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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942シチリア海峡海戦5

 有力な護衛部隊を随伴する高速船団をシチリア島西端で発見した。そのような報告が第27潜水隊所属艦からあったと苅野中尉が知らされたのは、呂43号潜がマルタ島に到着した直後だった。

 潜水母艦黒鯨を旗艦としてアレクサンドリアに展開する日本海軍第6艦隊第5潜水戦隊は、指揮下の4個潜水隊を輪番させながら、少なくとも1個潜水隊を常時マルタ島周辺海域に配置していた。
 黒鯨が停泊するアレクサンドリアで補給や本格的な整備を行う1個潜水隊、前進拠点であるマルタ島で簡単な整備と短時間の補給を行うか、移動中の1個潜水隊、そして、哨戒行動中の2個潜水隊という役回りを各潜水隊で持ち回りで実施していたのだ。
 この体制もいずれは拡大されるとされていたが、現状では2個潜水隊を張り詰めるので精一杯だった。
 呂43号潜が所属する第29潜水隊は、アレクサンドリアに停泊する黒鯨に支援された整備期間を終えて、マルタ島に進出した直後だった。短時間の点検と休養の後、第28潜水隊と交代して哨戒行動を開始する予定だった。


 マルタ島の、飛行艇基地基地が併設されたマルサックス港には、同島に前進展開している二式飛行艇などからなる哨戒部隊を支援するために、水上機母艦秋津洲が停泊していた。
 秋津洲は、大型の飛行艇を支援するために専用に建造された艦だった。より小型の水上機を運用する他の水上機母艦とは異なり、前進基地となる泊地において停泊中に飛行艇の整備等の支援を行うことを前提としており、航行中の射出能力や艦隊に随伴する高速性能は持ち合わせていないが、物資搭載量は多く、艦内工場も充実していたから、簡易な工作艦としての運用も可能だった。

 マルタ島に前進配置された潜水隊も、秋津洲を仮の母艦としていた。第27潜水隊からの通信を受信していたのも、通信中継基地としても運用されていた秋津洲だった。
 もちろん秋津洲では多数の潜水隊を指揮する能力はないから、マルタ島近海で哨戒航行中の潜水艦からの通信を受けて、後方のアレクサンドリアに停泊する黒鯨に転送するだけだった。
 各潜水隊から得られた情報の加工や状況の判断は、専門の参謀が配置された戦隊司令部が座乗する黒鯨で行われることになっていた。
 だから、呂43号潜に知らされた通信内容も、加工されたものではなく秋津洲が受信して、黒鯨に転送する生情報だった。


 秋津洲の舷側に係留された呂43号潜の後甲板で、苅野中尉は、伝令にやってきた秋津洲の乗員から、通信内容を聞き取っていた。呂43号潜は、第29潜水隊の中で最後にマルタ島に到着していた。だから他の艦には既にこの情報は伝わっているらしかった。
 もしかするとこの伝令に来た秋津洲の通信士は、第29潜水隊の艦が到着するたびに、何度も同じ話をしているのかもしれなかった。話を聞き始めた苅野中尉が、身を乗り出さんばかりに興奮しているのに対して、通信士は淡々と情報を伝えるばかりだったからだ。
 むしろ、何度も情報を確認しようとする苅野中尉に辟易しているような様子もあったが、久しぶりの大きな獲物の予感に興奮する中尉はそれに気がついていなかった。
 状況は日本海軍の潜水隊に有利だった。通常はマルタ島沖合にまで接近したあたりでようやく発見できる船団を、シチリア島西端で早くも発見することが出来たからだ。

 普段は敵船団を最初に発見するのは、哨戒飛行を行っている飛行艇部隊であることが多かった。日本海軍はマルタ島沖海戦以後、有力な哨戒部隊を太平洋に展開する第11航空艦隊から引き抜いて配属していた。
 配属された飛行艇部隊は、最新鋭の二式飛行艇を装備していた。二式飛行艇は、英国空軍で同様の任務に当たるサンダーランドに対して一回り大きく、その防御兵装もより有力だった。
 制式採用からそれほど経ってはいないが、既に翼端部の補助フロートを折りたたみ式とし、防御火力も強化した改型の生産も開始されているらしい。

