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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第三章 空回る僕ら

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佐藤君の決心

 三年の校舎から戻ってきて、重い顔で自分たちの教室に入った僕ら。すぐにクラスメイトに取り囲まれ口々に聞いてくる。

「どうなった?」「大丈夫だよね?」「なにかの間違いでしょ?」

 楠さんが詰め寄ってくるみんなに「ちょっとまだ分からない」と一時しのぎ的な言葉を送って一旦落ち着かせた。
 それでも教室の空気が軽くなることは無かった。とにかく重い空気が肺に溜まる。口から出る空気はより重みを増し僕らの心を深いところへ沈めていく。
 この教室だけ声を発することが禁止されているかの如く誰も声を出さない。隣のクラスから聞こえてくる楽しげな笑い声が、さらに僕らの気持ちを暗くしていた。
 しかし暗くなるだけでは何も解決しない。
 僕と楠さんと雛ちゃんはお互い顔を見合わせた後、心配そうに椅子に座る三田さんの元へ行った。
 三田さんが僕らの接近に驚いたように肩をすぼませたが、逃げることはせずに真っ直ぐ僕らと向き合った。
 楠さんが重たい空気を吐きだすように口を開いた。

「三田さん……お願い。一緒に生徒会を説得して……。三田さんなら、協力してくれるよね……?」

 弱い言葉を強い気持ちで伝える楠さんに三田さんが顔を伏せた。

「…………その……私が、役に立つのなら……」

 三田さんが現状を把握しているのかどうか分からないので、先ほど三年の教室で分かったことを雛ちゃんが伝える。誰にも聞かれないように小声で。誰かが三田さんを責めないように。
 三田さんのせいではないのだから。

「美月の姉ちゃんが原因らしいんだ……。なんか、個人的に気に入らねえみたいだ。妹のクラスだっていうのにな」

「……やっぱり、姉さんが……」

 三田さんは今回の件について何も聞かされていなかったようだが、自分の姉が原因であると予想はついていたらしい。
 昨日酷い事をしたくせに、僕も三田さんに助けを求めた。
 本当に、都合のいい人間だ。

「……その、三田さん……。お願い……」

 大した言葉がかけられない。もっと心を込めたことを言えればいいのに。
 僕が声をかけると三田さんはさっとうつむいてしまったが、それも数秒のことですぐに顔を上げ僕に笑顔を見せてくれた。

「……うん。私も、喫茶店やりたいから……。それに、姉さんが恨まれるのは嫌だし……。私が説得する」

 三田さんはとても辛そうだった。
 三田さんに辛い思いをさせているのは僕のせいなのだと、素直に認められなかった。
 僕が認めたくないからではない。
 それを認めると正しくない答えが出るからだ。
 でも。
 それでも多分、僕のせいなんだ。



 五時間目の文化祭の準備の時間に再び三年の教室へやってきた。
 新たに三田さんを加え、僕らは副会長のいる所へ。
 どうやらこのクラスはお化け屋敷をするらしい。おどろおどろしい衣装や罰当たりなセットが教室のあちこちに散らばっていた。僕の好きな風景だったけれど今はそんなことに目移りしている場合ではない。真っ直ぐに副会長に近づいた。
 他の生徒達に指示を与えていた副会長は僕らと三田さんを見て眉をひそめていた。

「……話は終わったはず」

「終わってません。少しお時間よろしいですか」

 楠さんがそう言い、他の先輩方に迷惑をかけないために副会長を廊下へ連れ出した。
 廊下に出て四対一で対峙する僕ら。すぐに三田さんが副会長に尋ねた。

「……姉さん、なんでこんな酷い事を……?」

「……美月の為」

 僕に原因があるのだろうけれど、実の姉が妹を悲しませるようなことをするだろうか。現にいま三田さんは困っている。それを三田さんの為と言えるのだろうか。

「私はこんなこと望んでないよ……」

 これは絶対に本心だ。三田さんがやめたいと思っている訳がない。
 副会長がいつも通りの表情で怒りを込めた言葉を発する。

「美月が楽しめないのに、他のクラスメイトが楽しむというのは許せない」

「な、何を言っているの……?」

「一人が悲しんでいるのならクラス全員が悲しみに暮れるべき。何より美月を振った人間がのうのうと文化祭を楽しむのは許せない」

 三田さんが楽しめないというのは、僕が三田さんの告白を断りそのせいで三田さんが落ち込んでしまったからだろう。きっと、見ていた副会長がつらくなるくらい泣いていたんだ。三田さんの悲しみようを見て、泣かせた相手を許せないと思ったんだ。

