21. 濃縮毒
翌朝――
「きゅっ! きゅっ!」
魔物狩りのため、城の外に出ようとする俺の背中に、ブラウニーが登ってきた。
昨日も、こんな感じだったな、と思いながらブラウニーをおろそうとするのだが……
「きゅっ、きゅーっ!」
抵抗して離れないぞ……
「……どうしたんだ?」
一緒に外に行きたいのか?
「ダークエルフのところにつれてって欲しいとかかな……?」
そんなことを考えていたが、どうやら違うようだ。
「この子、魔物狩りのお手伝いができるみたいよ!」
イェタから、そんな情報がもたらされた。
「……わかるのか?」
「なんとなく! 町は人が多すぎて嫌いみたいだけど……森で狩りをするだけなら、連れてってあげれば?」
ブラウニーというのは臆病な魔物だ。狩りの手伝いができるというのは珍しい。
「わたしも、一緒についてく? つうやく!」
「……とりあえず一度連れて行ってみて、コミュニケーションが取れないようならお願いしようかな」
その言葉に、イェタは残念そうな顔をしていた。
一緒に行きたかったんだろう。
そんな風にして、ブラウニーを背中に乗せたまま、イェタと一緒に石壁まで歩く。
出入り口にあった、意外に軽く感じる、でっかくて分厚い木の門を開いた。
そして「いってらっしゃーい!」と声をあげる彼女に手を振り返しながら、小さな従魔のブラウニーと魔物狩りに出発したのだ。
森の中、俺の背中から飛び降りるブラウニー。
俺を先導し、「きゅっ、きゅっ」と鳴きながら進み始めた。
小さな背中を追って、四十分ほど歩いたころだろうか。
木々の中を導いていた、その歩みがピタリと止まった。
ブラウニーが指差す先――。そこにイノシシの魔物の姿が。
(すごいな……、もう獲物を見つけてしまった)
感嘆しながらも、手に持っていた弓から毒矢を放つ。
まだこちらに気がついていなかった魔物をしとめた。
「きゅっ!」
胸を張るブラウニーを褒め、イノシシを『倉庫』に入れる。
「獲物がいる位置がわかるのかな?」
その質問に、「きゅっ」とうなずくブラウニー。
……気配か何かでわかるのか?
野性のブラウニーは、姿を見つけることが困難だから……こういう能力を使って人間から逃げ隠れしているのかもしれない。
こんな風に森の中を進み、午前だけで鹿の魔物一体とゴブリン二体をしとめることに成功した。
異変が起きたのは、昼を過ぎて午後に入り初めぐらいのころだ。
「きゅっ?」
ピタリと動きを止め、ある方角をじっと見るブラウニー。
「どうしたんだ?」
その質問に反応せず「きゅーっ」と、どこか警戒したような声を出している。
「……もしかして、強い魔物がいるのか?」
うなずくブラウニー。
強い魔物……ここら辺だと……
「オーガか?」
その質問にも、うなずく。
二メートル半以上の巨体を持つ、二本のツノを持つ鬼。
一度、イール草の毒を使って倒したことがある。
「オーガは、たしか二体前後で活動することが多い魔物だったが……」
二体なら、森で追われても問題なく逃げられるが、三体なら逃げるのに苦労するだろう。
「一体なら毒を試すのに、いい魔物なんだけど……」
その言葉に「きゅっ?」と驚いたように、ブラウニーが俺を見た。
「……もしかして、オーガの数、一体なのか?」
ブラウニーが「きゅっ」と、うなずく。
「よし……、ちょっと濃縮毒を試してくるから、離れたところで待っていてくれ。やばそうなら、先にイェタのところに帰ってるんだぞ。オーガ一体なら、問題なく逃げられるから」
そう伝えてから、イール草の濃縮毒を塗った矢を取り出す。そして、オーガのいるという方角へと進んだ。
(……あれか)
木の根元に座り、眠りこけているオーガを見つけた。
(チャンスだな……)
前に戦ったときと違い、オーガ狩りのやり方も知っている。
C級昇格のときに冒険者ギルドからもらった小冊子に、いくつかのやり方が書いてあった。
なんでも、麻痺の毒を塗った槍などで、内臓まで届く深い傷を作ればいいのだとか。
あとは、体の深い場所に入った毒が全身に回るまで、ひたすら逃げ回るのだそうだ。
町で槍を買い、それにイール草の濃縮毒も塗りつけてある。
準備だけは万端だ。
(くらえやーっ!)
とりあえずの先制攻撃として、イール草の濃縮毒を塗った矢を、そいつへと放った。
「グオオッ!?」
肩口に突き刺さる毒矢。
驚いたオーガが目を覚ました。
(あそこだと、ちょっと毒が効きにくいかもしれないな)
毒矢の場合、首筋や目玉などを狙うのが普通みたいだ。
(しかし、もう一回ぐらいなら矢で攻撃できそうだ)
立ち上がったオーガは俺を探し、鋭い目であたりを見回している。
(今度こそ!)
首筋を狙い、放たれた矢。
「グオッ!」
途中で気がつかれ、腕で防がれた。
「グオオオッ!」
俺を見つけて突撃してきたオーガなんだが、なんかおかしいな。
動きに元気さがない。
もしかしてイール草の濃縮毒が効果を発揮しているんだろうか?
肩と腕、二ヶ所に刺さっただけなんだが……
俺は倉庫から毒槍を取り出すのをやめ、濃縮毒を塗った矢だけで戦うことにする。
森の中を逃げ回り、追加で二本の毒矢を当てたころだった。
「グオオオッ……」
ズシン、と重い音を立て、倒れたオーガ。
地面にうつぶせになり、ピクリとも動かなくなった。
「おー……勝っちゃったよ……」
この前は、九本ぐらいの毒矢が必要だったのに、今回は、たった四本で勝利してしまった。しかも一本も急所に当たらなかったのに。
この濃縮毒、スゴいな……