ぼーちゅーじゅつを教えなさい! 恋する九才!
「ジライ、『ぼーちゅーじゅつ』を教えなさい」
腰に両手をそえ、えらそうに胸をはっているのは、腰までの黒髪も美しい愛らしい美少女だ。インディラ国ラジャラ王朝第一王女――ラーニャ御年九才。公式的には十二代目国王ナーダと第一夫人セレスとの間の娘という事になっているが……彼女の実の父は、今、目の前で跪いている忍者ジライであった。
ラーニャも実の父が誰かは知っていた。が、王族と忍者では身分が違う。普段から彼女は父親に命令口調で口をきくし、ジライの方も臣下の態度を崩そうとしない。
「房中術にございますか、ラーニャ様?」
ジライは実の娘に対し片膝をついて跪いていた。今は後宮のラーニャの部屋に居るので、覆面を外し、微笑を浮かべる白い素顔を見せていた。最愛の女性セレスと愛娘ラーニャの前では、彼はいつもにこやかなのだ。
「して、その技、覚えられたら、どなたに使われるおつもりなのです?」
「誰でもいいでしょ。おまえには関係ないわ」
ラーニャはツーンとそっぽを向いた。
「しかし、相手が誰かによって教える技の種類が変わりまするが?」
「え、そうなの?」
ラーニャは口元に指をあて、思案するようにうつむいた。房中術は学びたいけれども、余計な事は話したくない。ジレンマだ。
「その相手、男にござりまするか? それとも女?」
「男よ」
「年上? 年下?」
「……言いたくないわ」
「ですが、それでは」
「良いから教えなさい!」
ラーニャは箪笥まで走ってゆき、引き出しより母の部屋から内緒で借りてきたモノを取り出した。
「この私の命令よ、教えなさい、ジライ!」
そう言って手にした物を滅茶苦茶に振り回した。
「あっ、痛っ、いたたたたた」
と、一応、顔はガードしながら、ジライはニコニコ笑っていた。全然、痛そうではない。ラーニャは息を切らし、癇癪を起こして手のモノを床に投げ捨てた。
「なんで、悦ばないのよ、ジライ!」
「ははははは」
「お母様が振るえば、メロメロになっちゃって、何でも言う事を聞くくせに!」
「私めはロリコンではございませぬから。女王様には、やはり、それ相応のお色気が必要。ラーニャ様がこれを振るわれるには十年、いえ、六〜七年ぐらい早うございます」
床の上に落ちているバラ鞭を拾い上げ、ジライは恭しく拝礼してから、ラーニャへと差し出す。
「セレス様のお部屋に戻してらっしゃいませ」
「うぅ〜」
ラーニャは顔を真っ赤にして忍者を睨んでいた。
「……どうあっても教えない気?」
「さあ? ラーニャ様がもう少し詳しくご事情を話してくださるのなら、場合によってはお教えしてもよろしゅうございますが」
「意地悪!」
「して、誰に房中術を使われるおつもりなのです?」
笑顔を浮かべる忍者に対し、ラーニャは鋭く叫んだ。
「教えなさい! 今、教えなきゃ、ナイス・ボディのプリンプリンの女王様になった時、鞭で叩いてあげないわよ!」
「ああああああああ」
ジライはよろめいてうつむき、額に手をあてた。
「……それは、ちょっと効果的な脅しにござるなあ」
「ねえ、ジライ、十年したら女王様ごっこしてあげるから、ね、教えてよ」
「………」
「鞭以外の事もしてあげる。ローソクでもつるしでも、おまえの好きなことやったげるから。ね? ね? ね?」
ジライは苦笑を浮かべた。
「……いた仕方ございませぬなあ」
「それで、教えちゃったの、房中術?」
自室で、伴侶であり最愛の奴隷であるジライからの報告を聞いて、セレスは美しいサファイアの瞳を見開いた。
「はい。ですが、ベッド・テクニックなぞは教えておりませぬ。子供が知っていても差し障りのない、ナンパ・テクニックの一部のみをお教えいたしました」
セレスは、まったくもうしょうがないわねえと愛しい忍者を叱った後、小首を傾げた。
「それにしても……ラーニャったら、一体、誰に房中術を使う気なのかしら?」
「ガジュルシン様ではございませぬか?」
「ガジュルシンねえ。確かに、最近、あの娘、ウシャスの所に入り浸っているけど……」
