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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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ノーカウント

 今年の夏休みは、とても充実したものになっている。

 友達とたくさん遊べているし、宿題もいつもよりもいいペースで出来ているし。

 話す機会が減っていた友達とも再び仲良くなることが出来た。

 新しい友達との出会いもあった。馬山さんという大人の人と友達になれた。

 國人君が変わっていないという事にも気づけた。疑う事自体が間違いだったのだけれども。

 少しだけいやらしい考えをするのならば、可愛い女の子たちの水着姿なんかも拝めてしまった。今までの人生からは考えられない。

 ……あと、何故かちゅーも出来た……。恥ずかしい……。これこそ、考えられないよ……。

 そんなわけで、いいことはたくさんあった。

 でも嫌なこともたくさんあった。

 秘密基地が壊れた。馬山さんとお別れをしてしまった。

 路上強盗にも襲われた。角材で殴られるのはとても痛い事だと知った。

 お姉ちゃんを怒らせてしまった。現在は怒っていないとは思うけど、僕としてはまだ納得していない。みんなに酷い事をしたのだから、謝って欲しい。でも今はそんなことを言える状況ではない。

 まりもさんに嫌われているという事実も知った。それはとてもつらい。何度も何度も嫌いだと言われた。孤独の中で生きろと言われた。僕はそれに従えない。孤独はもう嫌だから。

 いいことも嫌なこともたくさんあった夏休み。

 まだ半分しか終わっていないけれど、明日から学校が始まると言われても僕は何の文句も無い。それほどまでに充実した夏休みだと思う。きっと、歳を取ってもこの夏の思い出はずっと色褪せないまま残っていくのだろう。

 これほどまでに人生が変わったのは、やはり勇気を出せと言ってくれた楠さんのおかげだと思う。

 僕にとって楠さんは恩人だ。感謝をしてもしきれない。これからの人生のなかでゆっくりとその恩を返して行きたいと思う。

 これからの人生とこれまでの人生。

 今年が分岐点。青春時代にその分岐点があってとてもよかった。

 青春の存在に気づけてよかった。

 これからの人生の恩人は楠さんで、これまでの人生の恩人は、やっぱり家族だと思う。

 特に、お姉ちゃん。

 感謝に順位を付けたくはないけれど、それでもお姉ちゃんには一番お世話になった。

 何度も何度も言うけれど、お姉ちゃんはずっと僕らを守ってきてくれたんだ。僕が一人で泣いているときにはそっと傍で慰めてくれたし、僕が一人で遊んでいるときは一緒になって遊んでくれた。僕はお姉ちゃんに支えられて、守られてきたんだ。

