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1940タラント防空戦1

 もう11月の半ばに入るが、地中海は夜といえども暖かった。

 だから、マリーオ=ボンディーノ大佐が、艦橋脇のひどく狭いブルワークから見下ろす第二主砲塔脇の上甲板には、何人かの水兵が談笑しながら夜の海を眺めているのが見えた。

 彼らの視線の先には、漂白中のヴィットリオ・ヴェネトを防衛するように低速で航行する駆逐艦アルティリエーレの姿があった。

 ヴィットリオ・ヴェネトを中心に、ゆっくりと回頭し続けているアルティリエーレの様子を見て、思わずボンディーノ大佐はにやりと笑みを見せていた。


 就役してからまだ日の浅いヴィットリオ・ヴェネトの完熟訓練に付き合わされている形のアルティリエーレだったが、自身の将兵の練度も自慢できるものではなかった。

 先月のマルタ島沖で起こった夜間戦闘でアルティリエーレは、前任の艦長が戦死するほどの大損害を受けていた。

 戦闘自体は、直前にアルティリエーレに半ば試験目的で取り付けられていたドイツ製レーダーの効果もあって、有力な英国海軍部隊に対して引き分けに持ち込んでいたが、大破した艦橋に取り付けられていたレーダーは当然、喪失していた。

 アルティリエーレは、戦闘後に生存していた幹部要員の手でなんとか母港まで帰還していたが、タラント軍港に付属する工廠で行われていた修理が終わったのはつい先日のことだった。

 すでに戦時中であることもあり、短期間で現役に復帰させるために、修理工事は艦橋を建造中の同型艦用に施工中であったものを最大限流用するものとなった。

 だから、工事完了後のアルティリエーレは、他のソルダディ級とは微妙に異なるシルエットとなった。

 そのせいと言うわけではないだろうが、アルティリエーレの姿は、ボンディーノ大佐には、どこか不安を覚えるものに映っていた。


 おそらくボンディーノ大佐の不安感の理由は、新たに製造されたハードウェアにあるのではなかった。

 ここの機器そのものは、新造されたとはいえ、ほとんどこれまでのものと変わりないものだったからだ。

 問題があるとすればアルティリエーレの艦そのものではなく、乗組員というソフトウェアにあるはずだった。

 一ヶ月近くかかった修理の間に、アルティリエーレの数少ない古参兵は、すでに他の艦へ異動しており、代わって多くの新兵が配属されていた。

 それどころか、未だに正規の艦長人事さえ行われておらず、代理で指揮をとっていた副長がそのまま艦長に就任するという噂が流れていた。

 そんな状態だったから、すでに代替艦が配属されている原隊の第11駆逐隊には戻らずに、所属も宙に浮いたままだった。

 だからこそ、夜間航行と昼間対空戦闘演習を行うヴィットリオ・ヴェネトへの同行があっさりと認められたのだろう。


 今もアルティリエーレの舵取りには、どことなくぎこちない感じがしていた。

 艦長代理のルティーニ中佐は、艦隊勤務の長い歴戦の指揮官だったから、おそらく実際に舵輪を預かる操舵員が新兵なのか、それとも舵取の指揮をとる当直士官が新米なのだろう。

 ―――あれではルティーニのやつも苦労しとるだろうな

 艦橋でやきもきしながら叱咤激励しているであろう士官学校後輩の、ルティーニ中佐の生真面目な顔を思い浮かべながら、ボンディーノ大佐はにやにやと笑みを見せていた。

 もっともボンディーノ大佐が艦長を務めるヴィットリオ・ヴェネトにしても、あまり他所のことはとやかく言えるような状態ではなかった。


 本来ヴィットリオ・ヴェネトは同型艦の中でネームシップとなる一番艦となるはずだった。

 実際、起工日こそ同日だったものの、命名、進水式では二番艦であるリットリオよりも一ヶ月近く早かったのだ。

 しかし、進水後に機関部に不具合が発見されたことで、艤装期間が計画よりも長くなってしまい、結局就役日は大きくずれ込んで、二番艦リットリオの後塵を拝することとなってしまった。

