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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第六十話 新たな火種。 

 俺の名前は、ヘルマン・フォン・ベンノ・バウマイスター。
 とある僻地の領地を継いだ新米貴族である。

 ただ、その領地は僻地とはいえ、隣接している未開地の開発が大々的に始まっている。
 もう少しで、その元未開地であるバウマイスター伯爵領とも道が繋がる予定であり、そうすれば外部との接触も増えて、以前は完全に孤立していた我が領も活気付くというものだ。

 だが、それまでの道は決して平坦ではなかった。

 俺は元々次男であった。
 貴族家に生まれた次男など、長男の予備と相場が決まっている。
 実家に部屋住みして居候扱いで、結婚も長男よりも遅くなる。
 もしくは、出来ない奴も沢山いる。

 最低でも跡継ぎ長男に子供が出来ないと、与えられた屋敷の部屋で人生が止まってしまうのだ。

 子供の頃はわからなかった。
 跡継ぎであった長男のクルトは、凡庸ではあったが決して悪人ではなかったからだ。

 だが大きくなっていくと、次第に領地や家の状態が解ってくる。
 クルトは跡継ぎなので大切にされ、俺はかなり扱いが適当だ。

 妾がいる事もあって弟や妹が次第に増えていくのだが、彼らの方がまだマシなのかもしれない。

 本妻である母から生まれた弟達は、どうせ家を継げないので外に出る準備をしているし、妾であるレイラさんから生まれた弟や妹達は、元から貴族扱いされていない。

 赤い血として、名主になったり、その兄を補佐したり、妹達は豪農にでも嫁げば良いのだから。

 俺は、クルトの予備として部屋住まいだ。
 一応個室は与えられているが、これは俺には檻の無い牢屋にしか見えなかった。

 別に、親父やお袋が嫌いなわけではない。
 貴族の決まり事が、俺は大嫌いなだけであった。

 その鬱憤を、俺は剣の稽古などで晴らすようになる。
 あとは、同じ農家の次男・三男などで結成された警備隊の訓練などでだ。

 この警備隊は、普段は治安維持のために。
 有事には、当然諸侯軍の中核となる。
 とは言っても、ここは他の土地から隔絶している田舎の僻地なので犯罪者など滅多に出ない。
 諸侯軍も、俺は行かなかったが以前に大損害を出した魔の森への遠征でもなければ、まず出番などないはずだ。

 それに、警備隊の治安維持活動と言っても。
 たまに酒を飲んだ時に領民同士が喧嘩になったので止めたり、激しい夫婦喧嘩を仲裁したり。
 この領では、その程度の事でも警備隊が出動するのだ。
 何名かで駆け付けて、当事者同士を割って話を聞いてあげればそれで終わる仕事なのだが。

 あとは、たまに畑に迷い混んだ猪や熊の討伐であろうか。
 猟師と協力して倒すのだが、警備隊が駆け付ける前に猟師が倒したり、追い払ってしまっている事が多く。

 警備隊の仕事など、大した量でもない。
 あとは、たまに隊員を集めて訓練をするくらいだ。

 とはいえ、隊員達には普段仕事がある。
 一応規定の訓練量は決まっているのだが、それが守られた事など一度もない。
 規定通りに訓練を行って畑が放置されていたら意味が無いわけで、あと領主である親父は税収を増やすためだと言って大規模な開墾を行っていた。

 訓練よりも開墾が大切なので、俺もそちらをメインに手伝っていたほどだ。

『ヘルマン、今日の担当はあそこだ』

 親父に指定された場所の土を掘り起こし、邪魔な樹を切り倒して、切り株を何人かで地面から引っこ抜く。
 大きな石や木片を取り除くのも、かなりの手間であった。

 だが、今日担当している畑は隊員で良くやってくれているヘルゲが貰える事になっている。
 彼は三男で、実家の畑を継げない。

 なので、この開墾を失敗させるわけにはいかないのだ。

『すいません、ヘルマン様』

『それは言いっこ無しだ。お前がこの領に残ってくれないと、今でもショボイ警備隊がもっとショボくなる』

『ヘルマン様、それは禁句でさぁ』

 俺達は、他の開墾を手伝っている警備隊員達と大笑いをしていた。
 みんな次男以下で似たような境遇の者ばかり、ただ嘆くよりは自虐的でも笑ってしまった方が精神的に楽だからだ。

『お前は、大金を税として納めているんだ。遠慮するな』

 今年で二十歳になるヘルゲは、こう見えてあの魔の森遠征の生き残りである。 
 当時は成人したばかりの十五歳ではあったが、三男なので死んでも問題ないと思われて実家から推薦されたのだ。

 いや、厄介払いと言った方が正解であろう。

 この手の問題に、貴族と農民の差などない。
 正直なところ、当時十八歳であった俺が良く出兵させられなかったなと思っているほどなのだから。

 その代わりに、大叔父である従士長やその三人の息子達は全滅していて、現在では分家との間に隙間風が吹いている状態であったが。

 分家に仕える従士達や、男手が足らないので開墾を手伝っている女達の目を見れば一目瞭然だ。
 親父の指示には従っているが、たまに刺すような視線で親父やクルトを見ているのだから。

