お前らは、三河武士か!)


 というか、特に悪政を敷いているわけでもないのに、いまだに最低限の付き合いしか出来ない代官側も少し哀れだ。


「実は、御家再興の糸口が掴めました」


「それは、本当ですか?」


「良かった! ワシが生きている間にヴァイゲル家が……」


 室内は一瞬にして大きな喜びに包まれる。

 年配の者などは、涙を流して喜んでいる有様だ。


「私は、功績さえ挙げれば貴族になれると懸命に努力をしてまいりました。ですが、お金は貯まっても御家再興には全く届きません。私が、女だからですわ」


 カタリーナの発言に、みんなが一瞬静かになってしまう。

 みんな、その事実に心の奥底では気が付いていたからであろう。


「そこで、考えを変える事になりました。ここにいらっしゃるヴェンデリン様の妻となり、その子にヴァイゲル家を継がせるのです」


「おおっーーー!」


「それは素晴らしい!」


「さすがは、カタリーナ様!」


 やはり、カタリーナはその道を選ぶようだ。

 変な貴族の次男・三男を婿にして御家再興を狙うと、実家に乗っ取られる危険があるが、俺の実家にそんな余裕などないし、俺自身だって自分の領地すらあの有様なのに人の領地に口を出している暇などない。


 カタリーナからすれば、俺はベターな選択なのだと。


「ですが、この領地というわけにはいかないでしょう。引越しをする必要がありますわ。ですから、付いて来たい方だけで構いません。付いてこれない方には、私から幾ばくかの恩賞をお渡します。こんな一旦潰れた家に今まで尽くしてくれて、心から感謝いたします」


 カタリーナは、こういう教育も受けているのであろう。

 貴族の令嬢に相応しい挨拶で締め括っていた。


「付いていきます! どんな僻地でも!」


「俺もです! 家族も同意してくれるはずです!」


「俺も付いていきます!」


 農地も豊かで、王都にも近く、買い物などでも不自由しない。

 ここは神立地のような気がするのだが、この部屋にいる面子で残ると言った者は一人もいなかった。

 みんな、御家再興と新領地への移転に大喜びをしているようなのだ。


「不思議でございますか?」


「ええ、ここは生活に便利でしょう」


 みんなが大喜びして歓声に沸くなか、ハインツさんは俺の不思議そうな表情に気が付いたようだ。


「確かに、ここは便利で暮らし易いのは事実なのですが……」


 元ヴァイゲル領で人口千人。

 これ以上は養えないので、子供などが他に引っ越してしまうケースが増えていたらしい。

 

「子が親の元を旅立つのが普通とはいえ、あまりに遠方で孫の顔も見れないのは寂しいわけです」


 その点、俺が未開地から分け与えるであろう土地は、開発の糊代が大きい。

 利便性についても、俺の領地の開発が進めば大幅に改善するであろうと。


「将来性は断然上ですからな。付いて来る者は多いと思いますよ」


「ならば、明日が勝負かな」


「勝負ですか?」


「ヴァイゲル家改易の原因を作った家にお願いに行くから」


 お願いというか、根回しである。

 許可は王家が出すのだが、事前に相談に行かないで臍を曲げられて邪魔でもされると困るからだ。


「なるほど、それは大切ですな」


 その日は、ハインツさん達が主催してくれた宴会を楽しみ、元家臣の人が経営している宿で一泊した翌日。

 また王都に瞬間移動で飛び、ある人物と待ち合わせをしていた。


「婿殿よ。元気そうで何よりだな」


「ええと……」


「今や飛ぶ鳥落す勢いのバウマイスター伯爵様だからな。妻が一人くらい増えても仕方があるまいて」


 義祖父なのになぜか俺を『婿殿』と呼ぶホーエンハイム枢機卿と待ち合わせをしたのだが、彼は妻が増える事に不満は無いと言いつつも、シッカリとカタリーナに鋭い視線を向けていた。


「始めまして。カタリーナ・リンダ・フォン・ヴァイゲルと申します」


「西部では有名な魔法使いで、あのヴァイゲル家の娘か」


「本日は、お世話になります」


「今の婿殿には足りない物も多いからの。カタリーナ嬢が婿殿を支え、その子がヴァイゲル家の当主としてバウマイスター伯爵家を支える。分を弁えれば、ワシは協力も厭わないよ」