「……そ、そんなことで……」

「そんなことじゃない」

 妹の悲しみを自分の物と同じように考えられる副会長はいい姉なのだろう。だが決していい人とは言えない。
 いい人なら関係ない人を悲しませたなんかしない。クラスのみんなを悲しませている副会長を、僕はいい人とは呼べない。

「私は……みんなに迷惑をかけたくない」

 三田さんは優しい人だ。傷ついて、落ち込んでいたいのに僕らの為に頑張ってくれている。優しすぎるよ。
 しかし副会長は、そんな三田さんの願いを聞いても一切自分の復讐をやめようとはしなかった。

「あんなに泣いた美月は初めて見た。私は振った男を許さない」

 正体不明のその男に敵意を向ける会長。その男に攻撃が出来ないからクラス全体を攻撃するというのであれば、それが誰だか教えればいいんだ。

「副会長」

「なに」

 そうすれば僕だけに復讐の矛先を向けてくれるはずだから。

「僕が、その男です」

 これで僕だけで済む。
 僕の言葉を聞き副会長のやる気の無いような顔が変わった。
 妹の敵を物凄い敵意を持って睨み付けてくる副会長。

「……あなたがすべての元凶……あなたのせいでこうなった……あなたのせいで美月は泣いた……! 何故断ったの? 何故美月を悲しませるの?」

「……それは……」

「あなたが美月と付き合っていればこんなことにはならなかった。美月が文化祭を楽しめない以上、クラスメイトに楽しむ権利は無い」

 思ったようにはなってくれない。

「な、なぜそうなるんですか?! 僕だけを困らせればいいじゃないですかっ!」

「クラスメイトを巻き込んだ方があなたにダメージが行きそうだから」

 確かに、そうだけれど。
 それは決して許されることではない。

「姉さん……、それは、勝手だよ……! みんなに迷惑をかけないで……!」

 当然、三田さんも望んでいないようだ。
 それなのに。

「美月はいいの? みんなが楽しんでいる中、一人寂しい思いをしても。そんなの、私は耐えられない。美月だけに寂しい思いはさせない」

 副会長は止めようとはしない。
 三田さんの悲しみを、自分の事のように感じて怒っているから。
 妹の為にそこまで出来るのは素晴らしい事だとは思うけれど、妹の望んでいないことをするのはどうなのだろう。はたして本当にいい姉なのかどうかも分からなくなってきたよ。
 ずっと静観していた楠さんだが我慢の限界がきたようで一歩前に出て三田さんと並び副会長に訴えた。

「妹が可哀想だからって何もしていない私たちを巻き込むのはどうなんですか?」

「文句ならそこの男に言って。悪いのはその男だから」

 睨み付けられる僕。
 あぁ、確かにこれはダメージがでかいよ。副会長が僕のせいでこんなことをしているというのだから僕のせいなのだ。原因の所在はどうでもよくて、行動を起こした本人が僕のせいだと言っているのだから責任は僕にあるのだ。これは本当に、心に来るよ。

「姉さん……! 佐藤君は、悪くないよ……!」

 三田さんが振った僕を庇ってくれる。さらに心が痛む。

「佐藤。覚えた。佐藤。佐藤は絶対に許さない」

 副会長は三田さんの話を一切聞いていない。僕への恨みでいっぱいだ。
 副会長が僕を睨み付け、教室に戻って行った。

「あ、姉さん……!」

 三田さんが教室に入っていく副会長を引き止めようとしたが、それを楠さんが止めた。

「三田さん、もう無駄みたい。どうやらお姉さんは佐藤君に対する個人的な恨みでこんなことをしているみたいだね。恐らく三田さんでも説得できないよ。佐藤君がお姉さんに許される意外に道はなさそう」

「で、でも……その、申し訳ないです……。私にできる事は何でも……」

「そうだね、とりあえず……事情は大体わかったけど少しだけ説明をしてほしいかな。朝三田さんが言ってたけど、佐藤君と付き合っていたのは演技じゃないの? 言いたくないのなら言わなくてもいいけど」

