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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
287/369

番外 ひらりひらりと舞う 20

 襲撃は途絶え、場に沈黙が落ちたままとなった。セリエが強張らせていた肩を一時ゆるめ、すぐさまグリエルの方へ駆け寄ろうとした。気持ちと体がついていってないのか足をもつらせながら走り寄って、泣きながら事切れた老人の体を抱き締める。

「どうして………あんな奴、庇うことなかったのに!」


 ヘイグが、ぽろぽろと涙を零すセリエを宥めるように背を叩き、少し落ち着くのを待って、

「それはな、セリエ。わしらが老人で、オッファが若かったからだ」

そう答えた。

「誰にでも、例え悪人に思えるような者でも、先はわからない。奴はこの先、大化けに化けるかもしれん。その可能性を奪うのは、何人にもできん。グリエルは、オッファに賭けたのよ」

 それから自嘲気味に笑い、

「他もそうだ……年寄りの我らではなく、若い者の多くが死んでいったのは、因果という以外にないな…………」

遠く、守り人の二人が息を止めた場所、さらには激戦地となったまわりを痛ましげに見た。


 セリエが呆然と、まさか、あなた方は最初から身代わりとなるつもりで……と呟く。

「わしらすべてが命を落とすほどのことにはならんかった。ロッド、クローディア、セリエ、バスケス、要の連中が頑張ってくれたおかげでな」

 ポンポンとその頭をヘイグが撫で、セリエがグリエルに目を落とす。

「それでも…………私はグリエルさんには死んでほしくなかったですよ」

 そう言ってまた静かに涙を流した。



 洞穴内でロッドから指示を受けたナスターシャは、さらりと言われたものの……清めの炎を作り出すには、いろいろと準備がいる、と体液でまだら模様に変わってしまった自分の服装を、思わず見下ろした。


「時間が惜しい」

 顔色がもはや蒼白に近いロッドがため息を吐き、同時に穴の天井から水滴がぽたぽたと降ってきた。

「水の精霊が……」

 唖然とするナスターシャを余所に、水の精霊たちはすぐに動き、流れ、ついでに唇にも飛び込んで、彼女の体の穢れを清めて去っていく。


 自分でやればよかった、と気づいたのはその後。すでにロッドは跪いて目を閉じ、精霊に対しじっと呼びかけている。


 ナスターシャの表情に緊張が浮かぶ。予感があった。これは、やらなくてはならない重要なこと。術、特に祭祀や清めの儀式にまつわるものを使うのに必要なことは何か。潔斎、祈り、何よりもまず、真摯、誠実であること。


<炎よ……お願い>


 ナスターシャは集中し、穢れしものを払うため、白き炎を練り上げた。轟、と音を立て炎は広がり、立ち塞がる根や蔦をみるみるうちに焼き払っていく。


 白い灰がもうもうと立ち込め、奥にあるドリアードの生命線、生命力エナジー塊が垣間見え、すぐにまた覆われる。


「やっぱ辿りつけないか……」

 そう口にし、ナスターシャは、その脈動が、前より随分弱弱しい者であることに気づいた。ロッドが、足下に引いた白いラインを跨いでさらに傍へ寄る。


 ナスターシャも目を閉じ、かの精霊へと敬意を払ってから、その線を踏み越えた。


 そこは、予想よりもずっと聖別された空間となっていた。線を境に、清められた場所。後を追ってついて来ようとしたゼルネウスが呻き、ドシャリと地面へ叩きつけられた。ぐぐぐ、とかろうじて顔を上げるも、その表情は苦痛に歪んでいる。


