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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942シチリア海峡海戦4

 緊張感に包まれた重巡洋艦ボルツァーノの艦橋に、何故か間の抜けた様な空気が流れた。艦橋に誰かが入ってきたらしい。
 しかし、ボルツァーノ固有の乗員や数少ない戦隊司令部要員だとは思えなかった。
 すでにアルティリエーレが敵潜水艦を探知したことを連絡してきた直後に、ボルツァーノを含む護衛艦隊全艦に警戒配置が下命されていたから、ボルツァーノの乗員はみな各部署で配置についているはずだった。
 つまり、伝令を除けば、わざわざ水密隔壁扉を開けて艦橋まで移動する事ができるのは、戦隊の要員ではなく、部外者に限られるということになる。
 艦橋に入ってきた誰かを目撃したボンディーノ大佐が、嫌そうな顔で露骨に視線をそらすのを横目で見ながら、ルティーニ中佐は慌てて振り返った。
 振り返った先で、艦橋の扉を開けて済まなそうな顔を浮かべていたのは、予想通り便乗者の二人だった。


 ボルツァーノに便乗していたのは、北アフリカ戦線に派遣された二人の参謀だった。しかも、どちらもイタリア海軍の所属でない上に、二人の所属も全く異なっていた。
 二人共、出港直前になって急遽便乗を申し出ていた。本来であれば高級参謀の派遣となれば輸送機による連絡便が仕立てあげられるか、北アフリカとシチリア島を往復する定期便に便乗することも可能だったが、マルタ島の制空権が確立された今では、鈍足の輸送機による移送は状況によっては危険なものとなっていた。
 マルタ島を根拠地とする長距離戦闘機の伏撃によって撃墜される機体が相次いでいたのだ。
 この戦域を統括する航空艦隊では、輸送機の離陸時間を今までとずらしたり、使用機材を鈍足の輸送機から高速飛行できるものに交換するなどといった対策を講じ始めているようだが、いまだに具体化はしていないようだった。
 だから、残存する可能性の高い大型戦闘艦に便乗するのが、現状で最も生存率の高い移動方法だと判断したのだろう。

 だが、所属組織が異なるこの二人が示し合わせてそのような結論に達したわけではないらしい。というよりも、ボルツァーノに乗艦する時が二人の初対面だったらしいから、所属どころか性格も全く異なるように見えるこの二人の参謀は、おそらく異なる判断材料から同じ結論に達したのだろう。
 そのことを思い出すと、ルティーニ中佐は妙に面白くなっていた。


 ルティーニ中佐は、無言のまま再び海図を睨みつけ始めたボンディーノ大佐に代わって、ぎこちない笑みを浮かべながら、二人に向き直った。
「カステッラーノ准将、シュタウフィンベルク少佐、何か御用ですか」

 イタリア陸軍参謀総長の副官職についているカステッラーノ准将は、軍服よりも背広姿が似合うようなインテリ風のスマートな男だった。貴族出身ではないが、イタリア統一の際にガリバルディに協力して殊勲を上げたシチリアの名家の生まれらしい。
 まだ40代で参謀本部付きの将官となっているのだから、相当に有能な軍人なのではないのか、行動の端々から自然とそう伺える人物だった。

 それに対して、シュタウフィンベルク少佐は、ドイツ国防陸軍の軍服を隙無く着込んでいたまだ若い男だった。参謀総長の命で前線視察に赴くカステッラーノ准将と違って、シュタウフィンベルク少佐は、ドイツアフリカ軍団の参謀として赴任する途中であるらしい。
 ルティーニ中佐には、シュタウフィンベルク少佐はよく理解できない男だった。いかにも貴族出身のドイツ軍人らしい厳格な態度を見せていたが、その背後に何かを隠しているような感触を受けたのだ。

