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22 営業妨害タクティクス ひのきの棒編2

 陽が開けたと同時に、街の最北にあるラクライナの牢獄と呼ばれる収容所におしかけました。

 門番のおじさんに要件を伝えると、おじさんは風呂敷の中身を確認して一旦奥に入って行きました。


 ドキドキしながら待つ事10分程度。


 再び戻ってきたおじさんは、親指を奥へクイクイと指し「いいぜ、入んな。伊藤の奴、覚悟を決めたんだろ。泣きながら自分がちゃんと成仏できるように経を唱えているぜ」



 え?

 まさかあの伊藤さんが泣いているなんて……


 あたしのせいだ。

 ごめんなさい、伊藤さん。

 焦燥にかられる気持ちで、槍を持った案内人の後をついて行きました。



 地下にある独房では、伊藤さんの姿がありました。

 正座をして経本を開き、静かに難しい言葉を唱えています。

 眼鏡越しに見えます。

 目にはうっすらと涙をうかべています。

 少し向こうでは見張りの兵士が、伊藤さんの様子を見ながらクスクス笑っています。

 

 

 敵をおびき寄せるために敢えて捕まったんだろうけど、やっぱり伊藤さんでも怖いんだ。もしあたしだったら、死ぬほど怖い。


「ご、ごめんなさい!」


 鉄格子を握って、伊藤さんに向かって謝りました。



「え、あ、これはノエル様。

 おはようございます」



「あ、あの……」



 こんな伊藤さんを見たら、頭が真っ白になってなんて言えばいいのか分からなくなってしまいました。


 伊藤さんはハンカチを取り出して、目の辺りを軽く拭くと、メガネの中心をクィと持ち上げてニッコリと笑いました。



「……すばらしいですね。

 久々に心から感激しております」



「……え、何が、ですか?」



「どうやらわたくしは5日後に処刑されることが決まりました」


 そ、そんな。


「ですから、もしわたくしが死ぬと仮定して、それまでどのように生きるべきか真剣に考えてみました。

 ひとつ思い残すことがあります。

 わたくしは多くのひのきをあやめています。

 多い日では1000本以上のひのきの棒を販売しているのですから。

 丁度先日、珍念様から写経された経本を頂きましたので、ひのき一本一本に向かって、心を込めて唱えておりました。

 こうやって改めて経本を読むと、流れるように美しい言葉のハーモニーに思わず涙をしてしまいました。この経本には人はどのように生きれば幸せになれるかが説かれておりました。今も昔も心は同じ。千年以上前の大僧侶が苦しい修行を積み、開眼された尊い教えに感激し、こうして今でも大切に受け継がれていることに奥の深い歴史と浪漫を感じ、思わず目の奥が熱くなってしまいました」



「え、そっちですか?

 伊藤さんは殺されかけているんですよ?

 怖いとか、恐ろしいとか、そういう感情は無いのですか!? てか、そんな余裕かましていないで逃げましょうよ!」



「え、どうしてわたくしが逃げなければならないのですか?

 このようなチンケな収容所など、ノエル様が営業妨害タクティクスひのきの棒編を会得すれば即座に圧倒的華麗に優雅に完膚なきまでに叩き潰せますが、それが何か?」




 ……よく分かりませんが、伊藤さんは何かすごい。



 あ、そうだ、おにぎりセットを渡して最初のヒントを貰わなくては。



 おにぎりセットを差し出して、これからどうすればいいのか聞こうとしました。



「お心遣いありがとうございます。

 最初にこちらにお寄り頂けて、わたくしも助かっております。

 あらかじめ相手の筋書きは予測しておりましたが、敵はかなりの邪悪属性。あまりの邪悪さに計画した受講内容を若干変更したい点がでてきました。

 昨夜ノエル様はペンダントをしていなかったので、恐らくペンダントを人質に取られて何かを強要されていることは一目で分かりました。

 あなたはわたくしの店に来る途中、何度も捨てようとしたのですね。

 胸のポケットから、ちょっぴりだけ白い袋が顔をのぞかせていましたよ。

 だけど捨てられないところから、誰かに尾行されている。

 つまりわたくしのお店は包囲されていることは一目瞭然。

 ゴンザ氏の奸計は、おおよそ分かっておりました。

 さすがに目的を達成したのですから、ペンダントは返してあげれば良いものを、同席していたラドン氏が最後にあのような事を申されたので、あなたの身の上をゴンザ氏にも知られてしまいました。

 まだノエル様はペンダントをされていない。つまりまだ返却してくださらない。それはおそらくゴンザ氏は、ペンダントに価値があるのではないのかと疑っているに違いありません。彼のプライドが高い事は明白。だからご自身の鑑定スキルを疑うとは思いにくかったのですが、もしかしてあの鑑定スキル……

 ひのきの棒の奥義を習得すればまったく敵ではございませんが、……ですが、これは少々厄介ですね」



 え……

 伊藤さんは何を?


