森の木さん、ごめんなさい。
「たしかにジェノサイド・ワキガ・スプレッダーは強力なチートじゃ」
「いきなり、ゴブリン八匹同時にヒット・ポイント・ゼロですからね。いいじゃないですか」
「しかし、このワキガ・スプレッダーには重大な欠点があるのじゃ」
「なんすか、それ」
「全方位に強烈なニオイがバラ撒かれるために、近くにいる味方まで悶絶してしまうのだ」
「ああ、なるほど、言われてみればそうっスね」
「つまり、このチートはパーティー向きではないんじゃな」
「……で、どうしろと」
「そこで、次なる必殺チートをおぬしに伝授しよう」
「よろしくお願いしまぁース」
俺は、やる気の欠片もない返事をした。
とりあえず、じいさんの言うことに従っておかないと地球に帰してもらえないと思ったからだ。
「名づけて!」
「名づけて?」
「スパイラル・ヘアー・ワキガ・トルネード」
「ス……スパイラル・ヘアー?」
いきなり、じいさんは自分のズボンの中に手を入れると「ふんっ」という掛け声とともに一気にズボンに入れた手を引き抜いた。
同時に「ぷちっ」という小さな音が聞こえたような気がした。
「これを見よっ」
じいさんが、ズボンから引き抜いた手を俺の目の前に突き出す。
その親指と人差し指の先にしっかりと摘ままれていたのは……クルクルと螺旋を描いて直立した、一本の毛。
「うわっ」
思わず俺は、のけぞった。
間違いなく、それは、じいさんの股間から引き抜かれた、一本のチン毛だった。
「き、きったねぇもん、見せんじゃねぇよ! このクソジジイがっ」
思わず俺は叫んだ。
「見よ、この美しいフラクタル数学的ともいえるファジーな螺旋を……」
「だから、近づけんなって言ってんだろっ、汚ねぇもん見せんなっ」
「ふぅ……」
「ば、ばか、こっちに吹き飛ばすな。うわ、服に付いた! ひゃあああ」
「何を情けない悲鳴を上げておる。たかがチン毛一本じゃろが」
「ジジイ、てめぇ……」
「まあ、とにかく、このようにチン毛というものは美しい螺旋を描いて生長していくものじゃ。……そして、チン毛と同じように理想的な螺旋の毛が生える部分が、もう一か所……いや左右対称に二か所ある。つまり、それが……腋の下じゃ」
「だから何だって言うんだよ!」
「おぬし扇風機の羽根を見たことがあるか?」
「な、何だよ、いきなり。あるに決まってるじゃねぇか」
「あれも一種のスパイラルじゃ。では、船のスクリューは?」
「しゃ、写真でなら、あるよ」
「それも一種のスパイラルじゃ」
「だから、何が言いたいんだよ」
「つまり、スパイラルなものを回転させると、おのずとそこには流れが生まれるものなのじゃ」
「ま、まさか……じいさん……ワキ毛を回転させて……」
「そうじゃ、両方の腋の下に無数に生えておるワキ毛……スパイラル・ヘアー……その一本一本を高速で回転させることにより、空気の流れを生み出し、一方向に集中してワキガ臭い空気を送り込む。……そう……ちょうど、レンズを使ってあの輝く太陽の光を一か所に集めるように、な」
じいさんは右手を高々と挙げ、カッコ良く太陽を指さした。
どこからともなく「カーン」という効果音が聞こえた……ような気がした。
「ワキ毛一本一本高速で回転させるなんて、そんな事できるわけねぇだろ!」
「いいや、おぬしなら出来る。人間の無限大の可能性を信じるのじゃ!」
こうして、また特訓の日々が続いた。
ワキ毛一本一本に重りを縛りつけて、スクワット100回、うで立てふせ100回を毎日10セット行う。
そして徐々に徐々にウェイトを上げていく。
とうとう俺は、ワキ毛一本あたり10キロのダンベルをぶら下げてスクワットが出来るようになっていた。