「鉄に穢れ。それでも動こうとしてそれができるのは、さすがというべきか……」

 ロッドが思案気になり、慌てて駆け寄ろうとまた線を越え向こう側へ行くナスターシャに、

「清めの水、それから組み紐で結界を」

とだけ言って、再び目を閉じ、地に祈った。


 バシャリと水を浴びせ、それから髪留めにも使う組み紐のうち、長いのを取り出すと、輪を作りゼルネウスを囲う。

「あ、線は踏んだら駄目だから」

 そうアドバイスをして、円になった組み紐を中心で掴みなんとも言えない表情のまま、ゼルネウスが境界を渡る。


 薄暗い洞穴の中、どこからともなく風が吹いた。灰と白い砂とが混ざり合いゆるやかに線を伸ばしていく。嬉々として風の精霊が動く。木に、土に、線が伸ばされ自ら複雑で幾何学的な文様を描き出す。


 ゆるやかな円の内側に細かな文様が描かれ、残りの灰がさらさらと舞う。辺りの空気が少しずつ重圧感を増し、ロッドが顔を上げる先、そこに白い灰がゆるゆると人型を取り始めているのに気づいた。


『…………よ…………す…………去りし……今また………………』


 白く縁どられしモノ。その姿を目にしたナスターシャは、迷わずそこに意識を繋いだ。同時に、凄まじい勢いで、気力というのかそれに近い何かが自分の中から流れ込み、朧であったものは、はっきりと形を結び、出現した。


 それは、静謐な空気を纏わせ、それが常にこちらにプレッシャーを放っていた。白い灰と砂を依代とした真っ白な、次元の異なる存在。その容貌だけなら、先ほどまで村の人たちを苦しめていた少女に似ている。


『気づかぬと思っていたが………気づいたとて我を滅ぼしに来る、と……』

 男とも女ともつかぬ中性的な存在であるそれは、合わぬ目線のまま、ゆっくり目を細めた。再び沈黙が横たわる。


 時間がない。こうして出現しているあいだにも、みるみるうちにその生命力が目減りしていく。おそらく、しゃべるのにも相当の力を使うのだろう。かの存在は、問いかけをじっと待っている。


「怖れながらお伺いを。この事態の原因は、そして、貴方様がここを出ようとすることの意味を」


 しばしあって、ドリアードは再び口を開く。

『…………わからぬ。異変を感じたのはここ数百年しばらくほど……中央の、最初は気ににならぬほど小さな黒い礫。それらは、急速に増え、このままではならぬと、意識したときには知らぬうちに我が内を侵食し…………我は裂かれ、一部を残し暴走を始めた』


 ロッドが緊張を孕んだ表情のまま、問いかける。

「その大本とは……」

『…………不定よ。術を間違ったやり方で消費された時生じる、還元されぬ廃棄物ごみのようなもの、と断じた時もあるが……詳しくはわからぬ。いずれにせよ……もはやこれまで』

 かの存在は俯き、影のある表情で大きく息を吐いたように思えた。


『命限りあるものよ。人の子よ。残された時間を、悔いなきよう生きるがよい』

「滅びは、決定か」

 その様子に不吉なものを悟ったのか、ゼルネウスが問う。


『激しき大なる流れは留まることはない。結末は変わらぬ。変えられるとするならば、それこそ神に等しき領域よ』

 ドリアードはしばらく佇んでいたが、

『せめて体内に宿されたものはともに持ち去ろう。すまなかった』

そう表情を和らげた。


 一つの大きな存在が、ここを去ろうとしている。否、もともとかすかな残滓としてのみ留まっていたのだろう。すでに、暴走部分であろうその大半は、村人と、ナスターシャやロッドたち要を司る者の手によって消滅している。


