悪いのは全部男
何事もなく過ごせるね! なんて思っていた昨日の僕。それは間違いみたいだよ。
僕が朝学校にたどり着いたときそこはすでに修羅場だった。
「…………」
「…………」
有野さんが楠さんを睨み付け、楠さんがシュンとうなだれていた。教室内はその風景に飲まれて誰も言葉を発せなくなっていた。
な、何事ですか……? この不穏な空気を作り出していらっしゃるお二人を見るにどうも昨日のことが関係しているような気がしないでもないよ……。
「若菜お前なんで昨日佐藤を置いて帰ったんだよ」
「ごめんなさい……」
「理由を聞いてんだよ。謝るのはそれからにしろよ」
う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 有野さんが楠さんを怒ってるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 有野さんに説明しておけばよかったあああああああああああああああああああああああああああ!
「大切な用事があったのかなんか知らねえけど、なら初めから手伝うとかいうなよ!」
「うう……ごめんなさい……」
あの楠さんをこんなにも落ち込ませることができるのは多分有野さんだけだと思う。って、そんなことより!
「あ、あ、有野さん……」
僕は二人に駆け寄った。というか有野さんに駆け寄った。
有野さんが僕に気づき、申し訳なさそうな顔で言った。
「……佐藤。お前は別に怒ってねえみたいだったけど、やっぱり私は納得できねえみたいだわ」
「……」
楠さんが本当に悲しそうな顔で有野さんを見上げた。
「本当にごめんなさい……。全面的に私が悪いです……」
それを睨みで返す有野さん。
「私に謝るんじゃなくて佐藤に謝れよ」
あ……。僕の為に怒ってくれているんだ……。優しい人だなぁ。……で、でも……、僕、すでに謝罪してもらっているからね……。説明しなきゃ。
「あ、有野さん、その、僕昨日謝ってもらったんだ」
「……。……はぁああ?」
僕の発言が何やら有野さんの気に障ったようです。
「お前、なんで校外で若菜と会ってるんだよ」
「あ、その、用事があるからって呼び出されて……」
「ちげえよ。どうやって呼び出されたのかって聞いてんだよ」
「え、え? その、携帯電話で……」
「………………」
な、なななんでそんな顔で睨んでくるんですか?!
「…………若菜のアドレス知ってんだ……」
「え? うん」
…………。
……。
……え?!
「あ! 僕楠さんのアドレス知ってる! すごい!」
いつの間に! あ、そう言えばメール送られてきてたっけ! なんだかうれしいね! 今まで気付かなかったよ! うわー。なんか感激だなぁ。クラスの女の子のアドレス教えてもらったの初めてだよ。しかもそれがあの楠さんのだからね。すごいことだよこれは。
「……んだよ……」
有野さんが不機嫌そうに教室を出て行った。
「え? あれ?」
怒らせちゃったのかな……。僕が悪いことしちゃったんだ。でも、楠さんとの言い合いが止まったね。僕が泥をかぶって解決したのなら、まだいいよね。
と思っていた時期が僕にもありました。
「ごめんね……佐藤君……うぅ……ごめんね……!」
「え!」
今度は楠さんが目を拭いながら教室を出て行った! これはよくないね!
有野さん、楠さんが出て行った後の教室。僕は一度教室を見渡してみた。とてもクラスメイトを見るための物ではない視線を僕に送っていた。
「……ま、まってー」
僕はとりあえず教室から逃げることにした。……だって、さぁ……。
有野さんも楠さんもどこに行ったか分からないけれど、何となく、僕は屋上へ行ってみた。
運よく、楠さんが腕を組んで立っていてくれた。
「く、楠さん……、ご、ごめんね」
「別に悪くない。責められて当然の事したんだから。有野さんから聞いたけど有野さんに手伝ってもらったんでしょ。なら有野さんに責められても仕方がない」
う……。なんだか僕は何も言えない……。楠さんの言葉を肯定すれば楠さんを責めてしまうし、否定すれば責めた有野さんを悪く言っているようにとられちゃうかもしれない……。どうすればいいんだろう?