ナーダの第二夫人ウシャスの長男ガジュルシン。ラーニャにとっては、表向きは二つ年下の義弟にあたる。しかし、ラーニャの実の父はジライなので、本当はまったく血のつながりはない。
ガジュルシンはおとなしく、やさしく、聡明な少年だ。外遊びが好きなラーニャとは、あまり気が合っているようには見えなかったが……
「ガジュルシン以外に年相応の男の子は側にいないものねえ……後宮育ちだものね……。後、考えられるのはグスタフかしら? エウロペに遊びに行った時、あの子、金魚のフンみたいにグスタフについて歩いてたもの」
「あれは、グスタフ様を慕うというよりは、現勇者様のお背の『勇者の剣』に興味津々といった感じでしたが……」
「そういえばそうだったわねえ」
二年前、セレスが実家に里帰りした時、子供達は現勇者グスタフに懐きまくっていた。剣や乗馬の稽古をつけてもらい、せがんで一緒に庭で遊んでもらったりしていた。インディラに戻ってから、ずっと、ラーニャはグスタフと文通をしてはいたが……単なる憧れに過ぎない気もする。
グスタフでないとすると、残りは……
「ね、ジライ……アーメットなんて事はないわよね?」
「まさか」
ありえないと忍者は片眉をしかめてみせた。
「あれほど仲の悪い姉弟も、そうそうありませぬぞ」
「そうよねえ」
と、セレスは顔をひきつらせたところで、ノックも無しに扉が勢い良く開いた。
「ジライ父さん! よくも騙しやがったな!」
と、そこまで怒鳴ったところで、侵入者は口をきけなくなった。瞬時に背後に回ったジライに拘束され、首を締められたのである。
「このたわけ! セレス様のお部屋にノックも無しに入るでない!」
そこでジライは腕に入れる力を少し緩めた。腕の中の子供は苦しそうに舌を出し、それからキッ! と、背後を睨みつける。
「父さん、よくもオレを騙した、うぐっ!」
「『ごめんなさい、お母様』は?」
再び首を締められて、子供はジライの腕の中でジタバタする。が、幾ら暴れても忍の手は振り解けない。
しばらくしてジライが腕を緩めると、子供は悔しそうに顔を歪め、セレスに向かって頭を下げた。
「……ごめんなさい、お母様」
「次は気をつけてね」
と、セレスがニッコリと笑みを浮かべた。
「はぁい」
セレスからお許しの言葉が出たので、忍者はようやく子供を解放してやった。
淡い金髪、青の瞳、小麦色に日焼けした健康的な肌の子供だ。まだ七才なのだが、体格が良いので十才ぐらいに見える。薄手の胴衣に、インディラ風のズボン。いずれも王族の少年らしい上品な作りだ。
「で、我が何を騙したというのだ、アーメット?」
少年はジライを……実の父親を睨みつけた。
「アーメットって呼ぶなよ! 今、オレは忍者装束じゃないんだから、アーメット様って呼べ!」
フンとふんぞりかえる子供に、ジライは満面の笑みで応えた。
「おお、そうですなあ。確かに、今は、第二王子アーメット様のお姿にございますなあ」
にこやかに微笑みながら、ジライは王子の頭を撫でる振りをして、ぐりぐりと力をこめてこね回した。
「いてぇ! いて! てててて」
「しかし、王族にしては、いささか言葉使いがお悪いのではございませぬか、アーメット様?」
「やめろ! 頭頂には神が宿っておられるんだぞ! 汚い手で触るな! インディラ教の教えぐらい覚えろ!」
「ははははは。あいにく私めは無神論者にござりますれば」
「ちきしょう! どーして、ジライ父さんは、オレばっか苛めるんだよ!」
「それは心外な! 苛めてなぞおりませぬぞ。愛を込めてご指導いたしておるまでの事」
ジライから無理やり離れ、アーメットはビシッ! と、父を指さした。
「嘘だ! 姉様には忍者修行させないくせに、オレだけビシバシむちゃくちゃにしごくじゃん!」
「ラーニャ様はおなごにございますゆえ、いずれ、どこぞに嫁がれればよろしい。しかし、アーメット様は男。王位継承権などというやっかいなものと縁がございます。繰り返し申し上げておることながら、アーメット様の父親はこの私、卑しき忍者にございます。つまり、アーメット様のお体には、偉大なるラジャラ王朝の血は一滴も流れておりません。そんな者が、もし間違って王位に継ごうものなら、先祖の霊はお怒りになられる事でしょう」
