024
五十鈴達が「ラグランダの社」に挑んでもう三日目となっていた。
毎日の挑戦は、毎回3時間を切っている。
消耗が激しく、ダンジョンの中に留まっていられないのだ。
もちろん、長時間ダンジョンの中に留まれば良いと云う物ではないが、ここまで短時間なのは問題だ。戦闘回数にして、4~5回程度しかこなせていないことになる。
修行を繰り返すしかない。
ルンデルハウスは、無理矢理にでもそう締めくくっていたが、たかが4~5回の戦闘では経験値も十分に稼げるはずもない。毎回のように乱戦や混戦になり、MPと精神力をすり減らしては撤退してくる。その繰り返しなのだ。
いま、五十鈴は皮鎧ではなく普段着に着替えている。
キャンプに戻ってまで重装備をしていては、疲れてしまうからだ。
上位パーティーは毎日6時間程はダンジョンに潜っているために、午前中いっぱいで切り上げてきてしまう五十鈴達はやることが無く、手持ち無沙汰だった。
ダンジョン外で1時間も休憩すれば、HPもMPも回復できる。
そうである以上、午後にももう一度ダンジョンに突入できるし、そうすればもう少し経験値を稼ぐ事も可能なのだが、それはにゃん太と直継達によって禁止されていた。理由はわからないが強く言われていて、さすがに逆らうことは出来ない。
仕方が無く五十鈴達は薪拾いをしたり、水くみをしたりといった雑用や、散策などをして時間を潰すようになっていた。
いまは、陽の角度からして午後3時と云うところだろうか。
五十鈴は近くにある池に向かっているところである。
大したことのない大きさの池なのだが、わき水から流れ込んだせせらぎのお陰でひんやりと澄んでいて、一行の生活用水はここから補給している。さすがに飲料水にしたらお腹を壊してしまうかも知れないので試してはいないが、五十鈴の勘だと大丈夫そうだ。
この山中では、当然ながらお風呂などと云う物はない。
別に誰が言い出した訳でもないが、五十鈴達は交代でこの池にきては水浴びをするという形になっている。
「――ッ!! ――ハッ!!」
森の奥から、圧縮した呼気が漏れてくる。
いったい誰だろうか?
五十鈴はそっとそちらの方向へと回り込んでみた。
森の中で激しく運動しているのはルンデルハウスだった。藤色の、どこかの名門寄宿舎学校の制服のような衣装の上に、魔道士のマントを羽織った姿は、汗にまみれている。
どれくらいそうやって動いていたのかは判らないが、地面の上の黒い染みが汗だとしたら、ダンジョン脱出後、ずっと訓練をしていたのかも知れない。
ルンデルハウスは、左手を突き出し、巨大な炎の固まりを作り出すと、それをぎりぎりと圧縮して拳大の火球へと変換する。その過程には相当の集中力を用いるのか、洒落者のはずの顔には汗がびっしりと浮かんでいた。
火球を投げつけると、木々にぶつかる前に素早く印を組み、空中に固定。今度は氷と冷気の固まりを同じように作り出し、自分で発射したはずの炎を対消滅させるために射出する。
炎と氷に変換された魔力は、森の木々の中で激突し、激しい蒸気をあげる。時に熱湯のようなその飛沫を避けながら、ルンデルハウスは一時も足を止めずに動き続ける。
それは実戦を想定した訓練なのだろう。
五十鈴は、ルンデルハウスの足下に描かれた二本の線を見つけた。最初その線が一体何のために描かれたか判らなかったが、数分もルンデルハウスの動きを見るうちに、突然理解する。
(――ダンジョンの、通路なんだ)
地面の土の上に、描かれただけの二本の線は、ダンジョンの通路を表している。ルンデルハウスはその先からやってくる目には見えないスケルトンの群を相手に戦っているのだ。
ひっきりなしに前後への動きを繰り返しているが、左右へは線を越えて動かない。動けない。なぜならそこには「通路の壁」があるからだ。
どれくらい動いてただろうか。
長いように見えて、おそらく5分程に過ぎないと思う。ルンデルハウスは、地面に跪くように大きく息を吐き出した。殆ど嘔吐するような姿勢で、情けない音を立てる喉から必死に空気を吸い込む。
「大丈夫……かな?」
木々の後ろから、五十鈴はためらいがちに声を掛けた。
彼女のクラスメイトの喘息持ちの子が一番苦しいときに、こんな症状だったのを思い出したからだ。
しかし、ルンデルハウスはその声に心底びっくりしたようだった。まるでバネ仕掛けのように一瞬で立ち上がると、電気的な所作で五十鈴の方を振り向く。
「やぁ、ミス・五十鈴。……こ、こんなところにどうしたんだい?」
王子様的な笑顔で爽やかそうに前髪を掻き上げるルンデルハウス。
しかし、実際には汗にまみれた前髪がべたりと額にくっつくだけに終わってしまう。
「無理しなくて良いよ?」
五十鈴は笑いを堪えながらそう言ってあげる。しかし、ルンデルハウスには通じなかったようだ。それどころか、些か以上に慌てて取り繕う。
「何を無理しているのかな? そ、そんな事はないよ。ボクは小鳥のハーモニーを聞くために森のニンフに誘われるまま、午後の散策をしていただけなんだが……」
それだけの台詞を喋るだけで、ルンデルハウスは顔を紫色にしてしまう。
(そりゃそうだよね。あんなぜぇぜぇ云うほど酸素不足なのに、王子様台詞しゃべったら。チアノーゼにもなっちゃうよ……)
そうは思った五十鈴だが、ルンデルハウスの王子様的スマイルは、顔が紫になっても崩れることはない。さすがに哀れになって、視線を逸らし、ついでに背中も向けてあげることにした。
「そ、そうなんだぁ」
背中ごしに声を掛けると、背中では粗い呼吸音がする。
周囲には人気が無く、男女2人きりの森の中で、男性の粗い呼吸音と来れば、これはもう変質者が出たと確定しても良さそうなものなのだが、五十鈴から見ると、ルンデルハウスは如何にも軽薄男子で、武士の情けを掛けるという気分になってしまうのだ。
(うーん、それはそれで、あたし、変?)