 だから、本来の予定ではとうの昔に戦力化されていなければならないこの時期に、ヴィットリオ・ヴェネトは演習を続ける羽目になっていた。


 もっとも艦長であるボンディーノ大佐には大した危機感があるわけではなかった。

 確かに地中海でも戦端は開かれてしまったとはいえ、予想よりも戦闘は激しくならなかったからだ。

 イタリア海軍の仮想敵であったフランス海軍が、早々と母国が降伏してほとんど無力化されていたし、予想外の敵国となった英国海軍も地中海での行動はさほど盛んにならなかった。


 その理由は明らかだった。

 フランス降伏直後に、地中海西端の出入り口であるジブラルタルをドイツ空軍降下猟兵部隊などの高速展開部隊が占拠してしまったからだ。

 明らかにジブラルタルの領有権を主張するスペインの協力があったのだろうが、今もなおスペインは関与を否定していた。

 だが、法的には中立であっても、スペインのフランコ総統がドイツよりに傾きつつあるのは確実だった。

 その証拠に、ジブラルタルは未だに補給線の伸びきったはずのドイツ軍の占領下にあった。

 ジブラルタルに駐留するドイツ軍の補給物資の幾らかはスペインを経由して陸路で運ばれているらしい。

 それはドイツおよび同盟国にとって、スペインの中立を犯さないためだけの公然の秘密となっていた。


 ジブラルタルがそのような状況だから、夜陰に紛れた潜水艦による突破を除けば、英国海軍が地中海の西端から入り込むのは不可能になっていた。

 つまり、英国海軍は、有力な本国艦隊を保有しているにもかかわらず、地中海に戦力補充を行うのが難しくなっていたのだ。

 今では、地中海に展開する英国海軍は、戦力を保持するためにエジプトを固めていると信じられていた。



 ボンディーノ大佐に危機感がないのは、そのような戦況だけではなかった。

 大佐の長い艦隊勤務の中で乗り組んだどの艦よりも、ヴィットリオ・ヴェネトは優れたハードウェアだった。

 高い防御力と打撃力、それにこれまで建造された戦艦よりもずっと速力も高かった。

 機関部の不具合は確かに就役を遅らせはしたが、予め問題点を洗い出すことができたとも言えた。


 それに、ソフトウェアたる兵員も決して悪いわけではなかった。

 確かに新兵は多いが、それだけに鍛えがいはあるはずだ。

 実際に、訓練期間の間兵員の練度と士気が上がっていくのがボンディーノ大佐には感じられていた。

 ヴィットリオ・ヴェネトが、先に就役したリットリオを追い抜いてイタリア海軍で最高の戦艦となる日はさほど遠くないはずだ。

 ボンディーノ大佐はそう考えていた。

 もっとも、そうとでも考えていないと、この大事なときに訓練に明け暮れる自艦の様子に憤慨してしまうからかもしれなかったが。



 ふと背後に気配を感じてボンディーノ大佐が振り返ると、済まなさそうな顔をした機関長がつったっていた。

 機関長が妙な表情をしているのには理由があった。

 ヴィットリオ・ヴェネトがこんな所で漂泊していたのは、機関長の指揮下にある機関部に原因があったからだ。

 一時間ほど前に、機関部から艦尾にある軸室の中間軸受の温度が異常に上昇を続けている。

 そう報告を受けたボンディーノ大佐は、即座に機関長に機関停止と原因追求を命じていた。

 一時間たってようやく、原因を探りあてた機関長がここまで報告にやってきたのだろう。


 だが、ボンディーノ大佐は、彼にしては珍しいほど陽気な声でいった。

「どうだ機関長、原因はわかったのか」

 相変わらずすまなさそうな表情をしている機関長の顔を見れば一目瞭然だったから、ボンディーノ大佐は、出来るだけ機関長に余計なプレッシャーを与えないようにしていた。

 しかし、まだ若い機関長は、ボンディーノ大佐の配慮に気がつく様子もなく、ただ恐縮しているだけだった。

「原因はウチの新兵のミスでした。その…機関室から軸室に行く潤滑油ライン入り口のバルブを絞り過ぎていたんです。それで高速回転中の中間軸受で油切れが起こりかけて過熱したようです」

 ボンディーノ大佐は一度頷くと、確認するようにいった。

「では、現在は原因は取り除かれていると考えて良いのだろうか」

 機関長は、大きく頷いた。

「現在は、潤滑油供給量は正常に戻っています。念の為に軸室の潤滑油系統を機械長に確認させましたが、異常は見つかりませんでした」


 それを聞いて、ボンディーノ大佐はしばらく考えこんでからいった。

「潤滑油が一時切れて加熱していたということだが…軸受メタルが破損している可能性はないだろうか。あぁ、このまま最大戦速を発揮させても問題はないのかといった意味で考えて欲しいのだが。専門家としてどうだ」

