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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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ガールズ・メランコリー

 さらに歩くと通りの脇に看板がかかっているのが見えてきた。

「バルベナス薬貨品店……か。初めて来たなぁ」

 ファイセルは今まで気にかけたことも無かったが、二階建てのかなり大きな薬屋だ。

 休暇中の課題の対策に向けてか店内は学院の生徒であふれかえっていた。人にぶつからないように気をつけながら一階を見て回ったが、広すぎてどこを見て歩いたのかわからなくなってくる。

気づくと二階の隅にビン漬けの調合材料らしき物の売り場に追いやられていた。

「う~ん、ナマケネズミの眼球に……オーグ熊の舌、スピン鮭のウロコ……?アオゴケ猿の胃袋……なんか妙なコーナーに迷い込んでしまったなぁ……いくらビン漬けコーナーだからってここらへんにビンは売ってないよね」

 次の瞬間、ファイセルは肘で腰のあたりをつつかれ、驚いた。
――ここには誰もいなかったはずなのに。

「おい、お前、何やってんだこんなところで」
「!?」

 振り向いて下を見るとそこにはチームメイトのリーリンカがいた。自分が170cmそこそこと並の身長にも関わらず、相変わらず彼女はひどく身長が小さく見える。まぁ実際小さいのだが。

「店の入り口でお前を見かけたのでついて来てみれば……お前こんな材料使わんだろ……マジカルクリーチャーのカリキュラムにも薬品調合があるのか?ないだろ。」

 リーリンカは悪趣味なコーナーに居たファイセルに半ば呆れているようだった。

「うわ~、助かったよ。この店初めてでさ。迷っちゃってさ。」
「まぁこの店は広いからな。初めて来て迷うの無理はない。しかし、迷子とはまるで子供だな」

 彼女は瓶底眼鏡をクイッとあげて皮肉っぽく笑った。眼鏡が分厚すぎて目元の表情は窺い知れないが。かなり子供っぽい見た目をした相手に子供っぽいといわれるのはいささか違和感があったが、思わぬ助け舟に安堵した。

「で、何を買いに来たんだ?」
「ホムンクルス用のビンが欲しいんだけど、どこで売ってるかな?」
「なんだ? お前さっきから専攻外の事ばっかりで。どっかの講義にモグりでもしてるのか? まぁいい、実験容器は一階だ。ほら、階段を下りるぞ」

 リーリンカは先頭を切って歩きだした。彼女は魔法薬専攻なのでこの薬貨店にはしょっちゅう訪れるらしい。店の構造は大体把握しているそうだが、そんな彼女でも何に使うかわからない道具や、材料が多く並んでいるという。

 魔法薬調合以外の専攻の生徒用の道具や素材も多く取り揃えているからのようだが。

 混雑する店内を縫うように歩きながら、実験容器コーナーの前についた。大小様々な容器が売っている。試験菅、ビーカー、フラスコ……大きい物では男性が両手でかかえないと持てないほどの大きな容器も売っている。

「えーと、小型ホムンクルス用のビンは―」
一番安いビンの値札を見てファイセルは目を疑った。
「は、8万9千9百シエール!? うわ高っ!」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。一瞬、店中の視線が集まる。


「馬鹿! 声がでかいって。妥当な値段だろ。それに、この店はこれより高い商品なんてごまんとあるんだぞ」
「あ、ごめん……」

 我関せずとばかりに学生たちの視線はすぐにばらけ、店内の雰囲気が元に戻る。他のホムンクルス用のビンの値段を見るとさきほどのビンの値段はまだ安い方で高い物では15万シエールくらいするようだった。 

「僕の学科ではこんなに高い教材は買わないんだよね。材料にお金がかかるクリエイション系専攻は大変だなぁ」
「そのための教材費支給だろうが。逆にお前らが課題に使わないで遊んでるだけじゃないか。で、結局買うのか?買わないのか?」

 やや辛辣な指摘を聞き流し、ファイセルは学生証裏を軽く指でなぞった。

「今月の支給額残りはだいたい5万シエールか。残りは現金支払いだね。まさか貯金から崩す羽目になるとは思わなかった……」

 これも教材費の内だと割り切り、学生証を提示して現金も払い、ビンを持ってリーリンカと店を出た。軒下でビンを観察する。

 ビンは片手で本体を掴んで持てる縦長の水筒のような形状をしていて、ガラスのような透明度の作りだった。さほど厚くなく、軽いビンだ。フタは本体と同じ材質で口の近くに頑丈な紐で繋いである。口の近くにベルトなどにひっかけるための取っ手がついている。

(やれやれ、店で迷って、大金払って散々だなぁ。ビンの値段は師匠に請求してやろうかな)

