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84/109

84.町から国へ、マッチから電化製品へ 1(地図あり)

説明回です。


 ――忙しい。

 だがこの忙しさこそ、平和である証拠だったのではないだろうか、と俺はのちに思うことになる。


 園遊会も終わり、王都からフジワラ領へと帰ってきた。

 とりあえず二日ほどは休憩をしようと本拠地の町へと戻り、ジハル族長から「異常なし」との報告を受けると、あとはカトリーヌと一緒に過ごした。


【D型倉庫】の中、カトリーヌとサッカーボールで共に遊び、大型の【テレビジョン】を設置して共に映画を鑑賞し、夜になれば寝床を隣にして共に眠る。

 穏やかで、安らぎのある時間。

 いつまでもこうしていたいと思った。

 だが、ゆっくりしてばかりはいられない。やることはたくさんあるのだ。


 町に戻ってから三日後。

 カトリーヌの環境を整えている設備に万が一のことがないよう電気系統のチェックをしたあと、カトリーヌとの別れを惜しみつつ再び町を発った。


 ちなみにこの電気系統のチェック。ちょっとした小技がある。

 それは【売却値】を確認し、その高低で異常の有無を判断するというものだ。

 言うまでもないことだが、極端に【売却値】の低くなっている物があれば、それは異常ありということ。

 その際は、すぐに買い換えるなり修理するなりの対策を講じねばならない。


 さて、本拠地の町を出て俺が向かったのは、領主の館がある人間たちの村。

 各国各領の使いが、いつジャガイモを受領しにやってきてもいいよう、領主の館に当分は滞在しなければならないのである。


 すると、数日もしない内に南に隣接する領地――エルナンデル家から人がやって来た。

 エルナンデル家は、園遊会で出会った顔だけはいい貴族、テディ・エルナンデルの家系。

 涙目で喘ぎながら鼻よりワインを飲んでいたテディの姿は、俺の脳裏に今も鮮明に焼き付いている。


 前もって取り決めをしていたため、エルナンデル家へのジャガイモの受け渡しは、特に問題が起こることなく早々に終わった。

 提供するジャガイモの量は、各国、各領主には馬車一台分。王宮に対しては馬車二台分。

 対価として、王宮以外からは金を貰う手筈となっている。


 もちろんジャガイモの取り扱いに関する説明はしっかり行い、さらにはその説明を書いた紙も渡している。

 いちゃもんをつけて要求を強めるというのは、欲張り者の常套手段であるからして。

 その後、次々と各国各領から人がやって来ると、ジャガイモの分配は夏いっぱいをかけてようやく終わった。


 またこの夏の間、レイナに言って、ポーロ商会にヨウジュ帝国のヴァッサーリ領について調査してもらった。

 ヴァッサーリ領は、山田さんが語ってくれた、日本語の貼り布に書かれていた場所だ。


 そこに日本人がいるのは確定事項。

 しかし俺と関わりがあることは知られたくなかったので、調査依頼の文句は「ヨウジュ帝国のヴァッサーリ領がなかなか発展しているらしい。どれほどか調べてきてくれないか」に留めてある。


