ドミノ倒し
今日ほど学校へ行くのが憂鬱だった日は無い。
盗み聞きした挙句それが小嶋君にばれ、それを許されることなく家に帰り三田さんを呼び出して三田さんを悲しませて。
憂鬱だ。
でもきっと僕以上に小嶋君と三田さんは憂鬱なはずだ。雛ちゃんも憂鬱なはずだし、僕だけ悲劇の主人公に酔いしれることはできない。
「兄ちゃん死にそうな顔してる」
正面でご飯を食べていた祈君が俯く僕の顔を覗き込んでいた。
「……え、そう?」
弟にも心配をかけるなんて僕は……。
「風邪でもひいたんじゃない? 休めば?」
「休めないよ」
休めるはずがない。
「そうなの? 高校生って大変だね」
「うん。大変みたい」
僕も知らなかった。
「姉ちゃんも大変なのかな。何も考えていないように見えるけど」
「お姉ちゃんも、きっと大変だよ」
お姉ちゃんだもん。僕なんかよりも忙しいに決まってる。
「でも姉ちゃん、大変な割には能天気にまだ寝ているけど」
「大変だから眠たいんだよ」
祈君とそんなことを話していると、お姉ちゃんが起きてきた。
「おはよー……」
姉弟がそろった。
今日も一日が始まったんだ。
校門をくぐった瞬間重たい空気が僕を包む。背中に磁石が引っ付いているようで、外の世界が僕を引っ張る。
帰りたいけど帰らないよ。
ネガティブな磁力を振り払って僕は教室へ向かった。
教室に入ってすぐに視線を巡らせる。
楠さんはいる。雛ちゃんはいない。前橋さんはいる。三田さんはいない。小嶋君はいる。
自分の席へ行く前に、小嶋君に近づく。
「……お、おはよう……」
僕の挨拶にちらりと視線を送ってくれる。
「…………ん」
やはり怒っているようだ。
「そ、その――」
「頼むから、しばらく近づかねえでくれ……。頼む……」
つらい声色。
僕の心に冷たく響く。
「……ごめんね……」
素直に従う僕が情けない。
何度情けないと思えばいいのか分からないほどに情けない。
僕はすごすごと自分の席へ戻るしかなかった。
席へ座ると同時に雛ちゃんが教室に入ってきた。
雛ちゃんは僕を見た後すぐに小嶋君に視線を移し、小嶋君の方へ歩いて行った。そこでポソポソと言葉を交わし、自分の席へ戻って行った。
心が痛い。
居たたまれなくなった僕は顔を伏せ寝たふりをした。
そうすれば逃げられると思ったから。
いっそのこと消えてしまいたい。
リセットではなく電源を。
そんな勇気も無い癖にそんなことを考える。
逃げる方法だけしか考えていない僕が嫌いだ。
僕は思いっきり奥歯を噛みしめた。
変わらなければ。
嫌いなら好きになるように変わろう。
なら逃げないで全部と向き合わなくちゃ。
僕は伏せている自分のほっぺたを抓って頭を切り替えた。
変わらなければ。
と、そこへ突然教室内に大きな音が響いた。誰かが勢いよく扉を開けた音だ。
何事かとみんなが音の方を見る。僕ももちろん顔を上げた。
大きな音を出して扉を開けたのは三田さんだった。少しだけ目が赤かった。僕のせいだ。
三田さんが一度僕の方を見て顔を俯かせた。
それを見て泣きたくなったけれど、僕は我慢しなければ。
三田さんは顔を上げて自分の席へ着くと思いきや教卓へ向かった。
皆はまだ三田さんを見ている。あのおとなしかった三田さんがドアを荒々しく開け、目立つ教卓に立っているのだ。見ないわけがない。
皆が見ている中、三田さんは痛々しい笑顔を作り言った。
「……聞いてください」
昨日のことについて何か言うのだろうかと驚いたが、少し違うようだ。
「この前、私と佐藤君が付き合っていると言いましたが、あれは嘘です」
僕は自然と立ち上がっていた。
三田さんが僕の方を見て悲しそうな笑顔を作り、さらに続けた。
「あれは、ただの冗談……だったんだよね。ただの作り話だったんだもんね……佐藤君」
「み、三田さん……」
