挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
14/275

1940タラント防空戦2

 いつもながら、カタパルトで射出されるときの加速度は大きかった。
 過大な加速度がもたらす一瞬の衝撃と不快感を、シートに思い切り背を押し付けてやり過ごすと、ビスレーリ海軍中尉は、素早く愛機であるレッジアーネRe.2000Pアストーレの機体に異常がないかを確認した。
 コクピットから見える範囲では、主翼にもフロートにも異常はないようだった。
 操縦桿の手応えも、普段通りで異常は感じられなかった。
 ビストーリ中尉は、大きく溜息をつくと、今度は安堵感から背もたれに体を押し付けていた。


 ビストーリ中尉が大げさに安堵するのも無理はなかった。
 イタリア海軍独立戦闘飛行群に配備されたアストーレは、運用が開始されたばかりの新型機だったからだ。
 ただし、今のところアストーレを装備する飛行群は、独立戦闘飛行群のみだったから、製造された数は極めて少なく、すでに生産は終了していた。
 というよりもアストーレの機体構造自体は、殆ど不採用に終わったレッジアーネRe.2000ファルコのままだったから、生産と言うよりも、ファルコからの改造が終了したといってもよかった。

 アストーレの原型は、空軍次期戦闘機計画で不採用となったRe.2000ファルコではあったが、その分類は陸上戦闘機ではなかった。
 戦闘飛行群に配備されているのだから戦闘機には間違いないのだが、アストーレは機体下部に巨大なフロートを括りつけられた水上戦闘機に改造された機体だった。
 ビストーリ中尉が知るかぎり、このように通常の陸上戦闘機を水上戦闘機にと改造した例はなかったはずだ。
 というよりも、現代において水上機方式の純粋な戦闘機を運用しているのはイタリア海軍以外にはないのではないのか。
 噂では日本海軍の水上偵察機の中には空戦能力を持つものもあるというが、最初から戦闘機として設計されたわけではないはずだ。

 だから水上戦闘機を現在保有しているのはイタリア海軍だけという事になるのだが、ビストーリ中尉があまり誇る気にはなれなかった。
 今のところ独立戦闘飛行群が保有する唯一の水上戦闘機であるアストーレがかなり無茶な機体だったからだ。


 アストーレの原型となったファルコは、競合試作でマッキ社は開発したMc.200サエッタに敗北して不採用となった機体だったが、頑丈な機体構造や速度性能などは、むしろサエッタを上回るものがあったらしい。
 この競合試作の敗北を受けて、レッジアーネ社でファルコの開発主任であったロンギ技師などはかなり憤慨していたらしい。
 あるいは、ロンギ技師など主任旧スタッフの何人かが、現在では事実上の敵国となってしまったシベリアーロシア帝国の企業である、セーヴェルスキイ航空工業で働いていた過去が政治的に問題視されたのかもしれない。
 セーヴェルスキイ航空工業は、日本帝国からの輸入に頼っていたロシア帝国初の本格的な航空機メーカーではあったが、当初は日本やドイツからの技術導入、あるいは技術者の雇入れをおこなっていた。
 その中に、当時は反共という意味で未だ友好国であった、イタリアやドイツの技術者も多数派遣されていたのだ。

 実際、ファルコの機体構造や設計思想は、頑丈な機体構造を指向するロシア帝国や、翼内タンクによる航続距離の進捗をはかる日本帝国軍機の影響を色濃く残すものだった。
 あるいは、そのあたりが未だに運動性能にこだわり保守的な複葉機であるフィアット CR.42を採用してしまうイタリア空軍には、受け入れ難かったのかもしれない。
 だが、その不採用に終わったレッジアーネRe.2000ファルコにビストーリ中尉の上官である独立戦闘飛行群司令が目を付けたのだった。