「ありがとうございます」


 さすがのカタリーナも、長年中央で生きて来た大物貴族のオーラと眼光に圧倒されたらしい。

 素直に挨拶をしていた。

 

 あと、本当に孫娘のエリーゼが可愛いのであろう。

 彼女の正妻としての地位を揺るがせないように、こうやって必ず協力してくれるのだから。


「エリーゼも、元気そうじゃの」


「はい。ヴェンデリン様はお優しいので」


「そうか。結婚式が楽しみじゃの」


 普段は、大物中央法衣貴族兼魑魅魍魎の巣である教会の枢機卿である彼であったが、エリーゼの前だと孫娘が可愛い好々爺と化す。


 だからこそ余計に、彼女の正妻の地位を脅かそうとする輩には一切容赦しないはずであった。

 

 その空気を読んだカタリーナは、すぐに大人しくなっていたほどだ。


「では、参るかの。ところで、今日は大人しいの。ブランタークよ」


「俺はただの護衛ですから」


「そういう事にしておくかの。ブライヒレーダー辺境伯は今回の件どう思ってるのかの?」


「運が良かったと思っているのでは?」


「まあ、そうかの。ルックナー財務卿も、先代の罪でご苦労な事じゃ。あとは、リリエンタール伯爵家はバカをしたな」


 何となくは理解できた。

 要は、先代が改易さえしなければルックナー財務卿はカタリーナという使える魔法使いに嫌われる事も無かったであろうし、リリエンタール伯爵家は彼女を手駒に出来たのだから。


「カタリーナが有名になってから、リリエンタール伯爵家って何か言って来た?」


「ええ。四十歳くらいの三男が来て、『俺がヴァイゲル家を復興させるから、お前は俺の妻になれ』と」


「それで?」


「寝言は、寝てから言えと言いましたわ」


 一応相手は大物貴族の三男なので、そんな暴言を吐くのはいけないのかもしれないが、その気持ちが良く理解も出来てしまうのだ。


「それで、俺を夫にするのか? 別に、俺もそれほど良い男とは思えないがね」


「ヴェンデリンさんは、甲斐性があって懐が大きいではないですか。旦那様の条件として、これほど良い物はありませんわよ」


 ここは日本とは違うので、恋愛至上主義の延長で配偶者を選ぶ事は少ない。

 なので、カタリーナの考えがドライ過ぎるというわけでもないのだ。


「それに、ヴェンデリンさんと一緒にいると楽しいですし。私みたいな女でも、普通に構ってくれますから……」


 そこまで言うと、カタリーナは顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。


「デレたわ」


「デレたね」


「デレた」


「デレましたね」


「なあ、エリーゼよ。その『デレた』という言葉は南方で流行しているのか?」


 当然この世界では一切流行などしていなかったが、俺がつい口にしてしまうので、イーナ達もカタリーナに使うようになってしまっただけの事であった。


「まあ良いか。早く、ルックナー財務卿の屋敷に行くとしよう」


 俺達はヴァイゲル家復活交渉のために、急ぎルックナー邸へと向かうのであった。





「あのホーエンハイム枢機卿?」


「あの男、最近気苦労が多かったからな」




 肝心のヴァイゲル家復活交渉は、僅かな時間で終了していた。 

 多分、俺が陛下に頼めばすぐに認められるのだが、貴族社会とは面倒で、事前にヴァイゲル家改易に奮闘したルックナー侯爵家にも根回しが必要らしい。


 これを怠ると、臍を曲げて邪魔に入る可能性などもあるそうだ。


 バカらしいとは思うが、こんな事は商社時代でも良くあった。

 新しい人事とかプロジェクトとかで、ちゃんと説明に行かないと後で『聞いてない!』と怒鳴り込んで来た挙句に、邪魔までするお偉いさんが実在していたからだ。


 人間とはプライドを持つ生き物なので、そういう事前の根回しも必要というわけだ。

 