考えてみれば、五十鈴とルンデルハウスのレベルは同じだ。年齢はよく判らないが、ルンデルハウスは20代前半に見えるから、五十鈴より年下と云うことはないだろう。ルンデルハウスは男だし、別になよなよとしている訳でもない。
戦闘能力で云えば、圧倒的だ。五十鈴は支援職、ルンデルハウスは純粋攻撃職であると云うことを考え合わせても、その攻撃力には5倍ではきかない開きがある。
だから、五十鈴がルンデルハウスを小物扱いするような点は、どこにもないはずだ。
しかしそう言った実力面や条件面での意味づけとはまったく別のレベルで、五十鈴としてはルンデルハウスに優越感を感じてしまっているようなのだ。自分でもよく判らない心理状態だった。
「ミス・五十鈴は――そのぅ。ここで何をしているのだ?」
「あたしは、水浴びを……。あ、そうだ。ルンデルハウスさんもいきましょう」
いきませんか? とは云わなかった。これは普段の五十鈴から考えれば、異常なことだ。ルンデルハウスに対して遠慮をするような気持ちが、すっかりと抜けてしまっている。
「水浴び!? ボクは淑女の水浴びを覗く趣味など持ち合わせていないっ! 見損なわないで貰おうっ!!」
「誰も一緒に入るとも見せるとも云ってないですよ」
五十鈴は背中を向けたまま、怒ったような笑うような口調でやり返す。まだ呼吸が整っていないルンデルハウスが咳き込む音が聞こえて、良い気分だ。
「淑女に森の一人歩きをさせてはまずいんじゃないですかー?」
五十鈴は少し赤面する。自分のことを淑女と名乗るだなんて、なんだかひどく気恥ずかしい。正直、大それた発言だ。しかし、一度口からでたものを引っ込める訳にもゆかない。
「それはそうか。うん、護衛という訳だなっ」
ルンデルハウスの声が力を取り戻す。
「ではお送りしよう。泉があるんだったな? どちらにあるのだ?」
五十鈴は、くるりと振りかえる。
そこには、「うむ、案内してくれ」とちょっと面食らったような表情のルンデルハウス。汗に濡れてはいるが、その金髪は色あせることもなくて、こうしてみると、やはりハンサムだ。現実の地球にいたら、少女漫画の主役にしてやっても悪くない程度の路線である。
(それに対して余りプレッシャーを感じないあたし。……これも異次元効果なのかなぁ)
「あっちですよ、ルンデルハウスさん」
小首をかしげながら池への獣道を進む五十鈴に、青年は声を掛けてくる。
「ミス・五十鈴。ルディでかまわない。父母にはそう呼ばれているのだ」
五十鈴はその声をくすぐったい気持ちで聞くのだった。
◆
連れてこられたのは「エターナルアイスの古宮廷」奥深くの、シロエたちが今まで知らなかった区画だった。
宮廷の奥であるこの辺りは、夏だというのに静寂と冷気が強い。ひんやりした空気が「涼しい」から「肌寒い」になる寸前、彫刻を施した、金属製の巨大なドアに突き当たった。
「さぁ、ここがわたしのねぐらですよ。さぁさぁどうぞ」
魔術師を名乗るリ=ガンがそのドアを押し開け招いた中は、数千冊の書物を収めたとおぼしき書斎だった。高い天井を持つ、一見して何か巨大な通路にしか見えないこの空間の中央には、幾つかのテーブルとソファが据え付けられている。
周囲にあるのは小さな山のように積まれた書物。
巨大通路の両脇の壁は、シロエの背丈の2倍はあるような書架が備え付けられ、書という自らの餌で飽食している。書き付けや巻物があふれ出し、所々で小さな雪崩を起こしているほどだ。
そしてその光景は、視界が闇に沈むまで奥の方へと連なっている。
そのリ=ガンはといえば「あれ、おかしいな」、「どこへいったかな」等とテーブルや机の上をかき回している。シロエとアカツキは、勝手にソファのひとつを占拠した。そのためにはソファの上にあった書籍の幾つかを床の上の山に追加する必要があったが。
「いや申し訳ない。どこかに飲み物用のポットが用意してあったと思うのですが」
恐縮するリ=ガンに、シロエは首を振ると「構わないですよ」と云った。続いて身につけたバッグから、グラス数個と、大きな瓶に入った黒薔薇茶を取り出す。
定番化したこの飲み物は、ほうじ茶をさらに濃くしたような味わいだが、渋みが少なく、蜂蜜や砂糖などを入れて飲まれる。シロエが持ち歩いているものは、清水で冷やした上に、シロップで甘味をつけたアイスタイプだ。
それをシロエは自分とリ=ガンそしてアカツキのグラスにも注いだ。リ=ガンはその茶を飲んで表情をほころばせる。痩せこけた小男ではあるが、どことなく愛嬌を感じさせる不思議な人物だった。
少なくとも見かけ上の年齢は、シロエと大差ないほどに見える。
「ありがたい。自分はものを探すのが全くの不得手でして。
