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町をつくる能力!?〜異世界につくろう日本都市〜 作者:ルンパルンパ
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83/108

83.ジャガイモについてと山田薫子

 園遊会が終わり、今日はその翌日。
 宿を引き払い、ローマットとも別れを済ませ、現在の俺は馬車で王都を出ていくところである。

 園遊会について振り返ってみれば、色々と不愉快なこともあったが、終わりよければ全てよし。
 鼻でワインの一気飲みという面白い余興も見れたことだし、俺の心はとても晴れやかだ。

 ジャガイモについても既に話をつけてある。
 ジャガイモの受け取りのため、各国、各領は俺の領に人を寄越すようだ。

 思えば女王の突然のジャガイモの供出要請には少し悩まされた。
 しかし考えてみれば、特に何の問題もない。

 というのも、あくまでも俺の金儲けの主力は胡椒。
 ジャガイモで領地の発展をと考えていたのは事実だが、これはジャガイモをつくり、他国に売りつけるということではない。
 ジャガイモは領内の食を潤す手段にすぎないのだ。

 そもそも、献上品としてジャガイモを贈ったことは、ジャガイモという新作物が有名になるきっかけにでもなればと思ってのこと。
 ジャガイモというものが広まれば、必然的に俺の領地のことも知れる。
 ジャガイモの産地として有名になる。
 信用が生まれるのだ。
 貧困者たちに募集をかければ、やって来るくらいにはなるだろう。
 人口一万人も容易いことだ。

 それにジャガイモを多量に配るつもりもない。
 いや、相応の量を渡すつもりではあるが、それが多量であるかと聞かれれば、その答えは様々な観点により変わるものだと言わざるを得ない。

 たとえば今回約束したのは、馬車一台分のジャガイモ。
 これは個人の観点から見れば多量であるが、一領地、一国家の規模で見ると微々たるものでしかないのだ。
 ジャガイモの生産性は高い。
 しかし渡す量を限定すれば、そのジャガイモが領や国の食糧基盤をつくるまで、どうしたって数年はかかるだろう。
 すなわち、ジャガイモの一大産地の肩書は、数年の間は我がフジワラ領が独占することとなる。

 なお、もしも各国、各領にジャガイモを渡さなかったらどうなるか。
 ジャガイモは俺の領内で出回るのだから、どのみちなんらかの手段で得ようとするはずだ。
 それを留めることは難しい。
 つまりは、ここでジャガイモを渡しても結局は早いか遅いかの違い。
 ジャガイモの強奪などを始めとする一連の面倒を背負い込むよりは、自ら一定の量のジャガイモを渡し、相手の出方をある程度制御をした方がいいと考えたのだ。

 ――なんて。
 俺はこの先の展望について考えつつ、馬車に揺られながら、小窓より外を眺めていた。
 外は大通り。馬車をよけるために、道の端にはより多くの人々が密集している。
 その時であった。

「あの、待って! 待ってください!」

 どこからか聞こえた女性の声。
 こちらに向けた声のように思えたが、貴族の馬車に声をかける者などいない。
 それゆえ、俺に向けてのものではないと判断した。
 しかし、次に聞こえた言葉が俺の心を大きく揺り動かす。

「日本人ですか!」

「馬車を停めろっ!」

 気がつけば叫んでいた。
 確かに日本人という言葉が聞こえたのだ。
 別に緊張をする場面でもないのに、心臓の鼓動がやけにうるさかった。

 小窓より、行きかう人々の中から声の主を探す。
 ――いた。
 海から顔を出した岩のように、人という波の中にあって一人立ち止まっている黒い髪の女性。
 こちらをじっと見つめるその瞳には、どこか緊張と怯えが混じったような色が見える。

 さて、どうするか。
 今までに出会った日本人といえば、佐野という男のみ。
 喋る言葉は軽薄で、信用に足りず、どちらかといえばいい印象とは言えない。
 あの時は敵と味方の立場であり、結局彼のことを深く知ることはできなかった。