 伊藤さんはメガネを曇らせ、またその中央に人差し指を添えます。



「これはまだ想像の域です。

 ただの思い過ごしかもしれません。

 確立にして7%くらいですが、ゴンザ氏はなんらかの方法で他人のスキルを自分のものにできるのかもしれません。

 自分の努力で手にした鑑定スキルではないので、このような初歩的なミスを犯した。単に物まねをしているだけですから。そう考えると、あなたのペンダントの鑑定に失敗したことが証明できてしまいます。

 鑑定スキル以外持っていないようなので、スキル略奪の条件はかなりの縛りがあるのだと思います。敵の所有スキル次第では、こちらが取る戦術は大きく変更しなくてはなりませんから。とにかくペンダント奪還を最優先にした方がいいですね」




「取り返すってどうやったらいいの?」




「あなたには、お母様譲りのソードマスターの血があります。

 ソードマスターになるには塾や学園、道場に通ってライセンスを取ると言う方法もございますが、眠れる血と使命に目覚めて突如覚醒する場合もございます。

 あなたは後者。

 ソードマスターはレベルが上がると、様々な強力な剣技を習得し、魔法剣と呼ばれる防御力無視の貫通攻撃まで使いこなせるようになります。

 貫通攻撃とひのきの棒の相性は抜群です。

 具体的な手法はご自身で見つけて頂きたいのですが、その前にひのきの棒の特徴をおさらいしておきたいと思います。

 ひのきの棒の特徴を思いつく限り言ってみてください」



「え、あ、えーと、

 軽い。

 攻撃力が低い。

 頑張ったら穴が掘れるかも。

 伊藤さんの店にはたくさんある。

 えーと、それから……。

 あ、くっつくんでしたね」



「ご名答です。

 さらにもうひとつ付け加えておきます。

 ジョイントしたひのきの棒は、手で引きはがすことも可能ですが、完全静止させ3分経つと剥がれます」



 え、そうだったの?

 どうなっているの!?

 中に何か入っているのかな?



「企業秘密なので製法まではお教えできませんが、もう一度ポイントを繰り返します。一度ジョイントしたひのきの棒は運動量を完全に0にして、静止後180秒後、自動的に元の状態に戻ります」



 なるほど。

 分かりました。

 分かった事にします。

 とにかく、くっついて剥がれるんですね。



 伊藤さんは一度受け取ったおにぎりセットを、あたしに返してきました。



「え、どうしたんですか?

 無類のおにぎり好きの伊藤さんが」


「はい。これはキシューアイランド産の梅干と、一粒一粒がまるで宝石のようなニーガタキングダムの誇る幻のお米を惜しみなく使った最高級おにぎりです。

 このようなひんやりと静かな別荘で口にすると、また格段においしいと思いますが、どうぞ、三つお隣の方に差し入れしてあげてください」



 不思議に思いましたが、言われる通り、三つお隣の独房に行きました。



 一人の女性が三角座りをしたまま、完全に生気を失ったおぼろげな瞳で、どこか遠くを見つめていました。

 エルフ特有の長い耳をしています。

 まともにご飯を食べていないのだと思います。頬はやつれ、クシでとかしたら綺麗だろう長くて青い髪は艶をなくし疲れ切っている。



「あの、これを……」



「……」



「どうか、これを食べてください」



 顔は上げず、目だけでジロリとこちらを見ました。



「……あなたはだれ?」



「あたしはノエル」



「そう……ノエルちゃん……。私に何か用?」



「これを食べて元気を出してください」



「元気を出してどうしろと? 私は終わったのよ……。何も悪くないのに……。たいして取り調べも受けずに100年もこんな所にいなくてはならないの……」



 もしかして、この人。

 ゴンザが密告した、魔女のルーシェルさんなの?

 きっとそうだ。

 

 大丈夫だよ。

 あたしには伊藤さんがついている。

 だから何としても営業妨害タクティクスひのきの棒編を会得して、あなたを助けてみせます。

 

 

 だから元気な声で言った。



「魔女のルーシェルさんですよね?

 あたし、あなたのお店のファンなの。

 中に入った事はないけど、いつも外からドキドキして見ていたよ。

 すごくかわいいお店だから、いつか入りたいなって思っていた。

 絶対にお店を再開させて。

 そうしたら、あたし、絶対に最初に行くから!」



「ふふふ……。

 何を言っているのかしら」



 死んだ目をしている。

 完全に気力を失っている。

 元気を出せという方が無茶。

 100年間も出られないなんて、想像しただけで誰だっておかしくなってしまう。

 彼女の気持ちを考えるだけで、胸の奥が痛くなる。


 だけどルーシェルは手を伸ばしてくれた。



「……このおにぎり、貰っておくわ。

 あなたを見ていると、なんだかお腹がすいちゃった」

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