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Atheist 澪標廻廊 作者:はちゃち

三年生

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十九話「手紙」

 興味本位で封を切った。
 中には二つに折られた紙が数枚。取り出してみると、一枚目はシンプルだが二枚目以降は結構文字数がある。
『これを読んでいるということは、丹波か彩咲から絵が返されたはずだ』
 そんな一枚目の出だしが俺の目を引く。その手紙は手書きで、筆跡は自分のもののようだった。だが文字は、絵ほど自分のものかどうか自信がない。
『この文章が、俺自身が書いたものと証明するために、自身の過去の事を次の紙に記しておく』
 そう書いて最初の紙は終わっていた。俺は二枚目をめくる。
 二枚目を最後まで読んだ時、俺は自分が書いたものだと確信した。他の人が知るはずの無い事柄まで事細かに書かれている。しかし、俺自身こんなものを書いた記憶は無い。だが、この手紙に興味がわいたのは事実だった。
 三枚目の紙に移る。
『信じるかどうかは今の俺にはどうしようもないが、それでも信じる必要がある。これを書いているのは二年生の十月』
 七ヶ月か八ヶ月か。そんなに最近のことなのかと、疑念を感じながら読み進める。
『俺には、大切な人がいた。しかし、俺はそいつの事を忘れてしまう。原因は分からない。だが、これを書いている最中にも思い出せない時間がある。信じられないかもしれないが、事実だ。理解できない場合、そう言う病だと思ってくれればいい。大事なことなのでもう一度書いておく。実際の原因は分からない。そして、読んでいる俺がそんな人物の事を思い出せなかったら、忘れていると言うことになる。もし覚えていたらこれを読む必要は無い』
 読み進めてるうちは、理解し難い内容ではあった。だが、次の一文を目にした時、俺の視線は釘付けになった。
『俺にとって、そいつは家族と同等の存在だった』
 食い入るように見つめた後、俺はその先を読むのをやめようとする。そんなことはありえない――そう感じたからだ。
「ばかばかしい」
 そう声に出してみるものの、前の紙に書かれた自分しか知らないはずの過去が、途中で読むのをやめてしまおうと言う考えに歯止めをかける。
『家族同等の存在は女の子。今一年生にいるはずだ。名前は   だ」
 名前のところが空白だった。
『もしかしたら、名前が消えているかもしれない』
 手紙の主が――俺が消したわけではないのか?
 そう考えると、名前をかけない状況か、誰かに消されたか? いや、消す必要があるなら手紙ごと捨てればいいわけだ。鍵も封もされていたわけだから。
 そう考えを並行しつつ先を読む。
『彼女は、俺にとって必要な存在だ。妹の代わりではない。しかし彼女の、妹と同じ無邪気な笑みが俺は好きだった。絵にすれば、残っているだろう。忘れてしまうから、丹波や彩咲に絵を預かってもらい、必要な時間を経て送り返してもらった。それらの絵の少女を探してほしい。俺は二度も、大切な人を忘れてしまった。そのことで、彼女を傷つけてしまった。そして、俺自身も、妹と同じ時のように何も出来なかった自分が嫌で憎い。もう、失いたくは無い。だが、今は時間が無い。記憶がなくなり始めるまで俺は彼女の言っていることを心から信じることは出来なかった。皮肉にも今は、忘れていく現実のおかげで信じることが出来る。一年生や二年生で俺は何も出来なかった。三年生は、おそらく最後の機会だ。三年生の俺へ。誰のためではない。自分のためだ。同じ悲劇は繰り返さないでくれ。そして、彼女を救ってやってくれ』
 二枚にわたって書かれた文を読み終わった。気付けば一気に読んでしまった。
 俺は……家族をもう一人失ったのか? 俺にとって、この手紙は呆然とするに十分な内容だった。何度か読み返した。信じられるような内容ではなかった。だが、だからといって無視することも出来なかった。俺にとって、妹は決して忘れることの出来ない過去だ。だから、どうしても気になって仕方がない。
 ふと、裏に何か書かれているのに気付く。追伸がそこにあった。
『美術室に、今までに描いてきた絵が保管されている』
 確かめる必要は、あるかもしれない。いや、見てみたいと言う気持ちはある。……どうせこの後予定があるわけでもない。暇があればただ絵を描くだけだから。
 帰宅してまだ時間はそんなに経っていないが、再び学校に向かった。一応、その手紙だけは持って。