「ちょっと事情があって、あんな嘘をつきました。だから、私たちは、ただの友達なんです……」
僕は三田さんをどれだけ傷つければ気が済むのだろう。
確かにみんなに勘違いされたままなのはよくないけれど、もっと傷つかずに皆の誤解を解く方法があったはずだ。それなのに三田さんは一番手早い方法を選んだ。僕の為だ。絶対にそうだ。僕の為で僕のせいだ。
「驚かせてしまって、ごめんなさい……」
三田さんが頭を下げ、そのまま教室を出て行った。最後に見えた顔は泣いているように見えた。
「三田さん!」
僕は慌ててその後を追おうと思ったけれど、教室を出る前に前橋さんにゆく手を阻まれてしまった。
「前橋さん! お願いだからどいて!」
前橋さんは怒っていた。
三田さんの為に怒っていた。
「行ってあなたに何ができるんですか……!? 佐藤君が何をしたのか知りませんけれど、あなたが行けば三田さんは泣けないでしょう……!」
そうかもしれないけれど。
何もできないからって何もしないわけにはいかない。
「でも放っておけないよ!」
僕が無理やり行こうとするのを前橋さんが体を横にずらして遮った。
「だから私が行くと言っているんです! 佐藤君は大人しく座っておいてください!」
前橋さんが僕を突き飛ばし教室を飛び出して行く。
追おうと思ったけれど、それは誰も望んでいないような気がした。僕は両手で思いっきり握りこぶしを作りすぐに解いた。
そして何もできない僕は一身に受ける冷たいような視線を無視して自分の席へ戻った。
椅子に座り窓の外を眺める。教室の方を向きたくない。
雲が流れている青い世界。狂いそうなほどの鬱空が僕の目の前に広がっていた。
世界は思い通りには転がらない。
二人はホームルームが始まる直前にやっと帰ってきた。
三田さんはずっと俯いたまま席へ。前橋さんは怒ったような顔で席へ。二人とも僕の方は見ない。
それを見て、僕は世界から切り離されたような気がした。
窓の外に目をやるふりをして、ガラスに映る教室の様子を伺う。
全てが逆様に映る世界でも、やはり僕は拒絶されていた。
「……」
ため息も出てこない。逃げて行く幸せが空っぽになったのかもしれない。
「……」
何をすべきなのか全く分からない。
僕はひたすら考えた。答えを求めて非日常の妄想の為に糖分を消費した。
だが時間は残酷で、気持ちの整理が出来なくても日常は進んでいく。
時を止める方法を僕は知らない。
「席についてー」
先生がやってきた。これは日常だ。僕の心情とは関係なく『毎日』が繰り返されるんだ。しかし、今日は少しおかしい。
やってきたのは担任の先生ではなく、副担任の東先生だった。
みんながざわつきそれをなだめる先生。
東先生が教卓に手をつき、事情を説明する。
「えー、御手洗先生は少し用事があるので代わりに私が朝のホームルームをします」
用事……。何が起きているのか気にはなったが、それを聞く人は誰もいなかった。ただ東先生の表情はすぐれなかった。
それどころではない僕はホームルームを話半分に聞き何をすべきかを考えた。
結局分からなかった。
ホームルームはいつも通りすぐに終わる。
長引くことなんてめったにない。
色々な思いが胸に突き刺さった朝が終わり、一時間目が始まる。
胃液が逆流しそうになるほどの日常だ。世界が不変すぎてストレスで胃に穴が開いてしまう。
僕は胸のむかつきを堪えて一時間目の準備を整える為にカバンから教科書とノートを取り出した。
後は筆箱だけ。
しかし、それを取る前に雛ちゃんがやってきた。
「……優大」
少しぼうっとしているような表情。
「……雛ちゃん」
雛ちゃんは驚いているのかなんだか存在がフワフワしているような気がする。
僕の頭がフワフワしているだけかもしれないけれど。
雛ちゃんがここに来た用事は、何となく分かる。