 イタリア海軍独立戦闘飛行群は、将来の海軍航空部隊の空軍からの独立を見据えて設立された部隊だった。
 大型水上戦闘艦から発進する水上偵察機ではなく、本来は、いずれイタリア海軍でも建造が予想される飛行甲板を備えた航空母艦での運用が前提となっていた。
 しかし、軍縮条約ではイタリア海軍にも空母建造枠は割り振られていたものの、財政難にあえぐイタリア政府が空母の建造を認めることはなかった。
 地中海西部を部隊とした対フランス戦を前提とする限り、イタリア海軍の決戦場は空軍の行動圏内にとどまるはずであるから、高価な空母から制限のある艦上機を無理に運用する必要性はないと判断されていたのだ。
 それに加えて、独立戦闘飛行群は空軍からはじき出されたりした物が多く、良くも悪くも海軍内で独立した雰囲気を持っていた。
 ビスレーリ中尉自身も、鼻部疾患を理由に空軍に不採用となって民間操縦士となっていたところを、どこから嗅ぎつけてきたのかよく分からない隊司令にスカウトされて、ただ空を飛べるからという理由だけで海軍に入隊した、やはり変わり者ではあった。

 そんな規格外の部隊だから、中々ちゃんとした機体は回って来なかった。
 旧式化して艦隊航空部隊で用廃となった戦闘飛行艇カント25RやマッキM.41bisを譲り受けて使用していたほどだった。
 だから飛行群初の新型機が配備されると聞いたときは、搭乗員のみならず部隊員全員が躍り上がって喜んだほどだったが、実際に配備されたのは空軍で不採用となった機体の改造機だった。
 独立戦闘飛行群は、専用の水上機母艦を有していたから、ここから運用するためにアルトーレは、Re.2000ファルコにフロートなどを取り付けて水上機に改造していた。


 ただし、原型機を改造したレッジアーネ社には、水上機開発のノウハウはなかったから、飛行群司令が、空軍時代のコネのある馴染みの飛行艇修理会社に依頼して水上機に仕立て上げてしまった。
 アストーレの型番にある末尾のPは改造にあたった修理工場の頭文字から取られていた。

 しかし、レッジアーネ社には、水上機への改変や、改造にあたる会社のことは知らせていなかったらしい。
 ファルコは、空軍で不採用に終わった機体だったから、中途半端な輸出用機で終わると思っていたレッジアーネ社では当初ロンギ主任技師を始め海軍制式採用を受けて大喜びであったらしい。
 彼らは、おそらくファルコを海軍では軍港の局地防空に使用するのだろうと考えていたのだろうが、作られた先からミラノはマッジョーレ湖に輸送されるのを見て愕然としたに違いなかった。
 それどころか、頑固一徹なところのあるロンギ技師は、ミラノの飛行艇修理会社に殴りこみに行ったとまで言われている。

 その時実際には何があったのかは分からない。
 ビスレーリ中尉もそういう噂を聞いたことがあるだけだった。
 しかし、その後ロンギ技師が暫くの間レッジアーネ社の工場をほっぽり出して、ミラノの飛行艇修理工場でファルコの水上機改造にのめり込んでいたのは確かなようだった。
 修理工場の社長である親父と意気投合しただとか、主任設計技師に惚れ込んだとか、色々噂は立てられているが、アストーレの改設計にレッジアーネ社のロンギ主任技師も加わっていたのは間違いない。
 だから、製造元ではないサードパーティーによる改造機とはいえ、純正な機体には代わりはないはずなのだが、元々陸上機として開発されていた機体を改造したせいか、アストーレのどこかちぐはぐな感じは抜けきらなかった。


 だが、ビスレーリ中尉達搭乗員は、アストーレに早くも愛着を感じ始めていた。
 確かに長距離哨戒機を兼ねるための航続距離を長大させるためのフロート増槽や、狭い艦内格納庫に収容するための折りたたみ機能付き主翼など、不安感の拭えない構造は少なくないが、原型機であるファルコ譲りの高い機動性能など優れた点も多かった。
 それ以上に、空軍にはじき出された自分たちと、次期主力戦闘機になりそこねたレッジアーネRe.2000シリーズを重ねあわせているのかもしれなかった。