 そう思って屋敷に行ったのに、なぜかルックナー財務卿は俺達を見るなりゲンナリとした表情をしてしまう。

 正確に言うと、俺達と一緒にいたカタリーナの姿にであろうか。


『なぜに、バウマイスター伯爵とヴァイゲル家の娘が!』


 さすがは、大物貴族とでも言うべきであろうか。

 ルックナー財務卿は、カタリーナの事を知っていたようだ。


『カタリーナさんを嫁にして、生まれた子供にヴァイゲル家を継がせるから許可してください』


『呪われろ! クソ親父!』


 どうやらルックナー財務卿からすると、弟のみならず父親も自分の足を引っ張る人物であったようだ。

 多分弟と同じで、ルックナー家のためには他者などどれだけ足蹴りにしても構わないという人だったのであろう。


 その理念は理解できるのだが、やり過ぎは良くないと思う。

 ルックナー財務卿の父親は、そういう人物であったらしい。

 敵が多かったので、代替わりしたルックナー財務卿は関係修復に奮闘する羽目になったのであろう。


『駄目ですか?』


『いや、許可する……』


 こういう交渉では、相手が弱っている時に畳み掛けた方が上手く行くケースが多い。

 それに、後ろではホーエンハイム枢機卿が構えているのだ。

 何も心配する事はなかった。


『それとですね。子供が生まれるまでは、カタリーナを名誉準男爵にね。ほら、大物貴族の娘とか王族だと、そういう制度あったでしょう?』


『ワシが推薦状を書くのか?』


『ええ』


『というか、ヴァイゲル家は騎士爵家で……』


『領地って、俺の未開地から分与なんですよ。開発で苦労するし、ここはサービスでね』


 俺もいくつか貴族を命名する枠を持っているが、なるべくなら使わないでとっておいた方が後で楽になるはずと、元からある家の復活という方法で交渉をしていたのだ。


『わかった……』


『あとですね』


『まだあるのか!』


『実は、旧ヴァイゲル領の家臣達や住民達がですね。カタリーナに付いて行くと』


 別に引っ越すのは違法でも何でも無い。

 だが、旧ヴァイゲル領の代官はルックナー財務卿のハトコだそうで、引越しの際の余計や軋轢や衝突を防ぐ必要があったのだ。


『わかった。ケルナーにはワシから伝えておく』


 ケルナーとは、ルックナー財務卿のハトコの名前であった。


『あと、ヴァイゲル家にも開発援助金をですね』


 資金の大半を俺が出して行っている未開地開発なので、悪いと思ったのであろう。

 王国は、何種類かの補助金を出していた。

 余っている貴族の子弟達が仕官できたので、彼らへの給金を数年間保障する制度や、甥達やパウル兄さんのように一から領地を開発しないといけない家もあるのでそれに対する補助金など。

 これをヴァイゲル家が貰えれば、相当に開発が早く進むはずであった。


『しかし、カタリーナ嬢は相当に稼いでいるはずで……』


『俺もそうですが、それとこれとは別でしょう。ここは財務卿閣下がバーーーンと許可を出して、ヴァイゲル家と関係を修復しないと』


『駄目でしたら、リリエンタール伯爵家に陳情を……』


 今はルックナー侯爵家が財務卿をしているとはいえ、あの家も財務閥の重鎮である。

 それに、あと二年でルックナー財務卿の任期が切れてリリエンタール伯爵が財務卿になる。

 そんな、ほぼ対等の力を持つ重鎮からの陳情を無視できるはずはなかった。


『ううっ……。 それだけは、絶対に止めてくれーーー!』


 勿論、ルックナー財務卿がそれを認められるはずがない。 

 カタリーナの陳情に俺が付いて行けば、リリエンタール伯爵家と俺に縁ができてしまうからだ。


 もっとも、カタリーナとリリエンタール伯爵家との関係は、過去の不始末のせいで断絶してしまっているのだが、それをルックナー財務卿に教えてあげる義理はなかった。


『わかったから! 出すから!』


『それは良かった。カタリーナも、お礼を言わないと』


『御家の復興を許していただき感謝いたしますわ。旦那様の交友関係もあり、私がルックナー侯爵家を恨み続けるのは良くない事かと思いますので、これで水に流そうかと』


『それは、大変にありがたい……』


 ありがたくはあるが、ルックナー財務卿の顔は渋い。

 なぜなら、後日にカタリーナが名誉準男爵位を貰うと、その噂が教会経由で流れる事になるからだ。

 貴族社会の間で、ヴァイゲル家が理不尽な理由で改易された事を知らない人などいない。

 そこに、家を復興させたカタリーナがルックナー侯爵家を許すと言うのだ。

 