「またそんな顔をして。素直に私を責めればいいのにごちゃごちゃ考えて。あぁ、本当に面倒くさい」
「ご、ごめんなさ――」
「ああ、そうそう」
「――え?」
僕の言葉を遮る楠さん。
「クラスの男子で、と言うか家族以外の男で私のアドレス知ってるの君だけだからあんな大きな声で言わない方がいいよ。っていうか言わないでよ」
「え、そ、そうだったの? ごめん……」
「そうだったのって、私がアドレスばらまいてるとでも思ってたの? すごく失礼。ちょっと転校して」
「う、うん、わかった……って、転校なんてできるわけないよ!」
危なくノリで転校させられるところだった!
「……女々しい人……」
「そ、そう言う問題かな……」
「そう言う問題なの。だから、転校が嫌だったら私のアドレス知っているって言いふらさないでよ」
「わ、わかった。転校は嫌だもんね……」
「ま、もう手遅れかもしれないけど」
「手遅れ?」
「あれだけ大勢にばれちゃったらね。まあ、どうでもいいけど……」
どうでもよくなさそうだった……。
「ところで、佐藤君」
「はい」
「君、あの有野さんに気に入られているみたいだけど、何かしたの?」
「え? 僕が有野さんに気に入られてる?」
「……そう言ったんだけど、なんで聞き返すの?」
「う、ご、ごめんなさい……。で、でも、それは違うよ」
「違うって、どの角度から見てもそうとしか思えないんだけど。もしかして君は鈍い人種なの? まあ、見た目は完全に鈍いというか要領の悪そうな見た目をしているけど」
要領の悪そうな見た目って、初めて言われた……。でも実際そうだからそう言う見た目をしているんだろう。悲しいけど……。
「落ち込もうがどうしようが君の勝手だけど、その前に有野さんとの関係を説明してよ」
「あ、う、うん。あのね、僕と有野さんは、小さいころからずっと同じ学校に通っているんだ」
「……なんでそんな面倒くさい言い回しするの? それ幼馴染ってことでしょ? 幼馴染って言えばいいじゃない」
「……」
僕と有野さんは幼馴染だ。正確には、僕と有野さんと有野さんのお兄さんは幼馴染だ。
でも、今の僕には幼馴染だって胸を張って言えない。
……僕は、有野さんを怒らせているのだから。
「なんだ。幼馴染って言わなかったのは何か理由があったからなんだ。幼馴染って言えないんだ」
「う、うん……。その、僕、小学校の頃有野さんを怒らせちゃって、それからずっと疎遠だったんだ……。だから、幼馴染って言ってもいいのかなって」
「ふーん。なんで怒らせたの?」
「その……それが分からなくて……」
分からないけれど、私を下の名前を呼ぶなって怒られた。もちろん謝った。でも許してくれなかった。当然だよ。理由も知らずに謝って、許してくれるはずがないよ。
今も僕は分かっていない。だから、有野さんも許してくれていないんだ。
今日も怒らせてしまったみたいだし、いい機会だ。あの時のことも謝ろう。許してもらえないかもしれないけれど、もう一度謝ろう。
「……教えてくれなきゃ、ばらすよ?」
う! 楠さんは僕が理由を隠そうとしていると思っているんだ! 違うよ?!
「ほ、本当に分からないんだ……」
「……本当かな……」
とても怪しんだ視線。でも僕にはどうしようもない……。本当の本当に分からないから。
「……まあ、いいや」
納得してくれた。よかった。
楠さんが僕に「先に教室に帰って」と言ってきたので、僕は一人先に教室へ帰ることになった。教室に入ると、すぐにみんなから冷たい視線をもらったので、僕はうつむき顔を隠しながら自分の席へ向かった。教室の端っこにある自分の席がこんなにも遠いとは思わなかった。一番角っこでいい席だなと喜んでいたけれど、まさかそれをうっとうしく思う日が来るとは思いもしなかった。席へつき、急いで本を取り出す。僕は無事に幻想世界への逃避することができた。でも、没頭する前に、一度教室内の様子を見る。相変わらずみんな冷たい視線を僕にくれていた。……有野さんの姿は見えなかった。
それからしばらくして、楠さんが教室に帰ってきた。みんなに囲まれ、事情を聞かれたり慰められたりしていたけれど、楠さんは気丈な笑顔で「大丈夫」と答えるだけで深く説明することはしなかった。でもそれが余計に僕への視線を強めていたけれど、誰も責められないよ……。
一方有野さんは、朝のホームルームが始まっても教室に入ってこなかった……。
僕のせいだ。