1940タラント防空戦7
―――まるで親ガモ子ガモだな
ボンディーノ大佐は、ヴィットリオ・ヴェネトの艦橋脇のひどく狭いブルワークからヴィットリオ・ヴェネトの背後を見ながらそう考えていた。
そう考えるのも無理はなかった。
ヴィットリオ・ヴェネトは、その後方に幾つかの艦艇、あるいはその残骸を曳航していたからだ。
ヴィットリオ・ヴェネトのすぐ後を曳航されているのは、上部構造物を半壊させたソルダティ駆逐艦アルティリエーレだった。
被弾直後に発生した火災はとうの昔に消し止められていたが、アルティリエーレは通常状態ではありえないどす黒い煙を立ち上がらせていた。
火災が再度発生したわけではなかった。
煙の出所は煙突、というよりもは、かつて煙突があった場所からだった。
リアンダー級軽巡洋艦が放った砲弾によって、アルティリエーレの煙突はもぎ取られていた。
吹き飛ばされた煙突の下部に設置されていた主ボイラーにも当然被害は生じていた。
本来であれば、ヴィットリオ・ヴェネトによって曳航されているのだから、主機を起動させる必要はない。
だから、主ボイラーは消火させたままでも支障はないはずだった。
しかし、艦内に電力を行き渡らせるためには、主ボイラーからの蒸気を使用するターボ発電機の再始動が必要だった。
リアンダー級軽巡洋艦からの砲弾は、煙突や艦橋の一部、魚雷発射管一つをもぎ取っていっただけだったが、その後に戦闘に加入した二隻のトライバル級駆逐艦の主砲で散々に叩かれたアルティリエーレの被害は甚大だった。
トライバル級は結局失敗に終わった水雷襲撃を一度行っただけだったが、それでもヴィットリオ・ヴェネトとアルティリエーレに与えた被害は少なくなかった。
あるいは、雷装の貧弱なトライバル級は、もともと主砲弾でヴィットリオ・ヴェネトらを混乱させて味方軽巡洋艦を戦闘海域から逃すのが目的だったのかもしれない。
彼らの目論見はほとんど成功していた。
ヴィットリオ・ヴェネトに向けられた雷撃は、タイミングがずれたこともあってボンディーノ大佐の巧みな操艦によって軽く避けられていたが、12センチ方八門というこのクラスにしては強力な主砲は、襲撃の間絶え間なくヴィットリオ・ヴェネトとアルティリエーレに損害を与えつづけていた。
このトライバル級の砲弾によって、アルティリエーレは、非常用のディーゼル発電機を破壊されていた。
さらに、かろうじて軽巡洋艦からの砲弾からの損害を免れていた補助ボイラーも使用が不可能になっていた。
だから、ボイラー自体の不調による不完全燃焼による黒煙が上がろうとも、その黒煙を比較的安全な温度まで下げて、艦橋構造物などよりも上部に導くための煙突が吹き飛ばされて煙が艦後部を覆うとしても主ボイラーを再点火して、ターボ発電機を使用しなければならなかったのだ。
何故ならば、電力によって駆動するポンプで排水を行わなければ、軽巡洋艦と駆逐艦の主砲弾で受けた損害で発生した浸水で艦体が危険なほど傾斜していたためだった。
ボンディーノ大佐の立つブルワークの位置からでも、アルティリエーレが現在も排水を続けているのが見えた。
さすがに人物の区別まではつかないが、生き残った艦長代理のルティーニ中佐も陣頭指揮を取り続けているはずだった。
そこまで無理をして排水を続けているのに、アルティリエーレの傾斜が復旧する様子はなかった。
それどころか、目で見てわかるほどではないが、傾斜は次第に増しているらしい。
主消火海水ポンプやビルジポンプなどの容量の大きいポンプが破損しているものだから、排水量と浸水量が拮抗してしまっているのだろう。
このような状態だから、艦橋構造物に架設したマスト、というよりもただの支柱にくくりつけられた国際信号旗Zを見るまでもなく、アルティリエーレが自航できない状態にあるのは明白だった。
ヴィットリオ・ヴェネトが最終的に追撃を断念したのも、アルティリエーレを早く修理施設の充実したタラントまで曳航しなければならなかったからだ。