「……もう、ほとんど分かっていると思いますが……言います……」

 あまり言いたくなさそうだった。

「佐藤君……。言ってもいい、かな……」

「…………僕は、大丈夫だけど、その、三田さんは……」

「……私は、良いよ……。どうせもう姉さんのせいでばれているし……」

 三田さんに迷惑をかけて、副会長のしていることは一切三田さんの為にはなっていない。完全に自分の為だ。自分の為に妹を困らせるなんて、酷いよ。

「ゴメンね二人とも。ここじゃあなんだから、少し場所を変えようか」

 楠さんが雛ちゃんに視線を送り促す。それに答えるようにずっと黙っていた雛ちゃんがうなずき、僕らは人のいない空き教室へ場所を移した。
 そこで三田さんの説明を聞いた二人。
 付き合っているという嘘から、本当に告白したこと、そして僕に断られたこと。全部、三田さんは話した。

「……三田さん。ありがとう。ゴメンね。つらい事を話させてしまって……」

「……いえ……。悲しくないと言えば嘘になりますけど、何となく分かっていたので気持ちの整理はもうついています……。それに、姉さんに告白したことばらされましたし……」

 あははと笑う三田さんと胸を痛める僕ら。
 振ったり振られたりしたことを他人に話すなんて、傷を抉られたような気分だよね。本当に申し訳ない。
 せめて文化祭を楽しんでもらうために、副会長を説得してみせるんだ。

「……優大、私の知らねえところでそんなことを……」

 驚いた表情で僕に聞いてくる。

「……うん」

 僕は頷くことしかできなかった。他に何も言えないよ。
 楠さんは怒った顔で三田さんに視線を向けている。三田さんを見ている訳じゃない。三田さんのお姉さんを見ているみたいだ。

「誰も悪くないじゃない。三田さんも、佐藤君も。誰も悪くない。副会長が暴走しているだけ」

「……うん」

 泣きそうな顔で三田さんが頷いた。その顔を見て僕は泣きそうになった。
 楠さんも雛ちゃんも三田さんのその顔を見て困ったような顔をした。
 三田さんは悪くないのに自分を責めるに違いない。それが分かってなんだか僕らも悲しくなった。

「……とりあえず教室に戻ってダメだったとみんなに話そう」

 ここにいても何も解決しないので、クラスメイトに報告するために教室に戻った。




 僕らが教室に戻ると、楠さんと雛ちゃんの周りに人が集まってきた。僕と三田さんはそれに巻き込まれないように逃げ出した。人だかりの中心にいる楠さんと雛ちゃんは投げかけられる言葉を一旦脇に置きみんなをなだめ、楠さんが少し難しい状況だと伝えた。詳しい話は一切していない。詳しい事を話すとなると僕と三田さんのことを教えなければならなくなるのでそれは止めてもらった。
 だからみんなから見ればただの生徒会の凶行だ。理由のない横暴だ。
 突然の中止宣言にクラスのみんなは暴走寸前まで激昂していた。
 荒れても何もいい事は無いのでみんなを落ち着かせる楠さんと雛ちゃん。

「生徒会の奴らふざけやがって……! バカか?!」

 優しくてめったに怒らない沼田君も怒っていた。色々あって落ち込んでいた小嶋君も怒っていた。クラス全体が怒っている。この状況で怒らない方がおかしいか。
 準備終わっていてよかった。こんな気持ちではまともに作業できそうにない。
 でも……。
 それも全部無駄になってしまうかもしれない。準備が終わっていてよかったのか、終わっていない方がよかったのか。
 ……いや、絶対に喫茶店をするんだ。終わっていた方がいいに決まっている。無駄になんてするもんか。
 人だかりの外で、僕は密かにそう思った。
 そんなとき、人だかりのすぐそばにある扉が大きな音を立てて開いた。