 だが二式飛行艇は、航続距離や各種電波兵器も充実しているから、長距離哨戒機としては極めて強力なのだが、現在のマルタ島ではその性能を活かしているとは言えなかった。
 チェニスとシチリア、その中間点となるパンテッレリーア島を結ぶ航空路を防衛するために、枢軸軍が有力な戦闘機隊をシチリア島に配置していたからだ。いくら有力な防御火力を有しているとはいえ、機動性に優れる単座戦闘機多数に襲撃された場合、二式飛行艇でも不利な戦闘を余儀なくされるだろう。
 だから、飛行艇部隊の哨戒範囲は、彼我の航空戦力が拮抗する海域よりも東方の、東地中海を中心としており、チェニスとシチリア島を結ぶ航空路に出撃するのは、日本軍の場合は、陸上配備型の零式艦上戦闘機や陸軍の二式複座戦闘機といった航続距離と機動性を併せ持つ長距離戦闘機に限られていた。
 広大な太平洋で運用するために開発された二式飛行艇にとって、地中海の戦場は狭すぎるのかもしれなかった。

 ただし、そのような足かせがあるにも関わらず、哨戒飛行中の二式飛行艇に発見される敵艦の数は少なくなかった。完全浮上状態でも視界の限られる潜水艦に対して、高空を飛行する航空機の方が目視にせよ電探にせよ広大な範囲を捜索することが出来るからだ。
 おそらく第27潜水隊がやったように、敵中深く斬りこむように進出しない限り、潜水艦部隊が敵船団を航空機部隊に先駆けて発見することは出来ないだろう。
 もしかすると、第27潜水隊は、味方航空機部隊への対抗心で、危険な進出を試みたのかもしれない。一度飛び立ってしまえば、何処にあるのかもわからない雲以外に隠れる場所を持たない航空機に対して、潜航すれば潜水艦は密かに行動することも不可能ではなかった。
 哨戒戦力として潜水艦は決して無力ではない、そのことを証明するために第27潜水隊は行動したのではないのか、苅野中尉はそう考えていた。

 そして、第27潜水隊はその危険に見合う戦果を上げたと言っても良かった。マルタ島周辺で発見するのに対して、はるかに余裕のある態勢で、こちらは敵船団を待ち構える事が出来るからだ。
 現在は接触を絶たれているようだが、シチリア島から北アフリカに向かう航路は限られているから、少ない戦力でも航路を抑えることは出来るはずだ。
 呂43号潜を含む第29潜水隊も、その迎撃体制に組み込まれるはずだった。今度こそ敵船を仕留めることが出来るかもしれない、そう考えて苅野中尉は興奮していた。


 しかし、苅野中尉の興奮は、すぐにかき消されることになった。秋津洲の通信士と苅野中尉の頭上から、間延びした声がかけられたからだ。
「それよりも北アフリカの地上戦はどうなったか詳細は入っていないかね。我々の出港直後に大規模な戦闘があったようだが」
 通信士は唖然とした表情で、苅野中尉の頭の上のあたりを見上げていた。嫌な予感がして中尉がゆっくりと振り返ると、案の定潜水艦長の麻倉大尉が二人を見下ろして、笑みを浮かべていた。
 にこやかなといえば聞こえがいいが、どうも苅野中尉には、丸々と太った麻倉大尉の笑みが、ただしまりのないように見えてしまっていた。

 麻倉大尉は、艦橋後部から落下防止用手すりにもたれかかった不自然な体勢で、二人を見下ろしていた。苅野中尉は、危険だと注意しようとしたが、すぐにやめた。
 マルタ島に降り注ぐまばゆいばかりの陽光から逃れるために、麻倉大尉がそんな不自然な体勢をとっているのだとすぐに気がついたからだ。
 呂43号潜は、接舷して燃料補給を受けていたが、同時に秋津洲の甲板では、巨大なジブクレーンによって引き揚げられた一機の二式飛行艇が整備を受けていた。
 ちょうど、呂43号潜の艦橋のあたりは、二式飛行艇の巨大な主翼の影になって陽光が遮られていたのだ。

