26. 洞窟竜
「……あの魔物、おっきいね」
俺と同じように、城の上の魔動連弩の『目』を借りているのだろう。
近づいてくる洞窟竜を見て、イェタがしがみついてきた。
魔物よけの結界が効いていないのは痛いな……
彼女の手をポンポンと叩き、心配させないよう、できるだけ落ち着いた声で問いかける。
「イェタ、二台目の魔動連弩なんか作れないかな」
調理場や薬草園は二つ目を作れなかった。
二台目の兵器も作れない可能性があったのだが……
「作れるよ! 今のポイントは六十だから、魔動投石機か魔動大型連弩を作れる!」
よし……
「あそこらへんに、魔動連弩を作ってくれ」
「うん!」
「……あとは城の中で待っていて欲しいんだけど」
しがみついているイェタは動く気はなさそうだ。
空を飛べない暴竜は、もうすぐ射程距離に入る。
説得する時間はなさそうだな。
追われている人たちと洞窟竜の距離は十分にあるが、魔動連弩は使いにくいな……
「追われている人たちが射線上にいる……」
「きゅっ」
足元のブラウニーが鳴くとともに、追われている集団の逃げる方向が変わった。
テレパシーで伝えたのかな?
あの位置なら大丈夫そうだ。
魔動連弩に、洞窟竜が射程に入り次第、攻撃を開始するように伝える。
次に、魔力を回復するポーションを用意し、魔動投石機に触れた。
――城の魔動投石機は、城主である俺の魔力を注ぐことで威力が上がる。
四メートルの大岩を割る『爆石』は、強化されることで、直径八メートルを超える大岩を砕いた。
一発ごとに、魔力を回復する霊薬などを摂取する必要があるが、その威力は強大だ。
洞窟竜が射程距離に入る。
ここだな――
「撃てッ!」
魔力を注ぎこんだ爆石が発射。
見事、洞窟竜に当たったんだが……
「普通に走ってやがる……」
爆石は体の後ろ側に当たり、尻尾を吹き飛ばした。
しかし、それだけだ。
せいぜい怒りの矛先が、追っていた人々の集団から、こっちになったぐらいか。
俺のほうに走ってくる洞窟竜。
姿が肉眼でも確認できた。
魔動大型連弩二台も攻撃しているのだが、効果がないようだ。
木々をへし折る槍のような矢……、それがヤツのゴツゴツとしたウロコにはじかれていた。
魔動連弩は魔力を込めても、連射速度が上がるだけ……
それでは、あのウロコを貫けない。
魔力を込めるなら、やはり威力が上がる魔動投石機か。
洞窟竜に炎の吐息などの遠距離攻撃が無いのと、魔力を注いでいない魔動投石機の爆石を警戒して、それを避けているのが救いだった。
回避行動のおかげで、少しは時間が稼げている。
まあ、回避行動のおかげで、魔力を込めた『爆石』も当たりにくくなっているのだが……
「イェタ、城の中に入っていてくれ」
観察しながら、薬草を霊薬で胃の中に流し込んだりして、やっと魔力が回復した俺。もう一度投石機に魔力を注ぎ始めた。
魔力を込めた『爆石』なら、あの竜を殺せるはず。
できるだけ近くに引き寄せて、避けられない距離から、ぶち当ててやる――
「だ、大丈夫だよ……石壁があるもん……」
震える声で、そんなことを言う彼女。
俺の首ほどの高さしかない石壁だ。全長七メートルの洞窟竜は、簡単にまたぎ越すことができる。
「……城の中で縮こまっていれば、洞窟竜もどこかに行ってしまう可能性もある。だから――」
イェタに強い声で、避難するように言おうとしたときだ――
「きゅっ!」
ブラウニーの鳴き声。
「あっ」
イェタの驚きの声。
「……魔法か?」
ダークエルフのものだろうか。
洞窟竜が走る前方の地面から、大量のツタが、まるで爆発したかのように生えてきた。
足をとられ、転倒した洞窟竜。そこにツタが絡みつき、完全に動きを止める。
これなら投石も外しようがない。
「撃てっ!」
洞窟竜に向かって放たれた、魔力を込めた『爆石』。
見事、頭部に命中したのだが――
「止まらないのかよ!」
半分に吹き飛んだ頭で、めちゃくちゃに暴れている。なんて生命力だ!
ブチブチとツタを千切り、立ち上がった竜。――俺達のほうに走り、そして跳び上がる。
石壁を、またぎこそうというのか。
「イェタ!」
彼女を抱え、洞窟竜の進路から逃げようとしたときだった。
『ゴン!』という音が、あたりに響いた――
そして俺の目には、何か見えない壁に当たったかのような洞窟竜の姿が……
「うん……石壁のバリア、思ったより強かったね……。あの体当たりで、全然ダメージを受けてないみたい……」
呆然とした、イェタの声。
石壁のところにあった、見えない壁……? それにもたれかかったような姿の洞窟竜はズルズルと崩れ落ち、ドズン、と重い音を立て、地面に倒れた。
「……バリアなんて、あったのか?」
「うん、中からの攻撃は通すけれど、外からの攻撃は通さない魔法の障壁があるよ! 石壁のところから、ドーム状に城を覆っている! ……言ってなかったっけ?」
言ってないです……。
……まあ、石壁を作ったときに『外敵の攻撃を、すっごく防ぐ石壁』とは言ってたけど。
もしかして、この機能のことだったのかな……?
「……とりあえず、とどめを刺しておくかな」
口に含んだ魔力を回復する薬草を噛み、同じく魔力を回復する霊薬で流し込む。
魔力を込めた爆石を、また洞窟竜に当てた。
その爆石は、見事首を吹き飛ばしとどめを刺した。
だが……
「なんだ?」
死骸の様子がおかしい。
首のない洞窟竜が、どろっとしたヘドロのようになり、とけ落ちていく。
最後にはぶくぶくとした黒い泡のようになり消えてしまった。
「……もしかして、この投石機の力かな?」
消えてしまった死骸を見ながらの疑問に、「違うよ」と答えるイェタ。
「あの洞窟竜は、呪気……呪いみたいなのに侵されていたんだって。だから、普通の洞窟竜を倒したときみたいに死骸は残らないみたい」
そんな現象があるのか……
「きゅーっ!」
俺の足下にいたブラウニーが、急に鳴き声を上げた。
石壁の門のところに向かって走っていく。
閉められた門の外から、ガヤガヤと声が聞こえるから……、多分、例の洞窟竜に追われていた人たちが、あそこらへんにいるのだろう。