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第八話

 翼と空音と雲雀は本物の家族のように連れ添い、昼用ライトから夜用ライトへとスイッチされる頃合に翼は用があると抜け出した。

 天蓋の下に漂う陰湿な空気を振り払うように天蓋の外へと向かっていき、肺に溜まっていた重い空気を吐き出す。

 翼はショルダーバッグからカメラを取り出して首にぶら下げる。写真を撮るだけならばカメラでなくてもできるのだが、翼は一昔前に流行ったデジタルカメラを愛用していた。時間の余裕があれば本格的な機材を使った撮影も試したいと思っているようだ。

 人の歩行よりも何倍もの速さで闊歩する姿は、ただの人間には残像だと判断される。

 黒髪と黒い服は闇に溶け込めというお告げを受けた者のよう。翼は決して人を導く天使でも神様でもなかった。堕落させる悪魔でもなく、ただ空へ飛び立つための真っ黒な羽を背中に宿して。

 

「許可証はありますか?」


 天蓋の通行口である警備員に向かって、翼は許可証を提示した。

 

「確認いたしました。連絡口を開きます」

「――ああ。お勤めご苦労」


 夜でさえも紫外線のせいで無防備な人間は天蓋の外への出入りを禁止されている。

 天蓋の外に広がっているのは荒野ではなく放棄された旧都市だ。まだ健常な建物が多いものの、人が生活している気配はないため廃都のようなじめじめとした薄暗い何かを包容している。

 撮影を邪魔する建物がない場所へと翼は跳ぶ。郊外――森林の多い山岳地帯まで出向き、小さな家の屋根にたどり着いた。

 

「空音に見せてあげられたなら」


 傘のない地帯では綺麗な星空が見えた。果てしなく続く空に散りばめられたお星様に満ち欠けするお月様。時間とともに東から西へ動いていく様子も情緒に溢れていて、心の中のざわざわとしたものが消えていく。手を伸ばしても届かないけれども、手を伸ばすという行為を邪険にしないでくれ。

 大きさも光量も違う星は自ら輝き、その存在を地上にいる人間へとアピールする。僕らはここにいるよ。そういう声が聞こえてくるのに、真っ直ぐに向き合えないのが虚しくて胸を締め付ける。

 翼は無心になって写真を撮り続けた。頭を動かすと空音のことばかり考えてしまうので、作業のように入れ込むことなく淡々に手を動かす。

 

「きーらきらひかるー よぞらのほしよー」


 空音に教わった童謡を震えた声で紡いだ。夜空にありしますのは春の星座達。大三角形を作り、おとぎ話を語る吟遊詩人達。

 翼が空へ興味を持つようになったのは、そばにいた空音が原因だ。朝も昼も夜も空音は翼にじいじの空コレクションを見せた。晴空に曇り空に雨空。天気という概念を知らなかった翼は最初こそ理解に遅れたものの、やがて空音と同じように空の魅力にとりつかれるようになる。

 ――魔法少女になるのを選んだのは必然だ。空に近付く目的のために、空を飛ぶ魔法少女という手段が必要だった。飛行系機械は情報がリークされないよう一般人に普及されていない。ただの一般人が空を飛ぶためには魔法少女になるしかなかったのである。

 翼も空音もこの選択を後悔していない。しかし時として「後悔しないほどの強い選択」が人生を歪めることもある。自分は○○しかできない、自分には〇〇しかない……そういう気持ちが未来への選択を狭める。

 例えば空音は魔法少女にならずに学校に通うこともできたはずだ。誰にでも笑顔を向けられる美点のおかげですぐにでも学校のアイドルになるだろう。その後にいじめが始まるかもしれないが、そういう未来もあったはずだ。

 翼に対しても同じである。資料だけで一級と認められる実力があるならば、他の場所でも頭角を現せるはずだ。魔法少女にこだわらなくても、活躍の場所は他にもあるはずなのである。

 

「本物の空を見られたら空音はどう思うんだ……夢を叶えた後、空音はどんな風に成長していくんだ……?」


 目を細め、翼は頭を抱える。

 

「空音が私から離れていったら、夢を叶えてしまったら、今のままではいられなくなる。木花このはなに頼るのもいいが……人間と違って私は子孫を残すこともできず、壊れるまで生きられる。途方もない時間を無目的で暮らすのは拷問に近いんだろうな」


 苦笑して目を閉じる。

 甘い夢が終わるまでもう少し。

 目覚めないでほしいという願いを君はきっと受け入れてくれないだろうから。

 

 

 

 

 

 カメラを首に下げたまま寮の部屋に戻ると、夜だというのにハツラツした活気を振りまく少女が空音の寝顔を見つめていた。どの時間でも弱気を見せないところが彼女の美点だ。何度くじけても這い上がろうとする強さ――翼には欠けているものを彼女は有している。

 

「遅かったわね、あんた。空音ちゃん、もう寝たわよ」

「ありがとう。恩に着る」

「何しに行ってたの」


 浮気相手に問いただすように雲雀は強く言うと、翼の首にかかっているカメラに目をとめた。

 

