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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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番外 ひらりひらりと舞う 19

 残酷表現、ムカデの描写があります。苦手な方はご注意ください。
 すべては一瞬のうちに起こった。グリエルが風の結界を展開し、オッファを庇ったことも。続いて起こった種子の爆散も。

 結界が解け、オッファの盾となったグリエルがいったいどんな表情を浮かべていたのか――――――それは、オッファにしかわからない。

 種子は違わずグリエルの体を貫き、その茎と根を隅々まで伸ばしきったのち――――――急速に枯れた。

 ヘイグ、レブレンスが、彼の絶命を悟り、力なく目を閉じる。

「師匠!ああ、くそッたれ!」
 バスケスが駆け寄り、血の滲むグリエルのその体に触れ、呻いた。
「なんでだ、なんでこんな…………!!」
バスケスの悲痛な声に、オッファが苛立だしげに叫ぶ。
「嘆くこたぁないさ。こいつが勝手にやった」
バスケスがその悪意に満ちた発言に、鋭く睨みふざけるなと声を上げるのにも構わず憎々しげに、
「見ろよこの満足げな顔。おいふざけるな、勝手におっ死にやがって、生き返れ!」
力いっぱいグリエルを揺さぶった。当然のごとく、老人は答えるすべを持たない。永遠に。

 ああ、そうか。

 必死の形相で、もの言わなくなった老人を揺さぶるオッファを前に、バスケスは悟る。

 ……グリエルは、消えない楔をオッファに残した。返すことのできない借りを。よく見れば、苦痛のままに死んでいったはずのグリエルは、穏やかな表情をしている。

 この先オッファが、この村を憎み続け、滅ぼそうとしたとしても、その度に思い出すのだろう。自分を庇って死んだ、一人の老人を。

 そうであってほしい。そして、できることなら復讐ではなく、別の道を見出すことができるようであってほしい。

 自分の師匠である、グリエルの死の痛みとともに、バスケスはこいねがう気持ちで同じ修行を受けた、かつての親友を見た。

 オッファがふらり、と立ち上がり、暗い苦悶の表情のまま、いずこかへ走り姿を消す。


「……追う必要はないわ」
 いつのまに目覚めたのかセシルの傍で、クローディアが器用に大きめの上着を体に巻きつけたまま身を起こし、
「もともと、自由を約束していたのだし。彼が再びこの村に舞い戻り、危害を加えるようなら、それはその時考えればいい」


 その寛容な判断に、誰もが頷いたが、その場の男連中は、

…………それはそれとして、目のやり場に困る。

と、わりと切実な(?)感想を抱いた。


 決して自分の方を見ようとはしないバスケスに、クローディアは一瞬訝るも、はっと自分の姿を見下ろし、
「ツェーロ、服を脱ぎなさい。すぐに」
突っ立ったままこちらを注視する守役に冷静に発言した。

「……はっ!ただちに!」
 そうは言ったが、なかなか動けないでいる守役のみぞおちを、バスケスが親切心を出し、力いっぱい殴ってやった。

 それからややあって、ツェーロが上着とズボンを脱いでクローディアに渡し、それを、布を持って立つセリエの後ろでささっと身につけると、
「どうやら、こちらは決着がついたようね。後は、ロッドとナスターシャたちを待つだけだわ」
無事だといいのだけど……とそう呟いた。

 ツェーロ、バスケスの二人は、ぶかぶかの上着を着て……先ほどと破壊力はほぼ変わらないクローディアを、なるべく見ないようにしながら同意の返事を返す。

 ヘイグ、レブレンスが黙ってグリエルの元へ行き、血が付くのも構わずその体を抱き起こし、精霊の御代の終わりと運命を共にしたか……幸せな奴だな、と呟くのが、バスケスの耳には届いた。



 ナスターシャとゼルネウスは、洞穴をのたうち迫りくるムカデからひたすら走り逃げては隙を突き攻撃をする、というのを繰り返していた。

 ゼルネウスがムカデの長い体を捌き、後続する尻尾を斬り捨てたのもつかのま、シャキン!と音を立て、触覚と、甲殻の足を六本生やした跳ね虫が、シュッシュッと毒針を吐き出しながら這い回り跳び跳ねて近づいてくる。

「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…………」
 ナスターシャは嫌悪の言葉を呪文のように唱えながらも狙いをつけるが、なかなか定まらない。

 ゼルネウスの剣の刃も弾かれ、埒が明かない、と彼は懐から例の小さな黒玉を取り出し、剣に当てれば、その刃はじわりと黒と木枯れ色に染まっていく。

 キキキ、と跳び跳ねていたムカデの一部が警戒音を鳴らし、後ずさる。そこを逃さず間合いを詰め、斜めから捻じ込むようにしてその体を斬り飛ばした。気味の悪い紫色の液体がパシャリと音を立てて飛散する。

