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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第三章 空回る僕ら

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時計の針

 本日の五、六時間目も文化祭の準備に使えるという素晴らしい日程。これからどんどん文化祭の準備で授業がつぶれてくれるから授業嫌いな僕としてはとてもハッピーな期間だ。
 裁縫班は相変わらず家庭科室で縫い物をするようだけれども今日の調理班は内装班を手伝うらしい。調理実習室を借りられなかったというわけではなく、そう毎日おはぎを作っても仕方がないからという事だ。僕としてはとても助かる。内装班は沼田君が仕切っていて副委員長の僕としては申し訳ない限りだったけれども、委員長の楠さんがいれば楠さんが取り仕切って色々と指示を出してくれるはずなので、そうなれば沼田君も少しは休めるよね。

「楠さん。看板にはなんて書けばいいの?」

 さっそく沼田君が客引き用の看板を持ってそれに寄りかかり楠さんに聞いている。

「そうだね……。和菓子喫茶とか、おいしいおはぎとか、太りにくいとか、そう言うことを書けばいいんじゃないかな」

「え? 女子高生が握るっていうコンセプトを前面に押し出さなくてもいいのか?」

「もうすでにそのコンセプトは広まっていると思うから、当日にまで宣伝しなくてもいいと思う。だからむしろお店に入りやすいように和菓子の部分をプッシュして行ったほうがいいかもしれないね」

「あぁ、なるほどねー。和菓子の方を宣伝すれば『俺は女子高生おはぎが食べたいんじゃなくて和菓子が食べたいんだよー』ってな具合で店に入りやすくなるってわけか。それいいね」

「あまりにもいかがわしい雰囲気だったら入りづらいからね。入りやすい言い訳を作ってあげよう」

 策士だ。
 でも楠さんも沼田君もさすがだなぁ。
 この調子ならスムーズに準備が進められていくね。

「……あの、佐藤君」

「あ、三田さん。どうしたの?」

 声の方を振り向くとそこに三田さんが俯きがちに立っていた。
 三田さんも調理班だから、今日は内装の手伝い。

「私は、何をすればいいかな……」

「えっと……」

 小物は大抵作ってしまったし、屋台を作らせるわけにもいかないし。

「そ、その、ちょっと楠さんに聞いてくる」

 情けないよ。僕も副委員長という指示をする立場なのに何もわからないだなんて。


 楠さんに話を聞いた結果、パーテーションに張り付けるための紙に絵を描いておいてと言われた。
 まさかの大役を仰せつかってしまった。失敗は許され……無いわけではないけれど、書き直せばいいだけだけれども、なんだか緊張してしまう。でも任された仕事だ。頑張ろう。
 僕と三田さんは大きな紙を床に敷いてそこに乗ってデザインを考える。

「どんなこと描けばいいのかな」

「……おはぎ?」

 真っ白い紙にでかでかと書かれた真っ黒いおはぎを想像してみる。シュールだね。

「他になにか描くものあるかな?」

 おはぎだけだと寂しいからね。

「……女子高生?」

 なんだか、それは恥ずかしいことになる気がする……。

「文字を書いてもいい、よね? きっと。 一年六組とか」

「そうだね」

 ササっと紙にシャーペンを走らせる三田さん。おはぎの絵と一年六組の文字が紙の上に現れた。中心に小さなおはぎとその上に一年六組。しかし、まださみしい。何かもっとスペースを埋められるようなものは……。

「あ、そうだ。このおはぎを中心にクラスみんなの名前を書いてもらうっていうのはどうかな。そうしたらにぎやかになるし素敵な絵になると思うんだ」

「それは、いいね」

 おはぎを挟んで笑いあう僕ら。なんだか、今日は楽しい文化祭準備になりそうな気がする。
 今日という日が素敵になりますように。
 などと乙女チックに神様に祈っていたところ、

