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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1941マダパン岬沖海戦5

 この戦闘で最初に命中したのは、敵戦艦から放たれた主砲弾だった。
 着弾箇所は、ヴィットリオ・ヴェネトからみて右舷に向けられた第一砲塔だった。
 なだらかな傾斜を持つ主砲塔に敵砲弾が命中した瞬間、衝撃で艦橋の外の見張り員はなぎ倒されていた。
 艦橋構造も無傷というわけには行かなかったようだ。
 第二砲塔を飛び越えてきた破片によって、傾斜して取り付けられていた窓ガラスが吹き飛ばされていた。

 ボンディーノ大佐は、すぐ脇の窓ガラスが吹き飛ばされた瞬間、右手で顔を覆いながら身を屈めていた。
 飛んできた破片で負傷したのだろう、低い悲鳴を上げる艦橋要員にぎょっとして振り返った。
 目が合った伝令兵は、悲鳴を上げたことが恥ずかしかったのか、ボンディーノ大佐と目を合わせると、血まみれの顔で笑みを見せようとしていた。
 見た目は大きく血が流れているが、命に別状はないようだ。
 すぐに看護兵が駆けつけるだろう。

 ボンディーノ大佐は伝令兵の方に手を置くと下がらせた。
 そのような騒動にもかかわらず、中将は落ち着いた様子で第一砲塔を眺めていた。
 それに釣られるようにしてボンディーノ大佐も艦前部を一瞥した。

 どうやら損害は少なそうだった。
 第一砲塔の天蓋には敵弾を受けた部分だけが塗装が剥がされ、無残な凹みを生じさせてはいたが、主砲の発砲には支障が無いようだった。
 何故ならば、その瞬間に、第一砲塔も、第二砲塔と同時に主砲弾を発射していたからだ。
 内部の機器に損傷がなかったとしても、直撃弾の衝撃と音響で砲員は発射どころではないはずだが、着弾以前に装填は終了していたのかもしれない。
 ボンディーノ大佐は、一枚だけ窓ガラスがなくなってしまった空間から吹きこんできた砲煙に辟易としながら、第一砲塔の損傷を確かめさせるように命じていた。

 やはり損傷は事実上無いも同然だった。
 現在の砲戦距離一万五千程度では、水平面に落下した砲弾では甲板や砲塔の水平面に貼られた装甲を貫くことはできないようだ。
 ボンディーノ大佐は安堵しながらも、敵艦の方を見つめた。


 その時点で、敵戦艦が、英国海軍の巡洋戦艦レナウンであることは判明していた。
 レナウン級のネームシップだが、二番艦のレパルスとは改装時期の違いなどから、建造当初とは違って現在では見分けられるほどの違いが生じていた。
 就役時期は、イタリア海軍が保有する旧式戦艦コンテ・ディ・カブール級やカイオ・デュイエリ級と同時期であったが、やはり両級と同様に第一次欧州大戦での戦訓や最新技術を盛り込んだ大規模改装を戦間期に実施していた。
 その大幅に強化されたはずの装甲に、ヴィットリオ・ヴェネトの攻撃力が何処まで通用するかは未だ未知数だった。
 もっともその結果が判明するまであまり時間はかからないはずだった。
 敵艦同様に、こちらもレナウンを主砲弾で夾叉している。
 命中弾が生じるのは時間の問題だった。

 やがて、破損した主砲塔で発砲された砲弾が着弾する時間だった。
 そして、ボンディーノ大佐は、海面に着弾した砲弾による白い巨大な水柱と、敵艦に上がる火の手を目撃した。
 どうやら命中弾が得られたようだった。
 にやりと笑みを浮かべると、ボンディーノ大佐は手にした双眼鏡をレナウンに向けようとした。

 しかし、双眼鏡を構えるよりも早く、敵2番艦の位置を占める軽巡洋艦にも火の手が上がったようだった。
 ヴィットリオ・ヴェネトとレナウンとの一騎打ちとも言える状況であった戦艦同士の砲撃戦と違って、第3戦隊の重巡洋艦群が唯一隻の敵軽巡洋艦に集中砲火を浴びせていた。
 第3戦隊は、ボルツァーノが欠けたとはいえ、トレント、トリエステ、ポーラの三隻の重巡洋艦という強大な戦力を有していた。
 これに対して敵軽巡洋艦の劣勢は明らかだった。
 三対一という数上の劣位は勿論だが、主砲である6インチ砲が、この距離では8インチ砲に対して明らかに性能不足だったのだ。
 おそらく戦艦と戦列を組むためにこのような配置となっていたのだろうが、6インチ砲の発射速度を生かして重巡洋艦と渡り合うつもりならばもっと接近しなければ困難なのだろう。

 巡洋艦同士の砲撃戦の推移にはボンディーノ大佐も注目していた。
 敵軽巡洋艦との砲戦にケリが付けば、第3戦隊の砲火もレナウンに集中することが出来るからだ。
 この距離で発射された重巡洋艦の8インチ砲弾が、敵戦艦の装甲帯を貫通できるとは思えないが、非装甲区画には損害を与えることは十分に可能だった。

