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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
329/369

番外 晴天、波浪につき 11

お待たせしました。

 謎の船は、一見漁船のようだったが、遠く海面に砲弾の水飛沫が上がる状況において、逃げようともしないその動きは、不気味なものを感じさせていた。



「海の糞野郎か。おい、全速前進だ!引き離せ!」

 リベロが指示を出す。船は目いっぱい速度を上げ、全力で引き離そうとするも、謎の船と、次第に距離が縮まっていく。


 一見無害な漁船を装った中程度の船に、黒と血潮と骨片が描かれた簡素な旗が掲げられた。見張りは遠見眼鏡片手に、

「後方の船に黒旗!海賊です!!」

と叫び、もうそこで見張りを止めてロープを伝い甲板へと下りていく。


 凄まじい速度で近づく船は、そこまで大きくはないが、砲台を何台も備え、ギラつく眼差しをして襤褸切れを纏う輩が、みっちりと乗り込んでいた。



「ィヨッホー!!隠れても俺らの目はごまかせないぜ!」

「乗り込め潰せ、奪って来いやぁ!」

 

 片目が無い者、スキンヘッドに半月刀を掲げる者、さまざまだが、海の貴族・・と呼ばれる輩は名前に反し、総じて品がない。



「な、待っといてよかっただろ!?あの大船は先を越されたが、この際残りもんでもかまわねえ!」

「頭ぁ、よかったですねぇ。女はいやすかねえ」

「は、ちぃっとみすぼらしいが、ちゃぁんと荷がたっぷりってのは確実だ!女は……知らねえが」

 口々に叫ぶ声を抱え、船はみるみる獲物との距離を詰める。



「駄目です、逃げ切れません!」

「取り舵!切り返して岩礁地帯に……」

「その前に追いつかれます!」

 船の上は、蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。


 小舟を降ろそうとする者、樽を抱え、荷物を纏めて海に飛び込もうと準備する者、諦めてモップを握り締め、抗戦の覚悟をする者と、種類もさまざまである。


「やがて砲弾が降る。さて、どうするか……」

 傭兵モランは目を細めてじっと周囲を眺め、入り乱れる人々を冷静に眺め、括っていかだにするかと樽の在りかを確認してそちらに、じりじりと向かうが、


 ドォン!


 怒声や混雑も激しい甲板に、銃声が響き渡った。


「逃げようとする奴ぁ、どこのどいつだ!先におだぶつになりてぇのか、ああ?」

 船長ゲオルクが客室の上、後部甲板に乗っかって血走った目でマスケット銃を構え、制止をかけた。


「おめえら、この船を捨ててどこ行こうってんだ!ああ!?男なら、ここを守り戦うのが筋だろうが?」

「は、命あっての物種だ。助かる保証もないのに何考えてんだ、この赤ゲラ!」

「おい、あいつを括って島流しにしよう。海賊に投降するんだ。命ばかりはお助けってな」

 水夫のほとんどが浮足立ち、逃げるのを止められて興奮した者が叫ぶ。


 傭兵たちは成り行きを見守りながら、どちらがいいかと静観して動かない。


「ああ、そうだ。あの武器だってそうそうあたりゃあしねえ!ふんじばって海に沈めちまおうぜ!」

 勢いに任せて、動きかけたところで、


 バキャッ


 突然大振りの剣が、興奮する水夫たちの目の前をよぎり、上甲板、の壁に突き刺さった。その場が水を打ったように静まり返る。



「……悪ぃ、手が滑った」

 ヒューイックが飄々と告げて、板壁から剣を回収する。自然とそこへ注目の集まる中、アイリッツが、

「なあ、オレよくわかんないんだけどさ、あの海賊どもって、投降したからって、命を助けてくれるものなんかな?……結構めいっぱい人が乗ってるようにも思えるけど、余ったらどうすんだろ」

その声は、さほど大きくなかったにも関わらず、甲板の上に、よく響いた。


「どうせ襲われるんだ、粘ったもん勝ちじゃないのか?そう簡単にれねえって、思い知らせてやろうぜ。傭兵に、この船に熟知した人間が、これだけいれば、そうそう簡単にはやられねぇよ。……しかも、奴らに取って運の悪いことに、このアイリッツ様がいる。数多く倒してきた魔獣に比べれば、海賊なんて朝飯前だぜ」