「やぁやぁご機嫌麗しゅう。準備ははかどっとるかね? あ、無駄だったっけ」

 会長だ。罪悪感なんて微塵も感じていない様子の会長にクラスのみんなはとても気分が悪そうで、のんきなその姿に多くの人が敵意を向けている。

「うわなにこの好戦的なクラス。近づくものを皆傷つけるガラスの十代かよ。とりあえずいったん落ち着けよ生臭坊主ども」

「落ち着けって、落ち着けるわけねえだろうが!」

 クラスの男子が会長に詰め寄ったが、会長は軽くそれを突き飛ばして再び距離を置いた。

「寄るな寄るな。まずは俺の話を聞けよ生臭ネギトロ野郎ども」

 会長が人だかりに近づくとモーセのように人だかりが割れた。そこを悠々と歩き教壇に上る会長。そして教卓に両手をつき僕らを一通り眺めた後、すぐに頭を下げた。

「本当にゴメンね! いや、伝えるのが遅れちゃったな。マジでこっちの不手際だわ。すまん」

 謝る会長を誰も許しはしない。当然だよ。
 心が狭いとか物わかりが悪いとかの問題ではない。理不尽なことをされて素直に許せる心を僕らは持っていないようだ。

「ふざけんな!」

「謝ったところで済みません!」

 クラスメイトが口々に罵る。いつか見たような光景だ。楠さんを囲んでみんなが責めていたあの時のようだ。気分のいい光景ではなかった。今も全く良い風景ではないが、今回は僕も罵る側だ。庇いたくはない。
 会長が垂れていた顔を上げる。

「ゴメンってば。なんか償いするからさ」

 その表情は全然申し訳なさそうではなく、むしろ若干煩わしそうに見えた。

「そんなんで許されるわけないでしょう!」

 怒る女の子に会長は手をパタパタしながら言う。

「そう? そうだよねー。でもわりいな。もうこのクラスにお店を開く権利は無いんだよね。だからせめて償うって」

「そんなことの前にまず説明をしろ説明を!」

 みんなはまだ状況を知らないから当然説明を求める。
 会長はやはり面倒くさそうに顔をゆがめた。

「説明? いらねえと思ってたけど、まあいいや。まあ、とりあえず、いかがわしいからダメ。不健全だからダメ。金儲けのための店だからダメ。そんなことを考える奴らには店を出す権利を与えない」

 会長の説明にさらに怒り始めるクラスのみんな。

「だったら初めから許可するな! 一度許可したものを突然撤回するだなんてふざけているにもほどがある! 期待させるんじゃねえよ!」

 本当にそうだよ。横暴だよ。

「そうね。だから俺が悪いって謝ってんじゃん。ごめんねー。会長が頭を下げるのは最初で最後だぜ。良いもん見れただろう、これでチャラね」

「ふざけるな!」

 誠意の伝わらない謝罪に男子達が教壇に上り会長に詰め寄った。先頭は沼田君だ。
 背の高い沼田君が会長を見下ろす。

「会長。俺らだってここの生徒ですよ。何すかこの酷い仕打ち。生徒の為の生徒会なら少し位は俺らのことを考えてくれてもいいじゃないっすか」

「そう凄むなよ。俺怖くておしっこちびりそう。見てみて俺の股。きたねえ股してるだろ。漏らしてるんだぜ、これ。………どこ見てんのよエッチ! 『タッ○』ならぬ『エッチ』ってか?」

「ふざけんじゃねえ」

 沼田君が会長の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「殴るぞ」

 傍から見ていて怖かった。きっと僕なら泣いてるよ。

「それで気が済むならいくらでも殴れよプロボウラー。半殺しにされたって喫茶店は中止だぜ。それに殴られて済むなら安いもんだ。殴って欲しいくらいだな。でも、優しくしてね」

「てめぇ……」

 沼田君の怒りはもうすぐピークに達しそうだった。誰も止める人はいない。会長が悪くて沼田君が正しいと認めているからだ。
 クラスメイトが会長を囲み会長を責める中、僕は一緒にその様子を眺めていた人を見た。
 三田さんだ。
 副会長の妹である三田さんがフルフルと震えていた。
 怖いんじゃない。
 きっと、自分が悪いと思っているんだ。
 自分のせいで副会長がこんなことをしていると、自分を責めているからだ。
 怖いんじゃない。
 悲しいんだ。
 だったら――僕にできる事は一つしかない。
 僕は人だかりの中に飛び込んで行った。
 押し返されるけれど、必死にかき分け中心へ向かう。

「殴られても文句はねえってどういうことだよ! それって今やってることが自分でも悪い事だって分かってるってことだろ?! それなのになんでそんなことが出来るんだよ!」

 沼田君が怒っている。人だかりの中に埋もれていた僕はそのすぐそばに顔を出した。

「そんな前口上はいらねえからさっさと殴れよ。俺だって早く終わらせてえの。生徒会長は忙しいんだよ」

「てめえ……!」

 胸ぐらをつかんでいる沼田君の手に力がこもった。
 もういつ殴ってもおかしくない。
 殴られるのは痛いんだよ。僕は知っている。
 僕は人に挟まれていた体を抜いて沼田君と会長の間に飛び込むように割って入った。
 僕が割って入ったことにより会長の服から沼田君の手が離れる。