 ほんの一瞬迷ってから、ボンディーノ大佐は双眼鏡をまず敵の2番艦へと向けていた。
 2番艦はグロスター級軽巡洋艦だった。
 三連装砲塔の搭載や船体の大型化などの違いはあるが、全体的な印象はかつてヴィットリオ・ヴェネトと交戦したリアンダー級と似ているものだった。
 同程度の戦力なら他の軽巡洋艦も戦艦に続行させて、こちらの重巡洋艦と交戦させれば良いようなものだが、あるいは他の軽巡洋艦との所属の違いや、戦艦に集中砲火を避けるためにただ一隻巡洋艦で戦艦に続行しているのかもしれない。
 しかし敵軽巡洋艦が、戦艦に続行したことで受けた損害はあまりにも大きすぎるような気がした。
 これではまるで被害担当艦ではないのか。
 それほど第3戦隊の三隻の重巡洋艦主砲弾が敵軽巡洋艦に与えた損害は大きかった。

 グロスター級軽巡洋艦の、四基ある三連装主砲塔の内、前部の第一砲塔はすでに使用不能になっていた。
 ヴィットリオ・ヴェネトが、さきほど敵戦艦の主砲弾をはじき飛ばしたようにはいかなかったようだ。
 第一砲塔は、強力な20.3センチ砲弾によって砲塔の正面装甲を撃ちぬかれたらしく、明後日の方向を向いたまま停止していた。

 打撃力という点ではその第一砲塔が失われただけだったが、他の船体に与えた被害も少なくないようだった。
 あちらこちらからぐずぐずと燃え上がる火の手が見えていた。
 火災の消火はうまくいっていないようだった。
 それというのも第3戦隊の三隻によって絶え間なく主砲弾を撃ちこまれているからだ。
 ボンディーノ大佐が敵艦をざっと観測した僅かな間にも弾着がグロスター級軽巡洋艦を襲っていた。
 命中弾こそなかったが、上がった水柱の散布界は狭く、確実に敵艦を挟叉していた。

 双眼鏡から目を外したボンディーノ大佐は、思わずちらりと同じように敵艦に双眼鏡を向けていた中将を見ていた。
 第三戦隊の三隻がこうも早く敵艦に命中弾を続出させているのは、中将の判断が正しかったからだ。


 戦前から、巡洋艦級の戦闘艦が装備する主砲弾の命中率が低いことは海軍内部では広く知られていた。
 その理由は複数あったが、結局は理想を追いすぎた無理のある思想が問題の根底にあった。
 小口径弾でも近距離で高い貫通力を保持するために、大容量の発射装薬を用いた高初速の砲は、たしかに貫通力は大きかったがその代わりにライフリングの摩耗は大きく、砲身命数は少なくなってしまった。
 それだけならば製造数の増加や補給の確保など運用上の問題点ですんだかもしれないが、この高初速砲をコンパクトに収めるために、共通の砲架を持ち仰角が連動する連装砲塔に装備したのは失敗であったとしか言うほかなかった。
 連装砲塔から同時発射された砲弾が隣り合って高速度で飛翔する間に相互に干渉するのが原因で、着弾点が大きくずれてしまったからだ。
 確かに、三連装砲塔よりも砲身間隔の短い連装砲塔はコンパクトだったが、その大威力も命中しなければ意味がなかった。

 このような高初速砲の現実を知っていた中将は、タラント軍港の司令に着任後、タラントを母港とする第三戦隊の重巡洋艦に対して、交互射撃の訓練を繰り返し実施させていた。
 通常は敵艦を夾叉後は投射弾量を大きくするために連装砲塔でも同時斉射を実施するのだが、中将は実戦でもこれを禁じて夾叉後も交互射撃を実施するように命じていた。
 いまのところその命令は有効に効いているようだった。
 確かに単位時間あたりの投射弾量は減少しているように見えるが、連装砲塔の片舷砲のみの発射であるならば、同時発射される砲弾の相互干渉は生じないから散布界は狭まることになる。
 それに、片舷の砲が発射している間、もう片方の砲で装填作業を進めておけば発射間隔は一斉射撃よりも短く保つことが出来る。
 これであれば、一斉射撃の時と比べても投射弾量の減少は最小限で済むのではないのか。
 相次ぐ弾着によって着弾修正が難しくなるという問題はあるが、命中しない砲弾に比べれば遥かにましだった。

 いまのところ中将のそのような方針はうまくいっていた。
 グロスター級軽巡洋艦に、第三戦隊が与えた損害は極めて大きかった。
 このまま行けば短時間でグロスター級軽巡洋艦を戦闘不能に追い込むことが出来るのではないのか。
 他の軽快艦艇同士の戦闘では艦艇数や、グロスター級よりも軽量の英国海軍の残りの軽巡洋艦がそちらに参加していることから逆にイタリア海軍が不利な状況だったが、それでもグロスター級さえ片付けてしまえば第三戦隊をそちらに投入することも可能だった。


