ラスキ・メースフィールド 3
残酷表現と若干描写ありです。ご注意ください。
騎士団長である男の顔には獰猛な笑みが浮かび、彼が剣を振るうたび衝撃波が生まれ大地は破壊される。
ドゴオォオオオオンッ!
「ああ、こんなに楽しいのは久々だな!」
ガキィン、と金属音が響き、打ち合いが続く。
「騎士団長が修練場を破壊してもいいのか……?」
皆の心を代表してアイリッツが呟き、それが聞こえたわけでもないだろうが、ラスキが高らかに言う。
「やはり余すところなく技を繰り出すことができてこそ、だ。これだけの戦いの場となったこの場所も満足に違いない!」
にやりと笑いまた剣を振るう。呆れた視線を隠そうともせずアルフレッドは今度は横に避け、距離を取りまた再び立ち向かう。
暴論っぽいがまあここの責任者だからいいのか……?
脳内でひそかに首を傾げるシャロンから少し離れた横で、ナスターシャの目が残念なものを見るかのように生温かくなっていく。
ガガガガガガッ
地面に亀裂が走り、土はえぐれ、反動で礫が浮かび上がる。硬質な土が、まるでビスコッティのように呆気なく…………!
そういえば、とシャロンはカバンの中に取っておいた焼き菓子のことをふと思い出した。後でアルと分けよう。
いや、今考えなくちゃいけないのはそこじゃない。戦いに集中しなければ……。
瓦礫が舞い、植木は薙ぎ倒されていく、その現実離れした光景に混乱したかも知れない、とシャロンは急いで首を振り、砂塵で見えにくい向こう側にじっと目を凝らした。
「アル君はあまり動かないねー」
「無駄を避けてるんだろ。だが、あれだけの衝撃だ。防いでも体力を奪われる」
「さすがにそれぐらいわかってるっしょ」
そんなやりとりを外に、けぶる土の向こうでラスキのやたらキレのいい声が響く。
「はっ!どうした、防戦一方か!」
衝撃が次々に繰り出され、土はえぐられたが、その奥の建物には傷ひとつついてなかった。未だ、そちらの結界は有効らしい。
服にいくつか鉤裂きを作り、土で汚れたアルフレッドがけほ、と息を漏らした。
「無駄口が多い。煩い」
地を蹴り跳躍し、ラスキに斬りかかる。刃がぶつかりあい、せめぎ合う。ラスキの剣を避けた、と思いきや、バシィ、と打撃音とともに二人が吹っ飛んだ。
アルフレッドは軽く手を二三度振り、再び突っ込んでいく。
「今のは何が起こったんだ……?」
土煙でよく見えなかった、とシャロンがアイリッツに確認すれば、
「アルが蹴って、カウンターを食らった。リーチはあちらが長いからな」
と思いの他真面目な答えが返ってきた。
「くっ……!はは、この程度か?」
ピシ、ピシッとアルフレッドの生み出す衝撃波が、破裂音とともに防がれる。
「は、まさか」
彼の唇がわずかに弧を描き、剣を振り下ろす。く、と顔をしかめ重い一撃を受けるラスキの腹に回し蹴りが繰り出され、肘でそれを防いだその彼の体が、バランスを欠いてたたらを踏んだ。すかさずアルフレッドが追撃し、その剣を受けたラスキが地面に叩きつけられる。
「二段蹴りの構えから足払いか」
「ラスキも頭固いから。別に力籠めるのは剣じゃなくたってできるのに」
「騎士だからな。剣が第一なんだろ」
「ま、籠めやすいってのはあるけど読まれやすいよね」
ナスターシャとアイリッツのそんな会話が交わされる。
「ぐ、この程度、かすり傷ほどでもないな」
「……そろそろこの戦闘にも飽きた。さっさと決着をつけたい」
冷めたアルフレッドの声に、ラスキの額に青筋が浮かぶ。
一気に形勢を逆転させた、か。
薄汚れてはいるが、その無表情な横顔を眺め、シャロンは、安堵して短く息を吐いた。まだまだ油断は出来ない、とぎゅっと拳を握り締める。
「舐めるなよ、雛が。ぶち殺すぞ」
怒気を露わにする男と、それを飄々と受け流す青年の対峙。ラスキの剣が閃いた。鋭い剣筋が、アルフレッドを襲い、彼がまたそれを受ける。先ほどまでと違うのは――――――。
「両手を、使っているな」
アイリッツの呟きどおり、ラスキは両手で剣を持ち振り下ろし、対するアルフレッドは力負けしないよう剣の柄近くを時に手の平で支えながら弾き、やはり注意深く反撃のチャンスを窺っている。
その体が横から吹っ飛ばされた。嵐のように荒れ狂う衝撃波が、砂を舞い上がらせ、不規則で予測しにくい動きをしてアルフレッドに叩きつけられる。
「アル!!」
思わずシャロンの声が飛ぶ。
アルフレッドはパッと起き上がり、体勢を整えたが、そこにラスキの長躯が迫る。剣で受けるも、衝撃でその体が沈み、足元の地面に細かな亀裂が入った。
「…………」
小さく口を動かしたその声は聞こえはしなかったが、ラスキの表情が鬼のように変わる。
「脳筋野朗、だってさ」
頼みもしないのに、アイリッツが通訳よろしく伝えてくる。
再びアルフレッドが吹っ飛ばされ、建物に激突するかと思いきや、体勢を変えて壁を蹴り、吹き飛ぶ瓦礫を踏み台にラスキへ肉迫した。
剣を振り上げ、下ろす。土煙が半円の、幻を見せた。
「ぐ、この糞が!」
叩きつけられるような重い重い剣を、受け、今度はラスキが息を乱す。地に降り立ったかに見えたアルフレッドは、間髪入れず相手の心臓目掛け突いた。
その攻撃を剣で弾きなんとか避けたものの、片腕に傷を負う。シャロンのところからも、相手が俯き肩をわななかせるのが見えた。
―――――笑っている?