――それは〈ダザネッグの魔法の鞄〉ですね?」
「はい。以前作ってもらいました」
シロエはその問いかけに素直に頷く。
「ふむ。以前そのバッグについては研究をしたことがあります……。魔力回路結晶化のために、紫炎の水晶と、翼竜の皮が必要ですよね」
「そうですね。だから、そのアイテムを手に入れて、オーダーメイドで作ってもらったんですよ」
シロエは感心する。レベル45になると受けられるクエスト「魔法の鞄を手に入れろ」の内容を、この魔術師リ=ガンはかなり正確に把握しているらしい。〈大地人〉とは思えないほどの知識量を感じさせた。
「失礼しました。改めまして。わたしの名前はリ=ガン。先ほどは魔術師を名乗りましたし、魔術も使えるのですが、正確に言うと魔法学者です」
「魔法学者?」
「ええ、魔法の研究をする研究者ですね。一般的な魔術の講師も出来ますが、どちらかというと研究が専門です」
「ここで?」
「ええ。この『エターナルアイスの古宮廷』に住み着いて、もう30年になりますか。ここは元々師匠の研究室だったのですが、十数年前に師匠が他界いたしまして。その後は、ここで師匠の衣鉢を継いで研究の日々です。むさ苦しい格好で申し訳ありませんね」
「――ミラルレイク。……ミラルレイクの賢者、ですか?」
シロエはリ=ガンの名乗りを思い出し、その名前にはっとなる。
ミラルレイクの賢者。
それは〈エルダー・テイル〉時代、幾つかのクエストや街の噂、書籍などで耳にしたことがある情報だった。たとえば大規模戦闘「ヘイロースの九大監獄」におけるキーアイテム「とこしえの闇の鍵」は賢者ミラルレイクが作ったもの、とされている。
しかしそれもこれもゲームでのことであり、物語を盛り上げるための背景情報だと思ってあまり気にもとめていなかったのだ。
「ええ、まぁ。とはいっても、わたしもそう名乗ったことは殆どありませんで。まだまだ気分的には弟子が抜けていないんですねぇ。師匠のことにしか思えません」
「もしかして、“ミラルレイクの賢者”は世襲制なのですか?」
「そうなりますね。わたしのことは、リ=ガンとお呼び下さい」
その名前を継いだにしてはずいぶん腰の低い挨拶だった。賢者という言葉でイメージされるような威圧感が殆ど無い。
二人の間に静寂が流れる。
ゆっくりと黒薔薇茶で喉を潤すシロエは、高速で思考を続けていた。〈自由都市同盟イースタル〉の領主会議に出てきたのは、相手方の要請もあったが、それ以上に現在の状況に対する情報収集を重視した結果である。この領主会議に出席すれば、この世界の支配者階級、少なくとも政治階級との面識を得ることが出来る。そうなれば、街の噂とは比較にならないほど広範囲の情報が手に入るとは予想していた。
しかし、こんな大物がひっかかるとは。
〈大災害〉から三ヶ月。
この世界の様々な知識はゆっくりとだがシロエたちの元へともたらされている。少なくとも、日々を暮らす上での知識は何とか揃ったと云えるだろう。食料も、衣服も、雨露を凌ぐ住処もシロエたち、アキバの街の人々は手に入れることが出来た。
しかし、そうして知識を手に入れれば入れるほど、シロエが痛感するのは「自分たちは何も判っては居ない」という事実である。
シロエがたった一人ならば問題はない。
あるいは、数人の仲間と暮らすだけならば、問題の殆どは解決できる。〈大地人〉がどう考えようと、この世界の実相がどうであろうと、シロエたちにはそこでサバイバルするだけの戦闘能力があるのだ。旅を続けながらでも、どこか山奥に本拠地を構えるでも、どうとでも身の振り様はある。
しかし、今のシロエはそんな事を考えられる立場ではないし、考えたくもない。アキバの街には一万五千人。このサーバーには全部で三万人近くの〈冒険者〉がいるのだ。
これだけの人数では、旅暮らしをする訳にも行かず、〈大地人〉から隠れてこっそりと暮らしを営む訳には、行かない。〈大地人〉やこの世界そのものと関わらざるを得ないのだ。
おそらく百万程度の人口しか存在しないこの日本サーバー管理区域において、一万五千というアキバの人口は、大きすぎる。何かアクションを起こしただけで、この世界に波紋のような影響を与えすぎてしまうのだ。現に新しいアイテム作成方法はこの世界に大きな影響を与えている。
――もちろん、あの程度の工夫はにゃん太が発見しなくても、数ヶ月もすれば誰かが発見して広めていただろう。あれは〈大災害〉でパニックになりみんなが気落ちしたからこその、心理的な隙をついた独走だったのだ。
だからシロエは、あの新アイテム作成方法が広まったことに責任を感じている訳ではない。しかし、あの知識が世界に影響を与えてしまったという自覚だけは持つ必要があった。