「佐藤。お前何してるんだ?」

 沼田君は僕の顔を見下ろして驚いた顔をしている。僕はそれを迎え撃った。

「暴力はいけないよ」

「暴力はいけねえって、じゃあ生徒会のしていることはいいのかよ」

「よくないよ。でもそれは暴力が許容されるという言い訳にはならないよ」

「……佐藤。俺は、お前が優しい人間だって知ってる。でもこの状況で会長を庇う意味が分からない」

 庇う気なんてない。暴力が嫌なだけだ。

「……沼田君は、その暴力に責任がとれるの?」

「……どういうこと?」

 沼田君が困った顔をして首をかしげた。僕はそれに答える。

「いつか僕、友達に聞いたんだ。責任がとれるのなら人を殴ってもいいって。人を殴って罪を償えるのならいいって」

 それが本当に正しいのかどうかは分からないが、責任がとれないというのであればそれ以前の問題だ。論外だよ。

「罪を償うも何も、悪いのは会長だろう?」

「そうかもしれないけど、暴力はそれ以上の悪だよ。殴って、沼田君が周りの人を納得させるような責任がとれるのならいいのかもしれない。それでも、僕は暴力は嫌だけど……」

「周りのみんな納得するだろう。正義は俺達にあるんだ」

「それも、少し前に聞いたんだ。正義は結果だって。今判断することじゃない」

 殴って怪我をしたら僕らが悪くなるんだ。僕の知り合いはそう言っていた。
 沼田君は僕の言葉を聞いて悲しそうな顔をした。こんな時に怒らない沼田君はやっぱり優しい。

「なあ、佐藤。お前は俺たちのクラスメイトだろう? なら俺達の味方をしてくれよ」

「僕は、うん、確かにクラスメイトだよ。生徒会長よりもみんなの方が大切。でも、こんなことは正しくない。よくないよ」

 誰かが言った。「日頃の仕返しか!?」

 日頃冷たい目で見られているから、僕がこんなことをしていると思われたみたいだ。

「違うよ」

 違う誰かが叫んだ。「違わないだろうが!」

 僕も叫んだ。

「違うよ!」

 普段小さな声しか出さない僕の大声にみんなが驚く。
 静かになった教室で、僕は言う。

「クラスのみんなが、僕を嫌っているのは知っている。だからってその仕返しにこういうことをしているんじゃないよ。会長がかわいそうだからこういうことをしているんでもないよ。殴ったところで誰も喜ばないからこんなことをしているんだ。それに殴ってなにかが変わるの? 変わらないよ。だったら、自分たちの為にも殴らない方がいいんじゃないかな。落ち着いて考えようよ」

 沼田君が、代表して僕に聞く。

「……なら佐藤は受け入れるってのか? 何もせずに中止を受け入れるっての?」

「そんなことはしないよ」

「ならどうするんだ。どうするっていうんだよ。どうしようもねえだろ」

 どうしようもない事なんてない。
 沼田君が、本当に悲しそうな顔をして僕に聞いてきた。

「落ち着いて考えてみれば、確かに殴ることはよくないかもしれねえけど、気が済まねえよ……。どうすればいいのか教えてくれよ」

 僕は、それに答えた。

「……だから、僕に任せて」

「…………佐藤に任せたら、どうにかなるのか?」

 もっともな疑問だよ。僕も自分に聞いてみたいもの。
 でも、出来ようができまいが関係ない。

「どうにかするよ。僕は原因を知っているから」

 そんな僕をクラスメイトが罵る。

 誰かが言った。「何格好つけてんだ?」
 誰かが言った。「いい人ぶってるけど何もできないじゃない」
 誰かが言った。「それで俺達に恩を売るつもりか?」
 僕は言う。

「みんなに恩を売ろうだなんて思ってないよ。みんなが僕のことを嫌っているから、好かれるためにやっている訳じゃないよ。会長に恩を売ろうっていうわけでもない。僕だって、今回のこれはすごく嫌だからできる事なら会長を庇いたいとは思わない」

