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コメディシリーズ

刃物を持った男ワールド

作者:あゆ森たろ

 男は刃物を、着ている黒のジャケットの内ポケットに所持し、駅前に来た。
 刃物、とは言っても、包丁やナイフ、剃刀かみそり、ハサミ、ナタ、メス、オス、まさかり担いだ金太郎、などと様々な種類や連想が思い浮かぶが、男が持ってきていたのは刃渡り十センチ程度の折り畳み式外国製アンビシャスだった。アンビシャスとはアジアに本社を持ち米国に市場展開する極秘(隠れ)架空メーカーのJナイフである。先月に闇ルートでゲットした。対象店舗の開店で先着30名様に当たったにすぎない。

 普段は暗い路地を通ることの多い男は、「たまには明るい光ルートを」ということで、駅前に着いたのだった。時刻は昼の1時過ぎ、人通りはそこそこ、コンビ二やファーストフード店が大手振る舞いで、客待ちをするタクシーやバス、人力車などが停まっていた。町の名は『珍妙町』という。
 交番があるが、毎時締め切っていて「セールスお断り」と内から窓に張り紙がしてあった。指名手配犯のポスターには、「この顔にズギュンときたら病院へ」と撃ち抜かれたハートマークが描かれており、精神科への診療を促している。

 男は、化粧品店のショーウインドウに映った自分の猫背を見ながら、口元を歪ませた。
 歯に、先ほど完杯した味噌ラーメンのモヤシの尻尾が引っかかっていたせいではない。男には目論見があった。

 脅かしてやろう。でも誰を……

 男の頭のなかは単純だった。自分の所持する刃物を相手に見せつけ、怖がるのを見ながら束の間の優越に浸りたいだけ。後のことは考えない、たったそれだけの愉しみに、男は目を光らせる。
 男はロボットではなかった、無職2年そして親からの月イチの仕送りで暮らしているダメ率100%の『人間』中年男性、居酒屋での愛称『ドスグロ』ちゃんだった。人間であるため目から光線など出るわけがない。代わりに飲みすぎて胃のなかの物を出した経験が豊富である。

 俺に指図するな……

 男は脳内で何度もシミュレートしていた。相手の前に出て懐からナイフを音もなく華麗に取り出す、そして恐怖におののく顔をたっぷりと吟味しながら刃渡りを舌で舐め、優越、負荷ストレスの昇華、快感に精神を委ねさせる。俺に指図するな……。男の脳裏や瞳には、女性や子どもの姿が映っていた。

 しかし駅前を行き交う女性や子どもの数は少なかった。居たとしても一人ではない。必ず2、3人で固まって行動しているし、なんせ時刻がまだ昼過ぎだった、学生ならば学校に居るはずの時間であるし、OLならばと思ったが会社などは駅からは離れている。居るのは騒がしいおばちゃん集団や母子連れ、土産団子屋の暇そうな筋肉質の店員だった……弱そうな奴が居ないと仕方なく男は駅構内を一瞥して去って行った。
 男の傍を「一票プリーズミ~」と選挙カーが通りすぎて行った。何故か隣市の市長選立候補者である『せんだわ みつを』が軽デコトラ(軽デコレーショントラック)の後方に乗っている。愛想よく手を振っていた。マイクが純金製だった。

 親子でもいいか……

 男は狙うターゲットを母子に決めた。できたら抵抗力のない奴が好ましいと探しながら、駅から離れていき歩道を歩いた。歩道は道路の脇で10分程を歩いていくと川沿いの遊歩道に出る。『歴史プロムナード』と称されているそれは、町興しのために付けられたものだった。
 ススキが有名で秋冬になると穂先が旅人を招くという。ついでに狩人も招くという。ちなみに昆虫やクモなどを捕らえて巣に持ち帰り幼虫の餌とするハチのことを『狩人蜂』というが、町には一匹すら居なかった上に寄ってもきそうになかった。町長は町興しで狩人を呼ぼうかと今年の冬向けに早くもクリスマスディナーショーを町役場で計画していた。