そして、これからもそのような事態は起こらざるを得ないだろう。どう言いつくろおうと彼ら〈冒険者〉はこの異世界にとってはある種の異物なのだ。その結果をなるべく穏やかに、破壊的ではない方向に誘導するためには、深い知識が必要だ。今のシロエたちには、その知識が圧倒的に、足りなかった。
(この会見は……。おそらく領主会議よりも重要度が高くなるだろう)
表情を引き締めるシロエを、リ=ガンは興味深そうに見つめて、語り始める。
「先ほどわたしは魔法学者、魔法研究者だと名乗りましたが、その種類は膨大です。また扱う範囲も広範にわたります。わたしはその中でも世界級魔法を専門に研究しているのですよ」
「――世界級」
耳慣れぬ言葉を聞いたシロエは、顎に手をやって頷く。
「はい。魔法をその効果の規模で分類するやり方ですね。動作級、戦闘級、作戦級、戦術級、戦略級、国防級、大陸級、世界級となります。もちろんこれらの分類は一面的なものです。規模で分類する以外にも、例えばエネルギーを扱うものや、ものの有り様を変化させるもの、召喚を扱う物と云った特徴からの分類も可能ですし、術者の実力ごとにわけるやり方もよく用いられますね」
シロエは会話を聞きながらも思考を進めていく。
確かに聞き慣れない考え方だ。魔法をその種別、例えばエネルギーを扱うのは〈妖術師〉のものだろう。召喚を扱うのは〈召喚術師〉のものだ。そう言った種別で扱うのは理解できる。判りやすいやり方だ。
また術者の実力ごとに分けると云うのも良く理解できた。プレイヤー風に云うならばレベル別習得魔法というヤツだ、これなどは〈エルダー・テイル〉の公式ページの魔法紹介にも採用されている。
「規模による分類とは、魔法を規模の面から現象学的に、あるいはその目的と合わせて考察する際の分類方法です。
動作級というのは、ひとつの動作を魔法で代替え出来る程度の魔法を表しますね。たとえば剣を振るって魔物に傷を負わせる。これを魔法で行なう魔法は、動作級です。“魔物一体から数体に手傷を負わせる”という効果は、一挙動でも可能だからです。ですから魔法兵たちが用いる殆どの魔法が動作級となりますね。攻撃力が高まったとしても、動作級は動作級でしか有りません」
その考えで行くと、シロエの用いる基本的な攻撃呪文〈マインド・ボルト〉は動作級となる。あれは魔法の力で精神的なダメージ衝撃波を打ち出す呪文だが、その効能は「弓矢を射た」にほぼ等しい訳だ。ダメージや福次的効果はあれ、それは付帯的な条件に留まる。
「戦闘級とは、ひとつの戦闘の行く末を左右する魔法です。その魔法ひとつを使うことによって、敵小隊、もしくは味方小隊の命運を決することが出来る魔法というような意味合いでしょうか」
どうやら、この魔法規模による分類というのはなかなかに奥が深いらしい。例えばシロエの使う催眠呪文〈アストラル・ヒュプノ〉は、その単独での意味合いは「動作級」だ。しかし用い方によっては、小隊規模の敵全てを瀕死の縁に追い込む力がある。その場合は「戦闘級」に分類されてもおかしくはない。
「作戦級というのは、2つから3つの戦闘をまとめて左右するほどの規模を持つ魔法です。この世界における伝説的な戦闘魔術師達が振るったと云われる大魔術は、ここに分類されますね」
複数の戦闘、となると強力な能力付与の魔術だろうか? シロエが自分の魔術を全て検索しても、このランクにまで達する特技はたったひとつしか見あたらない。
「戦術級というのはその上の段階です。一日から数日、敵の集団で云えば、城塞ひとつ、塔ひとつ、館ひとつなどを一撃で左右するだけの規模を持つ魔法となります」
ここまで来ると、シロエの想像限界を超えつつある。
シミュレーションゲームならばともかく、〈エルダー・テイル〉はプレイヤーが自分一人というキャラクターを操って遊ぶRPGだったのだ。個人としての〈冒険者〉はその規模の破壊力を有するのであれば、そもそもプレイヤー間の協力など不必要だと云うことになってしまう。それは、圧倒的な破壊力だ。
「さて、後は駆け足で行きましょう。戦略級とはひとつの戦争を左右することの出来る単一の魔法。国防級とは、敵対する国家ひとつを左右することが出来る規模の魔法。大陸級とは大陸一個丸ごとを地図の上から見たという観点でさえ、左右できる規模の魔法。そして世界級とは……」
「世界の存続、法則、運命を左右できる魔法……ということですか?」
「その通りです」
概念としては判る。
研究の対象としてならば理解可能だ。しかしそのような魔法が実在するのだろうか? いや、〈エルダー・テイル〉の世界において自分自身も〈付与術師〉だなどという魔術師の端くれをやっているシロエだ。魔法の存在を疑うのもばからしい話ではあるのだが、話の規模が大きすぎてピンとは来なかった。
