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戦国小町苦労譚  作者: 夾竹桃
小話 其之壱
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魔性の女 濃姫

「お待たせしました。錠菓(ラムネでございます」


「様々な色合いや形をした菓子か。見ただけで楽しめるとは流石じゃ、静子よ」


平皿に乗せられた色とりどりのラムネ菓子に、濃姫は満足そうに頷く。

ラムネ菓子はブドウ糖、片栗粉、クエン酸の三つで作れる。ブドウ糖は薩摩芋のデンプンから作り、片栗粉はジャガイモから作れる。

唯一クエン酸のみ面倒だが、使う水の量を減らし、レモンの絞り汁で代用出来るので問題なかった。


「身体に吸収されやすい糖分を使用しておりますので、食べ過ぎに注意です」


「ほっほっ、注意しておこう。さて、少々包んで貰えぬか? 殿にも食べさせてやらぬと、後でいじけそうじゃからのう」


「その事については返答できかねます……包む事は問題ありません。すぐに対応します」


静子はラムネ菓子を小型の壺に入れ、濃姫に手渡す。

それから暫く静子の所で遊び尽くした濃姫は、上機嫌のまま岐阜の信長居館へ帰宅する。

帰宅後、早速信長とラムネ菓子を食べようとした濃姫だが、居館で働く小姓の一人に呼び止められた。


「何じゃ、妾は殿に用があるのじゃ」


「手短に終わらせます。以前、濃姫様にお仕えしていた侍女の露ですが、身体を壊した為に里へ帰りました。つきましては、露の代わりに新しい侍女を雇い入れました」


「ほぅ……では早速だが新しい侍女に仕事を与える。この文を殿に届けてまいれ。仁比売から、と言えば殿は理解するじゃろう」


言うやいなや、手紙を新しい侍女に押し付けると、濃姫はそのまま返答も聞かずその場を去った。

それから終始無言で自室に戻った濃姫だが、部屋の扉を閉めてようやく彼女は表情を変えた。


(新しい侍女じゃと……馬鹿者が。あれは侍女ではなく他国の間者じゃ。まぁおおよその予測はつくのう。妾から仁比売の居場所を探る気じゃろう)


仁比売の存在は公にはなってはいないものの、信長が莫大な富と幾つもの革新的な技術を持つ、もっともらしい理由として他国に知れ渡っていた。

更に仁比売は従四位上が初めての位だ。平安時代に絶大な権勢を誇った藤原道長の息子、頼通ですら昇殿が許される五位が初の位である。

途絶している綾小路家の娘、それも公には一度として姿を見せた事がない人物に、義昭の従四位下を超える従四位上が与えられれば、誰もが意識を向けるだろう。

ある者は自分の陣営に引き込む為、ある者は革新的な技術を盗む為、仁比売の居場所を探る。

しかし他国の間者が四苦八苦しながら探りを入れても、未だ仁比売の居場所の手がかりすら見つけられないのが現状だ。


(存在しない事を証明するのは困難じゃ。そして仁比売が存在している方が、朝廷や寺社連中には都合が良い。仁比売が殿の計略と気付くのは、果たしていつの事やら。全く殿も人が悪い)


どこかの部屋に隠れ、自分から渡された文を急いで書き写している間者の姿を想像して、濃姫はくすりと笑う。


(不正な方法で入手した情報なら真実だろう、と人はあっさり思い込む。それを後押しするために、少しの事実を混ぜておけば、ますます真実だと思い込む。鋭い者なら嘘だと気付くが、今度は何が真実か分からなくなる堂々巡りに陥る。妾にとってはどちらでも良い結果じゃ)


濃姫の手紙は嘘が三割、まるで意味がない情報が六割、真実が一割の割合で書かれている。

ただし真実と言っても、信長が間者対策に流している内容を、濃姫なりに言い換えた内容だ。

つまり真実が入っているようで一つも入っていない。それどころか単なる時間の浪費にしかならない手紙だ。


(さて、次の間者はいつまで耐えてくれるかのぅ)


天使にも悪魔にも見える笑みを浮かべつつ、濃姫は新しく手に入ったおもちゃの扱い方を考え始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人は琴線を切ったり逆鱗を剥がされたりすると心が折れるからその筋の達人だったのでしょう
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