 馬車を停めてからの女性は、こちらの態度を窺うようにその場から動かないし、声も上げない。
 この国において俺は貴族。
 下手なことはせず、何かあれば彼女は人ごみに紛れて逃げるつもりなのだ。

「その通りだ!」

 遅ればせながら、俺は大きな声で返事をした。
 日本人ですか、という問いに対して、それを認める答え。
 行きかう人々の視線がこちらに集まるが、それも一瞬。
 忙しない人々からしてみれば、俺の声などけつまずいた石ころほどの価値しかない。

 だが彼女は違う。
 ほっとしたような表情を浮かべると、人の波をかき分け、馬車に向かって歩いてくる。
 だから俺も馬車から降りて、彼女を迎えた。

「君は?」

「わ、私、山田薫子っていいます」

 狼族の護衛が人の波を避けるためにつくった空間、その中で彼女――山田さんがペコリと頭を下げる。
 名前を聞かなくても、日本人だとわかった。
 その容貌は確かに日本人らしいものだ。

 ――日本人。
 佐野と会ったのは戦時の最中であり、事態があまりにも急であった。
 だが、こうして気持ちの余裕がある中で、同郷の者に相対すれば、とても懐かしい感じがした。

「俺は藤原信秀。とりあえず場所を変えようか」

 今日はもう一泊かな。
 そんなことを考えつつ、山田さんを馬車に乗せた。




 新たにとった高級宿の一室。
 そこで俺と山田さんは向かい合って椅子に座っている。

 ちなみに、ここに来る途中、大通りで俺を見つけたのは偶然かどうかを山田さんに聞いた。
 山田さん曰く、彼女が面倒を見ていた子どもが、貴族から果物を貰ったそうだ。
 まあ貴族というのは俺のことなのだが、その際に山田さんは俺の髪色や顔の雰囲気が自分に似ているという報告を子どもから受けた。
 それで俺が日本人ではないかと思い、園遊会が終わった時を見計らって大通りでずっと張っていたのだという。
 なお、俺がかつて神様の前で土下座して笑われていた男であることは、山田さんの記憶にはないようである。

「改めて自己紹介するよ、俺は藤原信秀。もちろん日本人だ。この国では一応貴族で、男爵の位を戴いている。北方には俺の領地もある」

「ふ、藤原……様」

「『様』はいらない、と言いたいところだけど、立場があるか。まあ、今みたいな表立った場所でないなら『様』はいらないよ」

「わ、わかりました。ふ、藤原さんと呼ばせていただきます。それで、その……そちらの方々は……」

「俺の護衛だけど、日本のことを話してもなんの支障もないから、大丈夫」

 緊張しているのは、俺が貴族であるためか、それとも日本人であるためか。
 それにしても、いざ同郷の者に会ったとして、何を話せばいいのかわからないな。

 この世界に来た当初は、同郷の者の行く末に対し心配もした。
 だが、この世界にどっぷりとつかってしまった今となっては、そこまで強い感情はない。
 身を案じる気持ちはあるが、たとえば狼族と同郷の者を天秤にかけた時、俺は迷わず狼族を選ぶだろう。

 同郷の者たちにも、それぞれこの世界で大切な者ができたはずだ。
 八年という期間はそれほど長い。

「今日まで、どうしていたのかな」

 わずかの沈黙に耐えられず発した、俺の言葉。
 口にしてから、しまったと思った。

 彼女の恰好を見れば、その苦労がわかる。
 服こそきれいなものだが、靴は修繕に次ぐ修繕がなされており、ボロボロだ。
 おそらく服も、俺に会うために一番いいものを着てきたのだろう。
 また、彼女が面倒を見ていると言った子ども。つまり俺が果物を渡した子どものことであるが、お世辞にも満足な身なりであるとは言えなかった。