 レイナ曰く、植物紙の開発や活版印刷の発明などによって、元々商人の間では有名だったというヴァッサーリ領。

 調査の結果、ヴァッサーリ領には他と逸脱した明らかな発展具合が確認された。

 紙や印刷のみならず、魔法を使わずに光る器具――電球と、その電球を光らせる電池が開発されていたというのだから驚きだ。

 さらに町は清潔で、風呂屋があり、ヴァッサーリ領に住む人々の衛生観念は大陸に住む者とは少し違うようである。


 このことから、俺は一つの結論に至った。

 新技術の開発までなら余人にもできよう。

 だが、これまでにあった庶人の価値観まで変えるとなると、そうはいかない。

 上の立場からその権力をもって、新たな価値観を下々に植え付けた者が必ず存在する。

 すなわちヴァッサーリ領において、上に立つ者の中に同郷の者がいることになるのだ。

 まあ、予想が確信に変わったといったところか。


 ――と調査報告はここまで。

 ヴァッサーリ領にどれだけ同郷の者が集まっていたかは気になるところであるが、まさか、「俺に似た人間はいたか?」などと聞けるはずもない。

 それ以外にも軍事技術の発展について気になっていたのだが、別段おかしなところはなかったそうだ。

 兵器の開発は行っていないのか、それとも機密になっているのか。


 気がかりがあるとすれば、俺がこうしてヴァッサーリ領を調べているように、相手も俺のことを調べているかもしれないということだ。

 もし調べてるとなれば、何故俺にコンタクトしてこないのか。何か企みがあるのではないか。

 そんな不安にも似た疑念が胸を打った。

 同郷の者同士、敵対することはないと思いたいが、互いの取り巻く状況がそれを許さない時がある。

 その時は、覚悟を決めなければならないだろう。




 それから三年もの間、色々なことがあった。

 まずは北の森に住む獣人たちの戸籍づくり。

 本拠地と道を繋げさえすれば、すぐにでも【町をつくる能力】の人口に加算されるように、個人の名前、住所、家族構成、所属する部族をできるだけ事細かに記録した。

 怠りがあって能力が反応しないということにでもなれば、問題だ。

 人間の村についても同様に戸籍の整理を行っている。


 また、かつての約束を果たすため、胡椒の売買にサンドラ王国まで幾度も遠征した。

 ただ、サンドラ王国側は金が足りないということで初回はツケ扱いとなり、二回目以降にその支払いを受けている。

 なお、久しぶりに会ったエルザはとても元気そうだった。


「ちょっとちょっとフジワラさん、ジャガイモのこと隠しとくなんてひどいやんか!」


 と、相変わらず商売のことで頭がいっぱいのようである。

 あと前回別れ際に渡した化粧水をねだられた。

 売るつもりなのかと尋ねてみれば、返ってきたのは意外な言葉。


「あんな、女って生き物は、他の誰よりも美しくなりたいもんなんやで。こんなん売ったら、ウチだけが美しくなれへんやろ。ウチかて商人である前に一人の女や」


 その欲深い精神に少々呆れた。

 だがエルザのこういった裏表のない欲望に素直なところは嫌いじゃない。

 むしろ好ましいところだ。


 とにかくもサンドラ王国との胡椒の売買は順調。

 それによって得た資金と、ジャガイモという看板を使って、俺は領内にどんどんと人を呼び込んだ。


 人が増えれば、住む家も必要になる。

 国中から多くの大工がやってきて、さらに人口が増加し、もちろん商売をする者がこれを放っておくわけもなく、店が新たに建てられていく。

 特にポーロ商会支部としての胡椒の売買は、基本的に領内で行っており、西側諸国からは数多の商人が胡椒を買い求めにやって来た。


 人口増加による治安の悪化も懸念されたが、元からいた村の者とポーロ商会を中心として警備隊を組織し、日々犯罪と戦っている。

 また俺の領主の仕事としては、裁判の判事役が一番大変であったと言っておこう。


 かつては寂れていた村。

 しかし今はもうそんな様子はない。

 それどころか、住宅と店が建ち並び、町の様相を呈し始めている。

 その周囲には衛星のように、いくつもの新しい村ができていた。


 領内は栄えた。

 人口は既に五千人を超え、北の森の獣人たちを合わせれば六千人。

 領内が発展するにつれ、王宮からは様々な要求があったが、レイナと協力してうまく立ち回った。


 もう人口一万人は目の前だ。

 さらに俺の資金は、一兆円を既に達成している。

 すぐそこに『時代設定』【現代】があった。


 ――そして、この地にやってきてから三年と七カ月ほどが過ぎた頃。

 つまり、俺が三十一歳を迎えた年なのであるが、その冬に事件は起こった。

 本拠地の自宅でゆるりと過ごしていたところ、突然かかってきた電話は領主の館からだ。


「イニティア王国が、小国群に攻め入りました」


 レイナから領主の屋敷に滞在させている狼族に入った報告。

 それは大きな戦争がこの国のすぐ南、小国群で勃発したというものであった。


 ◆


 ラシア暦1238年の冬。

 イニティア王国の軍が小国群の一国、キーマ王国へと侵攻した。


挿絵(By みてみん)