 それと、これまでの人生の恩人の、もう一人、

 まりもさん。

 一人だった僕にできた、最初のお友達。

 友達がいなければ、僕は今以上にファンタジーな世界にのめり込んでいた。

 それも楽しいのだろうとは思うけれど、一人遊びじゃあ寂しい気持ちは満たされない。

 半分それに浸かっていた僕だから分かる。一人は寂しいんだ。学校は寂しいところだったんだ。

 まりもさんがいなければ、僕はきっと今も寂しく一人本を読んでいたことだろう。寂しく一人パソコンに向かって笑っていたのだろう。

 コミュニケーション能力のない僕は、ネット上での付き合いも出来なかった。

 まりもさんにメッセージを送ったのだって、何分も悩んで何回も文を書き直して何度もやはり送るのはやめようかなと躊躇った。

 でも送った。まりもさんから、妙に暖かいものを感じたから。送ってよかった。

 今考えれば、あのメッセージを送った『勇気』から今が始まっているんだね。

 まりもさんは恩人だ。

 これまでの人生の恩人。

 できる事ならこれからの人生においても恩人でいてほしい。

 わがままだけど。

 わがままに生きる方が楽しいって楠さんが言っていた。


「だからね、まりもさん」


 自室の蛍光灯の明りの下で、僕はまりもさんに言う。


「僕、まりもさんに出会えてよかった。このままずっと、このさきずっと、友達のままでいてほしい」


 三度目の電話は僕が部屋にいるときにかかってきた。


『私の話を遮って、なにを話しだすのかと思えば。初めから私たちはお友達じゃなかったんだよ。お友達のままでいてほしいというのはおかしいよ』


「まりもさんは僕の友達だよ。僕がそう思えば、そうなんだよ」


『そうかい。なら勝手にそう思っておけばいいだろう。妄想の世界で生きてなよ』


「うん」


 まりもさんは友達だ。


「だったら、仲良くなるために名前を教えてほしいな」


『私にはそんな気が無いから断るよ』


「まりもさんって、本名?」


『そんなわけがないだろう。いいから、私の話を始めてもいいかな』


「あ、うん。ごめんね」


 いったい今度は何の電話だろう。


『私は今から君に嫌われることにするよ』


「え? 何を言っているの? 僕、嫌わないよ」


『そうかい。君はいい人だね。いい人止まりだね』


「いい人なんかじゃないよ」


『そうかもね。誰のアドバイスも聞いていないようだしいい人ではないのかもしれないね』


「アドバイスは、聞くようにしているよ」 


 楠さんのアドバイスに従ったおかげで僕はここにいるんだもの。


『聞いていないじゃないか。お友達に信じすぎるのはよくないと言われたんだろう。それなのに君は人を信じて嫌おうとしない。何を考えているんだい?』


「何も考えていないよ。ただ仲良くしたいと思っているだけだよ」


 ただそれだけだ。好きだから一緒にいたい。それは間違っていることなのだろうか。


『君はこれまでの人生の中で痛い目に遭った事が無いようだね。一度痛い目を見れば分かる。友達なんてろくなもんじゃないって』


「悲しい事はあったよ。でも、それでも友達と一緒に過ごした方が楽しいよ」


 あれは悲しい出来事だったけれど、今はそれ以上に楽しいから。乗り越えられない悲しみはないから。


『同じ目に遭ってもいいというのかい』


「遭わないよ」


『何故言い切れるんだい?』


「友達だから」


『なら痛い目に遭った当時は、友達じゃなかったのかい?』


「友達だった。でも今より僕は子供だった。あの時は僕が間違っていたんだ。今もまだ子供だけど、あのときよりは大きくなっているから、同じ過ちは繰り返さないよ」


『何を言っているのだか。私は君の友達だったはずだろう? しかし私は君のことを遠ざけようとしている。君がその時から大人になっていようが関係ない。私が君を嫌いになったから、こんなことをしているんだよ。他のお友達も同じように君を遠ざけようとするかもしれないだろう。大人になったとかなっていないとか関係なく、遠ざけられるときは遠ざけられるのさ』


「うん。でも、それでも大丈夫」


『何がだい?』


「あの時、友達を怒らせてしまったとき、僕は自分から身を引いてしまったんだ。その人が望まないならもう近づかない方がいいんじゃないかって思って。でもそれが間違っていたんだ。自分が受け入れられるように変わっていかなくちゃいけなかったんだ。だからね、まりもさん。僕はまりもさんに好きになってもらえるように変わろうと思うんだ。是非、どうすればいいのか教えてほしい」


『無理だね。君には無理だ』


「無理じゃないよ」


 僕は変われたんだから。


『無理だ。私が君に『友達と別れれば仲良くしてあげる』と言ってもどうせ君は聞かないだろう』


「……それは、うん……」


『所詮そんなものなのさ。相手の為に変わりたいと思っても君は変われない。変われないからこそ君はずっと一人だったのさ』


「でも、今は一人じゃないよ。それはきっと僕が変われたからだよね」


『違うね。君はただの暇つぶしの道具さ。何も変わっているところなんてない。昔から君は同じなのさ。利用されてポイだよ。もうすぐ友達と思っている奴らに飽きられるよ。そうなってからじゃあ遅いから私は君に言っているのさ。一人で生きろと』


「僕は変われたよ。だって、みんなそう言ってくれるもん」


『そう言って上げているのさ。上げて上げて、落とす。楽しい遊びをしているじゃないかみんなは。君はそんな奴らを楽しませなくてもいいんだよ。自分から離れてやりなよ』


「みんなはそんなことしない」


『するさ。現に私がしているだろう』


「まりもさんだって、本当はいい人だって知っているから」


 まりもさんが、大きくため息をついた。どうやら呆れているらしい。


『いい加減にしない? 何度同じことを言わせれば気が済むの? 私は君のことが嫌いだって言てるじゃない。私のどこをどう見たらいい人に見えるの?』


「だって、ずっと僕を支えてくれたから」


『だから、それは上げて落とすためだって。なのになんだい君は。一向に落ちようとしない。必死すぎだよ君。いい加減自分がされていることを理解してよ。もう疲れた』


 いい事を聞けた。

 疲れているということは、まりもさんがいい人だという証拠だ。


「疲れるまで僕の為に僕を突き放そうとしてくれているんだよね。それってやっぱり、何か理由があって、その方が僕にとっていいことがあるから、突き放そうとしてくれているんだよね。僕のことが嫌いで、ただ嫌がらせをするためだけにそんなことをしているのであれば、疲れるまで僕にかまってくれないはずだもの。なにか考えがあって、僕を一人にさせようとしてるんだよね」