「……お前、美月と、付き合ってねえのか?」
やっぱりそうだった。同じ状況なら、僕も真っ先に聞きに行くと思うから。
だって、親友だもん。
「……うん」
「この前のは、一体なんだったんだ?」
三田さんと僕が付き合っているとみんなの前で言ったことだ。
「……それは、言えない……」
言えるはずがない。
「……そうか」
それ以上追及する気はないらしい。ありがとう。
「でも、付き合ってねえんだよな?」
念を押す雛ちゃん。
「うん」
僕は緩く頷いた。はっきりと頷くことに、なんだか罪悪感を覚えたから。
雛ちゃんはそんなこと気にならないようで、
「そっか」
僕の返答に少しだけ嬉しそうにしていた。
おそらく友達とまだ友達でいられるから嬉しいんだ。僕もずっと感じていた思いだからよく分かる。
雛ちゃんの笑顔が見られて嬉しいけれど、ここで素直に喜んでいいものかどうか悩んだ。
「優大は、誰とも付き合ってないんだな」
念を押す雛ちゃんに、僕は再びゆるく頷いた。
「うん」
「そっか……」
あの時僕が安心したように、雛ちゃんも安心してくれたのだろうか。
……ああ、ダメだ。これはこれ以上考えたらダメだ。雛ちゃんも責めてしまうことになる。
「……そっか」
もう一度雛ちゃんがつぶやき、ポンと僕の頭に手を置いてから自分の席へ戻って行った。
それから雛ちゃんと僕は、徐々に以前のような関係に戻っていくことが出来た。
しかし、小嶋君と三田さんに関しては何も進むことは無かった。
答えが出るまで考えなくちゃ。
『答えが無い』なんてことはありえない問題だから。
四時間目が終わり、昼休みに突入した。
雛ちゃんが一緒にお弁当を食べようと言ったので僕は弁当箱を出して雛ちゃんを待っていた。
「待たせたな」
「待ってないよ」
「そっか。んじゃちょっと別の場所で飯食うか」
「……ここじゃあ、ダメなの?」
「ちょっと話があるから」
「……うん。僕も、言わなきゃいけないことがあるんだ」
昨日盗み聞きしていたことを正直に謝らなくちゃ。
「……そか。じゃあ、屋上行くか。あそこならめったに人来ねえだろ」
「うん」
何かと屋上に縁がある。
秘密基地の次は屋上が思い出の場所になりそうだ。
僕はお弁当箱を持って立ち上がり、雛ちゃんと共に屋上へ行こうとしたが、どうやらそれは出来ないらしい。
日常と思っていた今日は日常とは程遠い物だった。
教室の扉を荒々しく開けて、担任の先生が入ってきた。
僕らはみんなそちらを見る。
今日初めて見る先生の顔は今朝の東先生以上に優れない。病気ではなく、事態に困っているような。
どうやら、何かがあったようだ。
「……あー、みんないるか?」
四時間目が終わったばかりなので誰も出て行っていないはず。先生は、何事かと視線を送る僕らを一度見渡し、とても言い辛そうに言った。
「えー。みんなちょっと聞いてくれ。実は文化祭のことについて生徒会から意見があり、それについて朝話し合った結果、とても残念なことになった」
まだみんな事態を把握できずにいる。先生の言葉と表情から察するにどう考えても悪いニュースなのだけれども、それの判断もまだついていない僕ら。
「非常に言い辛い事で、申し訳ない事なんだが」
想像していた最悪よりも、もっと最悪だった。超最悪だった。
「あー、その……なんだ……。
……俺たちのクラスの喫茶店、中止になったから」
楠さんと雛ちゃんと僕、委員長の三人はお昼ご飯を食べずに生徒会室へ向かう。
楠さんがノックをすることなく荒々しく生徒会室の扉を開け僕らはそこに飛び込んだ。
そこでは一人長机の上で寝ている会長の姿が。
幸せそうに眠る会長に少し腹が立った。
楠さんも同じように感じたらしく、
「会長! 起きろ!」
と言って長机を蹴飛ばし会長を机の上から落としていた。
顔面から落ちた会長を見て少しだけ可哀そうに思ったが今はそんなことどうでもいい。