 もちろん、なんの理由もなしに攻め込んだわけではない。

 幾年か前、河族集団バイキングがイニティア王国の大地を荒らし、さらにはイニティア王国の正規軍に大きな損害を与えたことは記憶に新しい。

 その裏にキーマ王国が関わっていたことを、イニティア王国はこの侵攻の大義名分としたのである。


 無論のこと、キーマ王国はバイキングとの関わりを否定したが、イニティア王国は全く取り合わずに粛々と軍を進めた。

 どちらの言い分が正しいかは当人同士にしかわからぬこと。

 数多の者が戦い、数多の者が命を散らす戦争という行為に、そんなものはなんの関係もない。

 勝った者が歴史をつくる。

 ただそれだけが、いつの時代も変わることのない、戦争におけるたった一つの純然たる真実であった。


 この戦い、イニティア王は老齢ゆえに参加しなかったが、代わりにイニティア王国の軍権の全てを握ったのは、レアニス・ラファエロ・エン・ブリューム。

 ある日、教会から姿を消し、その後の動静が不明になっていた現ラシア教皇の弟である。


 イニティア王国軍の最高司令官となったレアニスは、王国最強と謳われる聖騎三将軍――前将軍ロベルト・フレルケン、右将軍リサ・コールハース、左将軍ヨシキ・コマツナ――とその三将軍直下の聖騎士隊五千を投入。