 下手したら師匠がビンの値段分のお金も持ってないかもしれないという危惧を抱きながら、ビンを買い物袋に戻した。

「そういえばリーリンカは長期休暇だけど、帰省とかしないの?もう休みなのに薬貨店にいるし」
「私にも一応課題があるからな。今月の前半で課題を片付けようと思ってな。帰省はそのあとだな」

休みの前半に宿題を片付けるという発想が優等生のそれである。

「そ、そういえばな、今度の帰省の時、友人が結婚するんだ。私の故郷では15歳前後でお嫁に行くことは珍しくない」
「へぇ~。それはおめでたいね。」
「いや、そうでもなくてな。いきなり許嫁として決まってしまった30数歳上の富豪と結婚させられるらしく、本人は内心ひどく嫌がっているんだ。お前はどう思う?」
「う~ん……富豪ってのは悪くないけど、本人が嫌がってるなら無理に結婚しないほうがいいんじゃない?」

 まさか色恋沙汰に無縁と思えるリーリンカの口からこの手の話題が出るとは思っていなかったので面食らったが、最近の物憂げな様子はこれが原因なのかと合点がいった。

「やはりお前もそう思うだろう?他の地域では珍しいがこちらでは一夫多妻がそれなりにあってな。その許嫁の男は金に物を言わせて嫁を囲っているようなんだ。これも富豪の間ではままある事だ。話によればその友人は7人目の花嫁になるそうだ。果たしてそこに”愛”はあるのだろうかな……」 

 リーリンカは儚げに視線を下に落とした。

――まずい。ずいぶん踏み込んだ話題になってきた。正直、人に色恋沙汰が無いと言えるほど自分も色恋沙汰には詳しくないのでそういうのはいまいちわかりかねる。

「一夫多妻かぁ。よそ様の風習に文句言う気はないけど、そういう嫁買いみたいな結婚はやっぱ好ましくないね。婚約破棄出来ないの?」
「出来れば苦労はしていない!!」

 急にリーリンカが声を荒げた。

「もう、決まってしまった事なんだよ。富豪と結婚すれば一族の繁栄は約束される。いくら家族や本人が拒否したところで覆ったりしないんだ……決してな……。」

 そう言ってリーリンカは肩を落とした。よっぽど大切な友達、いや、親友が本望で無い結婚を迫られていることの無力感に苛まれているのがひしひしと伝わってくる。

 しばらく、二人とも何を言うでもなく、店先で立ち尽くしていた。いつまでもこうしているのも気まずいので帰宅を促した。

「そろそろ帰ろうか……」
「……そうだな。ああ……さっきの事だが、他の連中に言うんじゃないぞ。私がこんなことで悩んでいると知れたら連中は鬼の首を取ったようにからかうに決まってる。こんなくだらない話を真面目に聞いてくれるお人よしはお前くらいだ。だからこれはお前と私の”秘密”だからな」

 リーリンカはまたもや皮肉ぶりながらそう言った。

 もっともそんな真剣な悩みを茶化すような奴はうちのチームには居ないとファイセルも彼女もわかってはいたのだが。

「それはそうとお前は休暇中、どうするんだ?」
「君と同じく帰省かな」

 師匠やリーネの事を言うと色々とめんどくさいので詳細を省いて適当に答えた。

「2か月間丸々帰省するのか?」
「どうだろう、まだ特には決めてないけど1か月は予定があるかな」
「そうか……お前は南部、私は東部か」

 そう言った後、リーリンカはまた押し黙ってしまった。

「ほら、元気出して。きっと友達も君がいつまでも悲しんでる姿は見たくないって」
「ああ……そうだな……」

 自分なりに気の利いた言葉を言ったつもりだったがその言葉への反応は上の空で全く耳に入っていない様子だった。

「このあとどうする?僕は一旦寮に帰るけど」
「……私はまだ店に来たばかりだからな。用事を済ませてから帰る」
「わかった。また打ち上げでね」

 リーリンカは綺麗な青い長髪を揺らしながら店の奥へ消えて行った。
後ろ姿を見送りながら、ファイセルはもやもやとした感情を抱いていた。

 都会では自由恋愛が当たり前なだけに感覚がマヒしていた節がある。そういう地方ごとの風習やしきたりがあったり、貧しい村では娘を売る事も珍しくはない。

 さすがに国内で奴隷の取引は聞いたことが無いが、海外のそういった娘たちにも自由はない。誰しもが目を背けている問題だ。

(リーリンカ、相変わらず上の空だったな……よっぽどショックなんだろうな……)

 そう考え込みながら歩いていると、通りの喧騒を抜けたのが嘘のように寮の階段をのぼっていた。

 店を出てから自分に何か出来る事はないかと考え続けてたが、知らない土地の知らない少女に起こる出来事を解決できる気は全くせず、自分の気分が滅入るのを感じた。

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