 彼女が大変だったのは聞くまでもないこと。
 それをわざわざ尋ねるのは傷をえぐるような行為。

 加えて俺は貴族という立場なのだ。
 彼女が俺を見た時、恵まれていると考えるのが普通。いや実際、恵まれているのだが。
 そんな者からの苦しい現状を問うような言葉は、彼女の胸に俺に対する悪感情をいだかせても不思議ではない。

 すると目の前にいる彼女は、ぽろぽろと涙を流していた。
 これが俺の杞憂に対する答え。
 しかし、その表情からは俺に対する嫌悪の色は見られない。

「す、すみません……でも、でも!」

 彼女は泣きながら身の上を語った。
【水の魔法の才】のカードを引いたこと。
 その力を利用して、水屋になったこと。
 誰にも頼ることはできず、ただ一人、多くの孤児を養い、これまで生きてきたこと。

 彼女は言う。
 寂しかった、心細かったと。
 逃げ出そうとも思ったと。

 自分はたかが高校生だと、子どもたちを養うなんていう、そんな大層な責任は負えないと。
 でも自分がいなくなったら、あの子たちはどうなるのかと。
 誰かに聞いてほしかったと。
 この苦しみをわかる人に。同じ日本人に。

 様々な葛藤が渦巻いた彼女の言葉は、真に迫っていた。
 目を閉じれば彼女のこれまでの苦労が瞼に浮かぶようだった。

 もし俺と彼女の立場が逆だったのなら、俺は今日まで彼女のように強く生きてこられただろうか。
 俺は唇を噛み、舌の先に鉄の味を感じていた。

「よくがんばったね。山田さんは偉いよ、多くの子どもたちを救った。君だからできたことだと思う」

 話が終わった時、俺は彼女を優しく褒めた。
 彼女の行動はとても尊いものだ。

 誰もができることではない。
 たとえ日本人の道徳を持っていたとしても。
 だから、日本人の俺が褒めるべきだと思った。

「あ……ああ……っ!」

 彼女は下を向いて泣き崩れた。
 声を押し殺すようにしていたが、それがかなうはずもない。
 彼女はこれまでたった一人でたくさんのものを背負ってきた。
 泣くこともできず、頑張ってきたのだ。

 俺はひたすら泣き続ける彼女にずっと眺めていた。
 部屋から出ていくことも考えたが、それは何か違うような気がした。
 俺という日本人がいたからこそ、彼女は今泣いているのだから。

 ややあって山田さんの泣き声が大分小さくなった頃、「これを」とハンカチを差し出した。
 彼女が涙を拭いて、顔をこちらに向ける。
 その鼻は赤い。

「あ、ありがとうございます。すいません、お見苦しいところをお見せして」

「気にもしてないよ」

「あの、ハンカチは……」

「君にあげよう」

「すみません……」

「君の話を聞かせてもらったあとで悪いんだが、俺のことは能力についても含めてあまり喋ることができないんだ。……すまない」

 俺は、椅子に座ったまま頭を下げる。
 適当に話をでっちあげることもできるが、それはふさわしくように感じた。

「い、いえ、いいんです、私が勝手に話したことですから。だから、頭を上げてください!」

 彼女の優しい言葉に頭を上げて、俺は「ありがとう」とお礼を言い、話を続ける。

「他の日本人について知っているか?」

「いえ。でも、日本語で書かれた布が貼られていたことは知っています。『この文字が読める者はヨウジュ帝国のヴァッサーリ領に来るように』と書かれてありました。『もしも事情があって来ることができないなら、ピッツーグ通りのエンジ食堂の横の小道にあるトット酒場の店主に相談しろ』とも」

 初耳だった。
 ヨウジュ帝国のヴァッサーリ領。そこに日本人がいるのだろう。
 高い地位についているか、もしくは領主自身が日本人か。

 あり得る話だ。
【領主になる】というカードの存在を俺は知っている。

 もっとも、どのように領主になったのかは知らないが。
 催眠術に掛けられたかのように、周りがその日本人を領主であると誤認しているのかもしれないし、領主に生まれ変わったということも考えられる。