 俺もその対象になっているのだが、これについては仕方が無いのかもしれない。
 大叔父達の犠牲の元に、俺は今でも生きているのだから。

『あの金を持って、外に出るという選択肢もあったんだ。それを奪われた以上は、ヘルゲはちゃんと畑を持たないとな』

 ヘルゲは特に剣の腕が優れているわけでもないし、体も小さくて細い方だ。
 だが、弓は上手い方で、それ以上に体が丈夫で持久力があり、そしてそれ以上に精神が強かった。

 年齢のせいで下っ端扱いであった彼は、遠征軍では伝令役を務めていた。
 表面上は対等の立場であるはずの、バウマイスター家諸侯軍とブライヒレーダー家諸侯軍であったが、当然そんなわけがない。

 ブライヒレーダー先代の辺境伯は、大叔父達を自分の家臣の家臣。
 陪臣扱いして、そのせいで両者の間に次第に大きな溝が広がっていく。

 大叔父は、バウマイスター家諸侯軍をブライヒレーダー家辺境伯軍から少し離した。
 扱いの問題もあったのであろうが、もしかすると自分達の末路をある程度予想していたのかもしれない。

 あの小勢で二十名以上が生き残ったのだから、間違いなく破綻に備えていたのであろう。

 ただ、犠牲を少なくして逃げるという選択肢はあり得なかった。
 ブライヒレーダー家諸侯軍が壊滅したのに、バウマイスター家諸侯軍にはあまり犠牲は出なかったでは、後々問題になってしまう可能性があったからだ。

 特に、うちが塩などの物資の供給ルートをブライヒレーダー辺境伯家に握られている以上は、自分達だけで逃げるわけにもいかない。
 ただ、若い者はなるべく逃がしてやりたい。

 二十三名の生存者の全員が、十五歳から二十代前半の若者という事もあり。
 大叔父は、自分が出来る範囲で最良の結果を残したのだ。

 己と息子達の命をかけて。

 だが、親父の評価は辛辣であった。
 『貴重な領民をむざむざと失って』と。
 ただ、親父には領主としての立場がある。
 戦力の八割を失った大叔父を、表面的には叱責しなければいけないわけだ。

『確かに、親父の言う通りだな』

 親父に続いて、兄のクルトも大叔父の批判をする。
 クルトは凡庸な男ではあったが、親父の言う事は良く聞いているので当然こういう発言になる。

 だが、その一言で俺はクルトの軍事的才能の無さに気が付いていた。
 同時に俺は、親父が一瞬だけ残念そうな表情をしていたのを見逃さなかった。

 親父は、きっとクルトに大叔父を褒めて貰いたかったのであろう。
 自分は領主なので、戦力を大半を失った大叔父を褒められない。
 だが、跡取り息子が出来る限りの若者を戻した大叔父を褒めてくれれば、多少は分家の人間の怒りを緩和する事が出来る。

 俺は聡明ではなかったが、そのくらいは理解している。
 なのに、クルトはそれに気が付かなかった。
 親父は、内心でガッカリしたのであろう。

 俺は、そういう事は事前に打ち合わせをしておけとしか思えなかった。

『それよりも、戻って来た者達を労ってやらないと』

 出しゃばりとは思ったが、俺は戻って来た者達に対して親父が直接声をかけるべきだと進言していた。 
 何しろ、クルトにはそういう配慮は期待できないのだから。

 遠征軍のせいで人手が足りず、まだ数名の領民を率いて領内を定期的に見回っているだけの俺であったが、率いている連中がミスをすればちゃんと正しく叱責する必要があるし、功績を挙げれば褒めなければいけない事くらいは知っている。

 彼らは、軍勢の八割が壊滅するほどの地獄から生き残って来たのだ。
 親父がその労を労い、気持ちでも恩賞や休暇などを与える必要があった。

『確かに、それは必要だな』

 親父は、俺の意見に賛同していた。
 そして実際にそれは行われたのだが、もしかするとその頃から俺を大叔父の分家に入れる構想練っていたのかもしれない。

『休暇など必要ない。むしろ、あの地獄を忘れさせるために開墾などで働かせた方が良い』

 クルトはこんな感じであったが、彼の立場を考えるとその意見も間違っているわけではない。
 生き残った若者達の全員が次男以下で、実家を継げる立場には無い。
 死んでも困らない者達が運良く戻って来たので、その労働力をすぐに生かすべきだと考えたのであろう。

 領地の発展のためには必要な決断なのであろうが、その発想は自分が長男であるという立場から出ている。 
 理解はするが、俺は心情的には気に入らなかった。

 そして戻って来た若者達であったが、大半が精神的に参っていた。
 大叔父の留守中に、数名の警ら隊程度の活動ではあったが勉強は必要だと思って父の書斎で本を読んだのだが、その中に戦争精神症の記述があった。

 戦場であまりに酷い目に遭うと、精神が病んで軍人としては使い物にならなくなるという物だ。

 彼らの話によると、魔物は大軍で夜襲をかけてきたらしい。
 おかげで、夜の暗闇やそこで発生する音に異常なまでに怯えるようになってしまっていた。

 大叔父一家の男手が全滅したので、暫くは俺が少数の警備隊を率いて警邏の真似事でもしなければいけない。
 実戦経験のある彼らを期待したのだが、そういう情況ならば彼らを誘うわけにはいかないであろう。

『俺は、大丈夫ですよ』

 ただ、運良く数名の精神も頑丈な若者達が警備隊に参加してくれる事になった。
 その中でも格段に頑丈であったのが、先に紹介したヘルゲであった。
 大叔父は、ブライヒレーダー諸侯軍への伝令役にヘルゲを指名した。