 学校に着くと、生徒はあまり残っていなかった。一部の生徒が残って勉強したり駄弁ったりするが、校舎は全体的に閑散としている。
 美術室に入ると、丹波が一人でキャンバスに向かっていた。
「あれ? 帰ったんじゃなかったのかい?」
 いち早く俺に気付くと、そう聞いてきた。
「ちょっと、確認したいことがありまして」
 そう言いながら俺は美術室に入り、丹波に歩み寄る。
「何をだい?」
「今までに描いた絵は、ここで保管してますか?」
「うん、してるよー。黒野君は美術部員じゃないけど、同じように個別にしてるよ。まぁ、あれだけ描いてるからクラスの方に入れたら他の人がどこにあるか分からなくなるしね」
 そう苦笑いを浮かべながら丹波はぼさぼさした自身の後頭部をさすっていた。
「それ、ちょっと見ても良いですか?」
「別に構わないよ。準備室に置いてあるから、好きに見るといいよ」
「ありがとうございます」
 準備室。そこには確かに俺の名札のついた箇所があった。
 そこから絵を出すが、一回で全て出すには量が多いため二回に分ける。百枚は軽く超えているな――そんなことを思いながら。
 それらを順々に確認していく。
 ある程度めくると、例の女子の絵が占有し始める。丹波と彩咲から送られてきたのと同一人物だ。
「探し物は見つかったかい?」
 唐突に声をかけられ、俺はその表紙にめくっていた画用紙が手からすべる。
「驚かせないでくださいよ」
「ごめんごめん……って、去年も同じようなやり取りあったね!」
 苦笑のような笑みを浮かべながらそう言う。
「そんなことありましたっけ?」
「あったあった。その時も、ここに何かの絵を探しにきてたよ」
 まったく覚えは無いが、丹波の表情から冗談めいた感じは無いように思えた。
「それで、何か探してるのかい?」
 丹波に預けていたと、手紙では言っていた。丹波に聞いたら何か分かるかもしれない。
「この絵、誰を描いたか何で描いたか覚えてないんですが、先生は分かります?」
 そう言いながら、絵をめくって少女の絵を探す。そして見つかった絵のうちのひとつを適当に引っ張り出し、丹波に確認してもらう。
 丹波は頭をひねり、うーん――と記憶を探り始める。
 少しして、ポン、と思い出したように手をたたいた。
「相沢さんかな」
「相沢……?」
「そう、今一年生にいるよ」
 それは、手紙の追伸と同じ内容だった。
「しかし、今年入ってきたはずなんだけど、どうして彼女の絵があるのかね……前から知り合いなのかい?」
「い、いえ、知らないから聞いたのですが」
「……あー」
 何かを思い出そうとするかのように頭をひねりながら声を流していた。
「そういえば去年もこの絵で悩んでなかったかい? 細かいことは知らないけど」
 悩んでいた? 俺にはそんな記憶が無い。
 俺はとっさにこんな仮説を立てた。去年と同じ行動をしている、と。忘れてしまう病だとすれば、去年は忘れた記憶を求めて同じようにここにきていたのだろうか。
「いえ――覚えがないです」
 丹波にそう返事をしながら、俺は画用紙を再びめくっていた。
「――ぁ」
 めくり進めて行ってる途中、ある絵を見て、俺はそう声を漏らす。
 それは、相沢と言う少女と一緒に描かれた彩咲の姿だった。
 時々、夏休みに彩咲を描いた記憶が微かに残っている。だがその絵は、確実に彩咲と相沢が仲よさそうにしていた。彩咲を描いたことは覚えているのに、相沢と言う女子は覚えていない。一緒の紙の中に描かれているにもかかわらず。
「ああ、彩咲さんだねぇ」
 丹波が顔を覗かせながらそう言葉を漏らす。
「夏休みに、時々描いてあげてたよね。でも、準備室に衣装を忘れて行くのは困ったよ。一時期、僕が女装してるって噂流れかけたからね……」
 苦そうに笑い、思い出しながらそう言う。
 二人が一緒にいる絵を見ると、確かに彩咲は制服ではない。そして、相沢も。
「相沢と言う生徒、何クラスですか?」
「ん? えーっと彼女はね……四組だったかな」
「そっちの方に行ってみます」
「うん、気をつけてね」
「気をつける?」
「その子、結構ドジだからね、この前も、転んでキャンバスを一つ壊されたし」
「……気をつけます」
 俺は準備室を後にする。今日はもういないだろう。探すとしたら明日か。よほどの事情があるか、体調不良でなければ、テストは休まないだろうから。テストを休めば進級や卒業に大きく関わってくる。去年もいたと言うことは、留年でもしたのだろう。そんな奴がテストに出ないはずが無い。出ないくらいなら今頃学校を辞めているだろう。それでも、何かしらの手がかりをつかめるかもしれないと一年四組の教室を覗いた。
 女子生徒が一人、教室で読書をしていた。俺に背を向けた状態でいる。彼女は、凄く背の小さな生徒だった。
「ねぇ君――」
 とりあえず、三年生と言う立場を利用して何か聞けることがあるかもしれないと、俺はその生徒に声をかける。
「このクラスで、相沢って生徒――」
 言いかけて、振り向いた彼女の顔に気付く。
 絵に描かれた彼女と同じ顔だった。
 彼女は俺の顔を見て、目を丸くしていた。目の前の出来事が信じられない。そんな表情をしながら。それを表すかのように読んでいた本が手から滑り落ちる。
「相沢……さん?」
 俺は彼女と関わりがあるらしい。そう憶測は出来た。だが記憶にはないので確認の為に尋ねる。
 彼女からの返事は無い。俺の問いに反応したのか、彼女は目を伏せた。
 手紙の一文を思い出す。彼女を傷つけてしまった――。だったら、そんな簡単に受け入れることなんて出来るはずがない。
「違います」
 その言葉で、俺の思考は一時停止する。
「私じゃないですよ?」
 そう弁解する彼女の言葉に、力強さも説得力も無かった。
 目を泳がせている。困ったような、戸惑ったような、嬉しいような、辛いような、そんな顔。
「人違いです」
 そう言って、反対側の扉から慌てて走って出て行った。
 彼女のその言動は「私です」と言っているように感じた。
 しかし追うことはしなかった。俺が彼女を傷つけてしまったのなら、今追いかけても、さらに傷つけるだけになりかねない。
 明日出直すか――。そう結論づけ、教室を後にする。


 夢を見た気がする。
 真っ黒な色のない世界に、ぽつんと黄金(こがね)色の光が立ち込めていた。
 近づき、触れてみると、光は拡散しながら色あせていった。
「やめておけ」
 そう聞こえたような気がしていると、意識は急に現実に戻った。
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