 もしかすると、グロスター級軽巡洋艦よりも先にレナウンの方が無力化されるかもしれなかった。
 ボンディーノ大佐は、レナウンに向けて双眼鏡を向け直した直後にそう考えていた。
 ヴィットリオ・ヴェネトがレナウンに与えた命中弾は、未だ一発だけだったが、与えた損害は大きいようだった。
 命中したのは船首楼直後の第三砲塔の様だった。
 一見、第三砲塔は無傷のように見えたが、射撃は中断していた。
 それも当然だった。
 連装砲塔の各砲の中心あたりに醜い傷跡が生じていたからだ。
 先ほどの命中弾は主砲塔に命中し、そして貫通して内部に致命的な破壊をもたらしたようだった。

 その意味は大きかった。
 最も装甲が厚いはずの砲塔前盾を、ヴィットリオ・ヴェネトは、主砲戦距離で貫通することに成功したということになるからだ。
 勿論、砲塔前面を貫通できるということは、この距離であれば何処にあたっても致命的な損害を与えられるということだった。
 それに対して、確実なものではないがヴィットリオ・ヴェネトは敵砲弾に耐えうることが出来るのだ。
 これは理想的な対敵姿勢をヴィットリオ・ヴェネトがとっているということだった。
 非装甲区画への損害は免れないだろうが、戦闘能力にはほとんど障害のないまま一方的な勝利を得ることも可能なのではないのか。
 ボンディーノ大佐は、思わずそのような楽観的な考えを抱いてしまっていた。


 しかし、ボンディーノ大佐を戒めるかのように、中将の声が上がった。
「伝令、第三戦隊は直ちに離脱。敵単縦陣より分派した敵軽巡洋艦を捕捉殲滅せよ」
 ぎょっとして振り返ったのは、ボンディーノ大佐だけではなかった。
 減衰しているとはいえ、未だ敵グロスター級軽巡洋艦の砲力は失われてはいなかったからだ。
 このタイミングで第三戦隊を分離するのはヴィットリオ・ヴェネトにとって負担が大きすぎるような気がした。
 第三戦隊で分離した敵軽巡洋艦を叩くにしても、少なくとも一隻はこの場に残してグロスター級軽巡洋艦を牽制させるべきではないのか。
 その場の異様な雰囲気に押されたのか、伝令も復唱出来ずに艦橋要員たちの顔色を伺っていた。

 しばらく顔を見合わせてから、航空参謀に取り残される形で唯一艦橋に残っていた補給参謀が代表するようにおずおずといった。
「第三戦隊を今離脱させるのは危険ではないでしょうか。敵二番艦の戦力は今だ健在です。こちらを叩ききってから第三戦隊は分派させるべきではないでしょうか。どのみち敵軽巡洋艦はこちらに向かってくるでしょうし」
 補給参謀は最後まで言い切ることは出来なかった。
 中将が、素早く振り返って、今まで見せたことのないような鋭い視線で睨みつけてきたからだ。

 普段とはあまりに違う中将の剣呑な雰囲気に、補給参謀だけではなく多くのものが息を呑んでいた。
 ただし、その瞬間は長続きしなかった。
 すぐに中将の表情が微妙に変化したからだ。
 怪訝そうな顔になってから、さらに焦ったような表情を作り上げた中将は、慌てたように早口で言った。
 あまり似合わない仕草だったが、それを聞いた後に気にする者はいなかった。
「皆気がついていないのか、あの敵軽巡洋艦の目標は我々ではない」

 一瞬呆然としてから、ボンディーノ大佐は慌てて双眼鏡を敵味方の軽快艦艇が交戦している海域へと向けた。
 現在、そこで戦闘を継続しているのは、伊英の駆逐艦数隻のみだった。
 すでに双方に戦闘不能となったか、撃沈された艦もあるようだったが、戦闘そのものは互角に進んでいるようだった。
 戦闘開始当初は、戦力差から言って英国海軍のほうが圧倒的に優位だと思われていたから、これは奇妙だった。

 ボンディーノ大佐は、そこに残されていた僅かな航跡を頼りに双眼鏡を巡らせて、残りの敵艦隊を探していった。
 探していたものはすぐに見つかった。
 どうやら駆逐艦同士が今も戦っている海域から抜けだしてきたばかりだったらしい。
 単に、混戦を避けて一時離脱したわけではなさそうだった。
 二隻の駆逐艦を引き連れた、二隻の軽巡洋艦は、一直線に北上を続けていた。
 艦首波の盛り上がりや一本煙突から高々と上がる白煙を見るかぎりかなりの速力を発揮しているようだった。
 もしかすると最大戦速をだしているのではないのか。

 ―――あれは…タラント沖で逃したリアンダー級…エイジャックスなのか
 ボンディーノ大佐は、眉をひそめながら、疾走するリアンダー級軽巡洋艦の行き先を脳裏に思い描いていた。
 四隻の英国海軍の軽快艦艇は、伊英の駆逐艦同士や、戦艦と巡洋艦との戦闘が行われる海域を避けるように、北上する航路をとっていた。
 そして、すぐに結論に達したボンディーノ大佐は、更に険しい表情になっていた。
 このまま主力艦隊の後方に回りこむような機動を取らないのであれば、彼らが向かう先は、艦隊後方に退避させていた空母ファルコ以外にあり得なかった。
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