 もっとも、ルティーニ中佐はそのことを深く考えてはいなかった。自分の直感に過ぎないし、所属も立場も異なるのだから、トリポリでシュタウフィンベルク少佐が下艦してしまえば二度と会うこともないだろう。そう考えていたからだ。
 それよりもルティーニ中佐は、ボンディーノ大佐が二人の乗艦をあっさりと許可したほうが気になっていた。後から乗り込んできたシュタウフィンベルク少佐の場合は、前例となるカステッラーノ准将の存在や、ドイツ国防軍総司令部からの命令書を見せて半ば強引に乗艦してきたのだが、カステッラーノ准将の乗艦は、ボンディーノ大佐も予め知っていたようだった。
 艦橋に部外者が入室しようとしただけでこんなに機嫌が悪くなるのに、なぜボンディーノ大佐はあっさり二人の乗艦を認めたのか、大佐との付き合いは長いはずだが、ルティーニ中佐にはその理由はよく分からなかった。

 カステッラーノ准将は、温和な表情を浮かべながら、ルティーニ中佐とボンディーノ大佐の顔を交互に見ながらいった。
「士官室でも対潜警戒命令が聞こえたものですから……他に何かあったのですか」
 そういいながらもちゃっかりとカステッラーノ准将は艦橋内に堂々と入り込んでいた。イタリア語は完全には理解できないのか、要領を得ない様子だったが、シュタウフィンベルク少佐も続いた。
 どうやら、カステッラーノ准将は、対潜警戒命令以外に戦隊に向けられた通信があったことまで察知しているようだった。
 ボンディーノ大佐は、相変わらず不機嫌そうだったが、ルティーニ中佐に頷いてみせた。どうやら説明を中佐に押し付けるつもりらしく、自身はボルツァーノの幹部達に向き直っていた。
 そっとため息をつくと、ルティーニ中佐は、ボンディーノ大佐が放置していた電文用紙を手にしながら説明を始めた。


 海軍最高司令部からの通信は、傍受を恐れているのかひどく簡潔なものだった。実際にはローマ在住の司令部からの通信を、シラクサの海軍施設が中継したもののようだった。
 暗号化されていたはずの通信文は短いが、簡潔なだけあって本文の解読を間違えたとは思えなかった。ただし、その内容には不明な点があった。というよりもその命令が出た背景が分からないものだから、意味がよくわからなくなっていたのだ。
 通信の内容は、輸送船団の旗艦を船団から切り離して帰港させる事、目的地をトリポリから、より東方のエル・アゲイラに変更する事、この二点だった。どちらも当初の計画から大きく逸脱する事態だった。


 輸送船団の旗艦となっているのは、以前は地中海クルーズを実施していた豪華客船だった。現在では軍隊輸送船に改装するために内装などを取り払っており、船団指揮官の他に、北アフリカへの増援として一個連隊もの兵員が乗船していた。
 船団指揮官の事は除いても、苦戦が続くと言われている北アフリカ戦線に取って、一個連隊分の兵員は貴重な戦力となるはずだった。それを途上で送り返すというのは解せなかった。
 それに、目的地をイタリア領リビアの首都であるトリポリから、東方のキレナイカ地方の要地であるエル・アゲイラに目的地を変更するというのも、最前線により近い位置で荷降ろしすることで、前線への移送の手間を省くためではないのか。それならば尚更増援部隊も必要になりそうなものだった。

 ボンディーノ大佐が、アストーレの帰還を命令したのも無理はなかった。トリポリまでなのか、それともエル・アゲイラまでなのかでは、取りうる航路は大きく変わってくるはずだった。
 消費する物資の量は増大するし、小型艦の場合は燃料が足りなくなるおそれもあった。もちろん消耗材の中には、弾薬や航空機材も含まれていた。
 とにかく新たな航路を策定しないことには、物資の消費量も推測できないが、今の時点から出来るだけ消耗を避けなければならないのだけは確かだった。
 本音を言えば有力な戦闘艦ではあるが、駆逐艦だけに搭載物資も少ないアルティリエーレも、早期に護衛艦隊主隊に復帰させたいところだが、どのような航路をとるにせよ、行動を欺瞞するためには、少なくとも新たな航路を確定するまでは、敵潜水艦による船団への接触を絶たなければならなかったから、対潜制圧は必要だった。
 今もボンディーノ大佐は、航海長らと相談しながら、新たな航路計画を策定しているところだった。その間は、アルティリエーレは動かせそうもなかった。