大きな損害をイタリア海軍に与えた英国艦隊だったが、彼らが被った被害も大きかった。
最後に襲撃をかけたトライバル級駆逐艦は、水雷襲撃後に即座に離脱しようとしたが、そこにヴィットリオ・ヴェネトからの主砲弾の弾着が連続した。
一隻は弾片によって損害を受けながらも逃走に成功したが、もう一隻は38センチ砲弾の直撃を食らっていた。
機動しつつ逃走する駆逐艦に命中弾を与えるのは、狙って出来るようなものでもないから、単なる偶然だったのだろう。
もちろん、そのトライバル級は、一瞬といっても良い時間で沈没していった。
文字通りの轟沈だった。
トライバル級には200名前後の乗組員が乗艦していたはずだが、ヴィットリオ・ヴェネトによって救出された生存者は十人に満たなかった。
同じく、救助された敵兵によって艦名がオライオンであると判明していたリアンダー級軽巡洋艦も同じ海域で沈没していたが、こちらは生存者が最終的に何名となるのか、よくわかっていなかった。
ボンディーノ大佐は、視線をアルティリエーレからさらに後へと向けた。
そこには、アルティリエーレから伸びた曳索によってヴィットリオ・ヴェネトから見て孫引きされている奇妙な物体があった。
鋭角的な三角形を重ねあわせたようなその物体は、英軽巡洋艦オライオン艦首の成れの果てだった。
艦中央部で水蒸気爆発を起こしたオライオンは、主艦体を早々と沈めていた。
その部分で勤務していた乗組員の溺者救助は容易に終了した。
もともと大した数が生き残っていたわけでもなかったし、救助の邪魔となる漂流物もさして多くはなかったからだ。
ただし、数は多くはないが、特大の漂流物が残っていた。
それがヴィットリオ・ヴェネトから放たれた主砲弾によって主艦体と分裂した艦首構造物だった。
どういった作用か、オライオンは艦首のみが浮力を保ったまま洋上に残されていたのだ。
それに、調査にあたった将兵によれば、艦首構造物をハンマーで叩いたところ、内部から反応があったというから生存者が残されているのは間違いなかった。
ただし、洋上では艦首構造物を切り開いて生存者を救出するのは困難だった。
結局は、これも内部の酸素の消耗や浸水が発生する前にタラントに急いで運んで生存者を救出するしかなかった。
もっとも、ヴィットリオ・ヴェネトがオライオンの艦首を曳航しているのは、純粋に生存者を救出するためだけではなかった。
艦首構造だけでも英国海軍艦艇の艤装に関する詳細なデータを得ることが出来るはずだからだ。
得られた情報はいずれイタリア海軍の艦艇にもフィードバックされるだろう。
だが、オライオンの艦首を曳航するのはなかなか容易ではなかった。
ヴィットリオ・ヴェネトは、機関部には損害を全く被っていなかったから、機関出力の点ではアルティリエーレに加えて、抵抗の塊であるオライオンの艦首をも容易に曳航することができる。
ただし、その状態で速力を発揮するのは難しかった。
曳航に使用する曳索の張力には限界があるから、ヴィットリオ・ヴェネトが大馬力を発揮して無理をして曳航すれば、たちまち曳索は切断されてしまうはずだった。
曳索は加熱しないように定期的に海水をかけて冷却していたが、それもヴィットリオ・ヴェネトの動力が使用できるアルティリエーレとの間だけだった。
アルティリエーレからオライオンの艦首部との間は、冷却どころか、煙突の残骸から吹き出る主ボイラーの排煙によって曳索の監視すら難しかった。
実は、残骸の塊といっても良い「子ガモ」を曳航する「親ガモ」であるヴィットリオ・ヴェネトにしても、外観的には、あまり褒められるような状況ではなかった。
艦体構造には損害はなかったが、艦上構造物の一部は、廃材を積み重ねたような外見になっていた。
リアンダー級軽巡洋艦やトライバル級駆逐艦の主砲弾を多数被弾していたからだ。
昨晩の海戦では、戦艦どころか、巡洋艦の砲戦距離としても危険なほど接近していたから、命中弾は多かった。