 少しの沈黙の後、まりもさんが言う。


『……そんなことない。ただ単に私は君が嫌いだから寂しい人生を歩めばいいと思っているだけさ』


「違うよ。まりもさんはいつも僕のことを考えてくれていた。だから僕はまりもさんのことを好きになったんだ」


『……なんだい。告白かい?』


「え、あ、いや、そう言うわけじゃあ……」


 つい口が滑ってしまった。恥ずかしい。


『まあ、どちらにせよ断るけどね』


 告白のつもりはなかったけれど、断られてショックだ。


『君は、本当に……。良い奴すぎて逆に嫌な奴だよ。本当に姉によく似ている』


「僕は嫌な奴かもしれないけど、お姉ちゃんは嫌な人じゃないよ」


『そうかい。でも知っているよ。君を怒らせているらしいじゃないか。どういった理由かは知らないけど、本気で君を怒らせているらしいね。何でも、お友達に酷い事を言ったとか。君に似て最低な人間じゃないか君の姉は』


 少し気分が悪い。


「……確かに、僕の友達に酷いことを言ったけど、あれは全部僕の為だから」


『君の為だろうが君は喜んでいないのだろう。ならそれは有難迷惑というやつさ。それが分からない人間はやはり腐った人間なのさ』


「違う。お姉ちゃんはとてもいい人だよ」


『何を言っているんだい。優しくもないし、相手の気持ちを考えないし、弟の友達を傷つけるし、わがままだし。どこをどう見ても最低のクズじゃないか』


「お姉ちゃんは、クズなんかじゃない……!」


 僕の言葉を聞いて、僕の荒い語気を聞いて嬉しそうな声を出すまりもさん。


『……怒ったね。やっと君を怒らせることが出来たよ。なるほど。君以外を貶せばいいのか。なら簡単だ』


「そんなこと、しないでよ!」


『君の姉は君の人生なんて考えてないんだよ。自分のことしか考えていない。弟を自分の所有物として考えているのさ。だから友達ができるのを嫌がっている。だから君に一人で生きろと言っている。最低最悪だね。同情するよ』


「違う。全部違う。お姉ちゃんは僕らのことしか考えてないんだよ。僕がお姉ちゃんの弟だから、四年前と同じように傷つかないために友達を作るなって言ってるんだよ。同情なんていらない。される必要が無い」


『何を言っているんだい。君たちのことしか考えていない? ならなんで君の嫌がることをしているんだい。嫌がることをするという事は、自分の事しか考えていないという事だろう?』


「違うよ。まりもさんと同じように、僕の為を思っているから、嫌がることをしてくれているんだ」


『何を言っているんだい? 意味不明』


「嫌われてもいいっていう覚悟があるから、僕に厳しい事を言ってくれるんだ。嫌われたくないって思っている人よりもずっと優しいよ。僕の為に、僕が悲しまないために嫌われ役を演じてくれているんだ。わがままなわけがない」


 人のためを思うのなら、そうすべきだ。

 いつか楠さんが暴力について言っていた。

 その人のためを思うのなら、なんの処分も恐れずに責任を持って殴るべきだと。まさにそれと同じだと思う。嫌われる覚悟で、厳しい事を言う。それはなかなかできる事ではない。