 どちらが人間としての器が大きいと思われるか。

 貴族社会は建て前を大切にするので、当然ヴァイゲル家の方が度量が大きいと思われ、それに気が付いているルックナー財務卿としては顔を渋くさせるしかなかった。


『それと、カタリーナの産んだ次期ヴァイゲル家の当主と、年齢的に釣り合いが取れたルックナー侯爵家のお嬢様との婚姻を……』


『大変に結構ですな……』


 もうこれでどう足掻いても、ヴァイゲル家の復興は邪魔されない。

 一番の懸案であるルックナー侯爵家が、ヴァイゲル家に嫁を出すと約束してしまったからだ。


『無事に纏まって良かったですね』


『そうだな。バウマイスター伯爵殿』


 一人だけ顔色の悪い人がいたが、無事に交渉は成立したのであった。




「まあ、交渉は成立したのだ。問題あるまいて」


 カタリーナが子供を生むまでの暫定的な処置であったが、彼女には名誉準男爵位が与えられる事となった。

 明日にも王宮から使者が来て爵位を与えられるそうだが、女性なので謁見の間で陛下から直々にとならないのは、この国の閉鎖的な部分なのであろう。


 とはいえ、これで用事は済んだので今はホーエンハイム子爵家の屋敷にお邪魔してお茶やお菓子をご馳走になっていた。

 こちらも、魔の森産のフルーツなどをお土産に渡している。

 

 ルックナーの財務卿にも渡したのだが、彼がそれを心から味わえる心境になるのは何日後の事であろうか?

 家族のために苦労するという点においては俺にも似た部分があったので、少し同情してしまうほどであった。


「婿殿、領地の開発は順調かね?」


「はい、計画よりも大分進んでいますから」


 やはり、土木魔法で行う開発はスピードが全然違う。

 更に、俺ほどではないが土木魔法が使えるカタリーナの存在もある。

 彼女が新ヴァイゲル領と一緒に開発に邁進すれば、また計画が早まる可能性が高いのだから。


「そうか、それは素晴らしい事だな」


「自分の縄張りですからね」


「まあ、領主貴族とはそういう物さ」


 そのままカタリーナが名誉準男爵位を貰うまでホーエンハイム子爵邸でお世話になったあとは、新ヴァイゲル領の確定と引越し準備のために急ぎバウマイスター伯爵領へと戻るのであった。




「なるほど、これはルックナー侯爵も泣くわな」


 暫定的に名誉準男爵位を貰い、俺との間に出来た子供を継がせる条件で得たヴァイゲルの新領地。

 その位置は、バウルブルクの郊外に決められていた。


 なぜなら、旧領地と同じ条件にして開発速度を速めるためだ。

 北方山脈沿いのバウマイスター分家二家に、甥達が継ぐマインバッハ家との人と物の流れが進んだ時に、街道沿いにあって宿場町などの運営経験が豊富で、バウルブルクに食料を供給する農地も維持できる。

 

