2 私にはちょっと手ごわいかも
今日こそ、こいつを殺る。
こいつは、女だ。たぶん。
「さ、行くぞ」
先に立って走り出した。
いつものように、彼女は一拍遅れて飛び立った。
こいつを殺さねばならない理由はない。
本当は誰でもいい。
ただ言えることは、誰も俺がやったとは思わないだろう、というだけだ。
特別に仲のいい「仲間」。
そして俺の部下だから。
「今日はどっちに行く?」
電子音声とともに、ゴーグルモニタに緑色の文字が流れた。
「ちょっと遠くまで行ってみるか」
「ええ」
「アドホールなんかどうだ?」
「あそこ、私にはちょっと手ごわいかも。ちゃんと守ってよ」
「了解」
アドホールにたむろする連中はキルマシン系。第4次世界大戦のアフリカ内陸戦に投入されたものだ。
その後四百年経つうちに、自らを強化する術を会得し、現代の兵士を手こずらせる。
パワー、殺傷力、強靭さ、敏捷性と持久力。
どれをとってもンドペキ達と同等の能力を備えている。しかも、組織的な行動ができる。
つまり臨機応変な思考能力を持ったマシンのひとつである。
アドホールまで飛べば、人間の兵士達の数は極端に少なくなる。
こいつをやるには絶好の場所だ。
人目は少ない。
そして、政府の監視も手薄だ。たぶん。
あのエリアでサーベイランスアイを見たことはない。
監視衛星はカバーしているだろうが。
サリは従順について来る。
「俺と二人じゃ、不安か?」
「いいえ。ぜーんぜん」
幾重にも積み重なった瓦礫の山の上を駆けていく。
俺もサリも、同型のブーツを装着している。抵抗をできるだけ小さくするために、地面ぎりぎりの高さで推進する軽戦士用タイプだ。
余計なエネルギーを消耗しないよう、俺とサリは時速百キロ程度を維持しつつ、構築物の残骸を縫うようにして走った。
サリは右利き同士のペアパーティの基本的隊形を守って、右四十五度後方百メートルの位置にぴったり付けている。敵を容易に挟み撃ちにできる位置取りだ。
目的地までの移動中に必要な情報交換はしておくのが普通だが、サリから話しかけてくることはまずない。
二人で狩に出かけることは度々あるが、いつまでたっても打ち解けない奴、という印象の女だ。
素顔を見、声を聞いたのは二年程前。記憶は定かではない。
しかも本当の性別は不明。
擬装用マスクは普通に市販されている。
ただ俺は、サリが女だと思っていた。
確か、美しいブロンズの長い髪を持っている。
サリ自身は女であるように振舞っていたし、仲間も女として扱っていた。
よほど親しい仲でない限り、性別を尋ねることはないし、過去を尋ねることもない。
まして本名は。
明日死ぬかもしれない兵士だからではなく、自分が何者であるかを他人に知られることが、誰にとっても非常に大きなリスクだからである。
しかし、俺はどうかしていたのかもしれない。
こいつを今日殺すことに、知らず興奮していたのかもしれない。
タブーを破った。