25. 城の異変
冒険者ギルドの受付嬢、サリーさんとのやり取りを終え、部屋を出ようとしたところでビリー達のことを思い出す。
王金貨一枚の借金か……
しかも、詐欺の被害者かもしれないんだよな。保証人になったという母親は心臓の持病持ちだし。
「あの……。もしガルーダさんが失敗して、お金が必要になったら、これをビリー君たちに渡すことってできますか?」
今日もらった報酬の中から、王金貨一枚と大金貨数枚を取り出す。大金貨は、借金の利子の分だ。
「……お金を貸す、ということですよね?」
「ええ、ガルーダさんの行動で結果がどうなるかわかりませんが、手持ちのお金がないようなら必要になるかもしれないですし」
困っている人はたくさんいて、そのすべてに手を差しのべるなんてことはできないのだが、なんとなく彼らを見捨てられなかった。
ただ、詐欺師にお金が行くのは避けたいのだが。
「……個人的に、詐欺の可能性は高いと思っておりますし、冒険者ギルドのほうでもいろいろやりますから、どうにかなると思いますけどね。この金貨があれば何かに使えるかもしれません。お預かりだけはしておきますね」
そう言ったサリーさん。
紙を取り出すと、そこにサラサラと文字を記していく。
「簡単なものですが、私がいくらのお金を預かったのか書いておきました。証文になるので、持っていてくださいね。ビリーさんに渡す場合は、証書も作りますので」
お礼を言い、彼女から紙を受け取る。
代わりに金貨を渡し、俺はギルドを出た。
「……イェタは朝、てんぷらが食べたいとか言ってたっけな」
卵が冷蔵庫の中に少なかった。少し多めに買っていくか。
本屋に新しい絵本が入荷していたので、それも購入。
喜んでくれると良いな、と思いながら町を出る。
森に入り鹿の魔物を倒し、倉庫に入れたり……
――異変が起こったのは、そんな風に歩いていた最中のことだった。
ガサガサ、という茂みが揺れる音。
魔物か、と警戒する俺の耳に、聞きなれた声が届く。
「きゅーっ!」
飛び出てきたのは、木製の首輪をしたブラウニー。
イェタと一緒に城にいるはずの、従魔の姿だ。
何で、こんなところに。
気配を感じる能力があるから、町の方向へ進めば俺は発見できるのかもしれないが……
「きゅっ! きゅっ! きゅーっ!」
必死で何かを伝えようとしている様子。
「どうしたんだ……?」
いつもと違う様子に不安を覚える。
「……もしかして、城で何かあったのか?」
イェタから、何か手紙でも入っていないだろうか……
『倉庫』を意識する。
すると、けっこう前に倒したはずの鹿の魔物が、まだ『倉庫』に残っていることに気がついた。
――いつもなら、『倉庫』に入れてしばらくすれば、イェタによりポイント化されているはずなんだが……
「城まで案内してくれ! 魔物とぶつからないように!」
俺の声に応じて駆け出すブラウニーを、走って追いかける。
城についた、俺――
「イェタっ!」
「ああっ、トーマーっ! なんかブラウニーちゃんが、いきなり走って外に出てっちゃったんだよーっ!」
……なんか、イェタが、普通に石壁のところでおろおろとしていた。
「あっ、ブラウニーちゃん戻ってきた! もーっ! 心配したよーっ!」
「きゅっ! きゅっ! きゅーっ!」
抱きしめようとするイェタの手を逃れ、ブラウニーが門の中に走る。
城の外、地面に設置してある投石機のあたりで、こっちに来いというように鳴き声をあげている。
「……どうしたんだ?」
足が疲れたぞ、と思いながら、ブラウニーのところに行く。
「きゅーっ! きゅっ、きゅーっ!」
うん。何を言っているのか、わからない。
「イェタは、この子が伝えたがっていることがわかる?」
「『こっち来て! こっち来て!』って叫んでいる思考が伝わってくるよ!」
もう、そばにいるんだけどな。
「とりあえず、卵だけしまってくるか……」
傷むとイヤなので、町で買った卵を調理場にある冷蔵庫にしまおうとしたんだが。
「きゅっ! きゅっ、きゅーっ!」
……城の中に入ろうとするのを止められた。
う、動けねー……
「しかたない。なんか様子がおかしいし、こいつが満足するまで、ここで待ってるか。イェタは中に入っていてくれないか? ……ついでに『倉庫』の中の卵とか生肉を冷蔵庫の中に入れておいてくれるかな」
「うん、わかった!」
トトトー、と城の中に走っていったイェタが、トトトー、と走って戻ってきた。
冷蔵庫の中に食材をしまった彼女。ブラウニーの様子を一緒に見守ることにしたようだ。
両手を組んでヒザをついた、祈るようなポーズのブラウニー。
そろそろおなかがすいたし、野外用の調理キットで料理でも作ろうかな、と思っていたころだった――
「……なんだ、この音?」
木々がへし折れるような音に、何かの鳴き声……?
「あっ、ねー、トーマ……。もしかしてさ……、『こっち来て』ってブラウニーちゃんがずっと叫んでいたんだけどさ……、……あれ、あっちのほうにいる人に言っているのかも」
イェタが指差す先。俺たちのところからでは、まだ何も見えないが……
目をつむり、城の上に取り付けてある魔動大型連弩の『目』を借りる。
視界に真っ先に入ったのは、大地を走る、巨大な竜の姿だった。
ぶっとい首に、ゴツゴツとした分厚いうろこ。
「もしかして、洞窟竜か!?」
全長七メートルほど。
森の深部に棲むという、ツバサが退化した、地を走る暴竜だ。
普通は、こんなところにいる魔物じゃない……
火は噴かないし、空も飛べないものの、その代わりに圧倒的な肉体の力を誇る。
人間の町ぐらいなら一体で滅ぼすことができるというが。
「……誰かを追っているのか?」
洞窟竜に、人間かエルフかドワーフか、人の集団が追われていた。
だが、おかしいな。その集団は、まるでこの城を目指しているように、まっすぐこちらに走ってきていた。
この城には、人よけの結界があるはずなのだが。
「……なんか、ブラウニーちゃんのお母さんみたいな人……ご主人様かな? が、あの追われている中にいるみたい。ブラウニーちゃん、その女性をずっと呼んでいたみたいなの……」
……人よけの結界に他人が入るには『城の住人や、城の中にいる生き物が招かない』といけなかったはず。
ブラウニーが彼らの中の誰かを呼んでいることで、結界が無効化されたのだろう。
多分、あの様子がおかしかったときからずっと、テレパシーみたいな能力で、自分の主人を呼び続けていたんだと思う。
ブラウニーの主人はダークエルフの可能性が高いのだが……
よく見ると、追われている集団の中に、黒い肌を持った者が一人いた。
「……魔物よけの結界もあったよな?」
味方の魔物には効果がないみたいだが、あの洞窟竜は違う。
「効いてないみたい……」
……洞窟竜が強すぎるのだろうか。
そうだとすると、戦うしか無さそうか……