 カステッラーノ准将はしばらく押し黙ったまま、電文用紙を見つめていた。これまでになくその視線は鋭く、まるで電文用紙の裏に隠された意図を見抜こうとしているかのようだった。
 シュタウフィンベルク少佐も、眉をひそめながら脇から覗きこんでいた。イタリア語にはそれほど詳しくないようだが、大意は理解することができているはずだ。
 電文用紙を渡してしまうと、手持ち無沙汰になって、ルティーニ中佐は中途半端な姿勢のまま手元の書類を片付けていた。
 だが、書類に視線を向けていたルティーニ中佐は、すぐに顔を上げた。カステッラーノ准将の強い視線を感じたからだ。
 まっすぐにルティーニ中佐を見つめながら、カステッラーノ准将はいった。
「どうやら、北アフリカ戦線で大きな変化が生じたようです」
 ルティーニ中佐は、曖昧な表情で頷いていた。それも当然だった。マルタ島沖会戦以降は、地中海海域では大規模な戦闘は発生していなかった。それに出港してからの短時間で、イタリア本土で非常事態が生じたとも考えづらい。
 だから今回の命令が生じた理由は、北アフリカ戦線で生じた何かというのが最も可能性が高かった。

 ただし、ルティーニ中佐達イタリア海軍の軍人には北アフリカ戦線の詳細な戦況は分からなかった。海軍最高司令部からの電文用紙をあっさりとカステッラーノ准将やシュタウフィンベルク少佐に閲覧させたのも、陸軍の事情を確認したいという思惑からだった。
 陸軍参謀総長副官のカステッラーノ准将はもちろん、ドイツアフリカ軍団に赴任するシュタウフィンベルク少佐も、北アフリカ戦線の最新の詳細な戦況を把握しているはずだった。
 もちろんそのことは、カステッラーノ准将も気がついているはずだった。准将はルティーニ中佐が同意したのを確認すると更に続けた。

「おそらく、アレクサンドリア近郊まで攻め込んでいた枢軸軍は大きな損害を被りました。詳細は不明ですが、敗北と言っていいはずです。現在は枢軸軍全体が西方に向けて撤退を急いでいるでしょう。
 船団の寄港先をエル・アゲイラに変更したのはそれが原因です。トリポリにのんびり物資を荷揚げしていては、撤退する部隊への補給が間に合いそうもありません。ですからより前線に近いエル・アゲイラで物資を荷揚げして、後退する部隊を再編成するか、追撃する部隊を足止めするために使用するつもりなのです。
 ただし、大きな損害を被った、現在の北アフリカに展開する部隊に可能なのは、あくまでも遅滞防御に限られると思われます。一個連隊程度の補充があっても戦況を好転させることは出来ない。それどころか、補給させなければならない部隊が増加することにしかならない。
 だから増援部隊を乗せたあの客船は必要ないということになる。船団旗艦のみを帰港させろというのはそういうことでしょう。
 状況によっては本艦も戦闘に巻き込まれる可能性がある。北アフリカ周辺海域では今以上の警戒態勢が必要となるでしょう」
 カステッラーノ准将は、自信ありげに口にしていた。予想よりもずっと悲惨な内容だった。ルティーニ中佐は唖然としながら、視線をシュタウフィンベルク少佐に向けた。
 陸軍中枢にいるカステッラーノ准将の意見は、実質上イタリア陸軍の見解と言っていいはずだった。ならば、ドイツ軍ではどう考えているのか、それを知りたかったからだ。
 だが、シュタウフィンベルク少佐は要領を得ない様子だった。イタリア語には堪能ではないのか、微妙な表現に気がついていないのかもしれない。
 カステッラーノ准将はそれに気がつくと、淡々とした口調でシュタウフィンベルク少佐にドイツ語で説明し始めた。

