10. 鬼
「いってらっしゃーい!」
ブンブンと手を振るイェタに見送られ、朝、俺は町へと出発する。
魔物を警戒し、方位針で進む方角を確認しつつも、ひたすら歩く。……この道程にもなれてきた気がするな。
しかし、いつもの道のりの半分程度を過ぎたときだった――
「これは……」
俺の目の前に、何本ものなぎ倒された木々が現れたのだ。
魔物か何かか?
獲物を追って、木をなぎ倒しながら進んだのだろうか。
よく見ると、地面に血のあとのようなものもある。
追われているほうが、手負いなのかもしれない。
木々をなぎ倒した何かは、町の方角へ進んでいるのか……?
このまま進むと、そいつと出会ってしまいそうだ。
「……ここは、ちょっと遠回りしていったほうが良いかな」
俺が、そんな判断を下したときだった。
その『何か』が進んだのであろう方角から、人の悲鳴らしきものが聞こえてきた。
……様子だけ、見るか。
『倉庫』から先端が黒くなった矢を出す。今朝作った毒矢だ。
うっかり素手で触れると、手がめちゃくちゃヒリヒリする。
毒矢を弓につがえると、俺は悲鳴の元へと静かに走り出した――
目に入ったのは、魔物に襲われている冒険者の少年たち。
敵はオーガか!
数は一体だが、二メートル半以上の巨体を持つ、二本角の鬼だ。
赤銅色の肌をもち、人肉を好んで食らう。心臓に魔石を持つ、魔物だった。
対するのは三人の少年。二人は地面に倒れていて、たった一人しか立っていない。
弓の射程に入る前に、オーガがこん棒を振るい、立っていた最後の少年が吹き飛ばされた。
のっそのっそと倒れた少年たちに近づいたオーガ。
とどめを刺そうというのだろう、こん棒を振り上げた。
毒矢は持っているが、うまくできているのかわからない。
見捨てたほうがいいのかもしれないが……
――しかし、ヤツは今、弓の射程内だ。
迷いながらも、俺はオーガへと矢を放った。
「ガァァァ!」
オーガの悲鳴。
毒矢は見事、首筋に刺さったのだが……
「くっそ、普通に動いてやがる!」
俺に気がついたオーガが、重い足音をたて走ってくる。
巨体に気圧されながらも、新しい毒矢を『倉庫』から取り出す。
一本で足りなければ、二本だ。
「効いてくれよ……」
祈り、放った矢はヤツの胸に突き刺さった。
「どうだ!」
――止まらない、オーガ。
ヤツが棍棒をふるい、俺は、それを、地面に転がってどうにかよけたのだ。
(効いてねーっ!)
毒の作り方が悪かったのか!?
立ち上がりつつ、『倉庫』から、薬ビンをもうひとつ取り出す。
「なら、こっちなら――」
うまく割れてくれよ、と祈りながら投げた薬ビン。
胸のあたりに飛んできた、そのビンを、オーガの目がとらえる――
「グオオオッ!」
咆哮とともにふるわれた、ヤツのこん棒。それが見事に薬ビンをとらえた!
パリーンという音ともに砕けるビン。
ビンの中身は、唐辛子に魔力を混ぜられて作られた、液体の霊薬……
鼻がいい魔物を追い散らすために持っていた、刺激臭をばら撒く霊薬だ。
「グオオオッ!?」
オーガの悲鳴。刺激臭のせいで、目からポロポロと涙を流している。
ちょっと離れたところにいるはずの俺まで目が痛いから、あいつの痛みは相当なものだろう。
ここはオーガに近すぎるな――
涙を流しつつもオーガから離れ、三本目の毒矢を取り出した。
(今度こそ!)
放たれた毒矢は、ヤツの肩口あたりに突き刺さった。
足音をできるだけたてないように移動。
「グオオオッ!」
目を刺激臭にやられたオーガは、矢が飛んできた方向に向けてブンブンとこん棒を振りまわすが、その範囲に俺はいない。
「グオオオッ!」
こん棒が届く範囲に俺がいないことを察したヤツは、さっきまで俺がいたあたりに突撃していた。
(うん……目が見えないにしては、なかなか勘が良いな……。まあ、俺が弓を放った場所からは、ちょっとずれた場所だが……)
背中を見せてくれたオーガに、毒矢をもう一発放った。
(動きが遅くなっているから、毒矢が効いているのだろうか)
そんなことを考えながら、『移動→毒矢を放つ→移動』のサイクルを繰り返し、毒矢が切れれば『倉庫』から毒ビンと矢の束を取り出し、新しい毒矢を作る。
五本ほどの毒矢をヤツに叩き込んだころだったろうか。
「グオオオッ……」
動き回っていたヤツの動きが、とうとう止まった。
毒が回ったのだろう。
頭から地面に倒れたオーガの体を観察しながらも、追加の矢を『倉庫』から取り出し、矢筒に補給。
毒矢を一本だけ作り、ヤツに射た。
……ピクリとも動かなくなったが、もうちょっと放っておくかな。
死んだと思った魔物に近づいて殺される。そんな冒険者の話はいくらでもあるから。
だが、イェタがくれた毒草のおかげで、どうにか倒すことはできたようだ……
本当か知らないけど、普通の矢なら、百本食らっても生きてたって話があるし……
オーガを倉庫にしまいたくはあるが、人命を優先したい。
俺は、倒れている三人の少年のところへと向かった。
倒れている彼らを見る――
年齢は、十三歳から十五歳ってところか?
「大丈夫かい?」
戦っている間に目を覚ましたのだろう。
少年の一人が、震える体で立とうとしていたので、傷を癒す霊薬を渡した。
さらに他の二人は、と調べると……
一人は脈がない。もう一人は、ただ気絶しているだけのようだ。
「に、兄さんとテッドは……」
少年は、渡した霊薬を飲み終えたようだ。
「うん……こっちの子は気絶しているだけみたいだけど、こっちの子は……」
「……そんな……兄さん……」
彼が、死者にヨロヨロと近づく。
信じられないというように、冷たくなった、その体を揺さぶった。