「いったぁ! 酷いじゃねえか副会長……って、楠ちゃん。どしたの。ん? 一年六組の委員長勢ぞろいじゃん。しかもなんか怒ってる? つーか酷くね? もっと優しく起こしてもいいじゃんよ」
鼻を押さえた会長に楠さんは怒りを隠さずに言う。
「うるさい。一体どういうことなのか説明してください」
感情の銃口を突きつけている楠さん。下手な返答をすればすぐに爆発しそうだ。
「な、何を。俺悪い事した?」
会長は何もわかっていないような顔でびくびくと体をすくめていた。
会長の発言と態度に雛ちゃんが激昂する。
「悪い事だって認識がねえのか?! てめえは本当にクズだな!」
平手で机を叩く雛ちゃんを見てさらに会長が怯えてしまった。
「ちょ、待って待って! マジで何なの?! 本当に分かんないんだって! これ夢?! 夢なの?! それともアレ?! オラオラ詐欺なの?! 俺金むしり取られるの?!」
オラオラ詐欺は聞いたことが無いです。おそらくそのようなものがあるのならば、それはカツアゲと呼ばれるものだと思います。
「か、会長。その……」
大人しく手を挙げる僕に会長がババッと反応する。
「おお! ジャーマネ君は比較的落ち着いているじゃん! 一体何が起きているのか優しく俺に教えれ! そしてできれば俺を愛してくれ!」
愛したくはない。愛なんてそんな簡単に使う言葉じゃない。
……なんてことは今は置いといて。
「……僕らの出し物を中止にするって、一体どういうことですか?」
単刀直入に聞いてみた。
会長が全てを理解したように何度もうなずきながら言う。
「ああ、そのことね。うん。えっとね、うん。実はさ……………………え? 中止? まじで?」
会長のふざけた態度に雛ちゃんが怒った。
「マジでじゃねえよ! お前が中止にしたんだろうが!」
僕も怒りたいけれど収拾がつかなくなるので抑える係に回ろう。
「落ち着いて金パっちゃん! 俺じゃねえよ! んな無茶なことするか!」
どうやら、本当に会長は知らないらしい。
しかし楠さんは信じない。
腕を組み首を傾け会長を睨み付ける。
「どうだか。あなたはやりそうですよ」
「信用ねえな俺! いや、本当に俺じゃねえって! さすがの俺もそんな無茶苦茶な悪ふざけしねえよ!」
「しかし先生は私たちに中止だと伝えてきましたけど」
「……。もしそれが本当なのだとしたら、そりゃ多分副会長だな。なんだかんだ言って一番働いてるのあいつだし」
「あなたの判断ではないんですね」
「当たり前じゃん。そんな横暴なことしねえよ。とにかく、副会長に話を聞きに行こう。俺もちょっと気に入らねえよ。いくら俺がお飾りの会長だからってちょっと悲しいわ」
会長ではないらしい。ゴメンなさい会長。疑ってしまいました。
謝罪もそこそこに、僕らは会長を伴って副会長の元へ急いだ。
やはり、先生方に意見をした生徒会は副会長だった。
副会長がいた三年の教室。
そこで副会長は言い訳も何もなく、ただ事務的に説明を始めた。
「以前にも言ったはず。学生の出し物としてふさわしくないから再検討の必要があると。その結果中止という答えが出た」
やる気のないような表情で淡々という副会長。しかし、僕には様子がおかしいように思えた。表情はいつもとほとんど変わらないが、なんだか怒っているような……。
そんなことよりも今は出し物の件について話し合いをしなければならない。
「何故こんなにも急にそんなことを言いだすんですか? 突然すぎます。もう準備も終えたというのに、私達はどうすればいいんですか?」
詰め寄る楠さんに副会長が冷たく言い放つ。
「あなたたちのクラス、一年六組は休憩所という名の空き教室にする。あなたたちは何もしなくていい」
話は終わったとばかりに先ほどまで食べていたお弁当を再開した。なんだか見たことのあるお弁当な気がしたけれど今はそんなことはどうでもいい。