 両軍の険悪な空気を少しでも払拭するために、一番若造を送ったというわけだ。

 そして、その試みは少し成功している。
 相変わらずブライヒレーダー家諸侯軍の幹部連中などは高圧的ではあったが、ヘルゲの親と同年代の兵士達が定期的に伝令で来るヘルゲを可愛がってくれたのだそうだ。

『お前も災難だな。お上同士の意地の張り合いに巻き込まれてよ』

『伝令をしていると、馬の訓練になるから俺は気にしないよ』

『お前は、良い性格しているな。狩った魔物の肉を焼いたから、食べてから戻れよ』

『ありがとう』

『若い者は、遠慮しないで一杯食え』

 こんな感じで、下っ端の兵士達に可愛がられたそうだ。
 そして、あの運命の日。
 ヘルゲが伝令としてブライヒレーダー諸侯軍の陣地へと赴くと、彼らはヘルゲにある物を渡したそうだ。

『俺達は、多分生きて戻れない。坊主は、意地でも生き残れ。これをやるから』

 何かは良くはわからないが、魔物の牙を数本貰ったのだそうだ。
 そして、伝令役なので上手く馬を操って魔の森の外に逃げる事に成功していた。

 他の生き残り達と共に、どうにかバウマイスター領へと辿り着いたわけなのだが、それから彼に胸糞の悪い事態が襲う。

 せっかく生き残ったヘルゲを含む彼らに対し、親父は税金を徴収したのだ。
 魔の森に入った際に狩りを行い、それにブライヒレーダー辺境伯が報酬を出していたので、彼らは小銭持ちにはなっていたからだ。

『親父、さすがにそれは拙いだろう』

『お前の言う通りかもしれないが、それでも法は法だ』

 ただ、恩賞もあるので実質は差し引きゼロではあった。

『それに、彼らはほとんどその金を手元には置けまい……』

 確かに親父の言う通りだ。
 親父もそれがわかっていたからこそ、決まり通りに税をかけたのかもしれない。

 生き残り組は、全員が次男以下。
 実家での扱いはご察しの通りで、命をかけて稼いだ金の大半を奪われてしまう。
 特にヘルゲは、貰った魔物の牙が高価な薬の材料になるとかで、直後に来た商隊の連中が金板二枚二十万セントで買い取って行った。

 なのに、ヘルゲが親から貰えた金額は僅か千セント。
 彼が命をかけて稼いだ金を、実家は徹底的に搾取したのだ。

『(本当に、胸糞が悪くなる話だ)』

 とはいえ、これが地方の農村の現実だ。
 家の存続こそが大事なので、次男以下などジュースを搾る山ブドウくらいにしか思っていないのだから。

 最近、商隊に付いてバウマイスター領を出る若者がチラホラと増えているが、その気持ちは俺でも納得できる。

 親父も、それが良くない事だとは思っている。 
 だが、あまりに急進的な方法は領内の統治を不安定にする。
 こんな孤立した領地で内乱などあれば、バウマイスター領は致命的な損害を受けるわけで、開墾の奨励は次男以下の独り立ちをなるべく推進しようとしているのであろう。

 その親父の配慮に、長男であるクルトが気が付いているとは思えなかったが。
 彼からすれば、耕地が増えれば税収が増える程度の認識なのであろう。

『ヘルマン、お前は分家に婿に入るのだ』

 親父からその話を聞いた時、俺は『今よりはマシかな?』程度の認識しかなかった。
 大規模開墾がひと段落し、ようやくクルトの嫁が決まった頃。
 俺は、分家に婿入りして従士長の職を継ぐのだと言われたのだ。

 遠征の失敗で、バウマイスター諸侯軍の兵力はいまだに回復していない。
 有事の際に男子全員で戦うのは義務であったが、ある程度訓練を続けている兼業兵士も必要だ。
 ところが、それが可能なのは俺が書斎の本などを見ながら苦労して見様見真似で訓練した次男以下の二十名ばかり。

 数少ない収穫は、ヘルゲが経験を積んで俺の片腕になってくれたくらいだ。 
 開墾されたばかりの畑の農作業と合わせて苦労させてるのが心苦しいのだが、今の俺には彼を遇する方法が無い。

 同年代の職人達や豪農の跡取りなどを取り巻きにして、安定した地位を築いているクルトには必要の無い苦労なのであろう。

 しかも、クルトは俺の軍事的な才能に嫉妬しているのだそうだ。
 その話を聞いた時に、俺はあまりにバカバカしくて笑ってしまったほどだ。

 確かに、俺はこの領内では一番の剣の使い手であったし、弓も猟師組に負けるとは思っていない。
 ある程度の警備隊や自警団くらいなら、親父やクルトよりも上手く指揮する事は出来るであろう。

 だが、それが何だと言うのだ。
 こんな田舎の孤立した領地で一番だからと言って、外に出れば俺よりも才能がある奴など星の数ほど存在するはず。

 クルトの嫉妬など、俺からすれば言いがかり以外の何物でもなかった。
 その後、俺への嫉妬は分家への婿入りと同時に消える事となった。
 競争相手が分家当主になったので、安心したのであろう。

 本当に、お気楽な次期当主様である。

 俺なんて、分家では針の筵だというのに。
 分家への婿入りは、大叔父の直系の孫娘であるマルレーネが成人するまで待っていたので遅れてしまったという事情があった。
 実際に婿入りすると、嫁のマルレーネの態度にも困惑した。
 分家の人間からすれば、大叔父達は本家が分家を乗っ取るための策で殺されたような物だという認識らしい。