 タラント郊外の、独立戦闘飛行群のために新たに設けられた水上戦闘機基地から発進したビスレーリ中尉のアストーレは、当然のように海上に下ろされて滑走するのではなく、長大な地上設置式のカタパルトから射出されていた。
 母艦を用いなくとも、施設の整った地上基地から射出訓練を行うために設置されていた、半ば教育資材として導入されれていたカタパルトだったが、アストーレが飛行群に採用されてからは、必要不可欠な装備となった。
 過加重状態のアストーレは、フロートに対して、自重を除く装備等が重すぎて、海上から発進するのが難しかったのだ。
 海上を進む友軍艦隊の上空援護を主目的とされたアストーレには、長大な航続距離が要求されていた。
 保有機材の少ない独立戦闘飛行群が、重厚な防空網を構築するためには、一機あたりの稼働時間を極限まで拡大する必要があったのだ。

 それに、場合によっては、単座とはいえアストーレにも長距離哨戒任務を行う場合があった。
 そのような多機能性を兼ね備えていると説明しなければ予算請求が通らなかったのではないのか、搭乗員たちはそう噂をしていた。

 アストーレの主フロートの大半が燃料タンクを兼ねているのはそのためだった。
 危険極まりない構造だし、まだ誰も試したことはないが、燃料満載時では、着水した瞬間に重すぎてフロートが沈みこむのではないのか、そういうものもいた。

 普段は、そのような長大な航続距離を要求されることはないから、主フロート内の燃料タンクがずべて使用されることはなかった。
 しかし、今のビスレーリ中尉の愛機には燃料が主フロートまで満載されている。


 ビスレーリ中尉達、独立戦闘飛行群の搭乗員たちは本来、明日予定されている襲撃訓練の為に母艦に収容されているはずだった。
 タラントから出向した母艦から射出されて、同じく対空戦闘訓練を行う戦艦ヴィットリオ・ヴェネトと駆逐艦アルティリエーレに模擬襲撃をかけるはずだった。

 しかし、母艦にて整備中に、主フロート燃料タンク内の燃料漏れを起こしたビスレーリ中尉の愛機だけは、整備施設の整った陸上基地で徹底した再整備を受けていたのだ。
 このタラント郊外の新基地には、製造メーカーであるレッジアーネの分工場も新設されていた。
 うまくいけば海軍空母用の機材として売り込めるから、小規模メーカーであるレッジアーネも売り込みに必死なのだろう。
 最近では、ロンギ技師や改造した飛行艇修理会社の技師も、ほとんどこの分工場にいるらしく、ビスレーリ中尉の愛機も海軍の整備兵だけではなく、彼ら製造元の手厚い整備を受けることとなった。

 それはいいのだが、ヴィットリオ・ヴェネトからタラント空襲の警報を受けたとき、即座に飛行可能だったビスレーリ中尉の機体には、確認のために主フロート内にも燃料が満載されていた。
 予定では、今夜一晩そのままにしておいて、明日の朝に漏洩がないことを確認してから、試験飛行が予定されていたからだ。

 だから、係留位置の関係上、搭載機の射出が不可能な母艦搭載の機体に代わって、ただ一機発進したビスレーリ中尉の機体は、ある程度飛行して燃料を消費しない限り、着水も困難な危険な状態だった。


 ビスレーリ中尉は、過加重状態の愛機に負担をかけないように、ゆっくりとタラント中心部を避けるように旋回しながら高度を上げていった。
 ヴィットリオ・ヴェネトからの空襲警報は、タラントの司令部や各艦、各防空陣地にも伝わっているはずだった。
 そんな状態で、タラント上空を無神経に飛行したら、敵機と誤認されてたちまち蜂の巣にされてしまうかもしれない。
 そう考えてタラントの中心部を飛行するのは避けたのだが、この距離から見る限り、その配慮は懸念であったかもしれなかった。

 タラント軍港は、その広大な敷地や収容した艦艇を防備するために、各所に防空陣地が構築されていたが、軍港内の艦艇にも、防空砲台にも動きは見られなかった。
 それどころか、探照灯の明かりひとつすら見えなかった。