「ようし……この辺で良いじゃろう……」
ある日、ジジイが言った。
「おぬしの腋の下には、ワキ毛一本一本の毛根に、常人では考えられない程の筋肉が付いているはずだ。いよいよテストをしてみるぞ。あの池の向こうの木を見ろ」
ジジイが指さした先には、池の向こう側に生えた一本の大きな木があった。
距離にして優に100メートルはある。
「あの木に狙いを定めて、ワキガ・トルネードを撃ってみよ」
「木って……ニオイを感じるのは動物だけだろ」
「大丈夫じゃ。わしの計算が正しければ、あまりの臭さに一瞬にして、あの青々とした葉っぱが全て落ち、木は枯れてしまうはずじゃ」
「ほんとかよ」
「例によって、カウンター・チートの呪文を教える。今回は、ポーズもあるから、よく見るように。……こうやって……」
言いながら、じいさんは両手を後頭部のところで組み、腋の下を俺に見せるようなポーズをとった。
「このように、なるべくワキ毛の生えている部分が正面を向くようにするのがコツじゃ。そして、腹の底から大声で叫ぶ。スッパーイラルゥーウ・ヘーアー・ワッキーガーア・トーオルネーイドオゥ! ポー! この最後の、ポー! が肝心じゃ。忘れないように。さあ、やってみんしゃい」
ここまで来たんだから、と、俺はジジイに言われた通り、サウナスーツを脱いでポーズをとった。
なるべく池の向こうの木に腋の下が向くようにして。
「スッパーイラルゥーウ・ヘーアー・ワッキーガーア・トーオルネーイドオゥ! ポー!」
言いながら、ワキ毛一本一本の毛根に意識を集中させた。
少しずつ……ワキ毛が回転を始めた。
回転は徐々に早くなり、最後には、ジェットエンジンのファンと同じくらいの速度に達する。
それに合わせて、周囲の空気が俺の腋の下に吸い寄せられ、池の向こうの木に向かって竜巻のような螺旋となって伸びて行った。
池の表面にザワザワと波が立った。
そして、圧縮され密度の高くなった濃厚な俺のワキガ竜巻が、向こう岸の木にブチ当たった。
緑だった木の葉が一瞬にして茶色く変色して落ち、幹は臭さのあまり真っ二つに裂けてしまった。
波の立った池の表面には、大量の魚が白い腹を上にしてプカプカと浮いていた。
それを見たジジイが驚きの声を上げる。
「ぬうう……まさか、これほどの威力とは……」
いかにも深刻そうな顔をして、頭良さげな感じで言った。
「われわれは、禁断の果実を手に入れてしまったのかもしれない……触れてはいけない、プロメテウスの火を……」
なんだよ、そのプロメテウスって。
「それで? じいさん、これからどうするんだ?」
サウナスーツを着なおして、俺はジジイに聞いた。
「とりあえず、森を出て、ヒッチハイクじゃな」
「ヒッチハイクぅ?」
二人で歩いて森を出ると、驚いたことに舗装された道路が走っていた。
「国道17号線じゃ。東京日本橋と熊谷をつなぐ、日本の大動脈じゃて」
ほんとかよ。
向こうから、一台のコンボイが猛スピードでこっちへ向かって来た。
「あのコンボイに乗せて行ってもらおう。おーい」
ジジイ、大胆にも道路の真ん中でコンボイに向かって手を振る。
しかし、コンボイは速度を落とさず、そのままジジイの居た場所を通過した。
「あぶない! ぶつかるぅぅぅ」
俺は叫んだ。
その瞬間、ジジイの姿が、フッ、と消えた。
消える瞬間、俺に向かって何かを叫んだ。
「チンコの……チンコの……チンコの……皮を……皮を……皮を……鍛えろ……鍛えろ……鍛えろ……」
なぜかエコーが掛かった。
こうして、トラック転生してしまった。
俺じゃなくて……神さまの方が。
俺だけが異世界に……じゃなくて、異惑星に取り残された。