 胸が詰まって、息が苦しい。


 ナスターシャの眦から涙が滲み、頬を流れていった。ドリアードは表情を強張らせたままのロッドの方を向き、

『かつての友の血に、連なる者よ。………感謝す、る。………………これまで、ともにすごし、見守り続けていた者たちを、滅ぼさずに、済んだ…………』

 それからナスターシャの傍へ音もなく寄ると、その頭を撫で、

『愛し子よ。おまえの心は、人とともにある。なれば、精霊の姿を見、声を聴くのは辛かろう。預かろう』

はっ、とナスターシャが顔を上げ、泣き出しそうに顔を歪めるのに、穏やかに微笑みかけ、

『案ずることはない。視えずとも聴こえずともそこに在る。それを心に留めておきさえすればよい』


 パサリ、とその手が灰へと変わった。姿は崩れ、ドリアードがここを、去る。ロッドが瞑目し、静かに祈りを捧げ、辺りを厳かな光が支配した。


「待って、待ってください!本当にあたしたちの未来には滅びしかなく…………他に道はないのですか!?」

 ナスターシャが、声を振り絞り懇願する。


 大陸には、かつて守護龍と呼ばれる存在モノがいた。彼のものならあるいは何か知っているかもしれん………


 それは、最後の慈悲だったのだろうか。かすかなかすかな言葉は、すぐに風に溶け込むように消えていった。


 ナスターシャは俯き、強く拳を握り締める。


「…………行こう」

 ロッドがその肩を叩き、呼びかけた。

「クローディアたちが、待ってる」



 村長の館では、ザックやヨハンたち屋敷に残った者がラグールに相談し、部屋の中で、結界が破られた時に発動するもう一つの結界を準備しているところだった。それまで、ミシミシ、バキッと軋んでいた館の圧迫が一時止み、焦りを掻きたてるような静寂の中で、彼らが必死に守り石を並べている最中に、突如として辺りが光に包まれた。


 何かの攻撃か、と浮足立つがすぐにそれは、理由はわからないが、胸をかきむしられるような哀愁に変わる。


 精霊が、と感受性の強い何人かは涙を流し、天井を見つめた。屋根を透かして空が見えないか、とでもいうように。



 怖ろしいような静寂に耐え、待機していたクローディアたちに、屋敷を覆うドリアードの大木から、眩いばかりの光が届いた。


 ヘイグが、呆然と屋敷の方を眺め、昇っていかれるのか、と言葉を洩らす。


 連れていってくれ、と叫びたいのを、唇を噛んでやり過ごした。隣のレブレンスもおそらく同じことを考えているのだろう。呆然と佇んでいる。


 自分がまだ幼子だった頃、寝物語りに聞いた精霊の話を思い出す。


 我らは精霊の民。かの精霊が、正常に戻る日を、待ち望む者。…………いつか、きっと。


 光は始まりと同時に突然消え、後には茶色く枯れた、大木の抜け殻だけが残った。老衆である、我らを残して。

 そこまで考え、ヘイグは首を振り、心配そうに様子を窺うセリエに、にっ、と力強い笑みを返した。まだ、我らにはやることがある。そういうことだ、と。


「うわ、何だこれは!」

 その乾燥した木の枝は、触れるだけでさっくりと抉られサラサラと粉が風に流され散っていった。



 ロッド、ナスターシャたちが戻ってきた。ロッドはゼルネウスに肩を支えられ、ふらふらの体だが、それでも笑顔を見せる。


「ロッド!」

 クローディアが叫んで駆け寄り、抱きつく……かと思いきや、その頬をつねり力いっぱい引っ張った。


「はに、ほうひて、ひひはり」

「勝手なことしないでよ!あんたの命はあたしの物なんだから!勝手に捨てようとしないで!」

「あー……アレは……いけるかな、と」

 それからナスターシャたちをちらりと見て、

「思いつきで」

クローディアはもはや無言で、引く手に力を籠めた。


 頑張ったな、と近づくバスケスやセリエの前で、

「ははは、まあ無事でよかったけど」

とナスターシャは力なく笑い、なんかふらふらするーと突然ぶっ倒れた。


「アーシャ!あ、これ……すごい熱です!」

 セリエが抱き止め思わず叫ぶ。


 レブレンスが頷き、

「おそらく疲れが出たんじゃろ。すぐ屋敷に運び入れよう」

といって、一度全員が戻ることとなった。



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