 予めこのような質問が来ることを予期していたのだろう。機関長はよどみなく答えた。

「正確な磨耗度は、帰港後に過熱していた軸受を開放してみないとわかりませんが、この訓練航海期間中に最大戦速を発揮させた程度では異常は起こらないでしょう。少なくとも原因がこの潤滑油切れに起因するものは…という意味ですが。

 幸い過熱状態は短時間で終了しましたから、熱による損害はさほど大きくはないはずです。就役時の造船所の確認値を見るかぎりでは当該軸受の素性は悪くありません。過熱によって停止点検はさせてもらいましたが、あのまま航行を続けても暫くの間は大きな問題は起きていなかったはずです。本艦の機関部はそれだけの余裕が持たされて設計されていますから。

 それで…どうでしょう。現在の軸受隙間を計測して造船所のデータと比較すれば磨耗度の推定くらいは可能ですが…」

 機関長としては点検の時間がもらえるかどうかが気になるのだろう。ボンディーノ大佐は苦笑しながら首を振った。

「いや、とりあえず訓練終了まで走り続けられるならいいよ。詳細な点検は帰港後に行なってくれ。いくら我らが空軍の制空権内とはいえ、片舷だけ使用できる状態で漂白し続けたくはないからな」

 そういうとボンディーノ大佐は、機関長の肩を叩いた。

「それよりも原因のバルブ識別のやり方を機関部で考えてみてくれ。新兵に徹底して教え込むなんてお定まりの奴じゃ駄目だぞ。そのポカした新兵にもアイディアを出させてみるといいうかもしれん。一度しくじった奴の方が案外今度は失敗しないもんだ。