 自軍が敗北している、そう聞かされたシュタウフィンベルク少佐はどう反応するのか、ルティーニ中佐は少しばかり身構えていたが、少佐の態度は変わらなかった。どうやら、北アフリカ戦線の現状判断に関しては、二人の分析に大きな差異は無いらしかった。
 シュタウフィンベルク少佐は、一瞬だけ眉をひそめたものの、カステッラーノ准将に何度か頷くと、ルティーニ中佐に向き直って再び頷きながらドイツ語を口にしていた。
「准将閣下の判断に賛成します。それを前提として要請したいのだが、船団旗艦をどこかに寄港させて、乗船させた部隊を下ろして船団に同行させてもらいたい。一兵でも多く後方に移送したいのですが」
 ルティーニ中佐は戸惑って、視線を逸らしていた。確かにここからシチリア島の港に寄港することは不可能ではなかった。ただし、乗船させた部隊を下ろすのにどれくらい掛かるのかそれはよく分からなかった。
 それに戦隊参謀に過ぎないルティーニ中佐が決断できることでもなかった。判断を仰ぐつもりで、視線をボンディーノ大佐に向けたが、すぐに中佐は後悔していた。

 航海長と新たな航路を策定していたはずのボンディーノ大佐は、いつの間に作業を終わらせたのか、艦橋の隅で話し込んでいた三人に鋭い視線を向けていた。
 おそらくボンディーノ大佐は、余計な時間の掛かるシチリア島への寄港など一顧だにしないはずだ。船団や護衛艦隊への損害を最小限に抑えこむために、最短ルートで地中海を横断した後、トリポリを経由して、北アフリカ沿岸を東進するつもりではないのか。
 ルティーニ中佐はそう考えていたのだが、ボンディーノ大佐の背後で、眉をひそめながら海図をのぞき込んでいる航海長の様子には気が付かなかった。

 ボンディーノ大佐は鋭い目のままいった。
「船団はシチリア島、ジェーラに寄港する。戦隊参謀は現地の海軍根拠地隊に伝達して消耗物資の補充を要請しろ。それから、艦隊最高司令部の命令は一部現場判断で変更する。船団旗艦は船団に同行するものとする。ただし、現在乗船している部隊はジェーラで下船させる。だが、ジェーラ港の支援設備は十分とは言えん。また船団旗艦の搭載艇をここで使うわけには行かん。時間もないだろうから、最悪、兵隊は泳いで上陸しろ」
 ルティーニ中佐とシュタウフィンベルク少佐は、呆気にとられてボンディーノ大佐を見つめた。それほどボンディーノ大佐の命令はいい加減だった。これでは乗船した部隊の戦闘力はここで喪失してしまうはずだ。おそらく泳ぐのに邪魔な兵装はすべて投棄せざるをえないはずだ。
 カステッラーノ准将だけは、ボンディーノ大佐の真意に気がついたのか、興味深げな態度で頷いていた。
「現地の空軍及び駐留陸軍には小官から説明したほうが良さそうですね。通信室をお借りしたいが」
 ボンディーノ大佐は鋭い視線のまま頷いた。
「お願いする。戦隊参謀は急げ、此処から先は時間との勝負だぞ」
 ルティーニ中佐と、シュタウフィンベルク少佐は思わず顔を見合わせていた。それならば何故シチリア島に寄港する時間をつくるのか、ルティーニ中佐にはまだ良くわからなかった。
ボルツァーノ級航空重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cabolzano.html
空母ファルコの設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvfalco.html
レッジアーネ Re2000、Re2000Pの設定は下記アドレスで公開中です
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