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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
1章 スキルツリーを駆使しても、影の薄さは治らない
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スタンピードのボスに立ち向かおう!

「……一体、なにが来る?」


 疑問形で口にするが、晴輝はすでに判っている。

 魔物の群れが通り過ぎた後、やってくるのはそれを扇動した大将――ボスだ。


 現れた魔物は、見た目がシルバーウルフ。

 だがサイズが二回りは大きい。

 晴輝と同じくらいの背丈がある。


 おまけに前傾姿勢の2足歩行で移動している。


 あれはシルバーウルフの希少種――ワーウルフだ。


 理解すると同時に、晴輝は敵に背中を向けて全力で逃げ出した。


 勝てるはずがない!!


 相手は中級冒険家が相手にする魔物である。

 初級冒険家では相手にならない。


 だからこそ晴輝は全力で逃げた。

 だが、


「――がはっ!」


 背後から突進を受け、晴輝はのけぞりながら10メートルほど吹き飛ばされた。


 地面に衝突し、転がり、転がり、転がり……ようやく停止。


 骨は……無事だ。

 どこも折れていない。


 だが、衝撃の残留が酷かった。

 脳が揺さぶられて、平衡感覚が狂ってしまっている。


 ワーウルフは晴輝の全力疾走に追いつき、さらに10メートル吹き飛ばすほどの速度で突っ込んできた。


 その気になれば、瞬き一つで絶命するだろう。

 爪楊枝の柄を折るように。

 にもかかわらず、ワーウルフは不気味なほど静かに歩み寄る。


 さあ、立て。立ち上がれ。

 そして戦え!


 そう言うかのように、威風堂々とワーウルフが晴輝を見下ろす。


 ああ……こりゃダメだ。

 ワーウルフを直視して、晴輝は理解する。


 少し強くなったからこそ、理解出来た。

 自分の力がほんの少しばかり強いだけなのだと。


 敏捷を1上げて……いや、無理だ。

 敏捷をたった1上げただけではこれの速度を上回れない。


 もしそれで逃げられても、あとはどうする?

 外に出られたら、晴輝が生き延びる可能性は上がる。

 だが、ワーウルフも外に出てきてしまう。


 晴輝の代わりに、誰かが死んでしまう。

 晴輝が逃げたせいで死んでしまう。


 晴輝が戦わないせいで、死んでしまう。


 そんな未来は、さすがに許容できない。


 晴輝は足に力を入れて立ち上がる。

 構えるまでに1秒。

 それだけあれば、ワーウルフは晴輝を殺せていただろう。


 だがそれは待っていた。

 まるで宿敵と出会ったかのように。

 あるはこれから晴輝が、どのような戦いを見せてくれるか楽しみにしているかのように……。


「この視線を向けられると、案外ぞっとしないもんだな」


 まるで鏡に映った自分を見ているみたいだ。

 常々魔物を観察している晴輝は、そう呟いて苦笑した。


 短剣を抜くと同時に、ワーウルフが動いた。


 ワーウルフが軽く腕を薙いだ。

 晴輝はそれを、眺めることしかできなかった。


 あまりに早すぎて、反応出来なかった。


 爪が構えただけの短剣にぶつかる。

 重い衝撃。

 それを反射だけで堪える。


 遅れて晴輝の体が鳥肌を立てる。


 これでジャブ。

 これでもジャブだ!


 それが筋肉の動きで、判ってしまった。


 なんて奴なんだ!


 まだ辛うじて、目で見える。

 霞みを捕らえられる。


 だがこれ以上は、霞むことさえない。


 集中しろ。

 集中するんだ!


 脳に働きかけて、意識をコントロールする。

 パニックに陥りそうな、自らの感情を抑制する。


 観察し、察知し、想像し、防衛する。


 動く瞬間のワーウルフの動きを、晴輝は認識する。

 認識し、察知する。


 右!


 想像した通りの位置より、僅かにポイントがズレた。

 ほんの少し、拳が頬をかすめる。


 その衝撃で目眩。

 僅かなブランク。


 気づけば、晴輝は膝を突いていた。


 腕力も相当。

 まともに食らったら意識が根こそぎ持っていかれそうだ。


 こめかみを、冷たい汗がつぅっと伝って落ちた。


 ワーウルフが『それで終わりか?』という、挑発めいた目で見下ろした。


「……っく!」


 歯を食いしばって立ち上がる。

 そこからまた、1撃、2撃。

 重たい攻撃を紙一重で受けていく。


「――っく!」


 重たい攻撃を受けて、吹き飛ばされる。

 何度も、何度も、何度も。


 攻撃を受け、飛ばされ、転がり、立ち上がるを繰り返す。


「はぁ……はぁ……」


 体はボロボロだ。

 飛ばされる度に、心が悲鳴を上げる。


 もう逃げろ。

 諦めろ。


 あとは自衛団に任せるんだ、と。


 他人に任せれば、こんなに辛い思いをしなくていい。

 無駄な足掻きで、痛めつけられなくて済む。


 だから今すぐ逃げてしまえ!