「その……。失礼ですが、仮定というか。分類そのものは理解できるのですが。実際そのような魔法が存在するのですか? 研究の対象としての理論的な話なんですか?」
シロエの質問を、リ=ガンは笑みを浮かべて否定した。
「存在します。わたしが文献や実際に確認しただけでも、三回はその魔法が行使されている。その魔法は〈森羅変転〉と呼ばれています」
「……〈大災害〉、ですか」
リ=ガンの表情で、それは尋ねた瞬間に判っていた。
もはやその規模の魔法は、個的な能力の行使としてあるのではない。
もしかしたら何らかの超越的な存在が魔法を行使したのかも知れないが、研究者の視界にさえその全貌は入りきらないのだ。
戦略級。国防級。大陸級。……なぜ実在もしないような魔法の等級が研究過程に必要有るのか? 実在は、するのだ。
〈大地人〉にも〈冒険者〉にも手が届かないかも知れないが、例えば炎の精霊の活発化による火山の噴火、大地の精霊による大地震――そう言った形で〈国防級・魔法災害〉は発生しうる。
〈冒険者〉として〈エルダー・テイル〉に馴染みすぎていたシロエの先入観が誤解を作り出したと云えるだろう。「魔法とは魔術師の行使するもの」という固定観念で考えていた。確かにそう考えれば納得がいく。
このリ=ガンという痩せた研究者の視界は、個人の用いる魔法を越えた部分にある。確かに彼は「魔術師」ではなく「魔法研究家」なのだ。彼の野心は能力の拡大ではなく、世界の謎の究明。それは世界の構造を解き明かそうとする野心に等しい。
「あなた方は5月に起きたあの事件を〈大災害〉と呼んでいるのですね。〈大地人〉達はただ単純に〈革命〉とか〈五月事件〉等と呼んでいるようですが、わたしは〈第三の森羅変転〉と呼んでいます。今回お呼びして言葉を交わそうと考えたのは、あなた方の持っている〈森羅変転〉の情報をなんでも良いから得るためなのですよ。わたしは研究者として、どんなことでも知りたいんです」
リ=ガンの瞳は好奇心で輝いてはいたが、その瞳は誠実そうだった。
(話すのは、構わない。どうせ僕たちが知っていることなど殆ど無いのだから。でも……)
「第三の、と云いましたね? ――と云うことは、この世界では、以前にも世界級魔法が使われた痕跡があると云うことになる。そのお話を聞かせて貰っても良いですか? 僕ら冒険者が持つ〈大災害〉の情報だって多くはない。それはお話ししましょう。しかし僕たちも〈大災害〉については、少しでも多くの情報を手に入れる必要がある」
◆
シロエの言葉にリ=ガンは飲み物を取ることで一拍おいた。
「それは構いませんが、この話は長くなります。それでもよろしいですか?」
「……」「ええ、お願いします」
隣のアカツキが無言で頷くのを確認してから、シロエはリ=ガンに返事をする。アカツキも緊張した面持ちで話を聞いているようだ。
「そうですね。どこから説明しましょうか。もちろん先ほどから申し上げている通り、わたしも〈森羅変転〉の全てが判っている訳ではない……。いや、むしろ殆ど何も判って無いと言っても良いでしょう。
ですから『昔あった事件です』と切り上げるのはひどく簡単ですが……それでは説明にならないでしょうね。よろしいでしょう。知りうる限りの根っこから。……古き話から始めましょう」
シロエはソファに座る位置を直して深く頷く。
そもそもの経緯から、それはシロエも望むところだった。
「今から350年ほど昔。この世界は今よりもずっと繁栄していたと云います。もちろん、伝説の彼方に沈んだ『旧世界』とは比較にもなりませんが、人類の人口は今の三倍から五倍あったようですね。人類は、主に大陸を中心に活躍しその版図は遍く地の果てまで及びました」
「大陸というのは?」
「ああ、隣のユーレッドですよ」
ユーラシア大陸。中国や中東諸国、ヨーロッパを含む大陸か、とシロエは頷く。云うまでもなく、この異世界においても最大の大陸だ。
しかし『旧世界』ではない、と云うことがシロエには意外だった。〈エルダー・テイル〉のゲーム的な背景伝説によれば、この世界は進化しきった科学文明を持つ『旧世界』が「引き裂かれ」、再構成されたのだとなっていたはずだ。再構成された後には長い暗黒期があった、としか公式サイトにはなかったので、印象の中では『旧世界』が再構成され、その後に〈エルダー・テイル〉のゲームとしてのスタートが始まったとしか考えてはいなかった。
しかし『旧世界』のビルや道路がこれだけ朽ち果てているのだ。考えてみれば、そのブランクの間にも何かが起きたのだろう。あるいはそれが暗黒期なのかもしれない。