 遊歩道を歩くと、向かいから、ひ弱そうな男が歩いて近づいて来た。身長は自分よりも低く、顔色が青白くて健康そうではない。薄青のジーンズに、かかとを履き潰して汚くボロくなったスニーカー、やや猫背で、白いTシャツは首回りが度重なる洗濯で安物の為に草臥れている。とても貧乏臭い若者だった。
「こんにちは……」
 相手はすれ違う前に近づくと声をかけてきた。「どうも」男は、辺りを見回した。
(こいつでいいか)
 出来たら女性の悲鳴が聞きたがったがと思ったが、男は微笑を浮かべて決めた、そうだこいつにしよう、驚いて失禁でもしてくれたなら最高の見世物だ、男の胸の高鳴りは冷静さを失わせていった。
 もとから所持していた黒いゴミ袋を取り出した。それをスッポリと頭から被る。袋には穴が開いており、目と鼻と口の部分が開いている。くっついて暑いが、辛抱だった。周りには車も人もおらず、絶好の機会だと男は信じた。「ふふ」つい笑みが再びに堪え切れられず漏れてしまう。男は目標の相手に背後から小走りに近寄って行った、そして追い抜いた。
 相手の前に背を反らせて立ち、懐から例の「アレ」を取り出した。

 バナナだった。

 男は間違えた、内ポケットの左右を。利き手であるはずの右手ではなくこんな時に限って左手で右ポケット、略して右ポケを弄ってしまったのだ、痛恨のミスだった。無念である。相手は微動だにせず男を見つめていた。「何のッ」と男は負けじとリトライした。今度は間違いなく例のアンビシャスを取り出したが、泣けてきそうだった。
 左手にバナナ、右手にアンビシャスだったが、相手からの反応は確かに恐怖だった。「妖怪!?」
 くまが目の下に酷い相手の方が妖怪に近かったが、緊張が走った。男はニヤリと笑う。
 相手はバナナを見てたじろいでいた。バナナ恐怖症であることも考えられたが、視線はゆっくりとアンビシャスの方へ注がれた。「ん?」相手は何かに気がついて注目した。
「あ、あ、あ、あ」
 大口を開けて男を指さした。男は「?」と不思議に思い、顔をしかめる。所持しているアンビシャスを確かめてみたが、変哲はない。しかし相手の興奮はおさまらなかった。
「貴方の『それ』は――黒漆太刀、『獅子王』!」
 相手から衝撃の告白が飛び出した。「何!?」男は信じられなくアンビシャスを見つめた。黒漆太刀、『獅子王』とは――平安時代末期、源頼政がぬえという怪物を退治した恩賞として与えられた太刀である。近衛天皇の住む御所、清涼殿に毎晩のように黒煙と共に不気味な鳴き声が響き渡り、二条天皇がこれに恐怖していたという。だがついに天皇は病の身となってしまい、薬や祈祷をもってしても効果はなかった為、側近たちはかつて源義家が弓を鳴らして怪事をやませた前例に倣い、弓の達人である源頼政に退治を命じた。頼政は夜、家来を連れ、先祖の源頼光より受け継いだ弓を手にして退治に出向いた。すると清涼殿を不気味な黒煙が覆い始め、頼政が山鳥の尾で作った尖り矢を射ると、悲鳴と共に鵺が二条城の北方あたりに落下し、すかさず家来が取り押さえてとどめを差したのだという。
 その時宮廷の上空にはカッコウの鳴き声が聞こえ、静けさが戻る。これにより天皇の体調もたちまちに回復していった。
 鵺は霊獣とも雷鳥とも凶鳥ともされ、夜に鳴く鳥のことであり、「古事記」「万葉集」にも名がある。「平家物語」に登場し、顔が猿、胴体が狸、虎の手足で、尾は蛇、だが文献によっては胴体については何も書かれなかったり胴が虎で描かれることもある。
 また、「源平盛衰記」では背が虎で足が狸、尾は狐になっており、さらに頭が猫で胴は鶏と書かれた資料も存在しているとある。

