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ピンクワンピース襲来



  作り方はとってもカンタン


  おいしいおいしい手作りクッキー


  お好きな材料さっくり混ぜて


  仕上げはもちろんカクシアジ


  たっぷりたっぷり心を込めて


  愛するひとに贈りましょう






   *



「新しいウェーブを感じるな」

 知人から譲り受けたテレビジョンから流れてくるコマーシャルフィルムに、名探偵は目を細めた。

 日曜朝放送の『戦え僕らのフルーツレンジャー』を見終わったまま、つけっぱなしのテレビジョン。同じコマーシャルフィルムを何度見たことだろう。

「私など、すっかりこの歌を覚えてしまった」

 得意げに鼻を鳴らし、名探偵は歌い出す。

「作り方はとってもフフフン、フフフンフフン手作りフッフーン」

「つっこまないわよ」

 助手が冷たく言い放つ。それ自体がすでにつっこみであるあたり、限りなく優しい助手だ。

 見た目だけは無駄に豪奢に、名探偵と助手は応接間でテレビジョンを眺めていた。柔らかい金色の髪、すらりと高い背、黙っていれば美形の自称名探偵、シャルロット=フォームスン。その助手、豪華絢爛、つまり派手な、こちらもブロンドの美女、エリスン=ジョッシュ。

 ロンドド郊外にある三階建てのアパートメント、その二階に、フォームスン探偵社は君臨していた。年がら年中「名探偵在中」の看板がかけられているが、万年詐欺というか、本人はそう思ってるけどごめんなさいというか、つまりここに名探偵はいないわけだが、そんなことはどうでもいいとして、探偵社は今日も平和だ。

 つまるところ、今日も客がいなかった。

 ヒマだった。

「流行のウェーブを嗅ぎ取るのは重要なことだとも。そう、たとえば今日の私の服装のようにね。そうは思わないかね、エリスン君?」

 シャルロットはそういって、肘掛け椅子の上でふんぞり返る。

 いつもは頭の先から足の先までビシリと決めているはずの探偵ルックだったが、今日は事情が違っていた。

 ノースリーブだった。

 ノースリーブ探偵ルックだった。

 本来大変過ごしやすいはずのロンドドの夏だったが、今年は連日ニュースペーパーに載るほどの異常気象。そんなわけで、名探偵自ら考案したクールスタイル、肩以降をワイルドに切り取った自作品。

「いいにくいけど」

 エリスンもまた袖無しだったが、ドレス姿なのでそれほど違和感はない。彼女は『週刊ゴージャス』を愛読するほどのオシャレ好きであるので、そもそも身だしなみには大変うるさい。

「ものすっっっっっごくダサイわ」

 いいにくさを微塵も感じさせない滑舌で、エリスンはいいきった。

「はっはっはっ」

 シャルロットは笑う。

「またまた」

 都合の悪いことはあんまり聞こえてこない、それこそが名探偵イヤーだ。

「大体ね、あなた名前はそんなだけど、イイオトナの男性なわけでしょう? なんなのそれ、その華奢具合。細いわ白いわ。ケンカ売ってるの?」

 デスクの上に乱暴にコーヒーのおかわりを置いて、エリスンが文句をたれる。テレビジョンはデスク上に置かれているので、すでに満員御礼状態だ。間違いなく仕事どころではない。

「私の細さは所詮男性のそれだからね。見た目ではわからない力強さ、太さ、筋肉があるとも」

「よくいうわ。もしいまここに、武闘派のお客様でも来たらどうするの。吹っ飛ばされるわよ」

 エリスンの言葉はもちろん冗談だ。武闘派の客などまず来ないうえに、たとえ武闘派であっても、客である以上シャルロットが吹っ飛ばされるいわれはない。というよりたぶん客が来ない。

「なにをいうかと思えば。テレビジョンの見すぎじゃないのかな、エリスン君」

「ちょっとは運動しなさいっていってるのよ、シャルロット」

 いつもどおりのそんなやりとり。

 そのまま、冗談で終わるはずだった。

 のだが。

 世の中には、予想を超える武闘派というものが存在する。

「助けてください、シャルロットさん! エリスンさん!」

 バーン。

 一瞬の出来事だった。

 叫び声と同時に現れたのは、ピンク色のふりふりワンピースをはためかせた、シャルロット探偵社の常連客。その名はキャサリン。

 キャサリンは扉を開け放ち、つなぎ止めている金具を根っこからぶちこわして、格闘術の最終奥義のように扉そのものを前方へ押し出す。

 青いオーラが見えた。

 必殺技スチルも見えた気がした。

 轟音、揺れる探偵社。

 弾丸となった扉の進む先には、肘掛け椅子。

 当然、名探偵がすわっていた。

 おや客かなという体勢で首を曲げた名探偵、その顔面に、風圧を伴って扉が突っ込んでくる。

 悲鳴はなかった。

 床、シャルロット、扉というサンドイッチが、一瞬にしてできあがっただけだった。

「あ! すみません、わたしったら……!」

 キャサリンはぱっと頬を赤らめる。恥ずかしそうにうつむきながら、えいっと扉を人差し指で弾いた。ブゥオ、ドゴン。今度は壁に激突。

「…………ぁ……ぉ……ぁあ……う……」

 いやなに、お気になさらずに。そういったつもりだった。全身を駆け巡る言葉にならない痛みを感じながら、シャルロットはパイプを吹かそうとした。実際にはがくがくと手が震えまったくままならないので、気持ちだけで吹かす。

「助けてといっても──キャサリンさん、あなたを助けることのできる人類が、この世にいるかどうか……」

 上司の心配などまったくせず、エリスンは悩む。シャルロットも同じ思いだ。探偵社に漂う、だってもう最強じゃん感。

「あ、とりあえず、どうぞ、おすわりください」

 命題は置いておいて、エリスンは応接ソファを勧めた。紅茶を用意して、それからできあがったばかりの菓子も運ぶ。

「どうぞ、プリンです」

「あ、ありがとうございます」

 キャサリンは慎ましくソファに腰掛けた。ふわふわの髪は今日は後頭部で一つにくくられている。ワンピースと一体化していたが、よく見ればエプロンをかけていた。

「む。プリンか、私もいただこう」

 耐久性にだけは定評のある名探偵も回復、むくりと起き上がってソファにすわった。どうせそういうだろうとあらかじめ用意していたプリンを、エリスンは並べる。ついでに自分の分も。皿には移さず、型に入ったままの状態だ。

「いただきまーす」

 大合唱。

 スプーンをぷるぷるのプリンに差し入れた瞬間、三人に衝撃が走る。

「こ、これは……!」

 シャルロットが呻く。

「新しいですね、エリスンさん!」

 キャサリンが感動する。

 無言で一口食べて、エリスンは容器ごとシャルロットに譲った。

「いうなれば、ビフォーアプリン! 新鮮なミルクと卵と砂糖のハーモニー! 相変わらず、素晴らしい発想だ、エリスン君!」

 固まっていなかった。

 ミルクと卵と砂糖の混ざったものだった。

「ええと……キャサリンさん? それで、本日はどういったご用件で?」

 エリスンが取り繕うように本題に入る。キャサリンは慌ててビフォーアプリンを飲み干すと、そうでした、そうなんですと、右往左往し始めた。

「きっともうすぐ、ここにジョニーが来ます。わたしは来てないってことにしてもらえませんか! かくまってください! わたし、このままでは、二人の愛の巣には帰れません!」

 二人の。

 愛の。

 巣。

 名探偵と助手の思考が、一時的に停止した。







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