 親父が何を考えたのかは知らなかったが、せめて俺だけでも出兵させれば良かったのだ。

 マルレーネは見た目は可愛らしかったし、結婚できたので文句は無いと言いたかったのだが。
 初夜で、『子供を作るためだから仕方なく』という態度を取られるとさすがに困ってしまう。

 食事の時などでも、俺は明らかに招かざる客という扱い。
 さすがに精神的にまいってしまいそうになるが、それを救ったのは意外な人物であった。

 俺には兄弟が多い。
 本妻である母が産んだ子供だけでも、三男のパウル、四男のヘルムート、五男のエーリッヒ。
 そして、一番年下の八男であるヴェンデリンだ。

 彼らは、どうせ家は継げないのだと王都に出るべくその準備に日々奔走していた。
 万が一に備え、予備としての十代を過ごした俺からすれば羨ましい限りであった。

『その代わりに、自己責任だぜ』

 パウルなどはそう言うのだが、それでも外に出られるのは羨ましかった。
 貴族になど未練はないし、どうせ分家の当主になった時点でもう貴族ではない。

 出来ればパウル達のように外の世界に出て、冒険者などをやってみたいと夢見る事が今でもあるのだ。

『僕は出て行かざるを得ないのですよ。正直なところ、この故郷に未練は有りませんけど』

 跡を継げるのに、クルトは新しい嫉妬の対象を見付けていた。
 五男のエーリッヒであった。

 こいつは、バウマイスター家に生まれて来たこと自体が間違っているとしか思えない男であった。
 優れた容姿に、俺でも敵わない弓の腕前に、抜群に優れた頭脳と。

 当然、領民達からの人気は高かった。 
 自然と、次期領主に相応しいと思われるようになる。

 この領地が他の領主と交渉を行うとは思わないが、領主はその領地の顔なので容姿に優れていた方が良いからだ。
 能力でもエーリッヒは、クルトなど何人いても敵わないであろう。

 クルトが嫉妬するのも当然であったが、それはエーリッヒが将来領を出て行くと明言した事で消えてしまう。

 そして最後に、更にとんでもない弟が現れる。
 八男のヴェンデリンだ。

 最初はこの子も、三歳頃から書斎で本などを読んでいて、エーリッヒに似たようなタイプだと思っていた。
 ところが、次第に魔法の才能を見せる事になる。

 こんな僻地の領地で魔法の才能を持つ子供が出るなんて、奇跡に近い。
 親父はすぐに対策を打った。

 完全に放任してしまったのだ。
 なるべく領地に貢献させないようにして、とは言っても食肉供給などでは圧倒的に貢献はしていたが。
 俺も実家に居た頃は、良くホロホロ鳥の肉を食べさせて貰った物だ。

 ヴェンデリンに行動の自由を与える。
 彼は魔法の特訓なのであろう、朝から日が暮れるまで。
 時には、どこかで外泊してまで魔法の鍛錬に集中するようになっていた。

 当然、またクルトは嫉妬の炎を燃え上がらせるのだが。
 俺からすれば、そんな暇があったら勉強でもしろと言いたくなる。

 そして肝心のヴェンデリンであったが、こいつは良い性格をしていると思う。
 クルトなど眼中に無く、自立のために好き勝手にやっているのだから。

『(ヴェンデリンを見ていたら、バカらしくなったな)』

 親父やクルトの意向に従って婿入りをしたら、嫁にまで隔意を抱かれる。
 そんな生活が嫌になったのだ。

 確かに俺は本家の次男だが、もう元次男になった。
 今は分家の当主で、家臣として親父やクルトのために働く必要はあるが、他の事で従う必要など無いのだと。

 そう決意した日から数日後、俺はとある会合に出席していた。
 この会合は、初期移民者が集まっている本村落において彼らの意見を聞くという物であった。 
 支持基盤なので、気を使っているわけだ。

 ただ、こんな事が常に行われていれば、当然他の村落の連中は面白くないわけで。
 将来的には解決の必要があったが、今は俺は分家の当主としてその利益を代弁する立場にある。

『いい加減、労役の軽減を頼みたいのだが』

 そうでなくても、分家は男が少ないのだ。
 そのために、分家の女達は開墾作業の手伝いまでしていた。
 分家にも従士は数名いるが、彼らは普段は農民として忙しい日々を送っている。
 こちらを手伝わせるには限界があった。 

『そのために、ヘルマンという男手を送ったのだがな』

『俺一人では限界があるだろう』

 やはり、クルトは俺など子分の一人くらいにしか思っていないのであろう。 
 その子分を分家に送り込んだから、分家など利用できる道具くらいにしか思っていない。

 なるほど、冷静に分析するとバウマイスター領の本村落優先の安定統治など砂上の楼閣でしかないのだと。
 親父や名主のクラウスは危機感を抱いているが、革新的な解決策などは見出せていないし、クルトはその危機にすら気が付いていない。