 街道自体は既に作ってあるので、その脇に新ヴァイゲル準男爵領は分与されていて、そこでは多くの領民達が宿場町や農地の整備に奔走していた。


「わて、久しぶりにバテバテですがな」


「いやあ、すいませんね。レンブラント男爵」


「しかし、バウマイスター伯爵はんもやりますな。新領地を与えると言って、経験のある人材を丸ごと引っこ抜きとは。新しい嫁はんも、魔法使いで綺麗な人やし」


 何も無い土地に、一から宿場町や農地を作ると時間がかかる。

 そこで、ルックナー侯爵に得た許可が役に立つのだ。 

 新領地開発に付いて行きたい人がいるから、移動の許可をと。

 勿論、そんな事は自由なのだが、彼らが移動する時には普通ならば旧領地に残った宿屋や農地を手放さなければいけない。


 だが、この世界には移築の魔法が存在するわけで。

 今度はホーエンハイム枢機卿のツテで予約に割り込み、俺も協力して旧ヴァイゲル領にあった大半の家、宿屋、商店などは新しい領地に移転していた。


 農地も、麦の収穫が終わるのと同時に畑の土を全て持って来ている。

 新しい農地の開墾で一番ネックになるのが、土作りである。

 俺の魔法で大分短縮は可能だが、もう出来ている土を持って来た方が楽なのは明白だ。


「あそこ。王都に近い宿場町なのに、えらく過疎になりましたなぁ」


 ヴァイゲル領の領民達は、あの神立地を捨ててまで大半が新しい領地に引っ越していた。 

 レンブラント男爵の手によってバウルブルクと北方を繋ぐ街道沿いに宿場町などが出来、新しく俺やカタリーナが開墾した農地に向こうから持って来た土を入れて春麦を作る準備も始まっている。