ただし、命中弾の多さに対して、実質上の損害は小さかった。
軽巡洋艦や駆逐艦の主砲弾では戦艦に対して有効打を与えることが出来なかったのだ。
一部の砲弾は艦内で炸裂していたが、主装甲に被害を与えることのできた砲弾はなかった。
だから、幾つかの装備や高角砲を除けば、ヴィットリオ・ヴェネトの戦闘力や推進力はまだ全力を発揮できる状態だった。
敵艦隊に存在していたレーダーの有無など、昨晩の海戦では先手を取られて予想外の損害をイタリア海軍が被ったのは事実だった。
まだ損害集計中らしく、詳細はわからなかったが、空襲を受けたタラント軍港の被害も少なくないらしい。
しかし、詳細は不明だが、タラント軍港の機能はまだ損なわれていないようだった。
すでに曳航しているオライオンの艦首部のことは伝達しているが、タラント軍港の修理部隊は、ヴィットリオ・ヴェネトの到着後すぐに救助作業にかかれると請け負っていた。
それに、タラント湾内の水深はかなり浅くなっているから、着底した艦の浮揚は決して不可能ではない。
少なくともこの戦いでは一方的な敗北は避けることができた。
それに被った損害からも学ぶことは出来るはずだ。
生き残り続けられれば、そこから学んだ戦訓を未来に活かすことも出来る。
ボンディーノ大佐は、前向きに考えていた。
ふと気がつくと、タラント湾沖のサン・ピエトロ島が沈むゆく夕日に照らされながら水平線から姿を見せようとしていた。
ボンディーノ大佐は、艦橋にはいる扉の脇に立っている伝令に向かって大きく頷くといった。
「全艦、入港配置とれ」
今日は戦いに負けずに帰ることができた。
とりあえずはその幸運に感謝するとしよう。
ボンディーノ大佐はそう考えていた。
接近してくる艦艇は、スピカ級水雷艇のようだった。
スピカ級は、建造時期により兵装などに幾つかのバリエーションがあるが、細身の船体と、雷装よりも対艦、対空砲に重点をおいた護衛艦的性質はどの艦も変わりがなかった。
急を知って駆けつけた部隊のものに間違いなかった。
半径の大きな旋回を繰り返していたアストーレのコクピットの中で、ビスレーリ中尉は、大きく安堵の溜息をついていた。
アストーレが旋回を続ける下の海面には、燦々と輝く太陽に照らされて、ほんの僅かな残骸と、恨めしそうな目でこちらを見つめる英国海軍の搭乗員達が波に揺られながら浮かんでいた。
彼らが乗機が墜落してから何時間も洋上で救助を待っていられたのは、生き残りの全員が救命胴衣を着込んで浮力を確保できていたからだ。
それに、このあたりの海域は危険なサメなどの海洋生物はいないはずだった。
しかし、何時間もの漂流は、確実に彼らの精神力や体力を消耗させているだろう。
おそらくスピカ級に救助されても反抗する元気など全く残ってはいないはずだ。
もっとも消耗しているのはビスレーリ中尉も同じだった。
日付が変わるよりも前に、基地から射出されてからずっと、この狭いコクピットに押し込まれて飛び続けていたからだ。
長距離哨戒訓練いがいでこんなに長い間飛び続けていたことはなかった。
それに加えて、昨日からの飛行では二度続けての空戦まで行うはめになっていた。
ビスレーリ中尉は、くたくたに疲れてはいたが、ここから離れるわけにはいかなかった。
一度漂流する英国海軍の搭乗員達を見失えば、広大な地中海で再発見するのはひどく難しいからだ。
だから、漂流する搭乗員達を回収する余力のある大型水上機ではないアストーレは、頭上で旋回して位置を逐一こちらに駆けつけてくる艦艇に知らせる必要があったのだ。
しかし、その長い飛行も、スピカ級の到着によって終了するはずだった。
この空域で飛行しているのは、すでにビスレーリ中尉のアストーレただ一機になっていた。
攻撃隊を編成して、母艦から発信した僚機たちはすでに攻撃を終えて帰還していた。
燃料切れ寸前でタラント湾内に着水していた群司令機程ではないにせよ、短時間で攻撃隊を編成するために、燃料搭載を最小限で済ませていたからだ。