 わずかに首をかしげながら、ビスレーリ中尉は、タラント軍港の様子を観察していた。
 独立戦闘飛行隊群の司令は、ヴィットリオ・ヴェネトからの通報を受けるなりすぐにビスレーリ中尉機の発進を命じていたが、他の部隊、艦の指揮官たちには、それほどの危機感はないようだった。
 ―――やはり、新兵の多いヴィットリオ・ヴェネトによる誤認なのではないのか
 それは、ビスレーリ中尉は、とりあえずあがって敵機を迎撃しろという群司令からの命令を聞いてから、何度も思い浮かんだ疑念だった。

 常識的に考えて、このような夜間に、敵主力部隊が存在する拠点へと少数機で空襲をかけるような無茶な指揮官がいるのだろうか。
 ビスレーリ中尉は、首をかしげたまま、タラント軍港から、上昇を続けるアストーレの同高度へと視線を向けていた。
 一度、陸地上空で高度を取ってから、ヴィットリオ・ヴェネトが航行しているはずの方向を、地形を目標にして確実に確認してから洋上飛行へと移行しようとビスレーリ中尉は考えていた。
 ただでさえ地形という目標物のない洋上での飛行は困難を極めるが、これに夜間の単独飛行という悪条件が加わるのだから、慎重に越したことはない。
 燃料に余裕はあるから、いざとなればコンパスを確認してただ南に飛行して、陸地に戻ってから地形を確認すればタラントへは辿りつけるのだが、一応隊の中でも古参に数えられつつある自分が、そのような無様な飛行をするわけにはいなかった。

 奇妙なものを見たのは、タラント港上空へ最後に視線を向けたときだった。

 ―――あれは…黒煙か…
 艦艇の係留地上空に、黒い塊が浮かんでいた。
 淡い月明かりの中、油断すると見逃しそうになるが、位置からすると、係留されている艦艇の機関からあがったものに間違いなさそうだった。
 今日はあまり強い風が吹いていないようだから、煙突から上がってここまで吹き散らされずにそのまま上昇していたのだろう。
 もちろん、よく整備され、通常燃焼している機関が黒煙などあげるはずもない。
 それにこの時間帯ならば、泊地の艦隊は当然錨泊しているから、夜明けに出港を予定していたとしても、発電機くらいしか起動していない筈だ。

 この黒煙はおそらく、ボイラーをあらためて点火させたか、昇圧させようとでもしてバーナーに詰まっていた煤でも吐き出されたのか、あるいは混合比が安定していなくて未燃焼の燃料がでたのだろう。
 もちろん、練度の高い機関員がいつまでもそのような不自然な状態で機関を運転するはずもないから、この黒煙もすぐに散ってしまうだろう。
 だが、この黒煙の下には、間違いなく上陸していた乗組員の乗艦もそこそこに出港しようとしている艦がいる筈だった。

 ―――基地隊のことはよくわからないが、少なくとも艦隊の方は、空襲を本気で警戒しているようだ。
 缶圧を昇圧させながら、緊急出港準備をしつつある艦隊を横目でみながら、想定していた巡航高度までアストーレを上昇させきったビスレーリ中尉は、警戒中の艦隊からの誤射を恐れるようにゆっくりと南に機種を向けると孤独な哨戒飛行を開始しようとしていた。
 不思議なことに、すぐに吹き散らかされそうな黒煙を見たことで、ビスレーリ中尉の孤独感は消え失せ、逆に士気は高まっていた。
 これから先、孤独な飛行が続くが、この問題に対処しているのは少なくとも自分だけではない。
 そんな単純なことを確認しただけなのに、ずいぶんと気が楽になっていた。
 もしかすると、高度を上げて、月明かりに隠されていたおずおずと輝く星空を見たからかもしれない。

 ―――この星空を独り占めして飛ぶのも悪くないかもしれないな。
 目線を、周囲と計器に忙しく動かしながら、ビスレーリ中尉はそう考えていた。


 だが、ビスレーリ中尉の考えは間違っていた。
 星空は独り占めなどされていなかったし、孤独な飛行も長続きしなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