「それはわかってる! その話はもう耳タコだ!」
「ですから、アーメット様の未来は二つ……。世俗を捨て髪を剃ってインディラ寺院に入られるか、十才の年で病死の工作をして以後お庭番として新たな人生を選ばれるかの二択。ですが、ハゲはお嫌いでしたな? ならば、やはり、忍となり、このジライの跡を継いで」
「それだ! それが嘘なんだ! もう騙されないぞ!」
「何ですと?」
アーメットはへへんと得意そうに胸をそらせた。
「ナーダ父さんから教えてもらったんだ。臣下の貴族になって生きる道もあるって! ナーダ父さん、必要なら、すぐ一家系作ってくれるってさ!」
「………」
ジライはチッ! と、舌打ちをした。ナーダめ、アーメットに余計な知恵をつけおって、と、低く呟きながら。
「でもね、アーメット」
それまで親子のスキンシップに口を挟まなかったセレスが、微笑みながら諭す。
「王族の男子が絶えた場合、臣下となった貴族の家系から王が選ばれる事もあるのよ。ついでに言うと、出家したインディラ僧侶が還俗して王位を継いだ例もあるわ。ナーダがそうだもの」
にこにこにこ。セレスは女神のように微笑んでいる。
「だからね、アーメット。私やジライは、後腐れがないよう、十才になったらあなたには死んでもらいたいの」
「お母様……」
「だいじょうぶ、本当には殺さないから。病死って事にしてお葬式をあげるだけ。王子アーメットは死ぬけれど、新たに忍者アーメットが生まれるのよ♪」
「それが嫌だって言ってるのに〜〜〜〜」
うわ〜んと泣き出して、少年は部屋から飛び出した。
「ひとでなし! おまえら、それでも実の親かよ!」
との捨て台詞を残して。
それを見送った二人は……
「いつ見ても、気持ちいいぐらい元気な子ね」
「はい。あれならば立派な忍になりまする」
と、子の心親知らずで……というか、子の心を黙殺で、のほほんとしているのであった。
ラーニャの意中の相手が気になるので、その日の午後、セレスは第二夫人ウシャスの部屋を訪れた。
ウシャスは、しっとりとした黒髪もつややかな、細面の美女だ。慎み深く控えめな性格の彼女は、第一夫人のセレスをいつも敬っていた。なにしろ、セレスは彼女にM奴隷の悦びを教えてくださった女主人(女王様)なのだ。ウシャスは、自分に快楽を与えてくれる、セレス、ナーダ、ジライを心より慕っていた。
ウシャスの産んだガジュルシンは、アーメットよりも一ヶ月年上なので、第一王子の位を持っている。外見はナーダよりもウシャスに似ており、小柄で、少女のようなやさしい顔だちだ。武芸よりも学問が好きで、教師達が舌を巻くほどの利発さがあった。体があまり丈夫ではない事と、おとなしすぎる性格こそ心配だったが、王国の跡継ぎとして家臣からは絶大な期待が寄せられていた。
ガジュルシンの弟、第三王子ガジャクティンは五才。ナーダそっくりの糸目の腕白坊主だ。実の兄よりもアーメットに懐いており、彼の弟分となってひがな一日元気に暴れ回っている。
今、ウシャスは三人目の子供を身ごもっていた。間もなく臨月なので、SMプレイはずっとお休みだったが、セレスがジライを伴って現われるとやはり心ときめくのか、頬を染め、うっとりと二人を見つめるのだった。
「お二人でお渡りとは、お珍しゅうございますね」
「ええ、ちょっと、子供達が見たくて」
セレスはきょろきょろと室内を見渡した。
午後のこの時間は、ウシャス親子の憩いの時間だ。『三度の食事の時間と食後しばらくは、用事がない限り、子供と同じ部屋で過ごすように』とのナーダの言葉をウシャスが忠実に守っているからだ。
理解は会話から始まる。王位継承を巡る醜い争いを経験しているナーダは、子供達の精神がすこやかに成長する事を願って、国王として超多忙であろうにかなりの時間を割いて後宮で家族と過ごしていた。その時には、ラーニャもアーメットも自子として扱い、分け隔てなく可愛がっている。
遊び仲間の義兄弟もいるし、国王自らがおもしろい話を語ってくれたり武術をつけてくれたり遊んだりしてくれるので、ラーニャもアーメットも日中はよくウシャスの部屋に居る。