雛ちゃんは副会長の冷たい態度に怒り心頭だ。
「な、何言ってやがるんだてめえ! ふざけるのも大概にしろ!」
机を叩く雛ちゃんに、副会長は全く驚いた様子を見せない。それどころか感じ取れるほどの怒りを出して机を叩いた雛ちゃんを見た。
「ふざけてなどいない。不健全だと私は言ったはず。それに先生方も私の意見に賛成してくださっている」
確かに言われたけれど、それはもう解決したはずだ。
僕も堪らず副会長に意見した。
「こんなの酷すぎますよ……! せめてもっと前に言って貰えれば……」
「そこは申し訳ないとは思う。でもこの企画はいかがわしい」
副会長の態度からは申し訳なさなんて微塵も感じないよ。それに、申し訳なく思っていたところで僕らは納得できるはずがない。いらないよそんな言葉。
ずっと黙っていた会長が僕らの前に立ち副会長と対峙した。とても頼もしく見える。
「おいおい副会長。何があったかは知らねえけど横暴すぎるだろ。生徒の為に尽くしてきた副会長らしくねえじゃんか。それに俺の意見を聞かないってのはどういうつもりなのよ。最終的に決めるのは俺だろ」
会長の言葉にも、副会長は意見を曲げようとはしない。
「会長は座っているだけでいい。今までもそうだった。判断は私がしてき――」
「それでも俺は会長だ」
間髪を入れない会長の言葉に、副会長は少しだけたじろいだ様子だった。
「俺の許可なく勝手なことすることは許さない。面倒くせえけど、これでも俺は生徒が選んでくれた会長なんだよ。生徒会のことは全部俺が決める。俺の知らねえところで勝手な事すんじゃねえよおい」
頼もしすぎる。どうやらこの話はすぐに終わりそうだ。
副会長も説教されて少しだけ落ち込んでいるようだ。
「すみませんでした」
副会長が素直に頭を下げた。この二人の関係はよく分からないけれど、会長は副会長に信頼されているようだ。
「謝られたから許す。ただ何の目的があってこんなことをしたのかを言え」
会長の言葉に、副会長が顔を上げて初めて見る感情のこもった顔で訴えていた。
「……会長、私は、このクラスの出し物を中止にさせたいです……。個人的な意見です……」
なんて理由だ。そんなの許されるはずがない。
「それが本音か。副会長ともあろうものが公私混同するなよ」
何が気に入らないのか分からない。僕らが何をしたというのだろう。生徒会の邪魔をしたわけでもないし、生徒会に刃向ったわけでもない。むしろコンテストの出場者を出すことで貢献しているはずなのにこの仕打ちは酷いと思う。
「いけない事をしてるって分かってんのか? お前のしてることは執権乱用だぞ。誰がそんな生徒会を支持するか」
怒られている副会長は可哀そうだけれど、これは仕方のない事だ。僕らだって文化祭を楽しみたいんだ。
「……それでも、私は」
怒られて尚、副会長は意見を撤回しようとしない。
いけない事をしていると知っていて、僕らの喫茶店を潰そうとしている。そんなの絶対に許したらダメだ。
「あぁ? どうしても喫茶店やらせたくねえってのか?」
怖い。怒っているよ……。
「……はい……」
何がそこまで副会長を駆り立てているのか知らないけれど、『個人の事情』より『多くの生徒の事情』を優先すると言った副会長が『自分の事情』を優先するなんて都合が良すぎる。
これは絶対に認めてはいけないことだ。
しかし。
泣きそうな副会長を見て、怒っていた会長が頷いた。
「よーし、分かった! 副会長が言うんならそれがいいんだな!」
「……え……?」
突然のことに僕らは驚き言葉が出なかった。
「んじゃ悪いけど君らの喫茶店中止で」
全くおこった様子も無く会長が僕らの方を振り向き軽く言った。
訳が分からない。
「会長?! 僕らの味方じゃないんですか?!」
