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異郷より。 作者:TKミハル

『雪山と北の町』

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広大な大地

 ターミルへは、隣町から定期便が出ているという。

 ギルドで購入した地図を手に、護衛をしながら西へ半日。広々とした湖と格段に大きいビストークという町でいろいろ買い込んでから一泊し、早朝ターミルへ出発した。

「飲料水は多めに持ちましたか」
 大きな幌馬車の中、エドウィンは他の客の迷惑にならないよう抑えた声でこちらに尋ねてくる。
「この先は、時に水が金より貴重になる場所です」

 ……やけに現実味を帯びた言葉だ。

 シャロンが窓の外を眺めていると、森は後ろへどんどん遠ざかり、丈の短い草が生えた見渡す限りの平地が目の前に広がっていく。太陽の位置から南へ向かっていることだけはわかるが、まったく目印らしきものがない。

 いつのまにかにぎやかになっている馬車内に視線を戻すと、向かいに座っていた恰幅のいい中年男性がにこにこと話しかけてきた。
「いや~聞きましたよ、女性なのに剣の修行の旅とは。今回ターミルに行くのはひょっとして竜がお目当てで?」
「いや、そちらのエドウィン氏の護衛だが……しかし竜が目当てというのは?あれは単なる噂だと」
 ビストークでは、ターミルからさほど離れていない荒れ地に竜がいるのを見た、との噂がひそかに流れていたが、その姿をはっきり見た者はおらず、どうにもいかがわしい話としか考えられなかった。
「ははは、確かにそうかも知れませんが……本当だったらこれは大発見ですよ」
 わしはこういう面白いことに目がなくてね、と笑う中年紳士。
「はあ……」
 その噂が真実だとしたら、物見遊山どころではなくなるんじゃないだろうか。

「いや、でも、その噂のものかどうかはわかりませんが、荒れ地の竜についての文献はちゃんと残ってますよ」
 本を広げながらエドウィンが口を挟んだ。
「今から行く町にはその伝承がある、と聞いたので私はそれを調査しに行くんです」
「なるほど。で、その文献にはなんと?」
「そうですねぇ……竜の呪いにかかった町が次々に廃墟と化した経緯とか、その怖ろしさが云々とか、淡々と書かれていて、で、最後は絶対に封印を解くな、竜を眠りから覚ますな、という警告で締めくくられてますね。まあ、文献の内容が本当かどうかという判断材料もないんですが」
 何せかなり昔のことですからね、と皮肉っぽく片頬を上げる。
「ふうむ……ますます興味が出てきたな」
 しきりに頷く男の隣では、出先から帰るところなのか大荷物を抱えた婦人がゆっくりと伸びをして再び目を閉じる。

 日が傾き、暖かい空気が冷気に変わり始めると、幌馬車は水場で止まり、馬を操っていた男のうちの一人が野営の支度を手伝ってくれとこちらに声をかけてきた。

 木で骨組みを作り、上に皮を被せ、そのまわりをぐるりと囲むように虫除けの草を埋めると、簡単に宿泊場所が出来上がった。慣れているのか、とても手際がいい。
「この草はまわりにも埋めるんだな」
「ああ。天幕にも滲みこませてある。……これぐらいの穴には、あんたも気をつけるんだ」
 これぐらい、と人差し指と親指で丸を作って見せる。エドウィンからの前情報によれば、この一帯で厄介な魔物は大ワシと火蟻の二つ。大ワシは羽を広げると小柄な人ぐらいの大きさでまれに集団で旅人を襲い、火蟻は手の平サイズの蟻で赤い体に尻に毒針を持ち、刺されるとまるで焼けごてを押し当てたように強烈な痛みと腫れがくるらしい。

 完全に日が沈むと、天幕の中の火の回りで酸っぱいミルクとライ麦の粥みたいなものをすすりながら、自然と噂話に花が咲く。
「それでな、ある奴は用を足しに行った先で、火蟻の巣に足突っ込んじまって。あっというまにぞろぞろ這い出てきてそのままやられちまった。一匹ならまだよかったんだが集団にかなうもんなんざいねぇ。まあ今はまだいいが、夏の終わりから秋にかけては怖くてもう通れやしないさ。何せ巣分かれの時期だから羽持ちまでいやがる」
 先ほどまで必要なこと以外話さなかった男は顔も赤く、いつのまにか饒舌になっていた。
「アルフレッドさんはお酒はいける方ですか?……ああ、それはよかった。これ、そこそこきついんで」
 エドウィンが木の器を持ち上げる。どうやら、ミルクとばかり思っていたのは酒だったらしい。

 酔っ払いがほとんどになった空間で、アルフレッドはエドウィンが持つ本を熱心に眺め、文字を指差しては時折質問を繰り返していた。

 ……印刷技術ができ、一昔前より安くなってきたとはいえ、本は貴重だ。そして、彼は今までギリギリの生活だったせいで、簡単な読み書きぐらいしかできない。
 シャロン自身もお金を持っているわけではないため、教えていくのもさすがに限界があった。

 いい機会だったのかも知れないな、とシャロンは暖かな気持ちでひとりごち、ところでトイレは、ともうひとりの男にこっそり尋ねると外を指差したので、天幕から出てまわりを見渡した。
 ひどく寒く、空には満天の星。そして、辺りには遮るものは何もない。

 壮大すぎるトイレだな、と思わず心の中で突っ込みを入れた。
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