『限度というものがあるだろう。友達を傷つけることは許されることなのかい?』


「それは、僕だけの問題じゃないから、僕が許すとかそういう事じゃない。だからみんなに謝ってもらう」


『それでも謝らない場合はどうするんだい?』


「そんなことは考えられない。お姉ちゃんは優しいから、謝ってくれるもん」


 ずっと優しかった。お姉ちゃんは誰よりも僕に優しいんだ。


『馬鹿なことを。君の姉がそれほどできた人間だとは思わないけどね』


「お姉ちゃんの何を知っているの?」


『何も知らないさ。ただ遠くから眺めていてそう思っただけさ。客観的に見ている分、家族びいきがはいらない分、君よりも冷静に見られていると思うけどね』


「まりもさんは何もわかってない」


『それはこっちのセリフさ』


「何もわかってないよ。僕は、ずっとお姉ちゃんと過ごしてきたから分かる」


『ずっと過ごしてきたからマヒしてるのさ』


「なにも見てきていないまりもさんにお姉ちゃんを貶すことはできないよ」


『ならずっと見てきた君に姉を貶してもらおうか』


「貶すところなんてない」


『ずっと見てきて嫌なところの一つも見つからないのかい? それは何ともまあ神様のような姉だねぇ』


「……お姉ちゃんは、子供っぽくて、少し思い込みが激しくて、自由奔放に生きていて、僕がご飯を作らなかったら怒って、友達を連れて来たら理不尽に人を傷つけたりする」


『あはは。なんだなんだい。嫌なところがどんどん出てくるじゃないか。なんだかんだ言って君も姉を嫌っているんだろう』


「……確かに、ちょっと困るところはあるけれど、瞬間的に嫌だなって思うことはあるけれど、今言ったのは全部お姉ちゃんだから」


『意味が分からないよ』


「お姉ちゃんだから、全部許せるよ」


『ドМだね』


「違うよ。違わないかもしれないけど、そういう事じゃない」


『ならどういうことかお聞かせ願いたいね』


「いいよ」


 僕は一度姉の部屋の方を見た。声が聞かれないように声を潜めよう。


「お姉ちゃんはね――ずっと僕らを守ってきてくれたんだ」


『……で?』


「それだけだよ。でも、それ以上のことはこの世にない。それくらいお姉ちゃんがしてきてくれたのは凄い事なんだ。だからお姉ちゃんを貶されたら僕は怒る。お姉ちゃんのことを何も知らないまりもさんがお姉ちゃんを理不尽に貶すというのであれば、僕はまりもさんだろうと親友だろうと好きな人だろうと怒る。ずっと僕を守ってきてくれたお姉ちゃんに僕が出来ることは、それくらいだから。だからまりもさんには謝ってもらう」


『……姉が弟を守るのは普通だろう』


「普通じゃないよ。たとえ普通だとしても僕は幸せだよ」


『何を言い出すのかと思えば。そんなのどこの家庭でもやっていることさ』


「他の家は知らないけど、僕はお姉ちゃん以上に家族のことを考えて守ってくれている人を知らないよ」


 世界一のお姉ちゃんだ。


『それは君が世間を知らないからだろう。世間一般では兄や姉は下の子たちを守る為に生きているんだよ』


「そうなんだ。でも、僕はお姉ちゃんのしてくれていることを当たり前とは思わないよ。だって、僕には到底できる事じゃないし、それを今までずっと続けられているお姉ちゃんはやっぱりすごいんだと思う。だから僕は感謝をしているんだよ」


『無駄なことを。感謝なんてしなくてもいいのに。当然のことなのだから』


「感謝するよ。してもしきれないよ。だって、お姉ちゃんがいなかったら僕はここにいなかったかもしれないから。何度もお姉ちゃんに助けられてきたよ。支えられてきたよ。守られてきたよ」


『そうかい』


「だからね、僕はお姉ちゃんが大好きなんだ」


『嘘だね。あんなに腐った姉を好きになるはずがない。もし君の言うことが本当なのだとしたら、吐き気のする兄弟愛だね。腐った者同士仲がいいという事だね』


「お姉ちゃんは腐ってなんかない。そんなこと言わないでよ」


『いや、腐ってるね。全部ヘドロだ。ヘドロの塊さ』


「なんでまりもさんにそんなことを言われなくちゃいけないの? なんでそんなふうに言えるの?」


『腐った人間の姉だから、当然腐っているだろう。クズはクズ同士家の中に引きこもっていなよ』


「お姉ちゃんを悪く言うのなら、僕許さないよ」


『怒ったところでどうしようもないだろう。クズ姉。ヘドロ姉』


「ふざけないで」


『ふざけてないさ。本心からこう思っているのさ』


「お姉ちゃんに謝って」


『会うことも出来ないのにどうやって謝ればいいんだろうね。バカなのかい君は』


 もう許せない!


「謝ってよまりもさん!」


 僕は怒鳴っていた。まりもさんに向かって本気で怒鳴っていた。

 

『だからどうしろと。ここで謝ればいいのかい? ごめんよわがままなお姉さん、どうやら本当のことを言ったらダメらしいよ。ならどう呼べばいいんだろうね。ゴミクズはゴミクズ以外に形容しようがないのに』