 麻倉大尉は、主翼が作り上げた日陰の中から笑みを浮かべたままでいった。
「すまないが最新の状況を教えてくれんか」
 通信士に向かってそう言うと、その姿からは信じられない程に身軽な様子で身を翻すと、麻倉大尉は艦内に姿を消していた。秋津洲の通信士と、苅野中尉は、しばらく押し黙ったままお互いの顔を見合わせていた。
 燃料補給作業の監督をしていた倉原大尉が、面白そうな顔でこちらの様子をうかがっているのに気がついた苅野中尉は、慌てて通信士を促すと麻倉大尉の後を追って艦内に入っていた。


 水上排水量で千トンに満たない呂43号潜の発令所は、狭苦しい空間だったが、接舷中は最低限必要な要員を除いて配置を解かれているものだから、いつもよりは広く感じられた。
 だが、いつもは空間に余裕のある水上艦に勤務する秋津洲の通信士は、普段あまり入ることのない潜水艦の発令所の狭さに困惑しているのか、興味深げな様子で周囲を見回していた。
 そんな通信士の様子に構うこと無く、麻倉大尉は海図を広げていた。海図を広げる音で気がついたのか、通信士は赤面しながら麻倉大尉に向き直っていた。
「北アフリカの戦闘だが、状況に変化があったようだね」
 麻倉大尉は、通信士から第27潜水隊から送られた電文用紙をあまり興味なさそうな様子で受け取った。電文用紙は、実際に通信があった時に記入されたものではなく、その写しであるらしいが、内容は同じだった。
 秋津洲が、その内容をそのままアレクサンドリアの黒鯨と大鯨に転送していたことが、電文用紙の端に記載されていた。
 だが、麻倉大尉が尋ねたのは、電文用紙の内容ではなく、北アフリカ戦線の戦況だった。苅野中尉は、わけが分からずに首を傾げていた。今は哨戒線への進出が最優先ではないのか。

 通信士も、首を傾げながら要領を得ない様子で口にした。
「アレクサンドリア前面の、何と言いましたか……エル・アラメインとかの味方前線が一時突破されたようですが、司令部前面で敵戦車部隊の進撃を阻止して、現在は反撃、いや追撃に移っているとのことです。その際に比叡と鳥海が艦砲射撃を実施したようです」
 苅野中尉は首を傾げたまま、海図を広げて見入っている麻倉大尉に目を向けていた。陸戦の様子が船団の追撃とどのように関係してくるのかがよく分からなかったからだ。

 麻倉大尉は、苅野中尉と通信士の困惑を無視するかのように、海図から目を離すとようやく電文用紙を見つめた。しばらくしてから通信士に顔をむけていった。
「803隊の二式大艇の姿が見えないようだが、全機出撃しているのか」
「現在整備中の機体を除いて全機出撃しています。それと……マルタ島北方海域では航空戦が勃発しています。出撃した枢軸軍には爆撃機多数が確認されているようです。船団援護のため我軍の哨戒機を地上撃破するつもりではないかとマルタ島司令部は判断しており、現在迎撃戦闘中です。
 ああ、今のところマルタ島の航空戦力は充実していますから、敵爆撃隊の阻止は可能ではないかと思われます。ただし、一部の大型機は整備を途中で切り上げた機体もありますので、哨戒飛行ではなく、マルタ島周辺で空中退避を行っております」
 通信士の話が終わる前に、麻倉大尉は顔を下げると、電文用紙に目を向けた。
「この通信によると、第27潜水隊の接触は直ちに絶たれたようだな……」
「それは……そのようです。おそらく敵護衛艦に制圧されたのではないかと思われますが」
 自信なさげな様子通信士の台詞は、再び途中で遮られた。麻倉大尉は、敵船団が発見されたあたりを海図の上で丸々とした指でなぞっていた。
「此処から先は船団の行方は不明か」