 まだ農地が余っているので、こちらは稲作の準備も始まっていた。

 稲作の人手は、主に旧ヴァイゲル領時代に農地や仕事が足りなくて領地を出て行った領民の子供達やその家族が当たっている。


「旧ヴァイゲル領は、もうあれ以上の発展は望めませんか」


「王都郊外はどこもあんな感じやで。バウマイスター伯爵はんが開放したパルケニア草原は別として」


 旧ヴァイゲル領時代は、人口が千人を超えるとその人達は養えないので外に出ていかなければならない。

 だが、周囲も大体似たような状態なので、かなり遠方まで引っ越さなければならず。

 王都に憧れて上京してみるも、暫くするとスラムの住民などというケースも少なくないそうだ。


「これでも、パルケニア草原があるからマシになったんやで」


「でも、土地は余っていますよね?」


「ド田舎で新規の開墾って、大変なんやで。ここは、バウマイスター伯爵はんのおかげで大分楽やけど」


 それに、情報伝達速度の差もある。

 王都から大分離れた土地で開墾を行う人の募集を貴族が行うにしても、ではそれをどうやって新しい農地が必要な人に宣伝するかという問題も出てくるからだ。


「確かに、土地は余りまくっているんや。でも、それを開墾して収入を得るようにするのは大変なんやで」


 そんなに簡単にそれが出来たら、貴族の子弟達が就職先が無くて泣くなんて事はあり得ないとレンブラント男爵は述べていた。


「ワイかてしがない騎士爵家の四男で、魔法の才能があったから助かったクチで」


 でなければ、間違いなく子供は平民に落ちていたであろうと。


「旧ヴァイゲル領では頭打ち。でも、ここなら子供や孫も近場で暮らせる。実際、引っ越しの際に子供や孫やその家族も呼び寄せたようやし」


 旧ヴァイゲル領の領民約千人の中から、この新領地に付いて来たのは約九百人。

 なのに、今の新ヴァイゲル領の領民は千二百人。


 これに加えて、俺の要請でバウルブルク周辺で新しい宿屋の建設と経営に、バウルブルク郊外の農地を耕してくれる旧領民達も千人近く存在していた。


 旧家臣達の子弟で、バウマイスター伯爵家に仕えてくれる事になった者も少数ではあるが存在している。


 ローデリヒの言う通りで、ヴァイゲル家の再興はバウマイスター伯爵家にも利益をもたらしたのだ。


 ただ、その代わりに割を食った人がいる。

 人口が百人ほどに減り、ほとんどの建物が消え、農地も土作りから始めないといけない旧ヴァイゲル領で親戚が代官をしているルックナー財務卿である。


『王都郊外の有名な宿場町がいきなり過疎になって、ワシは全閣僚に嫌味を言われたのだが……』


『ちゃんと、引越しの許可は得たじゃないですか。そもそも、引越しは違法ではありません。ですが、俺はルックナー侯爵だからこそ、念のために承諾を得たのに……』


『わかったから! バウマイスター伯爵の誠意は理解したから!』


 先日の魔の森の地下遺跡探索で大量に得た成果の内、魔導携帯通信機は知己の貴族などに格安で販売していた。

 この魔導携帯通信機は既存の物よりも性能が優れていて、早速ルックナー財務卿は電話をかけてきたようだ。


 最初の通話は引越しで過疎になった旧ヴァイゲル領の現状というのが、彼の悲哀を物語るのかもしれなかったが。


『場所も良いですし、すぐに人が埋まると思いますよ』


 実際に場所は良いので、ただの土地でもそれなりの値段で売れていたし、農地も俺が他所から持って来た土を魔法で土壌改良して補填していたので、二~三年も使っていればほぼ元の収量に戻るはず。


 なので、これもすぐに完売していた。

 農業を始めたいが、開墾の手間を考えるとという人にあっという間に売れてしまったのだ。


『カタリーナはこれで恨み無しとは言っていますが、ヴァイゲル領の領民達の感情を考えると、ここは虐められていた方が後でルックナー財務卿も楽だと思いますよ』


『それはわかっている。次代のヴァイゲル準男爵にワシの一族の娘を嫁がせるのだからな。嫁が虐められては可哀想だし』


 ただ虐められているように見えて、やはりルックナー財務卿も大貴族なので、半分芝居で虐められているような部分もあるのだから。


「ワイには、大物貴族達のような腹芸とか無理ですわ。『移築』魔法を使って稼ぐのが精一杯で。しかし、この新型魔導携帯通信機ですか。使い勝手が最高でんな」


「俺としては、レンブラント男爵が持っていない方が不思議でしたけど」


「小型の魔導通信機は、お金を積んでも買えない人が多いんですわ」


 とにかく造るのが難しく、出来上がった物も王宮や軍への支給が優先される。

 なので、稼いでいるレンブラント男爵でも全く購入の見通しが立っていなかったそうだ。


「仕事で使えば便利ですからね」


「逆に言うと、仕事に縛られる可能性もありまんな。バウマイスター伯爵はんも、案外その辺の誘導が上手といいますか」


 魔導携帯電話をレンブラント男爵に売ったのは、彼に仕事を頼むケースがこれからも多いからであった。

 見付かった台数は五百台を超えるのだが、その販売先はローデリヒが良く見極めた方が良いと言っているので、まだ死蔵している物の方が圧倒的だ。


 所有しているのは、あの探索に加わったメンバーに、陛下にも十台ほど売っていたし、エドガー軍務卿、ルックナー財務卿もそうだ。


 残りの閣僚は、陛下から在任中は貸与されるという条件になったそうだ。

 

 偉い大物貴族だからとホイホイ売っていたらキリがないので、俺が特に世話になっている人に限定していたのだ。


 当然ホーエンハイム枢機卿にも五台ほど渡していて、彼は一台を自分の家で所有し、残りは教会に俺の名前で寄贈したようだ。


 教会の力の一つに情報収集能力もあるので、新型の魔導携帯通信機は必須というわけだ。

 元から王家に次ぐ数の魔導通信機を所有しており、あとで豪勢な装飾を施されたお礼状のような物をバウルブルクに建設中の教会を任される司祭が持って来ていた。


 あとは、ブライヒレーダー辺境伯にも三台ほど販売している。


『この新型魔導携帯通信機。素晴らしい性能ですね』


 ブライヒレーダー辺境伯は早速電話をかけてきて、前の古いタイプの魔導小型通信機は、欲しがる金満貴族に売ってしまったと話していた。


『自分で所持していた方が良かったのでは?』


『私がバウマイスター伯爵に利益供与ばかり受けてズルいとか言う貴族も多いのですよ。ですから、虎の子を手放したわけです』


『大金で売ってですか?』


『本来なら大金を積んでも手に入らない物を、大金を出せば手に入るようにしたのです。これは、利益供与でしょう?』


 相変わらずの大物貴族らしい発言ではあったが、この地球製の携帯電話に似た魔導携帯通信機は、その機能もソックリであった。


 一体どういう仕組みなのか?

