01. 薬草園
少女の家だという、小さな城のような建物。
その中庭には小さな池があり、周囲にはたくさんの小さな花が咲いていた。
彼女いわく、この場所は薬草園なのだという。
「スゴイな……」
周囲を見回す俺。
今年は、森から薬草があまり採れない年らしい。『不作の年』と言っていいのかな?
それなのに、ここには俺が知っている何種類かの薬草が大量に生えていた。町で売れば一財産となる。
もしかしたら俺が単なる花、もしくは雑草だと思っている植物も、何かの薬草なのかもしれない。
「この薬草園は、君か……もしくは君の親御さんが手入れをしているのかな?」
俺の問いかけに、首をかしげる少女。
「ん……? ……うーん……わたしの力で生えているみたいだから、一応わたしが作ったってことにはなるけどー……、手入れはあんましていないかなー……」
「君の……力?」
「うん! わたしは……ほらっ、このおしろの……精霊? みたいなものだから!」
そう言った彼女が、近くにあった小さな池に向かってジャンプする。
トン、という軽い音をたて、池から飛び出ていた、二十センチほどのハスの葉の上に立った。
八歳か九歳の女の子とはいえ、そんな子が飛び乗れば池に沈んでしまうであろうハスの葉だが、まったく沈む様子がない。
不思議に思って、透明な池の水に手を入れ、彼女の立つハスの葉をいじってみるが……普通のハスの葉だ。
くすくす、という彼女の笑い声。
ぴょこん、とジャンプする彼女。俺に向かって跳んだのだ。
驚いて彼女を抱きとめるが……ほとんど重さを感じられない。
まるで雲を抱いているようだった。
「信じた……?」
俺の首に腕をからげ、彼女が俺の目を見て聞く。
彼女が精霊だという、その言葉……
「……まだ、半信半疑だけど」
あたたかな体温を感じながら、ただうなずくしかなかった。
「あー……でも、精霊ってことは、お金とかはいらないのかな?」
俺の質問に、首をかしげる彼女。
「たぶん、いらないけど……、何でそんなことを聞いたの?」
「いや、レドヒール草をもらったお礼をしようと思ったんだけどね」
命を助けてもらったお礼なので、もっと何かないかとも考えたのだが、お金での返礼しか思いつかなかった。
「あと、これと同じ薬草があったから、ちょっと追加で欲しいかなとも思っていて」
抱きついていたままの彼女を下ろし、背嚢から、とある薬草を取り出す。
この薬草の採取依頼を、俺は冒険者ギルドから請け負っている。
病気の子供が必要としている薬草なのだが、どのぐらいの薬が必要になるかわからない。
薬づくりの失敗もあるかもしれないし、原材料は多くあったほうが安全だ。この薬草園にもあったから、もらえるならいただきたかった。
「欲しいなら、タダで、いくらでもあげるけど?」
……不作で市場価値が上がっている薬草を見ての、この言葉。価値をわかっていないのか? もしかしたら、人がいいだけかもしれないが、その場合でも彼女が誰かにだまされないか心配である。
「……ちゃんとお返しはしたいかな」
その言葉に考え込む彼女。
「うーん、おかえし……、わたしの欲しいものかー……」
ウンウンとうなっていた彼女。
しばらくして何か思いついたようで、「そうだ!」と声をあげる。
「お返しなら、魔物の死骸が欲しいかな!」
「魔物の……死骸?」
「ウン! そう! 魔物の死骸! ここで一緒に暮らして、それをわたしに運んできて! 薬草、全部あげるから!」
……俺はD級の冒険者だ。一人で、この森の深部で狩りをするのは難しい。強い魔物が出るから。
だが、この城のあたりの魔物ならば、どうにかなる……はずだ。あくまでも、ケガがない状態ならば、という但し書きはつくが。
そう判断した俺はうなずいた。
「わかった。それでいいよ。しばらく、ここで暮らして、君に魔物をささげよう」
「やったっ!」
彼女は俺に跳びつき、喜びの表現なのか、ほっぺたを俺のほっぺたにこすり付けてきた。
彼女の感情表現に押されながらも、俺は命の恩人である少女の頭をなでた。