 苅野中尉は首を傾げたままだった。麻倉大尉が何を知りたいのかが分からなかった。敵船団には有力な護衛艦が随伴しているようだから、通信を送った潜水艦が制圧されるのも無理はなかった。
 ただし、枢軸海軍の敵潜制圧は中途半端で、短時間で終了することが少なくなかった。おそらく護衛艦艇の数が足りなくて、護衛する船団を長期間留守にして潜水艦の制圧に専念することが出来ないのだろう。
 だが、これまでの戦訓から、敵船団がトリポリに向かう航路は限られているのがわかっているのだから、それは大した問題では無いはずだった。

 麻倉大尉は、困惑した様子の苅野中尉に気がついたのか、顔を上げるといった。
「既に我が潜水隊の他艦は出撃しているようだ。ところで航海長、君ならば船団の航路をどう設定する」
 苅野中尉は、首を傾げながらも海図の上で敵船団が発見された個所から、パンテッレリーア島をかすめてトリポリに向かう航路をなぞってみせた。麻倉大尉はそれに頷くと、今度は秋津洲の通信士に視線を向けた。
 通信士は、しばらく困惑した顔をしていたが、深く考え込んだ顔で口を開いた。
「損害を最小限に抑えるならば、チェニスに向かって荷を下ろすか、あるいは航空援護を受けられるように海岸線沿いを航行しているのではないですか」
 今度は、苅野中尉は怪訝そうな顔を通信士に向けたが、麻倉大尉は構わずにいった。
「我が軍もそう判断してマルタ島の西方海域を重点的に哨戒している。そうだな」
 通信士は慌てて頷きながらいった。
「そのとおりです。ですが、これまでの所、敵船団は発見されておりません。敵戦闘機隊の出撃がありうる北アフリカ大陸付近までは我が哨戒機は到達していませんから、それで敵船団は北アフリカ大陸沿岸を進むのではないかと思ったのですが」

「それでは余計な燃料を消費しすぎるな」
 燃料補給作業の監督は終わったのか、倉原大尉が唐突に発令所の扉から顔を出していた。麻倉大尉は、振り返りもせずにいった。
「やはり沿岸を行ったのでは、燃料が持ちませんか」
「詳細な航路を調べんと分からんが、連中の艦艇は足が短い。それに我軍がプロエスティ油田をぶっ壊してしまったから燃料不足とも聞いている。目的地まで余裕を持った燃料は持ち合わせていないと、まぁ素人考えですが」
 麻倉大尉は、振り返って倉原大尉に苦笑しながら、からかうようにいった。
「機関の神様が素人ですか。しかし、それでは敵船団が我が軍の厳重な哨戒にも関わらず発見されない理由は何だと思いますか、機関長」
 倉原大尉は、つまらなそうな顔で海図に近づくといった。
「1つ、潜水艦がおっかなくなって引き返した。2つ、目的地がトリポリではなかった」
 苅野中尉は唖然としながら、倉原大尉の顔を見つめながら反論した
「ですが、これまでシチリア島沖で発見された大規模な船団はすべてトリポリを目指していたのでは。チェニスが目的地ならば、もっと西方のサルデーニャ島経由の航路を取るはずですし、ベンガジに向かうのであれば、最初からメッシーナ海峡を通って、マルタ島東方海域を縦断しているはずです」
 そう考えながら、苅野中尉は海図に目を向けて、愕然としていた。海図上には、麻倉大尉の手によって味方の哨戒圏が大雑把に書き入れていたが、それはマルタ島の西方海域に集中しており、東方海域は現在がら空きの状態になっていた。

 発令所に灯された蛍光灯の光の下で、いつの間にか麻倉大尉の目が鋭く細められていた。
 その顔を見ながら、苅野中尉は、いつだったか倉原大尉が、麻倉大尉を熊と例えていたことを唐突に思い出していた。
呂33型潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ssro33.html
大鯨型潜水母艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/astaigei.html
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