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異郷より。  作者: TKミハル
『遺跡ミストランテ』
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死と、生を思う

 大広間では、最初こそ戸惑いが大きかったものの、仲間の無事を互いに確認したり、商人に我先にと食料などを求める人たちで騒がしくなってきた。


 人を避けつつ歩き、ふと横の柱を見たシャロンの目に、あちこちに包帯をした、見覚えのある短い金髪の女性が、柱にもたれこむようにして座っているのが飛び込んできた。あれは確か、

「よお。シャロンとアル……だったっけ。マルガレータだ。覚えてるか?」

 こちらに気づいた彼女は、力なく手を振ってくる。あの時一緒にいた二人の姿は……見当たらない。


「あとの、二人は」

 シャロンは沈痛な面持ちで問いかけたものの、ほとんど待たずに人混みを掻き分けて、食料など諸々を抱えたディールとアルストンが現れた。

「ったくよお、ケチな商人だぜ。こんな少ない量でかなりぼったくりやがった」

「まあまあ。町に戻ればもっと安く手に入るんだから。今はひとまずこれで」

「おまえら、遅いッ。もうとにかく腹が減って……」

 座り込んだままで言うマルガレータにシャロンは思わず、

「あ、ああ、無事だったのか。姿が見えないから、悪い想像をした」

ディールとアルストンは座り込み、床に食料を広げながら、

「それ、存外外れでもないですよ。俺、魔物にバッサリ腹切られて死にかけてたんで。そこのアルストンは左腕、腐りかけてて右だけで戦ってたらしいです。暗く湿った牢獄のような場所に飛ばされて……再会できたのもつい先ほどで」

淡々と告げる。


「いや、もう駄目かと思ったが……まるで天使が降りてきたような暖かい光に包まれて、気がついたらここにいたんだ。聞けば、マルガレータとディールも同じ思いをしたっていうじゃねえか。こりゃきっと何かの奇跡だぜ。この遺跡には女神がいるって噂があったしな」

「女神ねえ……そんなのがいたら俺らが瀕死で苦しむ前に助けてくれてたでしょうよ、まったく」

「おまえら、いいのか?全部食ってしまうぞ」

「「いや、それはちょっと」」


 男二人が干し肉を消費するのに集中して静かになったので、こんなんで悪いな、とマルガレータは笑いかける。

「うちは、全員無事だったよ。他のパーティも、まあ、死んで戻らなかった奴もいるらしいが……驚くほど多くが重い傷も癒え、ここに帰ってきたらしい。アルストンの話じゃないが……奇跡と言いたくもなるさ」

「そうか。それは、よかったな……本当に」

 まわりを見渡せば、顔色が悪い者、何かもめたのか言い争う者はちらほらいるものの、ほっとした表情、明るい表情の者が大半を占めている。

 シャロンはふと、ニーナがひそかに口にしていた言葉を思い出した。


 ――――――最後には、みんなが笑っていられますように。


 誰もが幸せに。それが不可能だとわかっているからこそ、人はそう願わずにはいられないのだろう。


 大広間の片隅で、シャロンは静かに傍らのアルフレッドに頼み込んだ。

「アル……胸、を、貸してくれ」

「…………ん」


 暖かい。


 シャロンの体が震え、顔を押し当てる先から幾筋も涙が零れ落ちた。


「アルが、いてくれてよかった。ひとりじゃとても、耐えられなかっただろうから」

 黙ってただ傍にいてくれることに感謝して、やがてシャロンはそっと顔を放し、気まずそうにしてその後カバンから布を取り出し、びしょびしょにしてしまった部分を拭った。

「……その、悪い」

「別に気にしてないけど」

「あ、ああそうか」

 もう一度振り返って、大広間の喧騒を確かめて。

「……宿に、戻ろうか」

「そうだね」

 そのミストランテの遺跡を後にした。


 まずギルドで用事を済ませ、宿でゆっくり身体を休め、のんびり過ごして二日後。再び訪れたギルドは冒険者でにぎわっていた。遺跡内の生存者のすべてが救われたあの奇跡と、地下一階部分を残してすべてが消え去ったことで、いつのまにか、誰かが最深部に到達し、女神に奇跡を願ったらしい、ひょっとしたらもう今後遺跡が現れることはないのかもしれない、というのが大多数の意見だった。


 そんな話を聞きながらアルと受付に行くと、もうできたというので残金を払い、残りでとびっきり高級なお酒と可愛らしい花束を買って、小さな教会の裏手へ行く。


 先に花畑のすぐ傍に作ってもらった石塚に花束を置き、無事に帰ってこれたことへのお礼を言い、しばらく話しかけてから、今度は大きな木の根元にあるいくつかの墓のうち、もっとも新しいものの前にぐい飲みを置き、酒をそそぐ。

「……決めてたんだ。帰ってこれたなら、一緒に酒を飲むって」

 それからシャロンは自分とアルフレッドの分も注いで、穏やかに飲み交わした。


 木陰がほどよく暑さを和らげてくれ、渡る風も心地よい、いい場所だった。


 酒を浴びるほど飲んだ後、グレンはよくこう言っていた。

『これから先何があるかなんてわかりゃしないんだ。それだったら、今充分楽しんどいたほうが得じゃねえか』

 彼が、限りなく悔いのないよう日々を過ごしていたことは間違いない。


 それでも、悔いる気持ちは尽きず、沸いてきてしまうのだ。もしも――――――グレン、ニーナ。二人を救う道があったなら、と。


「アル、私は、もっともっと、強くなる。……せめて、近しい誰かを守れるぐらいには」

「僕も頑張る。一緒に。歩み続ければ、きっと」

「……ああ、頼む」

 アルから差し出された手を見つめるシャロンの胸にちらりと、まずこいつの強さに追いつき、抜かすぐらいの心持ちでいたいんだが……いったいアルはどこまで行こうとしてるんだろうかという不安がよぎったが、それを振り払い、いや、必ず追い越してやるぞと決心を込めて伸ばされた手を握り締める。


「さて、また商店街や露店を見てまわるか。必要な物を買い足さないと」

「久しぶりに肉が食べたい。なるべく多く」

「わかったわかった」

 シャロンはもう一度振り返り、今ここの風景を目に焼きつけると、アルフレッドと二人、街に繰り出していった。

 第三章最後まで読んでいただき感謝です。

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