「楠ちゃんいるー?」

 大きな声を出しながら教室の扉を開ける誰か。みんなが何事かと扉の方に視線を向けた。

「おー、やってんねぇ」

 そこにいたのは、この高校の生徒トップ、生徒会長だった。僕の本日に暗雲が。

「いたいた楠ちゃん。どう? 調子は」

 フレンドリーに手を挙げて教室に入ってくる会長。そのまま楠さんのそばに寄った。

「会長が来るまで順調でした」

 にこやかに冗談めかして言っているけれど恐らく本気で嫌がっている。
 それを感じ取ったのか会長が笑いながら楠さんに言った。

「なになに俺もしかして嫌われてるの? 冷たいなぁ。もっと仲良くしようよー。無事に文化祭を成功させるためにもさ!」

「文化祭を成功させるためにも、用事が無いのならさっさと帰ってください」

 なんだか、敵意を隠すつもりが無いように見える。僕や雛ちゃんに見せてくれている真の楠さんの解放の日は近いかも。

「わお、それもそうだな。おっしゃる通り。そう言えば邪魔するのはよくないって副会長も言ってた。覚えてる俺偉くね? 偉いなぁ。忘れてた場合は俺副会長に蹴り飛ばされてたな。さらに誰かの邪魔してたら副会長に殺されてるな。まあでも俺用事があるから、邪魔をしに来たわけじゃないんだぜ。コンテストについての事を俺自ら伝えに来たってわけよ。ん? あれ? 金さん銀さんがいねえじゃん。いや銀さんはいらねえけど。で、今日は休み? それとも営業? 収録? ライブ? まあ何でもいいしどうでもいいわ。楠ちゃんが伝えてくれればそれでいいや。ん? あれ? このクラスもう一人コンテスト出場者がいたような……。ああそうそう。マネージャーだ。あれ、マネージャー君は? あ、いたいた。カモンマネージャー!」

 僕、会長と話したら妙に疲れてしまうんだ……。だからあまり話したいとは思わないのだけれども、従わないわけにもいかないので三田さんから離れて楠さんと一緒に会長の前に立つ。

「で、なんですか」

 楠さんはもう笑っていない。

「いやさぁ、コンテストの時出場者を紹介しなけりゃなんないんだけどその文句を本人たちに考えてもらおうと思ってさ。俺君らの兄弟知らねーもん」

 なるほど。

「紹介っていうのは、名前とか年齢とかでいいんですか?」と僕が聞く。

「ダメー。それじゃあダメー」

 う……。ダメらしい。

「じゃあ何を書けばいいというんですか? さっさと教えてください」と楠さんが聞く。

「別になんでもいいよ。でも短いのはダメー。つまんないからダメー」

「ダメー」と言われる度に僕の心の奥深くでモヤモヤしたものが顔を覗かせるのだけど、もしかしてこれがイラつくという事なのかな。初めての感覚に少しだけ戸惑っているよ。
 ひとまず、そのもやもやを心の奥に押しとどめながら再び聞いてみる。

「えっと、その……なら何を書けばいいんですか?」

「簡単簡単。難しいことは無いよ! ってなわけで、君らには兄弟をべた褒めしてもらおうと。家の兄弟はこんなところが凄いんです! こんなところが格好いいんです! こんなところが人とは違うんです! ってのを書いて提出してもらおうと。今週中に仕上げてもらおうと。そういう事」

「残念ながら私の兄に褒めるところなんてありませんから名前と年齢しか紹介できません」

 そんなことは無いよ。楠さんのお兄さんは褒めるところしかないくらい素晴らしい人だったよ。もし許されるのであれば僕に書かせてもらいたいくらいだ。

「というわけで私の紹介文は文句だらけになりますけどいいですか?」

「ダメー」

 見るからに楠さんがイラッとしていた。漫画だったら青筋が浮かんでいるレベル。

「ダメーそんなのダメー。どんな人間でも必ずいいところってのはあるから探して。涙腺が緩いですとか、爪の伸びるスピードが速いですとか、耳を動かせますとか」

 それらはいいところとしてカウントされるものなんだね。なら僕は手の甲側で、人差し指と小指をくっ付けることが出来るよ。当然反対の手は使わずに。きっとこれは僕のいいところだよね。初めて自分のいいところを見つけることが出来た。少しだけ会長に感謝をしたい気分だ。