リ=ガンが話しているのは、その暗黒期の話なのだろうか? 暗黒期などなんのイベントもない空白の時期だとばかり思っていたので、意表を突かれた形だ。
「世界には人間、アルヴ、エルフ、ドワーフの四種族が暮らしていました。互いに栄華を誇り、国々は平和で、富んでいたそうです。ダンジョンの奥深くで今でも見つかる高性能なマジックアイテムは、この時代の作品が多い。また、今わたし達が居る『エターナルアイスの古宮廷』のような魔法遺跡はあきらかに『旧世界』とは別の系統に属していますよね? これらの遺跡は、この時代にアルヴが作ったものです。
そう、アルヴこそが魔法の発明者にして、強大な魔法文明の先駆者でした。彼らは様々な魔法の器具を作り出して、この世の神秘を明らかにしたと云います」
アルヴ。それは公式の説明に寄れば「すでに滅亡した古代種族」とされていた。シロエは〈ハーフアルヴ〉として遠くその血を引いているが、プレイする上で何らかの歴史を感じたことはない。魔法能力が高く、魔道具の使用に適性のある種族、と云う程度の認識だった。
「本筋とは関係ないので、省略してゆきますが、その先駆が徒になりました。アルヴは高い知性と、研究心と、魔法の才能を持っていましたがいかんせん種としての繁殖力は、弱かった。国民も増えませんでしたし、あちこちにあるアルヴ系の王国はいずれも版図的には小さかったのです。
そしてそんな少数部族が魔法技術を独占していることに憤りを感じた他の種族の連合国家に、アルヴ系の王国は次々と滅ぼされてゆくことになります。
――アルヴ系の王国の滅亡でした。彼らの栄光有る歴史はここで途絶するのです」
アルヴ族が絶滅している以上、そのようなこともあるのか。
シロエ自身そのアルヴの血を引いている訳ではあるが、その悲劇は別にシロエに民族心を煽り立てた訳ではない。そう言う設定もあるのか、その程度の認識であった。
「シロエ様は〈ハーフアルヴ〉ですね。なぜアルヴが絶滅したのに、〈ハーフ・アルヴ〉が残っているかご存じですか?
つまり、それこそがアルヴ系の末路を表します。アルヴ族の数々の王国が滅ぼされて、もっとも価値があったのは魔術の知識、続いて高性能な魔法の道具です。そしてそれらに続いたのが……アルヴ族そのものでした。アルヴ族は、世界の奴隷になったのです。ありとあらゆる場所で――人間の王国で、エルフの王国で、ドワーフの王国でアルヴ族は売り買いされました。そして犯され、血を薄められたその末裔が現在の〈ハーフ・アルヴ〉なのです。もっとも今では隔世遺伝で、人間の両親からふと生まれることがある程度ですが……。おお、話がそれました。いけませんね。
とにかく、アルヴ系の王国は滅びましたが、その後にはまだ一波乱が控えていたのですそこに登場するのはアルヴの〈六傾姫〉です」
「〈六傾姫〉……?」
聞き慣れない言葉だった。リ=ガンはテーブルの上に指先で字面をなぞる。六つ、六人だろうか。傾く、姫。傾ける、姫。
「〈六傾姫〉の正体については諸説有ります。この場合正体というのは、個別の名前や出自、と云うことですね。しかし、確実なのは彼女達が、大陸のあちこちにあったアルヴ系王国の姫君たちだったと云うことでしょう。
ちなみに〈六傾姫〉という名称は後世の歴史家がつけたもので、彼女達自身は別に知り合いでもなければ共謀した訳でもないとされています。
他の大多数のアルヴの民同様、彼女達も人間世界の奴隷となりました。出自が王族ですから処刑されなかっただけでも幸運だったのでしょうね。史書によれば“その余りの美しさゆえ宝石のように愛でられた”とのことです。当時の様々な国家の王族や豪族、支配者達の愛玩奴隷として捕縛され、六つの国において飼われることになった。
しかし彼女達は奴隷としては終わりませんでした。あるものはその魔力で。あるものは同じく奴隷となったアルヴの民を率い、またあるものは王族を籠絡して影からその社会を支配し、人類全てに反撃の狼煙を上げたのです」
シロエはそんな話に引き込まれてはいったが、依然として心情的には中立に近かった。どちらかと云えばアルヴ族よりと云える程度だろう。
そもそも侵略を開始したのは人間を筆頭にした連合国家なのだ。反撃を受けたからと云って激怒するのは筋違いというものだ。
「アルヴ系の王国を滅ぼした人間やドワーフ、エルフ達は多くの魔法技術を手に入れましたが、当時はまだ使いこなすまでには至っていなかった。こうして凄まじい泥沼の戦いが始まりました。
なぜ泥沼になったかと云えば、それは人間とドワーフ。人間とエルフ。エルフとドワーフの国々が互いに争い始めたからです。