部屋にナーダの巨体はなかった。今日は表で政務なのだろう。
辞書のように大きく厚い本を閉じて立ち上がり、セレスに会釈をするガジュルシン。兄に促され、床の上から立ち上がり頭を下げるガジャクティン。戦争ごっこをしていたようで、床の上には兵隊の人形がいっぱい散らばっていた。
しかし、ラーニャは居なかった。ついでに言うと、アーメットも居ない。
「今日はラーニャは来てないのかしら?」
「ラーニャ様ですか? 昼食をご一緒しましたよ。先ほどまでは、ガジャクティンの遊びに付き合ってくださってましたが……」
「ラーニャ、庭だよ」
誰に対してもものおじしないガジャクティンが、セレスの顔をジーッと見ながら答える。
「さっき、出てった」
「あら、そうなの? 庭に何をしに行ったのかしら?」
「しらない」
「そう、わかったわ。ガジャクティン、ありがとう」
ガジャクティンは、まだ、ジーッとセレスを見つめていた。兄のガジュルシンが弟の額をこづくまで、目をそらそうとしなかった。
「いけないよ、ガジャクティン。人の顔をそんなに見るのは、お行儀が悪い。セレス様に失礼だよ」
「あら、いいのよ、ガジュルシン。ねえ、ガジャクティン、何で私の顔をずっと見てるの?」
「セレスさま、おんなゆーしゃ?」
「昔、ね。今は私の甥が、今世の勇者よ」
ガジャクティンが、ニカッと嬉しそうに笑った。
「すっごい、ほんものだったんだぁ」
「え? 本物?」
セレスの口に微笑が浮かんだ。
「おんなじなまえかとおもった」
「あら、そう。別人だと思ってたのね」
「うん、ボクね、ゆーしゃのご本すきなんだ。ぜんぶ、すき。ゆーしゃランツがいちばんだったけど、きょうからは、おんなゆーしゃセレスをいちばんにする」
「あら、ありがとう」
「じゅーしゃの、ぶとーそーナーダって、とーさま?」
「ええ、もちろん、そうよ」
ガジャクティンはパァッと顔を輝かせた。
「すごぉい、すごぉい、すごぉい! ボク、ゆーしゃの、じゅーしゃの、こども! えいゆーの 子だね!」
「そうよ」
セレスは笑いを堪えられなかった。『国王の子供』であることより、『勇者の従者の子供』である事の方がガジャクティンには重要であり、誇らしい事のようだ。
「父上は自慢話がお嫌いなので、ご自分に関わる話はあまりなさらないんです」
ガジュルシンが、弟が何故、セレスが女勇者本人であるか知らなかったかを説明する。
「ガジャクティンはお勉強となると部屋を抜け出しますから、絵本と父上のお話でしか世の中を知らないのです」
「あら、まあ、そうだったの。ガジャクティン、つまらなくてもお勉強はしなきゃ駄目よ、あなたは王子なのですもの、お国の為にお勉強しなきゃ」
「しない。べんきょーは、にーさまがすればいいの」
ガジャクティンがプンと頬をふくらませる。ガジャクティンの勉強嫌いは半分以上家庭教師のせいだと、セレスも知っていた。ガジャクティンの知能は五才としては平均レベルかそれより上だ。しかし、普通ではないほど利発なガジュルシン王子がそばにいた為、家庭教師達は兄をひきあいに出して『兄上様はこの年にはコレができた』、『この年にはここまで理解していた』、『せめて、これぐらいができなければ恥ずかしいですよ』などと言って、小さな子供の心を深く傷つけたのだ。
その家庭教師達はナーダの大目玉をくらって王宮より追い出されてはいたが……新しい家庭教師もガジャクティンは嫌い、顔を見るだけで逃げ出してしまうのだ。
「お勉強しないと、将軍にもなれないのよ?」
「いいの。ボク、ゆーしゃの、じゅーしゃになるから。ボーケンのタビに出るんだ」
「あらあら、それは大変」
セレスは真面目な顔になった。
「勇者が従者と旅に出るのは、ケルベゾールドが復活した時だけよ。そんなこと、起こっちゃいけないのよ」
「へーきだよ、ボク、つよいもん。ケンならにーさまに、かてるんだよ! かくとーも、ヤリも!」
「うん、そうだね。おまえの方が僕より、ずっとずっと強い」
やさしく微笑む兄。ガジャクティンは得意そうに両手をふりあげた。