「それで山田さんはどうしたんだ」

「もちろん行きませんでした。私には養わなければならない子たちがいるので、そんな遠くに行く余裕はありません。トット酒場も、あの辺りはあまりいい雰囲気じゃないので、怖くて近づけません」

「そうか……」

 返事をしつつ考える。
 権力を持つ日本人。
 日本人を集めているということは、どういうことか。
 同じ日本人を助けたいという善意からか、もしかすれば領地発展のためにという打算もあるかもしれない。
 だが、善意であれ打算であれ、それだけ多くの日本人を救っているという事実には変わりない。
 俺にはできなかったことだ。

 なんにせよ、ポーロ商会に一度ヴァッサーリ領について調べてもらった方がいいだろう。
 そういえば、値段の高い羊皮紙から値段の安い植物紙に変わったのも、最近のことだという話だ。
 もしかしたら植物紙について日本人が……ヴァッサーリ領が関わっているのかもしれない。

「山田さん。面倒を見ている子たちも連れてうちの領地に来るか? 特別扱いはできないが、衣食住は保証できるけど」

 狼族が住む町に住んでもらって、日本語の教師になってもらうという案もある。
 だがとりあえずは、人間の村で暮らしてもらって、彼女の人となりをよく観察しなければならないだろう。
 すると山田さんは少し考えた様子を見せてから首を振った。

「そういうのじゃないんです。ただ、日本人に会いたかった。それだけなんです」

 憑き物が落ちたように、どこまでも澄んだ瞳で彼女は言った。
 ああ、そうか。
 彼女はまだ日本を捨てきれていないんだな、と俺は思った。
 それでも彼女は頑張っている。この世界で、こんなにも立派に。

「わかった。ちょっと待っていて」

 俺は狼族の一人に、レイナから金を貰ってくるように言う。
 しばらくして、金貨の詰まった小袋が手元にやってきて、それを山田さんに差し出した。

「せめてこれを貰ってくれ。情報料とでも思ってくれたらいい。俺のことはあまり話せなかったしね。それに住所を教えてくれたら、付き合いのある商会の人間に時々様子を見に行ってもらうことにするよ」

「ありがとうございます……!」

「それからこれも」

 俺は少し大きめの布袋を差し出した。

「これは……本ですか?」

「ああ、子どもたちの勉強にも役立つだろう」

 そう、布袋の中身は村の人間たちの識字率向上のために買った、オリーブオリーブの婚約破棄シリーズだ。
 本の値段は、植物紙のおかげで安くなっているとはいえ、まだまだ高い。
 文字の勉強になることもそうだが、何かあった時に売り払えばそれなりの金になるはずだ。
 山田さんは本の入った布袋を受け取ると、中から本を取り出してその表紙を見た。

「……こういうのが好きなんですか?」

「あ、いや……」

 俺は少し恥ずかしくなって、言葉が出なくなった。
 なにせタイトルがタイトルだ。
 女性向けであるオリーブオリーブの作品は、タイトルだけを見れば、男性にとってのハーレム小説のようなものだろう。
 別に、ハーレム物が嫌いというわけではない。
 しかし「俺はハーレム小説が大好きです」なんて公言することは、なかなかに憚られることである。

「ま、まあ、読んでみたら結構面白かったよ」

 観念したように俺は白状する。
 読んでみれば、意外や意外、男の俺でも面白く思えたことは確かだ。
 終始コメディ調で、というか完全なコメディ作品だった。

「そうなんですか」

 山田さんがくすりと笑う。
 今日、彼女が初めて見せた笑顔。
 不思議なことであるが、俺の目にはセーラー服を着た女子高校生が笑っているように見えた。
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