「は、は、は。まだだ。まだこれからだ、ぞ」
話途中でアルフレッドが剣戟を浴びせ、言葉が途切れた。短気な奴だと言葉が漏れ聞こえてくる。
辺りを破壊しながらじりじりと時間が流れていった。アルフレッドは服のあちこちが破れ、ラスキとかいう男の方は鎧の一部が破損しブラブラと動くのをブチリと千切り遠くへ投げ飛ばす。
風が土を巻き込みながらあちこちで渦を巻いている。
「ふ。これで終わりだな。やっと完成した。―――――これが俺の最高傑作だ」
ラスキが切っ先を斜め下に、剣を構えた。渦巻く土煙が轟き、集約する。
―――――それはあたかも、竜が鎌首をもたげているようで。
「お、大きい…………」
シャロンは建物に匹敵せんばかりのその大きさに戦慄した。こんなのを食らったらひとたまりもない。嫌な汗が滲む。
「食らえ。『竜の顎』」
ラスキの振り上げた剣とともに、土の竜がとぐろを巻き、一度静止したかと思うと、骨の髄まで震わすような咆哮を上げ、アルフレッドに襲いかかっていった。
対するアルフレッドは直前まで動かず、じっと目を閉じ耳を澄ませていた。
風の音、気の流れ。何も、巨大なものを倒すのに、同じようにすることはない。的確に、要点を穿てばいいだけ。
アルフレッドが滑るように動いた。その体が、流れるように、柔軟に竜の体に沿う。切っ先がその頚椎を、続いて腰椎に当たる部位を穿ち、抉る。中心部を貫かれ、竜が暴れ狂う。暴れ竜を操るラスキの体を反動が襲い、ギシギシと軋みねじられるも、それを押さえつけ、なんとか体勢を整えた。
その頃には眉間を。続いて首部分の気流に、自らの気を沿わせた剣で乗りながら、大元へ辿り着く。
時が止まったかのように無音に感じた。持ち主と同じように怜悧な気をまとった刃は、迷いなくラスキの心臓と首を繋ぐ中心線を狙ってくる。
「く、そ」
なんとか体を逸らしたのは、反射神経の賜物だっただろう。剣筋は竜を捌き、ラスキの体を斜めに裂いて通り過ぎていった。
アルフレッドがふぅと息を吐き呼吸をすぐ整えると、剣に付いた血を振り払い鞘に収めた。
ややあって、どうッ、とラスキの地面に倒れる鈍い音が、響き渡っていた。
「ラスキ!」
戦いを見届けたアーシャは、すぐさま駆け寄り、自身が血に塗れるのも構わずラスキを抱き起こす。
「似ている、な……あの方に……」
その瞳はぼんやりと紗がかかったように薄い膜が下り、宙を彷徨っている。
青空と大地。思い出されるのは、遠い過去のこと――――――。
黒髪の少年ラスキは、今日も剣を振るう。誰よりも強くなるために。そして、憧れの人に一歩でも近づくために。
『ハロルドよ、これがおまえの自慢の息子か。確かに、そなたに似つかしからぬ、利発そうな少年だな。筋もいい』
『ははは、これは手厳しい。しかし、私も、ラスキは私以上に優秀な騎士となり、この国を支えてくれるのではないかと、期待してるのですよ。ラスキ!一度手を止めこちらで、挨拶なさい!』
憧れの英雄、ゼルネウス。彼の人を前に、高鳴る胸を押さえ、
『へ、陛下、お初にお目にかかります!ラスキ・メースフィールドと申します!おおれ、いえ、私は、鍛錬を積み、きっと将来この城と民を守り、陛下に仕える者として、お役に立ってみせます!』
『そうか。期待しているぞ』
大きく暖かい手がポンポンと頭を撫でる。
知らず、ラスキの瞳から涙が流れていた。
「ナスターシャ……すまない。俺はつまらない人間だ。結局最後は、騎士団長としての務めより、自分の望みを優先し、それによって動いた。本来ならまず、城の者たちや、陛下を守ることを第一に考えるのが、責務であったのに」
「……ラスキ、ラスキ・ハロルド・メースフィールド。あなたは最後の時、自分の意思を殺し、信念を曲げてまでこの城を、王であるゼルネウスを守るため、戦った。戦い続けた。この場所は、本当はあなたたちのために、存在する」
「あ…………そうか。そうだったのだな………」
ゴフ、と喉から血が溢れた。見上げた先には、あの、純粋な少年だったあの時と同じ、抜けるような青い空が見える。
「は………美しいな。悪く、な、い……」
彼の瞼が眠たげに幕を下ろす。その体が淡く燐光を放ち、ゆっくり宙へ浮かび、踊るようにちらちらと舞いながらやがて消えていく。
そのすべての体が消えゆくまで、誰も一言も発せず、ただ、ひとりの、責任感溢れる騎士団長が逝くのを、見守り続けていた。
〈ラスキ・メースフィールド〉
三英雄の一人を父に持つが、騎士団長だった父親はあっさり流行り病で帰らぬ人となった。国王に心酔していた父親のせいで、彼自身もかなりのゼルネウス崇拝者。自身と他者に厳しく、強きをくじき弱きを助け、をわりと地で行く人。有事の折、奥方は城下近くの郊外で別居中であり、一部の召使や子どもとともにいち早く逃走し難を逃れた。