『(ある意味、羨ましいか……)労役のせいで、ハチミツ酒の製造量が減っている』

 分家の生業に、伝統的な養蜂技術とそれを用いたハチミツ酒の製造がある。
 ところが、極端な人手不足に労役の増加が拍車をかけて、その生産量は落ちていた。

『あと、いい加減にハチミツ酒の代金を払って欲しいのだが』

 この領地では、酒は貴重品である。
 麦の生産は増えていたが、それを酒にすると親父が渋い顔をするので精々で自家製のエールを少量作るくらい。

 なので、分家が作るハチミツ酒を徴収して領民に配っていたのだが、その代金をツケにして支払いを滞らせていたのだから性質が悪い。

 それは、俺の立場が針の筵になるわけだ。

『その内に払う』

『そうか。では、支払いが済むまではハチミツ酒の供給は停止する。ちょうど人手も足りない事だしな。あと、今まで貯めていたツケの清算も頼む』

『ヘルマン!』

 なぜかクルトが激怒していた。
 分家如きが本家に要求など、度し難い傲慢だと思っているのであろう。
 あと、俺を何だと思っているんだ。
 親父やクルトには、この領地を安定的に治める義務があるのであろうが、そのために何をしても良いというわけではない。

 いくら男手が居ないからといって、分家に無茶ばかりさせれば、それは反本家にもなろうという物だ。

『(俺を生贄にでもしたつもりか!)』

 段々と心の中で怒りが沸いてくる。
 バウマイスター家の兄弟の中で、なぜ俺だけがこんな目に遭うのだと。

 それは貴族にはなれないかもしれないが、俺はパウルやヘルムートやエーリッヒが羨ましかった。
 外の世界で、こんなクソみたいな田舎領地の柵に捕らわれないで生きていけるのだから。

 次に浮かんで来たのは、相続争いを防ぐために自由行動を許され。
 だが、領民達には怠け者の八男だと言われているヴェンデリンの姿であった。

 まだ幼いのに、ヴェンデリンは自分の思うままに行動している。
 魔法の才能が有るからでもあるが、周囲からどう思われようと、噂されようと本当に自由に生きているのだ。

 毎朝早くに出かけ、夕方に戻って来るヴェンデリンの顔には憂いや迷いなど一切無いように思える。

 俺は、彼とはあまり話した事が無い。
 元々年齢が離れていたのと、今の俺が分家当主の立場なので、話をしただけでクルトが神経を尖らせるであろうからだ。

 俺とヴェンデリンが組んで、クルトの地位を奪う。
 妄想の類ではあるが、クルトの猜疑心が強ければ信じられてしまう可能性もあった。

『とにかく、先の条件を飲んで貰う』

 俺もヴェンデリンほどではないにしても、己の道を歩むべきであろう。
 もう親父やクルトは他所の家の人間であり、俺は分家の当主なのだと。

 ならば、分家の利益を一番に考えないといけないのだ。

『開墾はひと段落ついた。貯まっていたツケは支払う』

『親父!』

『こちらが、開墾事業の関係で迷惑をかけたのだ。払って当然であろう』

 結局、親父はそういう理由で支払いをツケにしていたらしい。
 今の分家の人間からすれば、もう親父すら信用に値しないのであろうが。

 そしてクルトは、支払いなどしなくても良いと考えたらしい。

 思うに、クルトは貴族とは沢山金があれば何とかなると思っているのであろう。
 だが、それで分家を敵に回してどうしようと言うのであろうか?

『(今は、親父・クルトのコンビで何とか本村落の保守派を押さえて領地は治まっているが……)』

 魔の森遠征に端を発した分家との確執に、本村落でも若い層による保守層の年寄りへの反発。
 残り二つの村落などは、親父やクルトが領主なので仕方なしに従っているレベルであった。

 成立から百年ほどで、この領はガタガタになっていたのだ。

『(何か針の一刺しで、この領は破裂するかもな)』

 そしてそれは、親父とクルトがこの領の支配者から転落するという事だ。

『(俺の妄想かもしれないがな……)』

 この会合以降、ようやく俺は分家の人間に認められたらしい。
 妻が妻らしくなったので、これも怪我の功名であろう。

 クルトの顔が渋くなったが、どうせあいつは俺には腕っ節では勝てないのだから。

 そして数年の年月が流れたが、後の流れはもう何度も説明された通りだ。

 親父は引退し、このバウマイスター領の当主は俺になり、パウルも領地を分与され、最後にヴェンデリンが未開地の大半を分与されて伯爵になった。

 クルトの事は、もう話さない方が良いであろう。
 あいつは、外部との関係が開かれたバウマイスター領の未来に付いて行けずに自爆した。
 そういう事だ。



「おいクラウス。さすがに、これは拙いぞ」

 ある事件の後に、五代目のバウマイスター騎士爵領の当主になった俺は、本村落の名主であるクラウスを呼び出していた。

 親父とクルトは、このクラウスという男の能力は認めていたが、その行動理念と心の内は疑っていた。
 それには、彼の息子と娘の婚約者の死が関わっていたのだが、その真相は既に解明している。

 さすがにもう、領主の交代を裏で画策などはしないであろう。
 ヴェンデリンもその辺は疑っていないようで、彼は本村落の名主のままであった。

 その彼が名主として願った領主の交代に、他の領地との交流も始まり、お隣であるパウルとヴェンデリンの領地は現在開発ラッシュの真っ最中であった。

 我が領にも外部から商人などが訪れるようになり、耕作地も増え、特産品であるハチミツ酒の増産もヴェンデリンが紹介してくれた王都の商人の支援で始まっている。

 新しい住民も増えて村落は五つになり、我が領も未開地の開墾や新規の移民の受け入れなどで忙しい。

 全体的には良い事ずくめであったが、実は一つ困った問題が発生していた。

「ヴァルターとカールの行動は目に余る。何とかしろ」

 クラウスは、親父も俺も兄弟達も認める優秀な男である。
 だが、彼にも欠点はある。
 それは子供の教育に、いや娘の子供なので孫の教育に失敗した事であろう。

 親父がクルトに足を引っ張られたのを散々に見ているのに、今クラウスは孫に足を引っ張られて俺に呼び出されている。
 子では無くて孫なので、どこか甘やかしてしまう部分があるらしい。