 加えて一般兵には実に五万もの数を揃えており、それらのことは、この戦争がただ一国を攻めて終わるものではないことを示していた。


 ところでこのレアニス、教会の事情を知る者たちからは権力闘争の末に現ラシア教皇に暗殺されたのだと噂されていた。

 しかし、彼が生きており、イニティア王国にて権力を手にしていたことは、意外である。

 この事実は大陸に住む権力者たちを驚嘆せしめた。


「今さら現れて何をするつもりだ」

「既に現教皇の権勢は磐石のものとなっているのに」


 レアニスの名を耳にした、世の知識人たちが囁き合う。

 はたして、一度は表舞台から消え、亡者のごとく蘇ったレアニスが何を考えているのか。


 しかし皆、口では疑問を語りながらも、その心ではレアニスの目的を理解していた。

 教皇の座に就いた兄と、就けなかった弟。

 戦争を起こした本当の目的は、もはや言わずとも明白であるといえよう。

 かくして、イニティア王国軍とキーマ王国が戦火を交えた。


 人々は戦争の結果をこう予想する。

 イニティア王国軍はじきに国許に帰ることになる、と。


 長い歴史の中、小国群にある国が外の国から攻め込まれることは幾度もあった。

 しかしそのたびに、普段はいがみ合っている小さな国々は一枚の岩となって外敵を退けた。

 小国が途端に大国へと変わるのだ。

 敵を知り己を知る。

 自らの国が小さく弱いからこそ、敵国は強く一国では満足しないことを知っているからこそ、小国群の国々は互いに協力するということをよく心得ていたのである。


 そして今日この日。

 戦いは人々の予想に反し、一方的なものになった。

 キーマ王国に攻め込んだイニティア王国軍に対し、当然小国群は一枚の岩と化して抵抗すると思われた。

 しかし、小国群の内の一国は既に調略されており、イニティア王国側に寝返った。

 これにより、小国群は内側に穴をあけられ、形勢はあっという間にイニティア王国に傾いたのである。


 たった一つの綻び。

 それは一枚の岩を容易く瓦礫へと変えていった。




 戦いが始まって二月後。

 イニティア王国軍の主力部隊は、つい先頃制圧した小国群デュラ王国のエーデルワイス城に滞在していた。

 イニティア王国は小国群の八割を制圧し、残りは二割といったところ。

 これから先の戦場を一望できる前線基地が、エーデルワイス城であった。


「――多くの者が死んだ」


 イニティア王国軍最高司令官のレアニスが、エーデルワイス城のバルコニーにて夜空を眺めながら呟いた。

 その声には憂いがあり、無限の星々を見つめる瞳には悲しみがあった。


「そうですね、敵も味方も」


 ただ一人、レアニスの隣にいた小松菜が言う。

 しかし、レアニスは小さく首を振った。


「その発言は間違っているよ小松菜。敵はいない、いないんだ」


「……すみません、失言でした」


 便宜上敵軍と呼ぶことはある。

 だが、今ある戦いは大陸に生きる者たちのため。

 そこに敵はいない。

 これから先何億という人々を救うために、今いる何十万、何百万という人々を犠牲にしているにすぎないのだ。


「異種族たちはどうしている」


 痩せて枯れた土地に逃げ出した人間ではない者たち。

 彼らを探し集め、この戦いに参加させていた。

 戦い抜けば、人間と同じ権利を与える。

 そんな名目によって。


「今は落ち着いています。レアニスの罰にも、よく言って聞かせれば、逆に感謝をしていました」


 彼らは良く戦った。

 しかし血に酔い、人間への恨みが暴走し、戦いに関係のない住民まで虐殺した。

 許しがたいことであったし、味方からもその暴虐さを危ぶむ声が聞こえたが、レアニスは各部族の長を数度鞭打った程度の罰で不問にしていた。


「私は甘いのだろうか」


「これまでに人間が彼らに行った非道を考えれば、わからないことではありません。次はないとだけ言ってあります」


「そうか」


 どちらも苦いものを飲み込むような顔をしていた。

 それだけ判断が難しいのだ。

 異種族側と人間側、両方の気持ちがわかる。

 それはレアニスと小松菜が、この大陸の住む者には決して推し量れない価値観を持ち合わせているからに他ならない。


「じきにこの地も平定される」


「次は北ですか?」


「ああ。王の力は落ち、もはや抜け殻同然。領主たちの懐柔も簡単だったと聞いているよ」


 小国群を制圧したならば、接する国は二つ。

 北はドライアド王国、東はヨウジュ帝国。

 ドライアド王国は形ばかりの弱国であり、ヨウジュ帝国は軍事にも経済にも優れた強国。

 どちらから攻めるかは、明らかだった。


「しかし、ヨウジュ帝国は大丈夫でしょうか」


 重ねて言うがヨウジュ帝国は強大。

 北のドライアド王国を攻める間に背後を攻撃されれれば、たちまちに危うくなる。


「心配はいらない、手は打ってある」


 言葉通り、なんの憂いもない調子でレアニスが答えた。

 そこには絶対の自信が存在し、小松菜ももう一つの懸案事項へと話を切り替えた。


「では、さらに東の諸国に対しては?

 我々の勢いを知ったラシア教皇が、慌てて各国に招集を呼び掛けているそうです。

 教皇からの直々の勅令。各国は軍を集め、協力して我々に当たろうとするでしょう。それも迅速に」


「そうだ。ドライアド王国を攻めている最中に、東から攻められては流石に苦しい。そのためドライアド王国の制圧には速さが求められる。

 しかし、歴史のある城というのはどれも頑丈なものばかり、籠城されれば厄介だ。……あれを使う」


「あれを、ですか」


 あれとは新兵器。

 ある場所より、その各種製法を盗み、開発した物である。


「出し渋ることはできない。半月後にはドライアドの地を踏み、そこからは全力をもってことに当たる」


 レアニスの言葉通り、この一週間後、小国群は全てイニティア王国軍に制圧された。

 イニティア王国の軍はわずかな休息ののち、その矛の先を北はドライアド王国へと向ける。


活動報告にイラストカバーを載せておきました。

よろしかったらご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大砲か、ここに来て日本人が来た影響が大陸全体にではじめてきてるな。神様は最初からこの図を描いていたのだろうか?
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