「グロいきしょいもうだ……」
「そうか………?普通の昆虫と同じじゃないのか」
「ゼル鈍いよ!よく見てよこれ!このカサカサカサ動き回る感じとか!ピクピク動く尻尾とか!黒光りする体とか、跳ねて迫ってくるところとか!」
「なるほど…………………やはりよくわからんな」
「わからないならなるほどっていうなぁ!ああもう……わかってた、わかってたよ。あたしとあんたのあいだには、決してわかりあえない狭くて深い溝があるってことをね!」
 成すターシャはそう言いながら再び矢をつがえてムカデを射た。しゃべりながら二人とももちろん手は動かしている。ぞろぞろと足を引き連れてくねる体の継ぎ目を狙い矢を放ち、ゼルネウスはその体の傷口から剣を突き立て、斬り捌いていく。

 そうして増えた跳ね虫に気を取られ、動きが鈍ったナスターシャを不吉な影が思いがけず早く動き、ムカデの大顎が急ぎ避けたナスターシャの目の前でガチリと大きく閉じられた。

 ガチ、ガチと物欲しげに迫るムカデから必死で逃走するナスターシャの視界の片隅に、突っ伏したロッドが映り――――――。
「くっ…………のんきに寝てくれちゃって」
 もちろん寝てなどいないとわかってはいるのだが――――――思わず毒づいた。

 彼を護る結界は正常に動いているようで、彼の位置と状態に変化はない。

「あれ…………?」
 ふと、ナスターシャは、場の空気が少し変わっていることに気づいた。精霊たちがナスターシャに、小さく語りかけている。


「水よ、凍てつく刃と化せ!」
 叫ぶと同時に水の精霊が滑るように動き、その身を凍らせてムカデの動きを制限する。ゼルネウスがわずかに残る地面の足場を渡り、正確にムカデの矢傷を抉り、斬り裂いた。

 息を白くさせ、ムカデの攻撃を躱しながらも、ナスターシャの様子の変化に気づき、何があった、と問いかけてくる。
その問いにナスターシャは、あ、と、で、と読み取れるよう口を大きく開けて答え、再び矢をつがえた。

穢れを刃に纏わせたゼルネウスの攻撃の威力は増したが、それまでナスターシャの無意識の願いを受けていた風の精霊の加護は霧散し、斬り飛ばし増える跳ね虫とムカデを相手取る中で、次第にゼルネウスの傷は少なからず増えていく。

 それでも、剣筋が衰えたりはせず、怯む気配もなく自らムカデのくねる体に飛び込み傷を増やしていく、その剣技はさすが、というべきか。

 ナスターシャは感心しながらも油断なく弓を構えた。

 彼女は精霊を視ることには長けるが、武芸に秀でているわけではない。攻撃力を増したとはいえ、なぜその剣戟が、硬いムカデの皮膚に傷をつけ、生命力に富んでいるはずのその力を大きく削ることができているのか。

 達人と呼ばれるほどの者でさえ、ギリギリでしか視えないであろう、一つに見えて連なるその剣筋を。

 ゼルネウスは、毒液が目だけにはかからぬよう素早く慎重に庇い、時には蹴りを、時には手で体をひっつかみよじ登るようにして相手の弱点を執拗に狙い、近づく跳ね虫を返す剣で斬り飛ばす。その不屈の精神と、体力とは、並々ならぬものではあったが、やはり少しずつ、彼の動きも鈍り始めた。

 これ以上長引けば、分が悪い。

 中途で斬り飛ばされた体からできた虫はその数を減らし、胴体自体も徐々に短くなってきていた。

 もう一度、とナスターシャは矢をつがえ、炎の精霊を纏わせ貫いていく。

 一つ一つ。確実に。自らを省みぬゼルネウスの剣は、回復力体力に長けているムカデをじわじわと斬り刻み、その動きを鈍らせていった。

「アーシャ。そろそろケリをつけよう」
 そう言って寄り来たゼルネウスの顔にも服にも体液がまだらの染みを作り、ナスターシャは引きつりつつもしっかりと頷き、じっとムカデを見据え、弓を構えた。

 ムカデは警戒するようにカチカチと顎を鳴らしている。

 ゼルネウスが動いた。これまでと同じように剣を構え、ムカデの攻撃を髪一重で避け、反撃の一撃を入れる。至近距離で見る彼の剣筋は、なぜか二重にぶれて見え…………ナスターシャは余分な考えを振り切り、矢をしっかりと構え、炎の精霊に、もう一度祈りを捧げた。