 親父などから言わせれば、クラウスも人間であったのかと安心するかもしれないが、俺からすれば再び領内に発生した不安定要因でしかない。

 早急に対応する必要があった。

「すいません、何度も叱責はしているのですが……」

 そこには優秀な名主ではなく、ただ孫のために謝る優しいお祖父さんの姿しかなかった。

「若い者達を扇動しているとも聞く。ちゃんと抑えないと、クラウスならどうなるのかわかっているな?」

 問題の発端は、あの事件の後のクラウスへの処遇からスタートしている。
 親父は引退してパウルの領地に移住したが、クラウスは引退などさせるわけにもいかず、そのままバウマイスター騎士爵領本村落の名主兼財政担当として残った。

 一部領内で、クラウスも政治的な扇動を行ったので引退させるべきだと言う声も上がったのだが、今のバウマイスター領は人材不足であった。

 代わりがいない以上は、そのまま仕事を継続して貰うしかないのだ。

 親父も、他の兄弟達も、もうクラウスは普通の名主の立場に戻って働くであろうと思っている。
 俺もそう思ったので、彼をそのままにした。

 実際に彼は、黙々と名主の仕事をする優秀な名主に戻っていた。
 年齢も六十歳を超え、彼自身はもう何年かで引退する決意をしているようだ。

 徐々に本村落の名主の仕事を、孫でレイラさんの長男であるヴァルターに任せるようになり、徴税の仕事なども他の村落の候補者を集めて教育を行っている。

 完全に恨みや野心が抜けた老人になり、黙々と仕事に励んでいるのだ。
 それを他の村落の連中は、半分は不気味に思い、半分は好意的に見ている。

 新規に出来た村落の連中からすれば、昔のクラウスの事など知らないので、引退するために後進に丁寧に仕事を教える優しい爺さんでしかないのだ。

 前からここに住んでいる他村落の連中は、『また何を考えているのか?』などと思っているらしい。
 ただ、徴税業務の独占が解かれるので、表面上は素直に彼からそのノウハウを教わっている。

 徴税業務の独占は、クラウスが娘のレイラさんを父の妾として差し出したから得られたと。
 少なくとも、他村落の連中は思っている。

 だから、クラウスが引退してしまえばその恩恵は無くなるのだと、俺はみんなに思わせたかったのだ。
 クラウスもその意見に賛成していた。

 なぜなら、もう本村落など名前だけになってしまったからだ。
 もう既に、移民して来たばかりの領民達で作られた村落が二つもあり、そこの名主は彼らによって決められている。

 俺が領主になってから、本村落限定であった領民達の意見を聞く会合は、全ての村落から代表者を出すようになった。
 開発はまだまだこれからで、次第に村落の数が増え、彼らが選ぶ名主は完全に他所の出身者となる。

 もう今の時点で、本村落の影響力はかなり落ちているのだ。

 それに、もっと未開地の開発が進めば統治効率の関係で、バウマイスター家本屋敷の移転も行われる。
 そうなれば、本村落は元本村落と呼ばれるようになるであろう。

 これは時代の流れであったし、クラウスも不満など無いようだ。

『このままバウマイスター領の発展を見ながら、私は老いて死んでいくのでしょうな』

 以前に、クラウスは独り言のようにボソっと漏らしていた。

 ところが、別の方向から問題が発生する。
 それは、クラウスの孫達で、俺にとっては異母兄弟になるヴァルターとカール達からであった。

『カールを、他の村落の名主にして欲しい』

 俺が領主になってすぐに、ヴァルターとカールがやって来てこんな陳情を始めたのだ。
 しかも性質が悪い事に、二人にはレイラさんも付き従っていて、彼女からもお願いをされてしまう。

『(親父、恨むぞ……)』

 親父が引退してパウルの領地に引っ越す際に、レイラさんは付いて行かなかった。
 元々一緒の家に住んだ事などないし、レイラさんからすれば親父の妾になったのも、子供を生んだのも義務であったから。
 離縁などはしないが、本妻であるうちのオフクロと顔を合わせて隠棲生活など嫌だったのであろう。

 そんなわけでうちに残ったのだが、まさかここで政治的な陳情に口を出すとは思わなかった。

『無理を言うな』

 元からある二つの他村落は、今までの関係を考えると無理であった。
 それに、彼らは今の変化を好ましく思い、新領主である俺を支持してくれている。
 私情で異母弟のカールを名主として押し込んだら、間違いなく大反発をするであろう。

 税を誤魔化したなどの罪状も無いので、今の名主達を解任する根拠すら無いのだから。

『何の咎も無いのに、解任される名主達の身にもなってみろ』

『移民達の村落があるでしょう』

 それも無理だ。
 新規移民組は、彼らだけで新しい名主を決めてしまっているからだ。
 領主である俺に逆らっているわけでもないし、いきなり解任してカールを送り込めば問題になるであろう。

『また新しい村落の建設が予定されている。そこの名主を任せる。ヴェンデリンがある程度はやってくれるが、細かい仕上げや、移民して来た者達への統率はお前がやれ。補佐にノルベルトと、うちからも人員を出す』