これに対してビスレーリ中尉は、滅多に行われない燃料満載状態で発進していたから、滞空時間にはだいぶ余裕があったのだ。
もっとも、その余裕のお陰で厄介ごとを山ほど押し付けられたのだとも言えるが。
タラントから脱出したソードフィッシュ編隊の追跡と、彼らが帰還するであろう英空母の発見、さらにはそこへの攻撃隊の誘導という困難な任務がビスレーリ中尉に押し付けられた厄介ごとだった。
だが、その任務は完全には達成することが出来なかった。
それを知ったら群司令は怒り狂うかもしれなかったが、少なくとも自分には責任はないはずだ。ビスレーリ中尉は半ば諦観の境地だった。
少なくとも夜間の単独飛行でのソードフィッシュ編隊の追撃には完全に成功しているのだ。
ソードフィッシュが行き着いた先に空母がいなかったのは自分の責任ではない、はずだった。
まだ夜が明けるよりもだいぶ前に、よたよたと不安定な飛行を続けるソードフィッシュの前に探照灯の鋭い光が向けられた。
ソードフィッシュ編隊の後方を追跡していたビスレーリ中尉は、一瞬ソードフィッシュが友軍のイタリア海軍艦と遭遇してしまったのかと勘違いしていた。
そこに現れたのがフラットな甲板をもつ空母ではなく、駆逐艦らしき水上戦闘艦であったからだ。
しかし、ソードフィッシュへの対空射撃が始まる様子はなかった。
そのうえ、ソードフィッシュと駆逐艦との間で無線による通話でもあるような気配があった。
遠くから位置情報を発信しながら、監視を続けるビスレーリ中尉に気がつく様子もなく、しばらく旋回を続けていたソードフィッシュだったが、しばらくしてから行動に移っていた。
その様子を見て、一瞬ビスレーリ中尉は目を疑ってしまっていた。
いつの間にか、駆逐艦の探照灯が海面に散らばるように広い範囲に向けられていた。
その照らしだされた海面に向かってソードフィッシュがおずおずと降下していった。
状況は明白だった。
生き残りのソードフィッシュ編隊は、海面へと不時着水を行おうとしていたのだ。
だが、傷ついた状態の機体で不時着水を行うのは危険な行為だった。
近弾となった対空砲弾の破片や、衝撃によって目に見えないところで構造材が傷ついているかもしれないし、無事に着水したとしても、いくら照らしだされてはいても視界の悪い夜の海で搭乗員が何も出来ずに溺れてしまう可能性は少なくない。
海面に向かってふらふらと不安定な飛行姿勢で降りていくソードフィッシュを見つめながら、ビスレーリ中尉は敵空母への襲撃が完全に失敗に終わったことを悟っていた。
貴重な艦載機を確実に喪失し、それ以上に貴重な搭乗員をも失う可能性の少なくない、このような危険極まりない方法を英海軍が取らなければならない理由は1つだけだった。
すでにこの海域から敵空母は去っているのは間違いなかった。
おそらく、本来の計画であれば、敵空母はこの海域で帰還するソードフィッシュ編隊を回収する予定だったのではないだろうか。
それが、予想外のイタリア海軍の反撃にあったことで、艦載機よりもさらに貴重な空母を退避させることになった。
だから、ソードフィッシュは投棄しても、最低限乗員のみだけでも回収しようと護衛の駆逐艦一隻のみが待機していたのだろう。
しかし、その駆逐艦は、搭乗員の回収さえ叶わなかった。
ビスレーリ中尉が密かに見守る前で、ソードフィッシュが降下しようとしている海面を照らし出していた探照灯のまばゆい光が唐突に消え去った。
同時に、駆逐艦の煙突から上がる煙の量が増えたように見えた気がしていた。
駆逐艦が増速しようとしているのは間違いなかった。
不時着水面予定地を中心に緩やかに回頭を続けていた駆逐艦が、今は白波を蹴立てながら、艦首を真南に向けていた。
そして、ビスレーリ中尉の機体を追い抜かすように、何機かのアストーレが爆音を蹴立てて駆逐艦を追って飛びさっていった。
英海軍の駆逐艦が、攻撃隊の接近に気がついて退避行動をとったのは明白だった。