 しかし晴輝は、首を横に振る。


 外に出れば、一体何人が犠牲になるかわからない。


 冒険家は人を救う職業だ。

 誰かを犠牲にする道を、晴輝は選べない。


 攻撃を受ける度に、相手の予備動作、筋肉の動きを必死に脳に刻む。

 予測したポイントと、結果をすりあわせ、修正を繰り返す。


 相手にとっては軽い攻撃。

 けれど晴輝には苛烈なそれを、何度も何度も短剣で受けていく。


 生きている心地が全くない。

 手も足も、攻撃を受ける度に反応が鈍くなっていく。


 けれど――面白い。

 晴輝はそんな状況を喜んでいる。

 絶体絶命だというのに、笑っていた。


 事実、ワーウルフが彼を見定めたように、

 彼もまたワーウルフを見定めた。


 面白い。

 こんなに楽しいことはない。


「いいね。実にいい!」


 狂っているのか、壊れているのか。

 晴輝は攻撃を受ける度に、笑い声を上げた。


 相手は強い。

 自分よりも、圧倒的に強い。


 対して晴輝はボロボロ。

 もう死にかけだ。


 そんな状況だというのに、体が熱を帯びる。

 通常戦闘では顕れない力が、全身にあふれ出してくる。


 どんどん、ワーウルフの攻撃を上手く防げるようになっていく。


 知れば知るほど、見えてくる。

 やればやるほど、精度が上がる。


 ワーウルフの動きは、晴輝が出会った魔物の中で最も洗練されていた。


 予備動作。筋肉の使い方。しなやかさ。重心。隆起。

 すべてが綺麗に、無駄なく結果へと収束する。


 まるで数式だ。

 美しいからこそ、結果が自明になる。


 目では捕らえられない攻撃なのに、直前の動作ひとつで判ってしまう。

 これを楽しまずにはいられようか!?


 ワーウルフが速度を上げた。

 それでも晴輝は対応する。


 もうワーウルフの攻撃はかすむことさえなく、かき消えている。

 だが晴輝は攻撃を防ぐ。


 攻撃するコンマ1秒前の、筋肉の躍動だけで、晴輝はワーウルフの狙いを割り出していた。


 どこまでも戦えるような気がした。

 なにかが出来ると、確信さえ出来た。


 けれどまだ、足りない!


 ワーウルフの全力だったのだろう。

 攻撃を防いだ晴輝は、全力の防御態勢でさえ吹き飛ばされてしまった。

 ワーウルフの腕力を止めるだけの力は晴輝にはなかった。


 晴輝とワーウルフの距離は30メートル。

 次に立ち上がったときが、最後だろう。

 そんな予感がした。


 予感を肯定するように、ワーウルフから強い殺気が放たれる。


 晴輝はスキルボードを取り出して、ポイントを1つ割り振った。

 そして短剣を持って立ち上がり、仮面を装着する。


 晴輝が立ち上がった姿を見て、ワーウルフがにやりと笑った。

 あたかも、戦友の健闘を称えるかのように。


 そして晴輝がいよいよ自らを殺しに来る事を、

 次の攻撃が最後だということを、彼も確信したようだ。


 ワーウルフの姿がかき消えた。


「――ッ!」


 次の瞬間、

 ワーウルフは晴輝の目の前で攻撃を繰り出していた。


 だが晴輝は既に防御の体勢を取っている。

 次に、どの位置に攻撃が来るかは判っている。


 晴輝はただそれを、なぞるだけで良い。


 そしてそれは丁度、晴輝の狙い通りの攻撃だった。

 ワーウルフが、トップスピードのまま晴輝を切り払おうと腕を振るう。


 にやり、晴輝は笑う。

 僅かに受けのタイミングをズラし、右の短剣で攻撃を滑らせ流す。


 そして、


「おぉぉぉぉっ!!」


 晴輝は自らの予測ポイントに、

 ワーウルフと全く同じ綺麗な動きで、

 左の短剣を突き出した。


 それは先日、朱音から購入した魔剣。

 ブラックラクーンを討伐しているあいだにずいぶんと切れ味が増している。


-技術

 模倣0→1


 晴輝がワーウルフの動きを模倣して、流れるような動作で突き出した。

 ブラックラクーンで成長させてきた魔剣が、ワーウルフの胸に入り込んだ。


 ワーウルフの勢いを利用した。

 そのため、魔剣は思いのほか深々と突き刺さった。

 だが、


「――ガハッ!!」


 晴輝は衝撃をもろに食らってワーウルフと共に吹き飛んだ。

 仮面が飛び、短剣と魔剣が手を離れる。


 地面に落下し、何度も転がる。

 手足が千切れたのではないかと思うほど、激痛が脳を刺激する。


 僅かな空白。

 痛みに顔をしかめながら、瞼を開く。


 地面に倒れた晴輝の横に、胸に魔剣が埋まったワーウルフが倒れていた。

 胸からはドクドクと血液が流れ出している。


 ワーウルフの目はまだ動いていた。

 だが、それだけ。

 立ち上がろうとしない。


 心臓を突き刺したのだから、立ち上がられては困ってしまう。


 ワーウルフが晴輝に目を向ける。

 その瞳に、憎悪はない。


 むしろとても人間らしい色を浮かべていた。

『あーあ、やられちまったなァ』とでも言うみたいに。


「……割と楽しかったよ。でも、もうこりごりだ」


 そりゃそうかい。

 軽口を叩くみたいにワーウルフは笑い、そして瞼を閉じた。


 途端に、ぼぅっと体に激しい熱が宿る。

 いまだかつて無いほどの熱量だ。


 起きていることさえ出来ず、晴輝はそのまま意識を失った。

次回、いよいよ晴輝くんの存在感が成長します。

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