「マゾクなんか、やっつけてやる!」
「たのもしいわね」
セレスはニッコリと笑みを浮かべた。
「じゃあ、もと勇者として、あなたに従者になる為に必要なことを教えてあげるわ」
「ほんと!」
「ええ、ほんとう」
「やったぁ!」
「いい、ガジャクティン、勇者の従者となる為にはね……まずは語学を勉強しなさい」
「え?」
「勇者はね、世界中を旅するでしょ? その中には共通語がほとんど通じない所もあるのよ。その国の言葉が読むことも書くことも話すこともできないって、すっごくすっごく肩身が狭いの。周りから馬鹿だ馬鹿だって言われるし、その国の人間から白い目で見られるし、すんごくつらぁい事なんだから!」
実体験に基づく助言だけに、セレスの言葉には深い思いがこめられていた。
「それにね、その国の言葉がわからないと、何を話してるのかさっぱりわからないでしょ? 自分の隣で悪人が悪いことをしようとしてても、気づけないのよ。悪人をつかまえられないのよ!」
「……そっか」
「言葉の他にその国の文化のお勉強も必要よ。その国で何が良い事なのか悪い事なのかわからないと、悪が何だかわからないもの」
「……そっか」
「勇者の従者になりたかったら、まずは語学の勉強、それから各国の歴史やお国事情をしっかり頭に入れなさい。勇者の為に働ける優秀な人間だからこそ従者になれるのよ」
「うん」
「あなたはちょっと習っただけで、あっという間に、剣や格闘や槍が上手になった努力家だもの。大丈夫、従者にとって必要な事なら、きっと覚えられる。頑張れるわ、もと勇者の私が保証する!」
「うん!」
ガジャクティンが元気に答える。父親譲りの糸目をキラキラと輝かせ、尊敬するもと女勇者を見つめて。
ウシャスがありがとうございますと、セレスに頭を下げた。兄のガジュルシンも、見守るように弟を見つめていた。
「かわいかったわね、ガジャクティン。男の子はやっぱり、四、五才の頃が一番」
庭に出てラーニャを探しながら、セレスは上機嫌で忍者に話しかけた。
「アーメットも、あの頃は、もっとかわいかったわよねえ。私達がどんな嘘をついても、何でも信じて。あの子、口裂けオババの話、本気で信じて、怖くて一人じゃトイレにも行けなかったのよね」
と、キャラキャラとセレスが笑う。
忍者ジライは、陽射しの強い外に出たので覆面を被った。
後宮の庭は広い。周囲を見渡しても、一向にラーニャが見つからないので、木に登り高みから辺りを見渡す事にする。
「居りました、ラーニャ様です。両足をぶらぶら揺らしながらベンチに座っておられます……お一人です。誰かと待ち合わせでもしておられるのでしょうか?」
「行ってみましょ」
ジライの案内で木陰や草むらに潜みつつ、二人はラーニャとの距離を詰めていった。ラーニャの斜め正面の背の低い木立の裏に、腰をかがめて潜む。枝の間からラーニャを覗けたが、葉が大変茂っているので相手からはこちらが見えない。
「む?」
忍者が遠方を見やり、小さな声でいぶかしそうにつぶやく。
「まさか! そんな、しかし……」
そして、小声でセレスに、
「すぐに戻りまする」
と、言い残し、音も立てず、消える。
セレスはジライが見つめていた方角へと顔を向けた。
人が歩いてくる。供を二人、左右に従えて。まだ遠いので、顔の判別はつかなかったけれども……その体つき、身なりから、中央に居るのは誰かはすぐにわかった。
「え? でも……」
セレスは苦虫を噛み潰したような顔となった。
だいぶ相手が近づいて来てから、ようやくベンチのラーニャも相手に気づき、元気良く立ち上がってぶんぶんと右手を振り回す。
「こっち、こっち」
「はい、はい」
中央の人物は左右の従者に下がるように手で合図をし、一人、ラーニャの元へと近づいて来た。ターバンまで白で統一した高貴な姿。落ち着いた物腰。品格のある口髭。糸目を細め、その者はにこやかにラーニャに微笑みかけた。
「お手紙受け取りましたよ、ラーニャ。私と二人っきりでお話がしたいとの事でしたが、どうなさったのです?」
「ナーダお父様ぁ」
血の繋がりのない父親を見上げるラーニャの瞳は、恋する少女のものだった。