 そんな話がある『獅子王』で、国の重要文化財であり東京国立博物館に保蔵してあるはずの刀だが、相手の男には信じて疑いがなかった。
「す、素晴らしい……こんな所で本物に出くわすとは。感激です!」
 一方で盛り上がっていた。「そんな馬鹿なー」夢見たように呟き仰いでいた。
 さらに話は続いた。「こ、これを見て下さい是非」相手からの申し出だった。相手のジーンズの片足で股間から取り出したのは、一本の太刀である。
「名刀、『千人切』です」
 スルリと鞘から刃を見せた。刃が不気味に光る。「ひいいいいい」男が悲鳴を上げた。「どうです、見事でしょう。これは、かの松下村塾で有名な吉田松陰が安政の大獄で処刑された時に用いれられた物なんですよ。凄いでしょう!」と鼻息を荒くして得意げだった。「あああそそそそれはそう、うん」と男も納得したようだった、怖い、と。
「実はですねー」
 相手がもう片方の足の股間から取り出したのはファイティングナイフ、武器としての使用を主眼においたナイフのことである。
「骨董屋でひと目で気に入って競り買った物なんです。高かった割には切れ味が悪くて肉が切れない。仕方ないので『青春・村雨』って名前つけたんスよ。あ、ムラサメ、って、餡や和菓子のことじゃないですよ、フフフ」
 相手は頭を掻きながら照れ笑いをした。もはや男には何が何だか分かっていない。「あのー」
 呼びかけてみた所で相手のペースは絶好調だった。
「そうだ、これから仲間と座談会なんです。『にっかり青江』でお馴染みの備中青江びっちゅうあおえ、ご存知ですか」
「ご存知じでありません」
「やだなぁ、ニッカリ笑う女の幽霊を切り捨てて、翌朝に確認したら石塔が真っ二つになっていたって有名な話じゃないですかぁもう」
 肩を叩かれた。どうにでもして欲しかった。
「で、これから会う奴が持ってくるんですよ。ご一緒に如何です、その名刀『獅子王』を奴にも是非」
「あうぁいえ。遠慮します」
「ですかぁ。残念だなぁ、でしたらお名前だけでも。ボク、室井です」
「ケチ島です」
「けち? どんな字を」
「毛と血です」
 男はサラッと答えたが、警戒したので偽名を使った。「そうでしたか、ケチ島さん」相手は素直に受け入れて、「ケツ島さん」「いえ、違いますケ・チです」「ああ御免なさい、発音が」と名前を覚えた。

 相手は軽やかに去って行った。解放されたケチ島は、脱力しきってしまい、傍にあった地蔵にもたれた。「こんなはずじゃぁ~」
 天に、青空が広がっている。雲が何だか心に溶けた。
 普段は暗い路地を通ることの多い男は「たまには明るい光ルートを」ということで来たはずだったが、成るほど、確かにこのまま相手の勧誘に乗れば明るい未来が待っていたのかもしれないが、さて。
 忘れてはいけないのが、男が通った道は遊歩道、『歴史プロムナード』である。
「そういや、どっかで見たことがある顔だったな……」
 疲れた男は、溜息をついた。
 男は携帯電話を開き時刻が2時を過ぎているのを確認すると、来た道を戻って行った。

 道を道なりに来てみると、脇から一台のパトカーが飛び出してきたので、「危ね」と咄嗟に避けた。パトカーはふらつきながらも時速20キロ位のスピードで安全運転を心がけているようだ。「本当かぁ? 警察のくせに」男はパトカーが出てきた方、交番を見た。
「あ?」
 男の脳裏に光が差す。
「あの顔は」
 男が見ていたのは、交番の掲示板に張られた指名手配犯のポスターだった。「この顔にズギュンときたら病院へ」と撃ち抜かれたハートマークが描かれている。病院へGOである。「いや、そうじゃなくて」
 指名手配犯の顔が先ほど会った相手の顔と同じだったのである。その衝撃に、男は悩んだ。
「どうしたものか……?」
 もし相手が捕まったら、自分も刃物を所持していたことが暴露されるのではないか? そんなことが危惧されて、通報する気にはなれなかった。これが刃物を持った男たちの世界だった……


『珍妙町』の、外灯に光が燈る。この町は寛容で、だが厳しく日本国を批判し独立国地帯となった。
 冬になって狩人を呼ぶ前に、夏の間に『計画電電』を計画している。町内で揃って伝言ゲームをしようと町長が町興しに提案した。実現する。
 時はシェー暦2012年、規制しないにも関わらず、寛容な民はこれまで犯罪歴ゼロだった。
 珍妙な集団である。


《END》


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