 これなら、と呟き、ゼルネウスがムカデが迫るのをじっと待つ。大顎をパカリと開けて食らいつこうとするのを、避けようともせず、そのままムカデの口の中へと飛び込んだ。

「…………ッ」
 悲鳴を押し殺し、その衝撃の光景にも、ナスターシャは弓の弦をめいっぱい引き絞ったまま、動かなかった。

「炎の精霊よ…………あたしに、力を。あの化け物を焼き尽くすすべての力をここに!」

 これも精霊殺しとなるのだろうか……もしそうであったとしても、やることは変わらないけれど。

 ナスターシャがつるを引くあいだ、ゼルネウスが比較的弱かった下顎を斬り裂き、ムカデの口の柔らかい奥と舌がよく見えるようにした。彼はそこからさらに奥に体を潜り込ませ、口の中から脳髄を狙い、力強く剣を下から突き立てる。

 痛みにのたうちまわるより前の、静止したような本当に際どい一瞬を、それまで堪えていたナスターシャは逃さず、限界まで引き絞った矢を口の中目掛けて、射った。

 間一髪でゼルネウスが離れ、べしゃりと下へ落ちる。

 ギィィイイイァアアア

 気色の悪い悲鳴とともに、体の内側から焼き尽くされムカデがのたうちまわる。ゼルネウスに手を貸して起こし、ナスターシャはそこから慌てて距離を取る。

 ムカデは激しい痛みと戦い、のたうちながらも二人を感知し、そちらに頭を向けようと体をねじらせた。
「ふ、この!しつっこいムカデ野郎!」
 ムカデにはやはり熱湯かと、さらにナスターシャは水の精霊たちに念じて、ムカデを杭で貫き留めるように、熱した高圧の水流を作り、次々にその体を撃ち抜いていった。

「…………派手だな」
 呆れたような呟きを洩らすゼルネウスの前で、黒光りする体をじたばたとくねらせていたムカデの化け物は動きを止め、悪臭放つ噴煙を体から上げながら、ゆっっくりと腐り落ち、やがてどろりと溶けて黒く地面に染みを残し消滅していった。


「終わった、か?」
「そうだね。……ひとまずは」
 精霊の化身とおぼしきあのムカデの魔物を滅ぼしたにも関わらず、自分に影響は出ていない。
 そのことに、ほっと息を吐くナスターシャの前に、長々と黒い染みが横たわり…………気がつけば、そこにドリアードの化身である少女が、何かを言いたげに二人を見て、口を開く前に裾からぼろぼろと茶色い染みに侵され、薄くなり消えていった。

 薄暗い洞穴内にやがて、耳の痛くなるような深々とした静寂が満ちた。

 もう外は夕暮れか。差し込んでいた朱色の光がやがて、細く弱くなっていく。

「…………振り出しに、戻る、か」
 ナスターシャが呟き、洞穴の奥の方へと歩みを進めればそこには、びっしりと緑の枝と根に覆われ、守りの堅牢な壁があり……触れようとすれば、今にも発射できそうな棘を生やし、来るものを拒んでいる。

 そして、その位置は――――――屋敷の真下。迂闊には手出しのできない場所であった。

「おかしいな。本来なら動かないはずの一部の精霊たちが、手を貸してくれていたから……何か起きてもいいはずなのに」

 ナスターシャは顔をしかめ、手近な根へとそっと手の平を触れ合わせ、呼びかけるも、その幹は沈黙を保ったまま、硬く硬く閉じたままとなっている。

「………じゃあ、ロッドを叩き起こすか」
 怪我に障らない程度にな、とゼルネウスがいい、
「うんまあ、あたしもそれしかないかな、と思ってたとこ」
ナスターシャがそれに答えた。

 二人はいったん戻り、それからロッドを置いておいた位置に近寄ると、彼は身を起こしてはいたが、半眼で定まらない視線のまま、ぼんやりと空中を見つめていた。

「ちょっと、ロッド、起きてる?」
 怪我人を揺すり起こすのも気が引けたので呼びかければ、ロッドはかすかに頷き、やがて目をはっきりと開いて、立ち上がった。
「…………呼びかけていたのですが、応えが返っては来ませんでした」
 そう言いながらも、やはりナスターシャたちの進んだのと同じ場所へ進み、ビッシリ覆われた植物の壁で足を止める。

 それから、懐から小さな袋を取り出すと、中身の白砂を使い足元に真っ直ぐな線を描き、祈りのように何事かを呟くと、
「アーシャ。浄化の炎を」
と振り向き、彼女に指示を出した。
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