僕は思わず叫んでいた。
「俺はずっと副会長の味方だ。残念だったな君ら。まあ当日は他のクラスの出し物で楽しんでくれ」
「か、会長……?!」
当然みんなも怒る。
「てめえら……! ふざけやがって! 今すぐその意見を撤回しやがれ!」
殴りかかりそうになる雛ちゃんの前に出てそれを押さえる。けれど正直会長たちを庇いたくは無かった。
「いやぁ、俺からも謝るわ。ゴメンねみんな。あとでクラスにも謝りに行くわ」
「何を言っているんですか? 本気で言っているんですか? 暴動が起こりますよ?」
「それで済むのならいいよ。俺が人身御供になるわ。全責任は俺にある。ただ俺が死んでも喫茶店は中止だから」
「会長が死んでしまったら文化祭自体が中止になりますよ」
「それもそうだな。なら殺すのは無しで」
「何舐めたこと言ってんだ! てめえらの勝手でなんで私たちが嫌な目に遭わねえといけねえんだよ!」
「だから謝ってるじゃん。ごめんね。謝って足りないのならなんか償いするわ」
「そう言う問題じゃねえんだよ!」
本当にそうだよ。これに釣り合う代償なんて何もないよ。思い出は何物にも代えられないよ。
「どうすれば僕らの喫茶店を認めてもらえるんですか?」
「副会長が認めたらいいよ。副会長が嫌だっていうんだ。なんかよくない事があるんだろ」
僕はすぐに副会長を見た。
「副会長、僕らはどうすればいいんですか?」
「…………どうしようもない」
ふいっと顔をそむけた。
「そ、そんな……!」
なんなのこれ? なんで僕らの思い出をこんな知らない人たちに壊されないといけないの? そんなの許せないよ。納得のできる説明が無いのに突然中止だなんて、酷いなんて言葉じゃあ足りないよ。それにもともと納得できる理由なんてないんだ。一度認めて準備を終えた今僕らを納得せしめる理由なんてあっちゃいけないんだよ。それなのにこの人たちは軽く中止だなんて決めてしまう。許せないよ。
怒りで頭の中が真っ白になっていた僕の手を誰かが掴んだ。
ふっと我に返って握られている手の方を見る。
楠さんが僕の手を握り首を振っていた。
「これは、ダメだ。ちょっと時間を改めよう。話にならないし、他の先輩に迷惑がかかる」
「確かにそうだけど、今説得できなければいつ説得したって変わらないよ」
「いいから」
楠さんが僕と雛ちゃんの手を取って三年の教室を出た。
そしてそのまま僕らの教室へ向かって歩き出した。
僕と雛ちゃんは納得できないと顔を見合わせたが、しぶしぶ楠さんの後を追った。
早歩きで進む楠さんの横に並び聞いてみる僕。
「いいの? 楠さん」
「いいわけない。でもあそこにいても何も変わらない」
「時間をおけば何か変わるのかよ」
楠さんを挟み込むように並ぶ僕ら。
「変わらないよ。でも人を増やせば変わるよ」
「人を増やすって、クラス全員で行けば何とかなるってのか? ならねえだろあいつらは」
僕もそう思う。もし仮にみんなが土下座をしたところで意見を変えるとは思えない。
しかし楠さんは別のことを考えているようだった。
「増やすのは一人」
特定の人物一人だけ増やすようだ。
「一人って……、あ、そうか」
僕には分からないけれど、雛ちゃんは何かが分かったようで大きく頷いていた。
僕にはさっぱりなので聞いてみる。
「一人って、誰を増やすの?」
「そんなの決まってるでしょう」
「え、え? 誰……?」
驚く僕に、雛ちゃんが驚いている。こういう状況でつれてくる人物は誰にでも予想がつくらしい。ここでまさかの僕の常識の無さが露呈してしまったね。
「優大、お前もしかして知らねえのかよ」
「えっと、何を?」
雛ちゃんが呆れたように僕に教えてくれた。
「副会長の名前は三田晴加。美月の姉ちゃんだぜ」
理由が分からないと思っていたけれど、どうやらこの一件も僕のせいらしい。