〈六傾姫〉は英雄ではなく復讐者でした。彼女達は徹底して裏をかき、社会を混乱させ、人心を惑わすことによって人類社会に同士討ちの芽をばらまいていったのです。この戦いで多くの人類が死亡したと云います。その死亡者は、記録が正しいとするならば、今のこの世界の全ての人類に匹敵するほどです。
しかし、その一方〈六傾姫〉も追い詰められました。所詮アルヴ系です。その弱点は弱い繁殖力から来る数の少なさ。同士討ちの影に隠れていても、発見されれば脆い。〈六傾姫〉が討ち取られようとしたその時……発動したのが、〈第一の森羅変転〉です」
「第一の……」
話の本題の登場に、シロエは固唾を飲む。
気が付けばシロエの隣にいるアカツキもすっかり聞き入っているようだった。
「ええ。かなりの高確率で、この〈第一の森羅変転〉については、アルヴ系が用いた高位儀式魔法だと考えられています。もちろん数多い謎は残っているのですが。特に技術面では謎だらけで再現どころか基礎原理すらも不明の有様です。
しかしとにかく〈森羅変転〉は起きた。
その効果が、亜人間の発生です。……この世界には、300年ほどまえまでは亜人間は、居なかったのですよ」
――亜人間は居なかった。
それは想像もしていない言葉だった。しかし、そうであるならば、アルヴ系を含む人類社会が今の何十倍も繁栄を遂げていたというのも判る。まさに大地は人類のものだったのだ。
「亜人間の発生と云いますが、ことは異種交配であるとか生化学的な問題ではないとわたしは考えています。これは師匠がやっていた辺りの研究なのですが、どうもこの〈森羅変転〉には〈魂〉が関係しているのではないかというのが、現在わたしの立てている仮説なのですが……。
少なくともその当時、世界には非常に多くの魂素材が溢れていました。度重なる戦争により世界人口は半数近くにまで激減していたからです。そして、その魂素材が、亜人間発生の材料として使われた。
戦争によって減少してしまった人類は、あちこちから雲霞のように沸いてきた亜人間によって一挙に窮地に追い込まれます。多くの都市が陥落し、無敵を誇っていたはずの軍は壊滅。国という国の殆どは解体されてしまいました。
いま現在、この列島……古名で云えばヤマトですね。ヤマトにおいて、この300年前の国家として残滓が残っているのは〈古王朝ウェストランデ〉のみです。〈自由都市同盟イースタル〉の街や都の数々など、田舎の小村でしかなかった。
亜人間の発生により、世界は現在のような『亜人間の侵攻と戦いながら狭い文明圏を必死に守る人類』という構図に大きく変化を遂げたのです。世界は暗黒に閉ざされました。最終的に人間達は、追い詰めた〈六傾姫〉を倒しますが、彼女達の復讐は成功したと云って良いでしょう」
倒された〈六傾姫〉。
発動した〈森羅変転〉。
魂を素材にした亜人間の大量発生。
「こうしてやってきたのは暗黒時代です。先ほども云ったように、世界のあちこちで、ゴブリン、コボルド、オーク、オーガ、トログロダイト、ノール、サファギン、リザードマンといった亜人間の種族達が鬨の声をあげていました。これら残虐で醜悪な生命体が人類の文明圏を侵食していった。人類は徐々にその生命を暗く陰らせてゆきます。
いま現在は研究が進み、防御魔術や結界術――これらもアルヴ系の遺産です――が発展しました。しかし、当時はそれらの助力もなかった。
そこで人類は必死の反抗作戦を企てました。まず最初に為されたのは、アルヴ系の秘術を用いて、新しい戦士を作ることでした。ノーストリリア計画とよばれる大規模な実験の結果、いま現在見られる〈猫人族〉、〈狼牙族〉、〈狐尾族〉の三獣族と、〈法儀族〉は人為的に発生させられたのです。彼らは前線に送られる人造種族としてスタートを切りました」
先ほどから、人間、ドワーフ、エルフの種族しか出てこないので不安に思っていたが、ここで残りの種族が登場したと云うことらしい。〈猫人族〉、〈狼牙族〉、〈狐尾族〉、〈法儀族〉は戦闘用に調整された、人造種族だったという訳だ。
「また、ユーレッドの幾つかの国家は、この戦いには勝てないと諦めました。彼らは大船団を組み、新大陸へと渡ってゆきます。結果から云うと、新大陸にも亜人間達は存在したのですが、彼らはそこで新しい天地を切り開く開拓的な国家を築くために努力を始めます。
そしてさらに、人類がその信仰の力で誕生させたのが〈古来種〉です」
――新大陸。これは「ウェンの大地」のことだろう。元の世界で云うところのアメリカ大陸だ。と、すると、この異世界においてアメリカ大陸が発見されたのは、この300年の間と云うことらしい。
