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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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計画第一段階

 九月二十九日。木曜日。

 あと九日。つまり一週間と二日。ぼけっとしていたらあっという間に文化祭になってしまいそうだ。

 僕のクラスの一年六組は他のクラスに比べて浮かれた空気が充満してはいないけれど、それでもわくわくした空気に満ち溢れている。

 僕らにとって初めての大きなイベントだ。気合も入るというもの。楽しみだ。


「佐藤君、おはよう……」


「え、あ、おはよう三田さん」


 登校してすぐに本を広げていた僕に三田さんが挨拶をしてきてくれた。


「……えっと、…………おはよう……」


 挨拶が好きなのか、もう一度してきた。


「え? うん、おはよう」


「えーっと……」


 背後を確認してすぐに僕に向きなおす。

 どうしたのだろう……。何かよからぬものが背後にいるのかな。だとすると、とても羨ましい。幽霊見てみたいよ。本人にとっては恐ろしいだけかもしれないので羨ましいと思う心は不謹慎なのかもしれない。でも、僕はそれくらい心霊体験をしてみたいんだ。

 そんなことを考えながら三田さんの背後を気にしていると、その方向からメガネをかけた銀色の髪の人が僕の方に近づいてきた。


「佐藤君!?」


 眉根の寄った前橋さんが僕の名前を呼んだ。


「え?! なんですか?!」


 いきなり怒られてしまうの?! 僕何か悪い事をしましたかね!


「おはようございます!」


「え?! あ、はい! おはようございます?!」


 なんて恐ろしい朝の挨拶なのだろうか。でも前橋さんから初めておはようと言われたので恐ろしかろうが僕はとても嬉しい。でも、突然どうしたのだろうか。僕はとても嫌われているはずなので挨拶をすることも苦痛なのだろうと思う。


「非常に不愉快ですが佐藤君と言葉を交わしてあげようと思います!」


 さらに会話をしてくれようだなんて……。非常に失礼だけれども、裏があるように感じる。


「そ、そうですか。でも、不愉快なら別に話さなくてもいいよ?」


 イライラさせることは僕も望んではいないし。不愉快であるというのであれば、わざわざストレスを溜めなくてもいいと思うのだけれども……。


「何を言っているんですか! 余計な事は言わない方が佐藤君にとっていい結果を招くと親切なこの私が教えてあげます! 君には会話をする以外の選択肢はありませんからね?! 寂しい君と会話をしてあげるというのですから感謝の一つでもしたらどうですかね!」


「えと、ありがとう」


「……ぎぎぎ……! 佐藤君のお礼はなんだかとっても嫌味に聞こえますね……!」


「そんな気はないよ!?」


 感謝しろって言ったのは前橋さんなのに。


「どうでもいいです! では三人でお話でもしましょうか!」


 苦い顔をして僕の机を叩いた。怒ってるの? 前橋さん怒ってるの?


「さぁ三田さん! 楽しくおしゃべりをしましょう!」


「……う、うん」


 三田さんもたじたじだ。

 そういうわけで、妙な組み合わせの三人で会話が始まる。妙な組み合わせというか、僕と前橋さんが会話をするのが珍しいだけだ。

 三田さんが僕の隣の席に座り、前橋さんは僕を見下ろすように正面に立っている。

 怒ってはいないのだろうけれど、前橋さんが怒っているかのように僕に言ってきた。やっぱり、不愉快なんだね。


「それで、佐藤君の好きなタイプはどんな人ですか!」


 いきなり答えにくい話題っ。


「その、僕はこういう人が好きとか、無いよ。あ、でも、優しい人が、いい、のかな?」


「優しい人! このクラスで一番優しいのは有野さ……じゃなくて、三田さんが一番優しいのではないですかね! そうですよね三田さん!?」


「え、あ、うん……?」


 自画自賛って恥ずかしいとよね。それを強要する前橋さんが恐ろしい。


「三田さんはクラス一優しい。という事は、もう付き合っちゃえばいいんですよ!」


「「ええええ?!」」


 突然何を言い出すのこの人! なな何を言い出すの?!

 ほら、三田さんだって困惑しているよ!

 困惑をしながら三田さんが言う。

 

「前橋さん……その、それはあまりにもいきなりすぎるんじゃないかな……」


 三田さんの言う通りだよ! いきなりすぎるよ!


「もっと段階を踏んだら……」


「え?! 段階を踏んだらいいの?!」


 僕でいいの?!