 沼田君が言った。「ならどいてくれよ」
 僕は言う。

「どかないよ。クラスメイトの為じゃないし会長の為でもない。僕は、僕はわがままなんだ。わがままで自分の事しか考えてない。だからここにいる」

「殴られるところを見たくないから?」

「違うよ。もちろん殴られるところなんて見たくないけど、僕は、僕のことを友達と呼んでくれた人の為にここにいるだけだよ。友達が傷つくのは見たくないからここにいる。それが今、僕がしたい事。僕のわがままだよ」

「何を言っているんだ佐藤」

 僕の友達が出てくる理由が分からないという沼田君。
 なら、教えてあげなくちゃ。
 詳しくは言えないけれど、これだけは伝えておかなくちゃ。

「この一件は僕のせいだから。僕が何とかする」

 教室内がざわめく。
 僕のせいだとは誰も思っていなかったから。それを知らされたクラスメイト達は、僕に敵意を向けようとしていた。
 しかしそうなる前に人だかりの後ろの方で誰かが叫ぶ。

「佐藤君のせいじゃない! 違う!」

 三田さんだ。
 心を痛めている三田さんが更に自分を傷つけようとしている。

「これは、私の――」

「違う!」

 そんなのダメだ。

「絶対に三田さんは悪くない! 三田さんは関係ない!」

 三田さんの姿は見えないけれどどうやら黙ってくれたらしい。
 僕は沼田君を見上げた。

「……誰かを殴って気が済むというのなら、何とかできなかった時に僕を殴って。今回の原因は僕だから。だから、今は誰も殴らないでほしい。お願い」

「……」

 みんなが沼田君を見る。沼田君の言葉を待つ。決断を沼田君に託した。
 沼田君は悲しそうな目を僕に向け言った。

「……佐藤を殴ろうとは思わないけど、自分が何を言っているのか分かってるか? 何も変わらなかったら、喫茶店が出来なかったらクラスでの佐藤の扱いがひどくなるんじゃないのか……? きっとみんな、佐藤に責任を求める。そんなの、困るだろ……?」

 僕のことを思ってくれている。
 やっぱり委員長は沼田君がふさわしかったんだ。

「それは、僕の罪だから仕方がないよ。でも大丈夫。僕は、友達の為に絶対に何とかしなくちゃいけないから。これ以上傷つけたくないから、絶対に何とかして見せる。クラスの為じゃない。僕は、僕の大切な人の為に頑張るんだ」

 見上げる僕と見下ろす沼田君。
 気まずさの欠片もなく見つめ合う僕ら。
 言葉だけでは足りないのなら、目でも訴えるんだ。
 少しでも思いが伝わるように。

「……そっか」

 僕の思いが通じたのか、そう言って沼田君はみんなの方を見た。

「ここは佐藤に任せよう」

 沼田君の言葉にみんながブーイングを投げかけている。沼田君に言っているようで、全て僕へのブーイングだ。
 沼田君はそのブーイングを、右手を上げることで止めた。止めてくれた。

「佐藤に任せるのが嫌な奴は、この状況を何とかできるのか? 出来そうなやつは手を挙げてくれ」

 誰も手を挙げない。当然だ。こうなった原因も知らないのだから。

「誰もいないのなら、佐藤に任せよう。俺達は佐藤を信じて文化祭の準備だ。と言ってもやることはもうほとんどないんだけどねー」

 沼田君が人をかき分け飾り付けが置いてある所へ向かった。それを見て、みんなもしぶしぶ準備に取り掛かる。
 みんなの準備を無意味にしないためにも頑張らなくちゃ。
 ほっと一安心していると、後ろから会長が話しかけてきた。

「助かったよ佐藤君。殴られるところだった。あー恐ろしい恐ろしい」

 会長が初めて僕の名を呼んだ。

「あなたにお礼を言われるようなことをしていません。ここは危ないので早く帰ってください」

「そうするわ。俺も一応戻って副会長を説得してみるけど、期待はするなよ。何とかできる算段が立ってるのなら自分で何とかしたほうがいいぜ。俺役立たずだから」

「……はい」

 悪い事だと思っているのに、何故副会長の味方をするのですかとは聞かない。そんなの分かりきったことだから。

「じゃあ頑張れよ。協力はしねえけど応援してるわ」

 会長が僕の肩を叩き教室を出て行った。
 僕は教卓の上で一つ息を吐いた。
 何とか、しなくちゃ。
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