 ノルベルトとは、異母妹であるアグネスの夫であった。

『あと、ライナーにはヴェンデリンが残した商店の経営を任せる』

 ヴェンデリンが伯爵になってすぐに、あの開発特区は短い生涯を終えていた。
 あの未開地との境目にあった屋敷は、バウルブルクという名前になった都市へと移築され、あとは全て俺に譲渡されたのだ。
 その中に色々な物を販売している商店があり、これの経営もライナーという同じく異母妹であるコローナの夫に任せる事にした。

『(やっぱり来たな……)』

 実は彼らの陳情は、俺も親父もヴェンデリンも十分に予想はしていた事であった。
 彼らは俺の異母弟・妹達であり、ヴェンデリンの異母兄・姉達でもある。

 正妻の兄弟が全員貴族になっているのに、母親が妾である赤い血の彼らはあまり恩恵を受けていない。
 不満が出るのも当然というわけだ。

『(しかし、ここでレイラさんが出て来るか……)』

 俺が思うに、領内の力関係のせいで人生を翻弄されてしまった人でもある。
 若くに婚約者を亡くし、親父の妾になった。

 お袋も面白くないであろうし、元々身分が違うという理由で自分も生まれた子供もクラウスの屋敷で暮らしている。
 今までは滅多に表になど出て来ず、正直ヴァルター達と一緒に来て陳情をしたのが驚きであったほどだ。

 我が子が可愛いのと、親父が領を出てしまったという理由もあるのであろう。

『(この人は、相変わらず美人だな)』

 もう四十歳は超えているのに、まだ三十歳前後にしか見えない。
 統治体制を強化するために親父は妾にしたのであろうが、役得でもあったはずだ。

『ありがとうございます』

 レイラさんは、ヴァルター達と共に頭を下げて俺の元を辞した。
 この時点での陳情とその内容は、想定の範囲内である。

 名主にしたり、ある程度の利益供与は親父も必要ではあると認めている。

 ヴェンデリンは、『どこかに、領地でも分けた方が良いのですか?』などと言っていたが。 
 これはさすがに、俺も親父も止めていた。

 ヴェンデリンは頭も悪くないのだが、どこか甘い部分が存在している。
 悪いとは思うが、赤い血を引く異母兄姉を貴族などにしたら大問題になってしまう。

 中央の貴族達が騒ぐであろうし、貴族になりたいバカ達が、親父の子供だから認知しろと大勢押し掛けてくるであろうからだ。
 将来を見越して分家を増やしたかったら、自分の嫁達に産ませた子供に任せれば良いのだから。 

「俺は十分に譲歩はしたよな?」

「はい……」

 ヴァルターはこの本村落の名主になるし、カールも新しく開発される村落の名主になる。
 当然援助は十分にするし、異母妹の婿達にも十分に配慮している。

 それなのに、ヴァルターとカールはまだ不満があるらしい。
 いや、こちらが譲歩して利益供与をしたら図に乗ってしまったのだ。

『俺は今は名主に過ぎぬが、将来は領地を分与される可能性が高いな! 俺は、貴族になるんだ!』

 そう言って、領内の若者達を集めて与党を形成しているという噂が流れて来たのだ。

「クラウス、ちゃんと説明はしたのか?」

「それが、ヴェンデリン様は一代で伯爵様になったので、勘違いをしているのかと……」

 ヴェンデリンは青い血の生まれであったが、もし魔法の才能が無ければ、没後にその子供達は間違いなく平民に落ちていたであろう。

 そんな境遇の彼が、若干十五歳で伯爵になった。

 ヴァルター達からすればヴェンデリンは成り上がった貴族に見えるので、半分は青い血の自分達も貴族になる可能性が高いと思っているらしい。

 同腹の兄達全員が爵位や領地を貰えたので、異母兄である自分達も引き上げて貰えると思っているのだ。

「とにかく抑えろ! お前は、孫まで殺したいのか?」

「はい、必ずや……」

 たまに平民や商人出身者で、無人の未開地の開発に成功して貴族になる者がいる。
 そういう人には先祖代々の家臣などいないので、同じ平民の知人や家族などで家臣団を形成するしかない。

 陪臣は半貴族のような存在なので、自分達はもっと上に、貴族として領地を分け与えられると思っているのであろう。

「すぐに何とかしろ! 俺が庇っても無駄なのはわかるな?」

「それは、勿論……」

 広大な未開地開発の利権が絡んでいるので、下手な言動は中央の陛下や大貴族達の逆鱗に触れる可能性があるからだ。
 本来跡取りであったクルトですら、彼らの目に止まって排除の対象になってしまった。

 ヴァルター達など、何の躊躇いもなく処分するであろう。

「ヴァルター達は、ヴェンデリンと半分血が繋がっている。だから、余計に拙い!」

 第二のルックナー男爵のような存在が出かねないからだ。
 ヴァルター達を扇動して裏で操る。
 そんな策を考える貴族が皆無とは言えなかった。

「ヴェンデリンの新しい家臣達は、中央とのパイプが太い者が多い」

 閣僚や大貴族の三男以下や、妾腹の子供が多いからだ。
 そんな彼らを受け入れた新興伯爵家の足を引っ張る存在など、間違いなく蝿でも叩き潰すかのように処分してしまうであろうと。

「必ずや、私が抑えますので」

「クラウス、このままでは親父のことを言えないじゃないか」

「孫というのは、子供とは違うもので苦労します」

 厳しく教育するという部分で、どうしても一歩引いてしまうらしい。
 何かの本で見た、『お祖父さん子は、三セント安い』という格言を思い出していた。

「とにかく、頼むぞ」

 クラウスに釘を刺してから一週間後、さすがに積極的に動いたようでその手の噂は聞かなくなっていた。
 ヴァルター達は黙々と次期名主としての仕事や、次の開拓村へ移住する準備を行っているようだ。