親指で自分を差してにっ、と笑う。


「それに、奴ら奪った宝、たんまり持ってそうじゃねえか!うまくすれば、大金が手に入る!」

 自信たっぷりなアイリッツの言葉に、ヨハンが目をぎょろつかせ、

「小僧が、何を生意気に、」

といいかけたが、ゲオルクがよく通るだみ声を張り上げ、

「小僧の言う通りだ!おめえら玉無しか!?違うだろ、だったら腹ぁ括れ!野郎ども、武器を取れ!なあに、砲弾はできるかぎり、そこのリベロがなんとかすると、約束する!」

 うわ無理難題をと思いつつも、指さされたリベロはしたり顔で頷いた。はったりも大切だ。


「畜生、やってやるか!」

「はは、海賊なんざ屁でもねえ!」

 いささかやけくそじみた掛け声とともに、オオォ、と大多数が刻の声を上げ、二、三の抗議を呑み込んで一掃する。


「てめぇ、あれだけ豪語したんだ、覚悟はできてるだろうな?やれなかったら……」

 ベネット、トニーに軽く凄まれ、ぐぃっとヘッドロックをかけられ髪をぐしゃぐしゃにされながらも、

「誰だと思ってるんだ。未来の英雄、アイリッツとはオレのことだぜ!」

と自信満々に返すアイリッツ。



 いつも、ああだ。奴は、その言葉一つで、流れを変えられる。それも、いい方向へ。 


 離れた場所で見やりながら、ヒューイックはじりじりと焦りと劣等感で焼けつくような心を押さえ、踵を返した。


 レイノルドの船室を乱暴に開け、

「おい、まもなく開戦だ。下に移動した方がいい」

そう言えば、レイノルドはいくつかの布を広げ、黒い粉を小さな壺から移し、何事かこまごまとやっていた。


「……何やってる」

「近づくなよ。粉が飛び散れば大惨事だ。機雷……はちょっときついか。この火薬の調合で、推進力のある火矢を作れば……」

「悪いが、言っている意味がわからない。ここは危険だから、」

「わかってるわかってる。下からちょっとばかり失敬した。うまくすれば、強力な武器になる。ああ、折を見て脱出するから心配しないでくれ」

 手元の粉を見てはぶつぶつ言うレイノルドに不安に駆られたものの、この船室を基盤ベースにすればいいかと考え直す。そうこうしているうちにドンドンと扉が叩かれ、そう待たずにバタンと開かれる。


 扉を叩かれた時点で慌てて黒色火薬を包んだレイノルドは、気をつけろ、と唸るように抗議の声を上げた。



「おい、賊が近づいてんのに何やってんだよヒュー。おまえがいないと動けねえよ。一番頼りにしてるんだからさ、相棒」

「は、調子のいい奴だな。こっちの用事も済んだ。すぐ行く」

 そう返しながら、ヒューイックは、自然と胸のつかえが下りているのを感じていた。調子のいい奴だ、本当に。だが、どこか憎めない。……これがアイリッツなんだろうな。


「ん、どうした?来ないのか?」

 アイリッツが首を傾げるのに対し、

「いや、行こう。外で、海賊ヤツらを叩き潰そうぜ」

にやりと笑って、一度剣柄を掴み、その重みを確かめた。



 風吹く甲板の上へ出ると、すぐそこに黒と赤の旗が差し迫っていた。


 ヒューン、バシャァッ


 砲弾が唸りを上げ、すぐ傍の海面を叩いて水柱を上げる。


「ち、こちらも砲弾用意!……てぇッ」

 応戦するも、船は近づき、

「くそ、弾が来るぞ、みんな避けろ!!」

叫び声とともに、砲弾が凄まじい音を立てて甲板へ次々と降ってくる。


 やがてほんの目と鼻の先まで近づいたところで、


 ガシャァンガシャンガシャン!


 敵船が金属製板を打ち鳴らし、砲撃ストップの合図をかける。

「てめえら、弓、用意!!よく狙えよ……撃てッ」

頭の命令に従い、多くの者がクロスボウを構え、矢を射た。



「……ガッ」

 仲間の一人が射かけられもんどりうって甲板へ倒れた。すぐさま水夫たちが回収し、下甲板の水夫控えへと引きずっていく。


「ッはッはぁ、ヒットォ!やったぜぇ!」

「おい馬鹿立つな。見えねえだろうが!」

 下っ端が小踊りしながら、何発か弾と矢を食らい、反撃の止んだ獲物を見た。

「よし、止めッ。乗り込むぞ野郎ども!」

 敵船ではその頭が居並ぶ面々を見渡し、

「見ろ!あの獲物を!剣もろくに扱えねえ奴らは猿以下だ!俺様たちに叶うはずもねえ!」

「そうだそうだ!」

「早いとこヤっちまいましょうや!」

「よし、俺が許可する。行けぇ!略奪の限りを尽くせ!」

 剣を空に掲げる出撃の合図と同時に、海賊たちはてんでに鉤縄を取り、ほぼ隣に位置する船へと目がけ、投げて引っかけては、自分たちの船を蹴って跳び出し、次々に乗り移り始めた。


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