「それ以上馬鹿にするのなら本当に許さないから!」


『許されたくないから別にいいさ。友達という存在にさっさと幻滅すればいい』


「幻滅したくないから、お姉ちゃんに謝ってよ!」


『今謝っただろう。ゴメンよクズ子さん』


 もう本当に我慢の限界だ。短絡的に動く僕を許してくださいお姉ちゃん。


「ふざけないでよっ! 今からちゃんとお姉ちゃんに謝ってもらうから!」


『だからどうやって――』


「お姉ちゃんにかわるからっ! 謝ってよね!」


『えっ、ちょ――』


 僕はまりもさんに謝らせることだけを考えて部屋を飛び出し隣の部屋へ向かった。そしてノックもせずに扉を開ける。普段はノックをしなければ怒られるけれど今日はそんなこと気にしている場合ではない。


「お姉ちゃん!」


 飛び込んで部屋をきょろきょろと見渡してお姉ちゃんを探す。パッと目に入ってこなかったので一瞬いないのかと思ったが、部屋の隅で隠れるようにしていたお姉ちゃんを見つけた。


「……な、なに……?」


 お姉ちゃんは怯えたようにベッド上で布団にくるまっていた。ひょっこりと顔だけ出して僕を見ている。


「お姉ちゃん、ノックもせずに、突然ゴメンね」


「別に、いいけど……」


「ちょっと、話してほしい人がいるんだ」


「……後にしてもらえたら助かる……」


「今じゃなきゃダメなんだ」


 僕は携帯をお姉ちゃんに差し出す。

 お姉ちゃんがしぶしぶと言った表情でのっそりと布団から出てきた。


「そのね、お姉ちゃん。今からこの電話の人と話してほしいんだ」


「……誰?」


「僕の友達」


「なら話さない」


 ふんと鼻を鳴らし再び布団にもぐりこもうとするお姉ちゃん。

 僕はそれを引き止める。


「お願いだから、お姉ちゃん。謝ってもらって」


「え?」


「この人は、僕の大切なお姉ちゃんを沢山貶したんだ。僕の大好きなお姉ちゃんに、最低なこと言ったんだ!」


「そ、そうなんだ」


 ……なんだか僕、勢い任せて恥ずかしいことを言っている気がする。でもいいよ。全部本心だから。

 喧嘩をしていて抑え込んでいた気持ちを伝えられたこともいいことだと思うし、短絡的な行動が必ずしも良くない結果を招くとは限らないんだね。

 お姉ちゃんが、手をかけていた布団を放し、しぶしぶ僕から携帯を受け取った。


「……」


 しかし、無言。そのうち、お姉ちゃんはいぶかしげな表情になり僕に電話を返してきた。


「……」


「謝ってもらった?」


「え? あ、うん。まあ、その」


「?」


 よく分からず僕は携帯電話を耳に当てる。


「もしもし?」


 切られてはいないみたいだ。


「まりもさん。お姉ちゃんに謝った?」


『……』


 全くの無反応。


「まりもさん。お願いだから、謝ってよ。僕まりもさんを嫌いたくない」


『……』


 それでも何も答えてくれない。

 僕は、大声でまりもさんに訴えた。


「まりもさん! お願いだから何か言ってよ!」


『まりもさん。お願いだから何か言ってよ』


 小さい声で同じことを言われた。


「なんで復唱するの?」


『……』


「まりもさん?」


『……』


「……」


『……』


「まりもさん!」


『まりもさん』


 また小さく復唱された。

 復唱というよりも、反響。

 木霊よりもトンネルに近いスピード。

 日常で似たような現象と言えば、携帯電話の声のラグが一番身近だろう。

 ……。

 ……。

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?!

 僕は中空に彷徨わせていた視線を正面に固定する。

 そこに立っているのは気まずそうな姉。


「………………いや、その…………。……まさかぁ」


『……』


「……お姉ちゃん?!」


『お姉ちゃん?』


 ……。

 僕はお姉ちゃんを避けてゆっくりとベッドに近づいた。


「それ以上ベッドに近づいたらダメお兄ちゃん!」


 お姉ちゃんが僕を押しのけて布団に覆いかぶさるように邪魔をする。電話口からは何かが擦れたような音と、変成器越しの『それ以上ベッドに近づいたらダメお兄ちゃん!』の声。

 つまりは、そういうことらしい。


「おおおねえちゃん?」


 驚き携帯とお姉ちゃんを交互に見る。

 お姉ちゃんはと言えば、言い訳をしようと口を開きかけたが逃げ切れないと悟ったらしく僕の方を見て、


「……えへっ」


 舌をぺろっと出して照れ笑いをする姉。可愛いけど。可愛いけどさ。


「…………あ、が、ががががががががががが」


 あがががががががががががががが。

 落ち着こう。

 ……。

 とりあえず、

 僕の初恋はノーカウントで。

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