「やれやれ、一安心」

 最近では、バウマイスター領を訪れる人も増えていた。
 あまり商人はいなかったが、代わりに冒険者が増えている。
 北の山脈に住む、ワイバーンや飛竜を狩れないものかと調査に来たらしい。

「冒険者ギルドも支部の設置を検討しているようです。竜の素材は高いですからね」

 上手くいけば、冒険者とギルドからの税金に、竜を解体する施設などでの領民達の雇用も期待できるそうだ。
 素材を加工する工房なども、もしかすると招致可能かもしれない。

「なるほど、それは良い話だな」

 その冒険者の代表を数名を連れて来たクラウスと、俺はこの領の明るい未来について話をしていた。
 ところが、それからすぐに俺は絶望の淵へと一気に落とされてしまう。

 突然、その冒険者が俺に剣を突き付けたからだ。
 続けて、外部からも人同士の争う声や揉みあっている音などが聞こえてくる。

「おいっ! クラウス!」

「あまり抵抗して欲しくないですね。重度の怪我人や、人死にはこの領の人口を減らしますし」

 俺の質問に、クラウスはいつのように冷静な口調で答えていた。
 しかも、彼は冒険者達に剣を突き付けられてはいなかった。

「クラウス、お前……」

「ヘルマン様、大人しくしていてください。これは反乱ではありませんからね。このバウマイスター領の未来を想う、心ある内外の有志達による強訴なのですから」

 暫くすると、この部屋に冒険者達やヴァルターとカールに剣を突き付けられた妻、二人の子供、使用人、従士、家臣などが集められる。

「ヴァルターとカールもか。不思議はないがな」

 元々、自分達も貴族にしろと騒いでいた連中だ。
 ここ一週間ほど大人しかったのは、この反乱の準備だったのであろう。

「まさか、クラウスがこんな真似をするとはな」

 クラウスが教育を誤ったヴァルターとカールはともかく、まさか本人がこんなバカな真似をするとは思わなかったからだ。
 父がいまいち信用していないクラウスを使い続けたのは、逆に彼が賢いのでこんなバカな真似はしないと思っての事なので余計にであった。

「ヘルマン様、私が何の勝算もなくこんな真似をするとお思いか?」

「さあてな。俺のようなバカ領主にもわかるように説明してくれないかね?」

「窓の外をご覧ください」

 クラウスに言われた通りにすると、十数名ほどの冒険者やヴァルターとカールに賛同したと思われる若い領民達が屋敷を囲む木製の囲いを設置したり、屋敷の中に食料や弓などを運び込む光景が見える。

「冒険者を傭兵に雇って戦力強化か?」

 いや、クラウスがたかだか十数名の援軍を得たところでこの戦いに勝算など確信はしないはずだ。
 現在、未開地では魔導飛行船が定期的に運用されている。
 それを使えば、ヴェンデリンも、ブライヒレーダー辺境伯も、王都の軍ですら数百人程度の軍勢ならばすぐに展開可能だからだ。

 こんな豪農の家に毛が生えた程度の屋敷に囲いなど付けたところで、防衛などまず不可能であろう。

「人質を取って安心でもしたか?」

 いや、それもない。
 俺も一応は貴族の端くれだ。
 人質に取られたからと言って、相手の要求を呑んで欲しいなんてヴェンデリンに言えるはずがない。
 出来れば妻と子供達は助けて欲しいが、ここで一家が全滅しても新しい領主になれる一族など複数存在する。

 後顧の憂いを断つために、俺達ごと焼き殺せば良いのだ。

「(クラウスが動いた理由……)」

 少しでも真実に辿ろうと周囲の様子を探り始めると、俺は援軍の冒険者達にある違和感を感じていた。

「(統率され過ぎている……)」

 冒険者とは、その人間性がピンキリで有名な商売である。
 貴族よりも稼いでその一部を慈善活動などに使うほどの人格者もいれば、乞食か山賊同然の連中も多い。

 この屋敷を占拠した後で戦利品でも漁るのかと思えば、クラウスが連れて来た代表者と数名が、テキパキとヴァルターとカール達も使って篭城戦の準備を行っている。

 その動きは、まるで軍人のようであった。

「(誰か、貴族の家臣なのか?)」

 一瞬、クルトに魔道具の提供を行って自滅したルックナー財務卿の弟を思い出すが、彼の家臣であるはずはなかった。
 クルトに魔道具を渡した冒険者を北の山中で始末するため、彼の家臣が四名ほどブライヒレーダー辺境伯領側から山中に入っていたが、彼らはその冒険者を討つ過程で二名が死亡。
 重傷を負った一名が下山の途中で死亡して、残り一名は憔悴し切った状態でブライヒレーダー辺境伯の手の者達に捕らわれていたからだ。

 彼ら以外で、他に動いている連中はいないはずであった。

「(となると、こいつらはどこの家の者達なんだ?)」

 考えれば考えるほど、その答えがわからなくなる。

「(もうこうなったら、ヴェンデリンに何とかして貰うしかないか……)おい、小便くらいはさせて貰えるのだろうな?」

「それは勿論です。ここで漏らされても困りますし」

 俺は開き直り、このまま家族や家臣達ごと大人しく監禁されるのを選択するのであった。
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