「え、あ、言葉のあや……」


 あ、そうだよね。それなら、いいんだけど。

 残念だとか思ってないよ。僕の事好きだったんだなんて勘違いしてないよ。


「では段階を踏みましょう! まずは何をすればいいんですか?」


 それなのに前橋さんは僕らをくっ付けようとする。


「ま、前橋さん?! 今の三田さんの発言は言葉のあやだから、段階を踏む必要はないんだよ!?」


「うるさいですね。踏む必要はないかもしれませんけど、猫の尻尾でも二の轍でもないのですから踏んでおいて悪い物でもないでしょう」


「で、でも、その……」


「うるさいですね。とりあえず仲良くなりましょうといっているだけではないですか。なんですか? 嫌なんですか? 三田さんと仲良くなりたくないんですか?」


「とんでもないです! そういう事なら、喜んで仲良くなりたいな」


「そうですか。どうでもいいです」


 どうでもいいんだ……。自分から言い出したのに。


「じゃあさっさと会話して仲良くなってください」


 そんなこと言われても。何を話せばいい物か。


「ほら、どうしたんですか。好きなだけ話してくださいよ。ほら、ほら」


 ……どうしよう。

 無言はよくないのでとりあえず話すことに。


「えっと、その……三田さん、元気ですか?」


「……元気。佐藤君は?」


「元気」


 何これ?


「これでまた一つ仲良くなりましたね。じゃあ付き合っちゃいましょうか」


「元気かどうかを聞いただけなんだけど、仲良くなれたのかな……?」


「仲良くなれましたね。私が言うのですから間違いないです。じゃあ、付き合っちゃってください」


「え、えーっと……」


 一瞬三田さんに視線を向けてみたけれど、三田さんは前橋さんを見て固まっていた。愕然としていると言う言葉がよく似合う。

 そうだよね、困るよね。僕も恥ずかしいもん。とつぜん付き合えばいいとか言われても、ねぇ。


「ところでですが、付き合うって何なんですかね。友情と愛情の違いってなんですか?」


 突然、困ったような思いつめたような顔をして前橋さんが僕らに聞いてきた。


「え? えと……好きと、大好きみたいな……?」


「大好きな友達だっているじゃないですか。好きの大きさで区別されるようなものではないと思います」


 確かに、僕は友達が大好きだ。でも愛情かと聞かれたら首をかしげざるを得ない。


「そうだね。三田さんは、どう思う?」


「……性別、とか……?」


「性別で区別されるのだとしたら、男女間の友情はありえないという事ですか?」


「……それは、どうなのかな……」


 性別で区別されるのであれば、そう言うことになる。


「それと同じように同性間の愛情はありえないという事ですか?」


 それもそうなってしまう。

 三田さんは答えを持っていないようで少し俯いて首をかしげた。


「……えっと……」


「そんなのは認められませんね。異性間にも友情はありますし、同性間にも愛情はあるはずです。だとしたら、友情愛情の違いはなんですか?」


 三田さんは考え込んでしまっているので、僕が答えてみよう。


「えっと、僕はやっぱり好きの大きさで決まるんじゃないかなーって、思うけど……」


「ですから、大大大好きな友達だっているでしょう? でもその人を愛していますか? 違いますよね? 所詮は友情ですよね?」


「その大大大好きな人が、異性だったら、愛情になるんじゃないかな?」


「でーすーかーら。異性間のみにだけ愛情が生まれるというのは認められません。同性を愛するのは間違っているんですか?」


「間違っているとは、言えない……」


 愛は自由な物であるべきなのだから、それを否定するのは愚かな事なんだ。歳の差や身分同様に性別だって障害になってはいけないのだろう。


「友情と愛情の違いはなんですか?」


 なんと言えばいいものか。感覚としては、何となく分かるけれど説明をされろと言われたら困る。僕にもっと恋愛経験があれば詳しく説明できたのだろうけれど、残念ながら当然ながら僕は恋愛困窮者だ。友情と愛情の違いを説明できない。


「同じくらい好きな、AさんとBさんが同時に告白をしてきました。その結果Aさんと付き合うことになりました。Aさんは愛情でBさんは友情だということです。ではなぜ佐藤君はAさんと付き合ったのですか? 決め手はなんだったのですか? つまりそれが愛と友の違いですよね」