「なにか探して。絞り出して。捻りだしてひり出して。もし仮に見つけれらませーんとか提出間に合いませんでしたーとか内容がダメーだったら大変なことになるからその時はよろしく。大変な事っていうのは適当に恥ずかしい紹介をするということだから覚悟しておいておくれ」

「恥ずかしい紹介とはどういったものでしょうか」

「え? えーっと、カラオケで自分が歌っているときに自分の歌に感動して涙を流しますとか、うがいした水は飲みこみますとか、目薬が怖いですとか、素人なのにボウリングのリストタイ持ってますとか」

「最後のはいいじゃないですか!」

 突然沼田君が叫んだ。
 驚いた表情でみんなが沼田君を見ると、沼田君は無意識のうちに叫んでいたようで自分のした行動に気づきコホンと咳払いをして文化祭の準備に戻った。
 何事も無かったかのようにふるまっているので僕らも何事も無かったかのように話しに戻る。

「適当な紹介は嫌ですね。そういうことをされるのなら考えてきます」

「そう? ありがとう。で、さっきのイケメンはボウリングするときにリストタイつけてやってんの?」

 会長としては気になることらしい。でも僕らは知らないので答えない。

「用件が済んだのならお帰り下さい」

 楠さんがぐいぐいと出口へ向かって会長を押す。会長はと言えばそれの手から逃れるように体をよじって僕らに問いかける。

「え、まだリストタイの件教えてもらってないんだけど」

「その、僕ら知りません」

「ならちょっと聞いてきてよ。あ、いや、俺が直接聞けば済むことか。ねーそこのイケメン! リストタイ持ってんの? つけてボウリングすんの? ボウリングが趣味なの? アベレージどれくらい? ちなみに俺は百行かない。マジだせぇ。一般人以下。ボウリング苦手なんだわ。え? なら何が得意かって? 俺が得意なのはそうだなぁ、Niiスポーツなら結構得意なんだけどなぁ。テレビに向かってヌンチャク振り回す奴。それのボウリング負ける気しねえわ。さすがにリストタイはつけないけど」

「「「もう帰ってもらっていいですかね?!」」」

 僕と楠さんと沼田君の悲痛な叫びが教室に響いた。



 会長が帰り再び楽しい文化祭準備に取り掛かる。あ、いや、会長が来たら楽しくなくなるというわけではなくて準備が中断するという意味です。他意はありません。
 余計なことを考えるのはやめよう。今は文化祭の準備だ。
 パーテーションの模様としてクラスみんなの名前を書いていくというのはどうでしょうかと楠さんに聞いてみたところいいアイデアだねとお褒めの言葉をいただくことができ早速みんなに名前を書いてもらうことにした。
 丁度今日は調理班の人も教室にいるのでクラスの大部分のサインをもらうことが出来た。残りは裁縫班の数名だ。

「ちょっと僕、家庭科室に行って名前を書いてきてもらうね」

「あ、うん……。……私も一緒に」

 沼田君を含むクラスのみんなと仲良く準備をしていた楠さんに一声かけ、僕らは家庭科室へと向かった。


「てめえふざけんじゃねえよ! この服のどこから手ぇ出せばいいんだよ! 普通に考えれば分かるだろ?! お前そこまでバカでこの先生きて行けるのか?!」

「ここ縫えって言ったのお前じゃねえか! 有野の言った通りにしただろ俺は!」

「袖を内側に折り返して縫えって言ったんだよバカが! どういう思考回路してたら袖を縫い合わせようって思うんだよこのクズ!」

「だったら分かりやすく言えよ!」

 家庭科室では激戦が繰り広げられていた。とてもサインをもらえる状況ではない。
 家庭科室に足を踏み入れた僕らに全く気付く様子もなく雛ちゃんと小嶋君の良い争いが続く。