「おーデジカメじゃん。電子カメラが普及してきてるのに、よくこんなアナログ製品持ってるわね」

「こっちの方が綺麗に撮れるんだ」

「撮ったもの見せてよ」


 断る理由もないので翼は履歴画面を開いた。写っているのは全て空だ。朝焼けから始まり星空まで記録されている。今日撮影したのは夜空だ。数ヶ月前には夜明けの空を見に一人外へと足を向けていた。

 は、と雲雀は目を剥き、大きく口を開く。

 

「あんた外に行ってきたの!? 天蓋の外に人間は出られないっ。それは決まりなのよ!? 許可証がなければ――」

「許可証ならある」


 翼の手にあるのは一枚の許可証。翼の顔写真と許可された理由が綴られていた。

 

「ウソ……」


 血の気を失ったように雲雀は手を口で抑えた。許可証を持っていること自体異例だ。目の前にいる人間が異端であることを改めて見せつけられ、言葉を失っていた。

 許可証を得られるのは鋼の体をもつ機械のみ。裕福な家庭であっても「人間」であるならば許可証は発行されない。

 

「言ってなかったか。私は人間じゃない。機械だ。それほど驚いたということは人間のフリが上手くなったってことか」


 雲雀の驚き方を目にして、翼は懐古するように遠くへと視線を投げた。

 

「どこからどう見たってあんたが機械なわけないじゃん! あたしを動揺させるための冗談なんでしょ!?」


 機械である証を探そうと雲雀は翼の上着を脱がし、ぺたぺたと翼の上半身に触れる。色は肌色だ。人間と全く同じ。胸板の硬さも、あんまり触れたことはないけれど、触った限りじゃ機械だとはわからない。ただ体全体に柔らかさがないのは事実。人工皮膚で隠しているものの腹を殴ったりすると翼の体の固さを思い知ることになる。

 

「やめろ。……あまり見るな」


 雲雀の顔から目をそらして翼が言うと、「あ」と雲雀は己がした行為を理解して跳ぶように後退した。耳まで真っ赤に染めて、翼に顔を見られないよう背を向ける。

 

「ご、ごごごごめんなさい」

「いくら同性だからってイキナリ触れるのはダメだったよね! ホンットごめん!」

「別に、謝らなくてもいい。私は機械だし研究者にいじられることに慣れている。……それよりもお前、いつも以上に慌てているが大丈夫なのか? 熱があるとか、私に触れて火傷したとか。今日は何時間も付き合わせてしまったからな……」

「熱もないし、火傷もしてないわよ! ……ただ、……男の子みたいな体だなあって」


 照れながら雲雀が言うので、翼はへぇとニヤついた。

 足音を消して雲雀を後ろから抱きしめ、耳元に口を近付ける。

 

「緊張してるの? お嬢さん」


 普段の声よりも低く囁くような翼の声は思春期である少女の心を動かすに十分なものだった。心臓の高まりを一番理解しているのは雲雀自身だ。太陽な橙色のツインアップは馬の尾のように揺れては円を描く。失言しなければよかったと雲雀は精一杯口を尖らせて、どきどきしてしまったことを隠すように声に艶をのせた。

 

「ん~~~~! やめてよ馬鹿っ。女の子は女の子を誘惑しない生き物なの!」

「私が女の子に見えるのは、顔? 髪? 言葉? 私は雲雀の言う"女の子"がどういう意味なのかわからない。将来母になるから? 子供を産むから? 女を女にならしめるものは何? 男を男にならしめるものは何? 人間を人間にならしめるものは何? 脳の作り? ホルモンの違い? 銀色のパーツで作られた私はどこが女の子なんだ?」

「あ、あたしは……そういうつもりじゃ……」


 怖がっている雲雀の顔を見て、すまないと翼は離れる。

 

「今日お前らを見ていて、あれが女の子に望まれている姿なのかと理解したよ。女の子トークなんて私にはできない会話だ。空音もいつか子供から少女に、そして女になるんだと思うと……」


 翼はそこで発言をやめた。家族が心配しているだろうから早く帰れと雲雀を急かし、自分のベッドに腰を下ろした。

 

「……翼。あたしみたいな小娘が言うことじゃないかもしれないけどさ」


 首を別の方向に向け、盗み見るように雲雀は翼を見る。チラ、チラ、チラとした何回目か後に指先を胸の前で合わせて視線を下げた。

 

「なんとかなるよ。あんたが何を悩んで悔やんでいるかは知らないけれど……じゃあね、また……今日は楽しかった。空音ちゃん、可愛いね。子供ならあれぐらい自由奔放でいいと思う……。空音ちゃんに好かれているあんたも結構な人物なんじゃない……? 今度会った時は喧嘩しないで仲良く話せたら幸いよ」


 雲雀が手を振っても翼は見ようとしない。

 ありがとう、という感謝だけを伝えて雲雀は恥ずかしさに耐え切れず走り去った。

 廊下から足音が聞こえてくる。雲雀の、人間独自の足音が――耳を打った。


 

 


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