 国内どころか、この大陸内ならどこでも音声クリアーで通話可能だと説明書には書かれていたのだ。

 あとは、アドレス機能なども存在している。


 実際に俺の魔導携帯通信機のアドレスを開けると、普段の仲間以外では陛下と全現役閣僚というちょっと怖い事になっている。


 少し前にエドガー軍務卿から突然電話がかかってきたのだが、俺は最初ヤクザか右翼からでもかかってきたのかと思ったほどだ。

 

『ヴィルマは元気か! あと、足りない警備隊関係で何人か送るから! 紹介状も持たせたから、偽物には注意しろよ!』


 とんでもない内容に聞こえるが、実はうちならば仕官可能であろうと、偽物の紹介状を持って現れる輩が実際に出始めていたのだ。


「何か、えろう大変なようですな」


「まあ、慣れですよ。慣れ」


「達観してまんな。その年齢で」


「ヴェンデリンさぁーーーん!」


 新ヴァイゲル領の中心部で、移築の仕事を終えたレンブラント男爵と話をしていると、同じく領民達との話を終えたカタリーナがこちらに歩いてくる。


「もう良いのか?」


「ええ。領内の事は、ハインツの息子アレクシスに任せますから」

 

 名誉付きではあったが、準男爵になったカタリーナはなるべく領地の経営に参加しようとするが、それはハインツに止められたそうだ。


『まずカタリーナ様が一番にする事は、バウマイスター伯爵様との間にお子を成す事です』


 あとは、妻になるのだから俺から離れるなとも言われたそうだ。

 

『たまにご夫婦でご視察をしてください。あとは、領内の開発状況や資産状況につきましては、半年に一度詳細な報告書をさしあげます。カタリーナ様は、これをバウマイスター伯爵様とご覧になってから指摘などをいただけたらと』


『何それ、物凄く羨ましい』


 ハインツは、カタリーナの祖父が改易された時には、若手なのに領内の政務の全てを取り仕切っていたそうだ。

 有能なので、ヴァイゲル家が改易された後に他の貴族家から誘いもあったそうだが、それを断って土着までしてヴァイゲル家を支えたらしい。


『同じく有能だけど、クラウスとは真逆の位置にいる人材だな』


 ただもう六十歳を超えているので、代官の仕事は自分が子供の頃から教育した息子のアレクシスに任せるそうだ。

 となれば、この老練で有能な人材が暇になるわけだ。


 そこで、バウマイスター伯爵領の相談役として、ローデリヒの補佐に付ける事にした。 

 なので現在彼は、ローデリヒと共にバウルブルクで開発業務に邁進しているはずであった。


「私は、ヴェンデリンさんと一緒に冒険者としてバリバリ稼ぐのです」


「あまり気張るなよ」


「ヴェンデリンさんは、相変わらず覇気が薄いのですね。その割には、色々と功績が多いようですが……」


「悪運の賜物だな」


 そう、俺には妙な悪運というか、何か事件に巻き込まれる性質でもあるのかもしれない。

 などと思っているとまた何か起こりそうな予感がするのだが、実際にまた何か起きたらしい。


 ブランタークさんが血相を変えて飛び込んでくる。


「坊主! バウマイスター騎士爵領で反乱が起こった!」


「えっ? 反乱?」


 少し前ならいざ知らず、この情況で反乱などまずあり得ないと思っていたので、俺の頭の中は混乱したままであった。

 

「この情況で? 誰が首謀者なんです?」


「それが、クラウスだそうだ」


「はあ?」


 先ほど少しクラウスの事を考えたが、それで反乱とはいくら何でも悪運が過ぎるような気がしてならない。

 というか、この情況で反乱など起こしても勝ち目などまずない。


 あの自己保身の権化であるクラウスが、本当にそんな無謀な事をするのであろうか?

 

「反乱って、兵力は?」


「三十名ほどらしい。領主の館を占拠して、ヘルマン殿以下家族が人質になっている」


「全くもって理解できませんね」


「俺もだが、兵を送る必要があるぞ」


「この忙しい時に……」


 とにかく、まずは情況を把握する方が先だ。

 

「カタリーナ」


「はい」


「戻るぞ」


「わかりました」


 俺はブランタークさんとカタリーナを連れて、急ぎバウルブルクへと戻るのであった。

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