攻撃隊も敵空母を見逃したのには気がついているだろうが、かといってさらなる索敵を行うほど行動の余裕はない。
だから駆逐艦を目標に攻撃を開始していたのだろう。
だが、ビスレーリ中尉は、攻撃隊と退避しようとする駆逐艦を冷めた目で見ていた。
友軍の攻撃隊には残念だが、駆逐艦に致命的な損害を与えられるとは思えなかった。
本来は純粋な戦闘機であるアストーレが装備できる爆弾は軽量で、空気抵抗の小さいものに限られる。
だから、戦闘艦としては小型の駆逐艦相手であっても、よほど当たり所が悪い場所に命中しない限り致命傷は与えられないだろう。
これに加えて、駆逐艦は鋭敏に回避行動を行うだろうから、重いフロートを抱えたアストーレによる対艦攻撃が成功する可能性は更に低くなる。
相手が鈍重な空母であっても状況はさほど変わらないはずだ。
命中弾は増えるかもしれないが、重装甲の英空母に小型の爆弾を何発か叩き込んだ所で戦闘能力を奪えるとは思えない。
しかし、たとえ攻撃隊の戦果がなかったとしても、一度去った駆逐艦が再びこの海域に戻ってくるとは考えづらい。
それはソードフィッシュ編隊の搭乗員たちも分かっていたのだろう。
二機のソードフィッシュは、明かりが消えて、再び暗黒へと戻った海面へと相次いで不時着水していた。
その頃には、ビスレーリ中尉のアストーレが上空を旋回しているのに気がついていただろうが、彼らに為す術は何もなかった。
結局、着水に成功して、日の出を海上で迎えられたソードフィッシュの搭乗員は四人だけだった。
ソードフィッシュの乗員は三人だったから、2機分で六人になるはずだったが、残りの二人はどうなったのか、上空から見ていたビスレーリ中尉にはわからなかった。
海上に浮かぶ四人の搭乗員達も安全かどうかはわからなかった。
サメなどの海洋生物に襲われる可能性もあるし、浮かんでいられるだけで彼らが生命に関わる怪我を負っている可能性もある。
ビスレーリ中尉には上空から見守ることしか出来なかった。
夜が明けて、思っていたよりも四人がばらけ出していることに気がついたときは、冗談ではなくて、着水して英国人達をアストーレの機上に吊り上げようと思ったくらいだった。
洋上に頼りなく浮かぶ彼らの姿を見守っている内に、いつの間にか敵愾心が消え失せてしまっていたようだった。
だから、接近する水雷艇を見て大きく安堵の溜息をつくこととなった。
だが、そのような考えに至ったのはビスレーリ中尉だけでは無いようだった。
四人全員がスピカ級水雷艇に救助されるのを最後まで見届けてから、アストーレをタラントへと向けようとした時、ビスレーリ中尉は、水雷艇の上甲板に何かの動きを感じて、怪訝そうな顔を向けた。
そこには、救出されたソードフィッシュの搭乗員の一人が、力の限りことらに向けて手を振っているのが見えた。
それは、周囲の兵たちが、迷惑そうな目で見ているほど、おおげさな手振りだった。
一瞬呆気に取られた、ビスレーリ中尉は、にやりと笑みを浮かべると、アストーレの翼端を大きく振ってから、勢い良くタラントに機首を向けた。
実のところ、あの搭乗員が何のつもりで手を振っているのかはわからなかった。
上空からずっと見守っていた機体に向けて親愛の表現を行ったのかもしれないし、味方機を撃墜した敵機に向かって挑発を行ったのかもしれない。
あるいは、我が物顔で空を飛ぶイタリア機に向けて、自分はまだ死んでいない、負けていないのだと知らしめたかっただけなのかもしれない。
わからなければあって確かめるまでだった。
救出された搭乗員たちは、捕虜となって収容所に入れられるだろうが、海軍のパイロットであれば面会は不可能ではないだろう。
彼らと一度あって、話をしてみたかった。
今の仕草の意味も、孤独な夜間飛行の間のことも、いろいろな話を聞いてみたかった。
―――それもお互いが生きていればこそ、か
ビスレーリ中尉は、まばゆい太陽の光を手で遮りながら、そんなことをいつまでも考えていた。