 とにかく機械長や缶長、工作員長とも話し合って機関部全体で話し合ってみてくれんか」

 機関長は、一瞬ほっと安心したような顔になると、気を引き締めたような表情で頷くと、すっと手を上げて敬礼した。



 しかし、ボンディーノ大佐が答礼することはなかった。

 何か異音を聞いたような気がした。

 怪訝そうな顔になった機関長に手を上げて黙らせると、開いた右手を耳に当てて空に向けた。

 しばらくそうしていてから、くるりと機関長に向きなおった。ボンディーノ大佐の顔には、いつの間にか、凄まじい緊迫感が漂っていた。

「何か…エンジン音のようなものが聞こえなかったか」

 機関長は首を傾げるばかりだった。

「私には特に…」

 ボンディーノ大佐は、機関長が言い終わる前にそれを無視するように視線を変えて、上甲板に集まっていた水兵たちの様子を凝視していた。

 大佐のように何かを聞きつけたのか、何人かの水兵が、周りの兵たちを黙らせて、ついさっきの大佐のように聞き耳を立てようとしてた。


 しばらくそれを睨みつけてから、ボンディーノ大佐は機関長に振り返った。

 鋭い目で睨みつけられた機関長は、たじろいで、一歩下がろうとした。

 しかし、ボンディーノ大佐の視線は、機関長の顔ではなく、耳に向けられていた。

 騒音であふれた機関室からがってきたばかりの機関長の耳には、この音が聞こえないのかもしれないと考えていたからだ。

 つまり、この音源の音量はかなり小さいのだろう。


 鋭い目付きのまま、半ば駆け出しそうな勢いで、ボンディーノ大佐は艦橋内部に戻ろうとした。

 しかし、それよりも早く見張員からの報告が上がった。

 ヴィットリオ・ヴェネトの右舷側に反航する航空機があるらしい。

 ほんの僅かな星明りの中でよく見つけたものだ、脳裏でそう考えながら、ボンディーノ大佐は、艦橋脇に据え付けられた見張り員用双眼鏡の脇に近寄っていった。

 その後を所在無げな様子の機関長も続いていた。



 当直の見張り員は、まだ十代であろう、海軍に入隊して間もないと見える新兵だった。

 機関長は、経験のなさそうなその見張り員を胡散臭そうな顔で見ていた。新兵の報告にあまり信用を置けないのだろう。

 だが、ボンディーノ大佐は頓着せずに、若い見張り員のすぐ後に立つと、いった。

「航空機はどのへんだ」

 すぐ後の立っているのが艦長だとまだ気がついていないのか、見張り員は素早く方位と角度だけをいった。

 その間も航空機に合わせているのか、双眼鏡は見張り員によってわずかに動かされ続けていた。

 見張り員の動きには迷いは見られなかった。


 その頃になってようやく当直士官が双眼鏡を手にして持ってきたが、ボンディーノ大佐が鋭い目で睨みつけると、その視線に気圧されたのか顔を真っ青にしてしまった。

 当直士官の手からもぎ取るようにして双眼鏡を手にすると、ボンディーノ大佐は見張り員の言った方向に双眼鏡を向けた。

 しかし、ボンディーノ大佐は、すぐに航空機らしきものを捉えることは出来なかった。

 当直士官の持っていた双眼鏡は、手持ち式のさほど大口径のものではないから、見張り員用の大口径の双眼鏡よりも数段暗かった。

 見張り員用の双眼鏡は、下部を固定して、重量を気にせずに設置することができるから、そのような大口径化が可能だった。


 不機嫌そうな唸り声を上げながら、ボンディーノ大佐が何度も双眼鏡を振っているのを見かねたのか、機関長がつぶやくようにいった。

「何かの誤認ではないのか…」

 だが見張り員はすかさずに反論した。かなりの確信があるのだろう。

「間違いありません。複葉機、複数、反航続けています」


 その時、出し抜けに夜の闇を引き裂くような凄まじい光量の光芒が、空へ伸びた。

 光源はヴィットリオ・ヴェネトではなかった。

 やはり何らかの異変を察知したのか、いつの間にかアルティリエーレが探照灯を空に向けていた。

 探照灯は、見張り員の言っていた方角とは見当違いの方向を当てもなく照らしただけだったが、予め航空機のいそうな方向に双眼鏡を向けていたボンティーノ大佐には、低い雲底への反照だけでも十分な光源となった。


 間違いなかった。夜空の中、複数の複葉機が光を避けるように、ゆっくりと機動しているのが見えた。

 それを確認するやいなや、ボンディーノ大佐は、大声をあげた。

「総員戦闘配置、右対空戦闘、最大戦速即時待機。機関長、機関部準備出来次第報告」

 機関長は、ボンティーノ大佐が言い終わる前に、機関指揮所へと走り去っていた。

 総員直を告げる大音響の耳障りなアラームが鳴り響くなか、ボンディーノ大佐から双眼鏡を取り上げられた当直士官が、おずおずといった。

「複葉機と聞きましたが…もしかすると空軍の戦闘機ではありませんか。確か我が空軍の戦闘機は半数が複葉機だったはずですが。もしも夜間飛行中の友軍に誤射でもすれば問題となるのではありませんか」

 慎重論を唱える不安そうな顔の当直士官にしばらく何も答えずに、ボンディーノ大佐はじっと見張り員と一緒になって双眼鏡で飛行機の機動を見つめていた。


 飛行機が視野から離れたのか、ボンディーノ大佐は目から双眼鏡を離すと、所在無げに突っ立てていた当直士官の手に押し付けた。

「空軍機じゃないな、戦闘機にしては短すぎる…オイ機種は分からんか、水兵」

 ボンディーノ大佐は見張り員に尋ねた。

 今度は見張り員からの報告は即座には帰って来なかった。

 帰ってきた返事も、双眼鏡を淀みなく動かす手つきと比べると自信がなさそうだった。

 目には自信があるが、敵機識別表の暗記にはあまり自身がないらしい。

 あるいは飛行機の存在まではわかるものの、識別出来るほどの光量がないのかもしれない。

「英国海軍の…ソードフィッシュかアルバコア…ではないでしょうか」

 ボンディーノ大佐もそれに頷いた。

「まぁそうしか考えられんよな…よく見つけた水兵。だが識別表はちゃんと暗記しておけよ」

 そう言うとボンディーノ大佐は、軽く見張り員の肩を叩いた。

 ようやく肩を叩いたのが艦長だと気がついた見張り員は、雲上の佐官から直接にほめられて素直に相好を崩したが、双眼鏡を動かす手はそのあいだも止まらなかった。


 その様子に満足そうに頷くと、ボンディーノ大佐は艦橋の中にはいった。

 だが、大佐はすぐに打って変わって不機嫌そうな顔になると、後をついてくる当直士官にいった。

「空軍が夜間に編隊でこんな所をうろつくほど熱心なはずはあるまいよ。夜間飛行の訓練ならもっと内陸部で、それに少数機で行うはずだ。哀しいかな、我が空軍に編隊飛行で夜間に地形物のない海上を飛行できる腕のある奴はそうそうおらん」