「あーあ。糸抜くのめんどくせーなぁー。本当にいらねえなお前は。隅っこのほうでナップサックでも作ってろよ」

「なんだよ俺が全部悪いみたいな言い方しやがって!」

「小嶋が全部悪いんだよ!」

 とても仲がよさそうだね。割って入るのは気が引けるので雛ちゃんと小嶋君にはあとで名前を書いてもらおう。僕と三田さんは楽しそうに言い合っている二人以外の裁縫班に名前を書いてもらい家庭科室を後にした。
 裁縫班も楽しそうでいいなぁ。


 あっという間に過ぎていく時間。もうすぐ六時間目が終わりそうだ。
 この時間中に全員分の名前を書いてもらうことはできなかったけれど、それ以外の準備はほとんど終わっていた。
 客引き用の看板に字を書いたり屋台のようなものに色を塗ったりパーテーション用の装飾を作ったり。二人のサインをもらっていないのでパーテーション用は終わっていないけど。
 楠さんと沼田君が仲良く話しながら準備を進めていたのでクラスの雰囲気がとてもよかった。やはり男女連合は良好な関係を築けているようだ。楠さんと雛ちゃんの関係はどうにも進展する気配が見られないけれど、楠さんと沼田君の仲は以前より仲良くなっている気がするよ。少しだけ、寂しいような。こんなことで寂しいと感じる僕は独占欲が強いのかもしれない。情けない人間だ。もっとおおらかな人間になりたいよ。でもまあ、僕は今日三田さんと結構仲良くなれた気がするからそれで寂しさはチャラだね。

「あとは衣装くらいかな」

 沼田君の隣で楠さんがつぶやいた。

「楠さんもその衣装着るの?」

「私はおはぎ握る係だから着ないよ。でも沼田君は給仕係だから着ることになるね」

「そっか。それは残念だなぁ。楠さんのウェートレス姿を拝みたかったのに」

「私のなんか見ても何の御利益も無いから鏡にうつる自分の姿でも見て手を合わせといて」

「そうする」

 にこにこと話す二人に、やっぱり僕はほんの少しだけ寂しいという感情を抱くのだった。


―――

漫画やアニメのようだけれども……


 この時の僕はこの先あんなことになるなんて思いもしていなかった。


 実際にこのセリフを使うことになるとは驚きだ。
 絶妙なバランスで成り立っていた僕らの関係。僕らの歯車。
 誰に押されたのかは分からないけれどそのバランスが崩れてしまったらしく、僕は一人でくるくると空回をする。
 独立して回る歯車。
 これを元通りの場所に嵌めこむためには、一度全てを止めなくてはならないのかもしれない。
 うまく回っていた全てを止める。
 それは僕にとって苦痛以外のなにものでもないのだろう。
 止めてみるまでは実際どうなのかは分からないけれど、今の心地よさを考えれば大体わかる。
 きっと、悲しくて仕方がないのだろう。

―――


 楠さんと沼田君の仲良しな風景を見ているとチャイムが鳴った。六時間目はもう終わりかとみんなが時計を見る。

「あ」

 僕の隣にいた三田さんが時計を見て小さく声を上げた。それを真似したわけではないけれど僕も小さく声を出した。
 時計が四時丁度で止まっており、秒針が四十秒のあたりをふらふらと揺れていた。
 電池が切れてしまったのか壊れてしまったのか、そのどちらなのかは時計を外している沼田君しか分からない。
 僕はその様子をただひたすらに見守り続けていた。
 何もするでもなく、何を言うでもなく。
 ただただ何も考えずにその場に突っ立っていた。
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