「えっと、その、僕で例えるの?」


 少し恥ずかしい。


「そうですよ。何か悪いんですか?」


「悪くは、無いけど……」


 そういう経験ないから……。

 でも、一応前橋さんの言う状況を考えてみた。

 ……。

 考えてみたら、つらくなった。


「僕には、分からない……」


 答えなんて出せない気がする。

 同じような条件で、どちらか一方を選ばなければならないとしたら。

 もし仮にたとえばありえないけれど天文学的な確率以下だろうけれど何かの間違いで僕のような人間にAさんとBさんが同時に告白をしてきたとしたら。

 僕はどうすればいいのだろう。

 なんだか僕、そうなったら死んでしまいそうな気がする……。

 まあ、これもいつものしている妄想なのだけれども。


「僕には、選べないかも……」


「選べないだなんて、なんて情けない人間なのでしょう……。ありえないです。存在しないでください」


「う。ごめんなさい」


 いつものように冷たい目で僕を見る前橋さん。しかし、何か名案を思いついたかのような顔をした後、僕に笑顔を見せてくれた。もしかしたらこんな笑顔を見せてくれるのは初めてかもしれない。


「では佐藤君、そうなる前に誰かと付き合っていればいいのではないですかね。AさんBさんが告白してくる前に、Cさんと付き合ってしまえば悩まなくて済みますよ」


「えっと、そうかもしれないけど、僕AさんBさんの二人から告白されるような状況にはならないと思うし、そもそもそんなに都合よくCさんが僕と付き合ってくれるとは思わないよ」


「何を言っているんですか。ねえ三田さん?」


「……え、あ、うん」


「佐藤君は腐った人間ですが、佐藤君のことが好きだっていう物好きな人もいるはずですよね?」


「……そ、そう、だね……」


 まさかぁ。いるわけないよ。


「嫌われることはあっても好かれることなんてないよ」


「でしたら、誰かが好きだと言って来たらチャンスを逃さずに付き合いますよね?」


「え、えっと、その、どうかな?」


 その時になってみなくちゃ分からないよ。ありえないことだし、妄想は好きだけど妄想力が高いわけではないから想像もつかないよ。


「はっきりしない男ですね全く!」


 怒られた! 確かにはっきりしないのはよくない。


「た、多分、付き合う、のかな?」


 やっぱり、はっきりいう事はできなかった。もちろん前橋さんに怒られる僕。


「ですからはっきりと答えてくださいよイライラさせてくれますね! 水中毒にさせる為においしい水をたくさん買ってきてもいいんですか?!」


「え、えっと、うん」


 おいしい水が貰えるのなら、嬉しいよ。水中毒も聞いたことが無いし。


「いいいいい! 何なんですか佐藤君は! 何故私はこんなにイライラする相手と言葉を交わさなければならないんですか! こんなことをするくらいなら楠さんと話していた方がまだましです!」


「ご、ごめんなさい……」


 謝ってはみけれど、僕が悪いのかな……?


「もうあなたの声なんて聞きたくないです! あなたの声帯を切除するために医師免許を取ってもいいんですよ?!」


「だ、ダメだよ。僕の声を盗らないで」


「なーにがダメですか! 喉仏も無いみたいですし声帯も無くなったって変わりませんよ!」


「変わるよ……」


 それに、僕だって一応喉仏はあるよ。男だもん。

 前橋さんが、悔しそうに悲しそうに憎らしそうに僕に向かって叫んだ。まさに心の叫びといった感じだった。


「まったく、女の子みたいな顔して! だったら私でもいいじゃないですか!」


「……えっと、なんのこと?」


「そんなの当然――」


 言いかけて、前橋さんが勢いよく教室の扉を見た。


「では私はこれで。三田さんと佐藤君は楽しくおしゃべりをしておいてください!」


 猛烈な勢いで扉の方へ向かったかと思うと、タイミングよく教室に入ってきた雛ちゃんに駆け寄り嬉しそうに話しはじめた。雛ちゃんが来たからここを離れて行ったんだね。でもどうしてわかったのだろう。足音が聞こえたのかな。それとも匂いかな。気配なんてことは無いよね。いずれにせよ、常人には真似できない特殊な能力であることは間違いない。

 前橋さんは僕らの方を一度指さし、その指の先を雛ちゃんが見て何か僕らに言おうとしたところを無理やり教室から押し出して楽しそうにどこかへ連れて行ってしまった。

 その様子を眺めていた三田さんは、突然の状況になんの話をすればいいのか分からず二言三言話して自分の席へ戻ってしまった。

 なんだか、騒がしい朝だった。

 でも一人の朝より楽しい事は間違いない。

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