「ならば…哨戒飛行中なのではないでしょうか。ソードフィッシュにせよアルバコアにせよ単発の艦載機です。こんな本土に近い海域で英国海軍の空母が安穏と航行できるとは思えなせん」

 おどおどとしながらも、意外としつこい性格なのか、当直士官が言い募った。


 再び大佐が口を開く前に、伝令が機関指揮所からの電話を差し出した。どうやら早くも機関長が指揮所に滑りこんだらしかった。

「機関、出せるな」

 簡潔にそれだけを言ったが、機関長からの返答も負けず劣らず短かった。

 確かに軸系の不具合を調査するためにタービンへの蒸気移送は止めていたが、缶圧は落としていなかったから、再始動は容易だった。


 各部署から続々と総員配置完了の報告上がってくるのを確認しながら、ボンディーノ大佐は当直士官に向き直った。

「安心しろ、あれが空軍の哨戒機ならあっちも誤射を恐れて近づいてはこん。こっちは誤射で友軍を撃墜しても気まずくなるだけだが、あっちは文句をいう事もできなくなってしまうからな」

 平気な顔で物騒なことを言うボンディーノ大佐に、当直士官は眉をしかめたが、大佐はそれに気がついた様子もなく続けた。

「それに、恐らく本艦は攻撃もされんだろう…」


 周囲の兵に聞かれて緊張感が削がれるのを恐れたのか、ボンディーノ大佐にしては小声の台詞に、当直士官が怪訝そうな顔をしていると、大佐は呆れたような顔になっていった。

「オイオイ、そんなんじゃ兵に馬鹿にされて終わるぞ貴様。今のが敵機なら、何で海上でのんびり護衛一隻で漂白しとる絶好の標的である本艦に向かってこないんだ。もしかすると労せずに海上で戦艦を撃沈したという世界初の栄誉を手にできるかもしれんのだぞ。確固たる目標があったから我々から逃れようとしたんだ。

 あのまま本艦に反航した姿勢で飛び続けたらどこへ行き着くと思う」

 そう言うなり、ボンディーノ大佐は海図台に載せられた近海海図の、ヴィットリオ・ヴェネトの位置からすすっと指を走らせてからある一点で止めた。

「まさか…あの機体はタラントを襲うというのですか」

「貴様の言うとおり英国海軍が安穏と航行できるはずもない。それだけの覚悟を持って奴らは来たということだ…伝令!通信指揮所繋げ」

 ボンディーノ大佐は、伝令から電話機を受け取ると通信長に向かっていった。

「タラント司令部に向かって電信を入れろ。本文、英海軍ソードフィッシュ多数を発見、タラント空襲の可能性大警戒を要す。それから座標、時間をつけて発信しろ」


 総員戦闘配置完了が伝令から伝えられると、ボンディーノ大佐は、凄みのある笑みを見せると、艦長席に腰掛けながらいった。

「機関始動、一戦速。航海長、針路180。伝令、同文を通信指揮所に送付、アルティリエーレに送れ」

 航海長は怪訝そうな顔で振り向いた。

「針路180…南ですか?」

「南だ。いくらソードフィッシュが複葉の鈍足で、本艦が高速戦艦でも飛んでる奴には追いつかん。だが、ソードフィッシュを発艦させた空母はそうじゃない。今からタラントに向かっても混乱に巻き込まれるだけだが、空母を攻撃することは出来るかもしれん…朝になれば本艦の搭載機だって飛び立てるから、それまでに敵空母がいそうな概略海域に移動する。

 …どうせタラントの司令部は寝入っているか、混乱しているかだから小官がアルティリエーレを指揮して独断専行しても事後承認されるだろう。多分」

 最後の方はあまり自身がなさそうな口調だったが、ボンディーノ大佐の奇妙なほど人を圧倒する笑みに何かを言おうとするものはいなかった。

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