もちろんこれはユーラシア―アジア世界での歴史伝承だから、詳細は現地に行けばまた変わるのかも知れない。シロエはほんのちょっとアメリカサーバ管理区域について想像を巡らせてみるが、頭を振ると思考を引き戻した。
「〈古来種〉の発生には諸説あるのですが、少なくない数の〈古来種〉の系譜がこの時期に始まったのは間違いがありません。〈古来種〉については……まぁ、また別の機会にでも。ことは〈魂魄理論〉の問題だった、とだけ云っておきましょう。
しかしこのように数々の技術を投下しても、人類が滅亡へ向かうのを食い止められませんでした。亜人間達の勢力はそれほどに強大だった。その上、どうやら世界には〈第一の森羅変転〉の呪いのような効果がまだ残っていたようでした。これは、最初に話した通り、魂の問題なのです。
亜人間達の勢力というのは、倒しても減らない。倒したとしてもその魂は亜人間に転生する……これは仮説ですが、そうとでも考えないと説明がつかないほどの奇妙な繁殖曲線を彼らは持っています。
もちろん、亜人間とはいえ成人前の個体は存在しますから、一挙に数を減らせばその勢力は大きく減ります。つまり、亜人間を殺せば、その個体は生まれ変わり幼少体に戻ってしまうからです。その個体に関しては、数年間のあいだ戦争には復帰できない訳です。しかし、3年も経てば彼らは戦場に戻ってくる。これでは勝てる訳がない」
――それは。
それは〈エルダー・テイル〉のゲームとしての仕様上の問題ではないのか? シロエはそう言葉をはさみたくなる。〈エルダー・テイル〉はゲームだ。少なくともかつてはゲームだった。ある特定のプレイヤーが、あるゾーンの獲物を根こそぎ狩りまくってしまい、他のプレイヤーがまったく手出しできないとすれば、これはフラストレーションがたまる体験になるだろう。
だからゲームの仕様上、モンスターを倒しても、そのモンスターは一定時間後に復活する。プレイヤーに新しい獲物を提供する訳だ。そうしないと戦闘能力で勝るプレイヤーは全てのモンスターを、さほど時間もかけずに狩り尽くしてしまうことになる。
「人類は怯え、絶望し、奇跡を願いました。この時期、世界は本当に暗かったようです。〈六傾姫〉を打倒し〈第一の森羅変転〉発動からすでに60年が経っていました。その60年の間に人類は絶望と貧困と飢餓と恐怖のどん底に沈められた。
殆どの人類は武装した集落や城塞に閉じ込められ、亜人間や魔獣の襲撃に怯える日々を過ごすことになったのです。〈六傾姫〉の復讐は成功したかに見えた。
そこで起きたのが〈第二の森羅変転〉でした。これについては、第一の時のようにはっきりした考察が出来るほどの資料が残っていません。人類は暗黒期だったようですから、資料を残すだけの余力も失われていたのでしょう。
数少ない情報によれば、人間とエルフ、ドワーフ、そして多くの〈法儀族〉を動員した、神聖召喚術の使用が記録されています。一部の教典にははっきりと『神の救い』として描かれていますが……。とにかく、再び〈森羅変転〉は起きた。
今から丁度240年ほどまえ。――〈冒険者〉の出現です」
いまから240年まえ。
〈冒険者〉の出現。
「それから先の歴史は、余り語るところがありません。〈冒険者〉の強大な戦闘能力は人類の大きな福音となりました。『死霊が原事件』、『冥府王事件』、『竜の玉座事件』。様々な危機がヤマトを襲いましたが〈冒険者〉がその全てを克服してくれた。この世界は、240年ほどの間は、それはもちろん平和になった訳ではありませんが、やっと多少の安定を手に入れ、じわじわとした復興の道を辿っていたのです」
(そして現在に繋がる、と云う訳だ……)
「〈冒険者〉ですか。……そういえば、リ=ガンさんは、僕の名前を知っていましたよね? あれはなぜなのですか?」
シロエはふと気になって尋ねてみる。
「シロエ様は大魔術師ですからね。〈冒険者〉の中でも事情に明るいと考えたんですよ」
「大魔術師……?」
シロエは首を捻る。そのような評判を得る高位クエストを実行した記憶はない。
「シロエ様が歴史に初めて現われるのは98年まえのこと。もちろん他にも長命な冒険者の方はいるが、活動の頻度から見ても、シロエ様が大魔術師であることには間違いはない。そうでしょう?」
(98年!? ……って)
シロエの脳内は一斉に火が付いたようにその回路を回転させ始める。この世界の時間は。この世界の歴史は。……それでは、240年まえに起きた〈第二の森羅変転〉とは。
(……オープンβ、開始だ)
以上三つ投下であります。
えーっと、5/2はお休みいただいて、次回が5/4ですね。
まだ続きまする。
2010/05/29:誤字訂正
2010/07/02:誤字訂正